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誕生日祭.2
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雲一つない冬の空。風邪は冷たいけれど陽が当たるので寒くはない。
私達は並んで坂を下りていった。
海に近付くにつれ、風から潮の香りがし人が増えてくる。道沿いにある商店の軒先には食べ物をはじめ布やスカーフ、髪飾りや本が所狭しと並ぶ。
遠方の領地からやって来るのは夜会に出席する領主だけでなく、パレードをひと目見ようと平民達も来ているそうだ。
「すごい人ね」
「義父が、騎士の臨時の詰め所を数ヶ所作ったと言っていた。明日のパレードの警備のためでもあるけれど、これだけ人が多いとスリやひったくりも考えられるしな」
「迷子も多そうよね」
「確かに。ということで、手をつなごう」
まるでそうするのが当たり前のように差し出された右手を、思わずまじまじと見てしまった。
「もう、仲の良いふりはしなくていいと思うのだけれど」
「甘いね、リリーアン。念には念を入れてというだろ」
押しの強い笑顔で微笑まれ、確かにそうかもと素直に手を出すと、ルージェックは胸が痛むかのように手を当てた。
「大丈夫?」
「まったく、そこまで素直だと悪い奴に騙されないかと心配になるよ。ついでに俺の良心も痛む」
「……最近、よく良心が痛んでいない?」
「そうだね。そろそろ本心を語らないと、いい加減申し訳なくなってきた」
困ったように眉を下げるも、握った手にはぎゅっと力が込められた。
自分とは違う大きく硬い手に、勝手に心臓が早くなっていく。油断すると顔まで赤くなりそうで、私は自分を落ち着かせようと大きく息を吸った。
どこかぎこちない私を見て、ルージェックが嬉しそうにへらっと笑った。
「もしかして意識してくれているなら、頑張った甲斐があるな」
「えっ? なに?」
大道芸の傍を通ったタイミングでルージェックが何か言ったけれど、歓声で打ち消されてしまった。なにか大技をしたようだけれど、ここからではよく見えない。
「なんでもない。せっかくだから美味いものを買って食べないか」
「私もそう思っていたわ! でも、この人盛りだとベンチは空いていないかも」
「それなら砂浜に行こう。打ち上げられた流木があるはずだ」
この海岸は潮の満ち引きが激しい。だから港はなくただ砂浜がずっと広がっていた。
湾になっているので波は高くないけれど、引潮に巻き込まれ沖まで流され行方不明になった人もいるので、誰も海には入らない。
湾と沖との境目あたりには小さな小島が浮かんでいる。
もちろん無人島で野鳥の住処となっていると聞く。
両手いっぱいに買ったのは主に海の幸。
貝やイカを串刺しにして焼いたものや、新鮮な海の幸をふんだんに使ったスープ。それに、フライにした魚を挟んだパンとデザートのマフィン。
ちょっと買い過ぎたねと笑いながら、砂浜を進む。歩くたびにヒールが砂に沈んでしまうのでもたもたしていると、ルージェックはさりげなく私の腕にある紙袋を持ってくれた。
昔から、ルージェックは優しい。彼のこういった優しさに触れるのは、学生時代にも何度もあった。
でも、最近はあの頃と違い、その優しさに特別な意味があるように感じてしまう。
私の思い過ごしだろうけれど、それが嬉しくなんだか照れくさい。
流木に座りながら買ってきたものを食べる。
こんな開放的な食事は久々で、料理の美味しさも相まってついつい口元が綻んでしまう。
「リリーアンは美味しそうに食べるよね」
「あら、だって本当に美味しいのよ。最近はお城の食堂で食べたり、パレスが買ってきてくれた食事を侍女部屋で摂ることが多かったから、こんな広々とした場所での食事は久しぶりなの」
「確かに、これほどないってぐらい見晴らしがいいな」
串焼きには絶妙に甘じょっぱいタレが絡んでいて、パンに挟まれたフライはサクッとしている。遮るものがなくて少し潮風が強いけれど、温かいスープがあるからへっちゃら。
そして目の前に広がるのは真横に伸びる水平線。
左右にも砂浜が広がるので視界には建物がなく、唯一あるとすれば、海へと突き出す桟橋と二台の小船だけという絶景だ。美味しさだって五割増しだ。
ここ数週間の息の詰まるような気持ちがゆるゆると解けていく。
中々進まないカージャスとの婚約解消も決着がつき、平穏な日常が戻ろうとしている。
本来なら晴れやかなはずなのに、胸に一点もやっと残るのは、あの噂。
カージャスは私が彼の思い通りにならないことに苛立ちを感じていたし、ルージェックに対しても腹を立てていたと思う。
でも、だからと言って火をつけたとは思えなかった。
私には高圧的な物言いをすることもあったけれど、そんなだいそれたことをする度胸は彼にない。
それに、カージャスだとしたら、たとえフードをすっぽり被った外套姿であったとしても分かったと思う。だてに幼い頃から一緒にいたわけではない。
「どうしたんだ、急に黙り込んで」
「ううん。なんでもないわ。そう言えば、焼けた書類について詳しいことは分かったの?」
あのあとも何度か手伝いをしようと思ったのだけれど、不審者と遭遇したテオフィリン様の警護を強めるべきだという意見が出たらしく、常に侍女が二人つくことになった。
そのせいで忙しく、宰相様の部屋に行くことができない。
「うん。おおよそね。ただ、首謀者の見当がまだついていない。それが分かればすぐに各領地に憲兵が赴き捜査すると宰相様が仰っていた」
「手伝えなくてごめんなさい」
「いいよ。リリーアンも忙しいんだから。明日は何時から出勤なんだ」
「パレードの支度があるから七時には行かないと。すごく忙しくなるってエルマさんが言っていたわ」
「では、遅くならないうちに帰ろう」
私達は並んで坂を下りていった。
海に近付くにつれ、風から潮の香りがし人が増えてくる。道沿いにある商店の軒先には食べ物をはじめ布やスカーフ、髪飾りや本が所狭しと並ぶ。
遠方の領地からやって来るのは夜会に出席する領主だけでなく、パレードをひと目見ようと平民達も来ているそうだ。
「すごい人ね」
「義父が、騎士の臨時の詰め所を数ヶ所作ったと言っていた。明日のパレードの警備のためでもあるけれど、これだけ人が多いとスリやひったくりも考えられるしな」
「迷子も多そうよね」
「確かに。ということで、手をつなごう」
まるでそうするのが当たり前のように差し出された右手を、思わずまじまじと見てしまった。
「もう、仲の良いふりはしなくていいと思うのだけれど」
「甘いね、リリーアン。念には念を入れてというだろ」
押しの強い笑顔で微笑まれ、確かにそうかもと素直に手を出すと、ルージェックは胸が痛むかのように手を当てた。
「大丈夫?」
「まったく、そこまで素直だと悪い奴に騙されないかと心配になるよ。ついでに俺の良心も痛む」
「……最近、よく良心が痛んでいない?」
「そうだね。そろそろ本心を語らないと、いい加減申し訳なくなってきた」
困ったように眉を下げるも、握った手にはぎゅっと力が込められた。
自分とは違う大きく硬い手に、勝手に心臓が早くなっていく。油断すると顔まで赤くなりそうで、私は自分を落ち着かせようと大きく息を吸った。
どこかぎこちない私を見て、ルージェックが嬉しそうにへらっと笑った。
「もしかして意識してくれているなら、頑張った甲斐があるな」
「えっ? なに?」
大道芸の傍を通ったタイミングでルージェックが何か言ったけれど、歓声で打ち消されてしまった。なにか大技をしたようだけれど、ここからではよく見えない。
「なんでもない。せっかくだから美味いものを買って食べないか」
「私もそう思っていたわ! でも、この人盛りだとベンチは空いていないかも」
「それなら砂浜に行こう。打ち上げられた流木があるはずだ」
この海岸は潮の満ち引きが激しい。だから港はなくただ砂浜がずっと広がっていた。
湾になっているので波は高くないけれど、引潮に巻き込まれ沖まで流され行方不明になった人もいるので、誰も海には入らない。
湾と沖との境目あたりには小さな小島が浮かんでいる。
もちろん無人島で野鳥の住処となっていると聞く。
両手いっぱいに買ったのは主に海の幸。
貝やイカを串刺しにして焼いたものや、新鮮な海の幸をふんだんに使ったスープ。それに、フライにした魚を挟んだパンとデザートのマフィン。
ちょっと買い過ぎたねと笑いながら、砂浜を進む。歩くたびにヒールが砂に沈んでしまうのでもたもたしていると、ルージェックはさりげなく私の腕にある紙袋を持ってくれた。
昔から、ルージェックは優しい。彼のこういった優しさに触れるのは、学生時代にも何度もあった。
でも、最近はあの頃と違い、その優しさに特別な意味があるように感じてしまう。
私の思い過ごしだろうけれど、それが嬉しくなんだか照れくさい。
流木に座りながら買ってきたものを食べる。
こんな開放的な食事は久々で、料理の美味しさも相まってついつい口元が綻んでしまう。
「リリーアンは美味しそうに食べるよね」
「あら、だって本当に美味しいのよ。最近はお城の食堂で食べたり、パレスが買ってきてくれた食事を侍女部屋で摂ることが多かったから、こんな広々とした場所での食事は久しぶりなの」
「確かに、これほどないってぐらい見晴らしがいいな」
串焼きには絶妙に甘じょっぱいタレが絡んでいて、パンに挟まれたフライはサクッとしている。遮るものがなくて少し潮風が強いけれど、温かいスープがあるからへっちゃら。
そして目の前に広がるのは真横に伸びる水平線。
左右にも砂浜が広がるので視界には建物がなく、唯一あるとすれば、海へと突き出す桟橋と二台の小船だけという絶景だ。美味しさだって五割増しだ。
ここ数週間の息の詰まるような気持ちがゆるゆると解けていく。
中々進まないカージャスとの婚約解消も決着がつき、平穏な日常が戻ろうとしている。
本来なら晴れやかなはずなのに、胸に一点もやっと残るのは、あの噂。
カージャスは私が彼の思い通りにならないことに苛立ちを感じていたし、ルージェックに対しても腹を立てていたと思う。
でも、だからと言って火をつけたとは思えなかった。
私には高圧的な物言いをすることもあったけれど、そんなだいそれたことをする度胸は彼にない。
それに、カージャスだとしたら、たとえフードをすっぽり被った外套姿であったとしても分かったと思う。だてに幼い頃から一緒にいたわけではない。
「どうしたんだ、急に黙り込んで」
「ううん。なんでもないわ。そう言えば、焼けた書類について詳しいことは分かったの?」
あのあとも何度か手伝いをしようと思ったのだけれど、不審者と遭遇したテオフィリン様の警護を強めるべきだという意見が出たらしく、常に侍女が二人つくことになった。
そのせいで忙しく、宰相様の部屋に行くことができない。
「うん。おおよそね。ただ、首謀者の見当がまだついていない。それが分かればすぐに各領地に憲兵が赴き捜査すると宰相様が仰っていた」
「手伝えなくてごめんなさい」
「いいよ。リリーアンも忙しいんだから。明日は何時から出勤なんだ」
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