私はあなたの癒しの道具ではありません

琴乃葉

文字の大きさ
30 / 43

誕生日祭.2

しおりを挟む
雲一つない冬の空。風邪は冷たいけれど陽が当たるので寒くはない。
 私達は並んで坂を下りていった。

 海に近付くにつれ、風から潮の香りがし人が増えてくる。道沿いにある商店の軒先には食べ物をはじめ布やスカーフ、髪飾りや本が所狭しと並ぶ。
 遠方の領地からやって来るのは夜会に出席する領主だけでなく、パレードをひと目見ようと平民達も来ているそうだ。

「すごい人ね」
「義父が、騎士の臨時の詰め所を数ヶ所作ったと言っていた。明日のパレードの警備のためでもあるけれど、これだけ人が多いとスリやひったくりも考えられるしな」
「迷子も多そうよね」
「確かに。ということで、手をつなごう」

 まるでそうするのが当たり前のように差し出された右手を、思わずまじまじと見てしまった。

「もう、仲の良いふりはしなくていいと思うのだけれど」
「甘いね、リリーアン。念には念を入れてというだろ」

 押しの強い笑顔で微笑まれ、確かにそうかもと素直に手を出すと、ルージェックは胸が痛むかのように手を当てた。

「大丈夫?」
「まったく、そこまで素直だと悪い奴に騙されないかと心配になるよ。ついでに俺の良心も痛む」
「……最近、よく良心が痛んでいない?」
「そうだね。そろそろ本心を語らないと、いい加減申し訳なくなってきた」

 困ったように眉を下げるも、握った手にはぎゅっと力が込められた。
 自分とは違う大きく硬い手に、勝手に心臓が早くなっていく。油断すると顔まで赤くなりそうで、私は自分を落ち着かせようと大きく息を吸った。

 どこかぎこちない私を見て、ルージェックが嬉しそうにへらっと笑った。

「もしかして意識してくれているなら、頑張った甲斐があるな」
「えっ? なに?」

 大道芸の傍を通ったタイミングでルージェックが何か言ったけれど、歓声で打ち消されてしまった。なにか大技をしたようだけれど、ここからではよく見えない。

「なんでもない。せっかくだから美味いものを買って食べないか」
「私もそう思っていたわ! でも、この人盛りだとベンチは空いていないかも」
「それなら砂浜に行こう。打ち上げられた流木があるはずだ」

 この海岸は潮の満ち引きが激しい。だから港はなくただ砂浜がずっと広がっていた。
 湾になっているので波は高くないけれど、引潮に巻き込まれ沖まで流され行方不明になった人もいるので、誰も海には入らない。

 湾と沖との境目あたりには小さな小島が浮かんでいる。
 もちろん無人島で野鳥の住処となっていると聞く。

 両手いっぱいに買ったのは主に海の幸。
 貝やイカを串刺しにして焼いたものや、新鮮な海の幸をふんだんに使ったスープ。それに、フライにした魚を挟んだパンとデザートのマフィン。

 ちょっと買い過ぎたねと笑いながら、砂浜を進む。歩くたびにヒールが砂に沈んでしまうのでもたもたしていると、ルージェックはさりげなく私の腕にある紙袋を持ってくれた。

 昔から、ルージェックは優しい。彼のこういった優しさに触れるのは、学生時代にも何度もあった。
 でも、最近はあの頃と違い、その優しさに特別な意味があるように感じてしまう。
 私の思い過ごしだろうけれど、それが嬉しくなんだか照れくさい。

 流木に座りながら買ってきたものを食べる。
 こんな開放的な食事は久々で、料理の美味しさも相まってついつい口元が綻んでしまう。

「リリーアンは美味しそうに食べるよね」
「あら、だって本当に美味しいのよ。最近はお城の食堂で食べたり、パレスが買ってきてくれた食事を侍女部屋で摂ることが多かったから、こんな広々とした場所での食事は久しぶりなの」
「確かに、これほどないってぐらい見晴らしがいいな」

 串焼きには絶妙に甘じょっぱいタレが絡んでいて、パンに挟まれたフライはサクッとしている。遮るものがなくて少し潮風が強いけれど、温かいスープがあるからへっちゃら。

 そして目の前に広がるのは真横に伸びる水平線。
 左右にも砂浜が広がるので視界には建物がなく、唯一あるとすれば、海へと突き出す桟橋と二台の小船だけという絶景だ。美味しさだって五割増しだ。
 
 ここ数週間の息の詰まるような気持ちがゆるゆると解けていく。
 中々進まないカージャスとの婚約解消も決着がつき、平穏な日常が戻ろうとしている。

 本来なら晴れやかなはずなのに、胸に一点もやっと残るのは、あの噂。
 カージャスは私が彼の思い通りにならないことに苛立ちを感じていたし、ルージェックに対しても腹を立てていたと思う。
 でも、だからと言って火をつけたとは思えなかった。

 私には高圧的な物言いをすることもあったけれど、そんなだいそれたことをする度胸は彼にない。
 それに、カージャスだとしたら、たとえフードをすっぽり被った外套姿であったとしても分かったと思う。だてに幼い頃から一緒にいたわけではない。

「どうしたんだ、急に黙り込んで」
「ううん。なんでもないわ。そう言えば、焼けた書類について詳しいことは分かったの?」

 あのあとも何度か手伝いをしようと思ったのだけれど、不審者と遭遇したテオフィリン様の警護を強めるべきだという意見が出たらしく、常に侍女が二人つくことになった。
 そのせいで忙しく、宰相様の部屋に行くことができない。
 
「うん。おおよそね。ただ、首謀者の見当がまだついていない。それが分かればすぐに各領地に憲兵が赴き捜査すると宰相様が仰っていた」
「手伝えなくてごめんなさい」
「いいよ。リリーアンも忙しいんだから。明日は何時から出勤なんだ」
「パレードの支度があるから七時には行かないと。すごく忙しくなるってエルマさんが言っていたわ」
「では、遅くならないうちに帰ろう」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~

ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。 絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。 アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。 **氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。 婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。

【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします

卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。 ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。 泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。 「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」 グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。 敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。 二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。 これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。 (ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中) もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!

これで、私も自由になれます

たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

処理中です...