32 / 43
誕生日祭.4
しおりを挟む**<ルージェック>
騎士の詰め所の前は人でごった返していた。
どうやら近くで酔っぱらいの喧嘩があり仲裁に行っていたらしく、留守の間に詰め所に駆け込んだ人が列をなしているようだ。
人が多くなれば、スリや置き引きといった軽犯罪が増えるのは仕方ない。
「お母さんはこの中にいるか?」
「……いない。グスン」
もうすぐ母親に会えると泣き止んでいたが、頭上から聞こえる声は再び湿り気を帯びている。ここで大泣きされると厄介だな、いや、むしろ泣いてくれたほうが母親が見つけてくれるかも。
そんなことを考えながら列に並ぶ。
ここに来るまでにも随分時間がかかってしまった。
リリーアンと露店を巡った時よりも明らかに人が増えている。
寮には門限がある。残業や夜勤をした際には上司から一筆もらい戸口で渡すことになっているらしい。無断外泊はもちろん門限を破れば、生活態度に問題ありと上司に報告が行き、場合によっては寮を追い出される。
城内にある寮だけに風紀に厳しいのだろう。だからこそ寮内は安全だと思っていたのだが。
「リック!!」
迷子を呼ぶ母親の声がする。そういえば、俺の髪を鷲掴みしているこの子の名前はなんだっただろう。
ちょと顎を上げ頭上にある泣きはらした顔を見ようとしたのだけれど、きょろきょろと首を動かし落ち着かない。
「リック!!」
「おかあさんっ!!」
いきなり両手を離し声の方に伸ばすものだから、子供の身体がぐらりと揺れ背後に半歩足を引く。もう一度子供を呼ぶ女性の声がすると、リックが肩の上で暴れるように泣き始めたので危ないと降ろし縦抱きにすると、人混みを掻き分け女性が駆け寄ってきた。
リックと同じ榛色の髪を首の後ろで一つに纏めた女性の瞳は、これまた同じように涙で濡れている。
「リック、どこに行ったのかと思ったわ」
俺の手から子供を受け取ると、顔をクシャクシャにして子供の頬に顔を寄せた。
すりすりと頬を擦りあい、もう離さないと強く子供を抱きしめる母親に、負けじと離すまいとしがみつく子供。俺の肩からも力が抜ける。
「あ、あの。ありがとうございます。お礼をさせてください」
「いいえ、大したことはしていません。海岸を一人歩いているのを見かけたので、騎士の詰め所に連れてきただけです。では、人を待たせているのでこれで失礼します」
母親は子供を抱いたまま腰を折るようにして何度も頭を下げる。
俺は構わないというように首を振り、リックの頭をクシャリと撫でその場を離れた。
日が沈むとあっという間に暗くなってしまう。
早くリリーアンのところに戻らなくては。
でも、やや強引に人を掻き分け戻ってきた砂浜にリリーアンはいなかった。
帰りが遅い俺を心配して探しに行ったのかもしれない。
見渡しの良い砂浜にいないのだから、露店の並ぶ場所を探すべきかとつま先を向けるも、入れ違いになるかもしれないと踏みとどまる。
「暫くここで待つか」
そう遠くへは行っていないだろうし、俺が見つからなければ戻ってくるだろうと流木に腰掛けると、木のひび割れた裂け目にキラリと光るものを見つけた。
なにとはなしに手を伸ばし、少しだけ見えていた金のチェーンを引っ張れば、裂け目は思ったより深いようでするするとチェーンが出てくる。
最後に引っかかったような手ごたえがあったので力をこめれば、やや抵抗があったあと濃紺の石が現れた。
「! これは、俺がリリーアンにプレゼントしたネックレス」
夜会に渡したエメラルドではなく、初任給で両親へプレゼントを買いに行った日に、リリーアンに贈ったものだ。
何かあったのだろうか。カージャスは謹慎処分を受けているから大丈夫だろうと一人にしたことが悔やまれる。
騎士に伝えるべきか。でも、偶然チェーンが切れただけかもしれない。
いろんな可能性を考えていると、知った顔が向こうから歩いてきた。
学生時代の友人で、今は騎士として働いているそいつの名を呼べば、呑気な返答と一緒に手を振ってくれた。
「どうしたんだ、こんなところいに一人で」
「リリーアンと来ていたんだがはぐれてしまったんだ。見かけなかったか?」
俺の問いに、彼は隣にいる女性と視線を合わせた。戸惑ったように揺れるその瞳にいやな予感を覚え「何か知っているのか」と詰め寄ると、友人は眉根を寄せた。
「知っているというか……リリーアンは見かけなかったが、さっきカージャスを見た。謹慎中なのにこんな人混みに出てくるなんてと訝しく思っていたんだ」
「それはどこで!」
「この近くだよ。あのあたりかな」
友人は海とは逆の方向を指差す。
砂浜は少し傾斜をつけながらやがて草むらに変わり、その向こうは石畳の道が海岸線と平行に走る。露店は石畳の道の両端に軒を連ねており、行き交う人の姿がここからでも見えた。
カージャスは一人で歩いていたらしい。
顔ははっきりと分らなかったけれど、ちらりと見えた横顔と、この国では珍しい黒髪から間違いないと言う。
「俺達、暗くなるまではここにいるから、リリーアンを見かけたらお前が探していたと伝えてやるよ」
「すまない。俺はカージャスを探してくる」
謹慎中に、騎士がうろつくこの場所に来るのは明らかに不自然。とはいえ、俺達がここに来たことをどうして知ったのか。
リリーを誘ったのを知っているのは義父ぐらいだ。
燃えた資料がどの領地のものかを纏めた書類を騎士団長である義父に届けにいった際に、その話をしたのを覚えている。にやにやと揶揄われ、頑張るんだなと笑われた。
あのとき、部屋には義父だけだったけれど、奥にある扉が開いていたような気が。
誰かが聞いていたのだろうか。
だが、たとえ聞かれていたとしても、悪い噂の渦中にいるカージャスに、俺とリリーアンのデートをわざわざ教えに行くとは考えにくい。
もし誰かがそんなことをしたのであれば、そこに悪意があると考えざるをえないが、カージャス以外に恨みを買った覚えはない。
頭の中で様々な可能性を考えながら、さらに多くなった人混みをすりぬけ周りに視線を走らせる。
こんなに人が多くては見つけるのは絶望的かも知れない、そんな弱気がよぎったとき、十メートルほど向こうに黒髪を見つけた。
「おい! ここで何をしている。謹慎中だろう!!」
俺に背後から肩を摑まれたカージャスは、ギョッと目を見開いたあと、俺の手を払いのけ鋭い視線を向けてきた。
31
あなたにおすすめの小説
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~
ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。
絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。
アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。
**氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。
婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。
【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~
朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。
婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」
静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。
夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。
「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」
彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします
卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。
ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。
泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。
「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」
グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。
敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。
二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。
これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。
(ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中)
もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!
これで、私も自由になれます
たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる