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第20話 裏切りの真犯人
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王都の夜は月が濃かった。
謁見の翌日、街にはひと時の平穏が流れていた。
宰相ギュスターヴの失脚の報が広まり、民衆は「正義が戻った」と噂している。
だが、その静けさの裏で――まだ見えない歪みが動き出していた。
***
「辺境部隊は無事領地へ帰還したと報告が入っています」
ルークが読み上げた報告書を閉じると、ディランはようやく安堵の息をついた。
玉座の間での裁定が終わってから丸一日。彼らは王都に残り、細部の調整を担っていた。
「お前もついに宮廷の中心か。昔の俺なら信じなかっただろう」
ルークの冗談に、ディランは肩をすくめた。
「皮肉を言う余裕があるなら助かる」
「それよりも、アイラ殿は?」
問いに、ディランはわずかに目を細めた。
「学院へ行った。王長官が、癒しの研究班を創設したいと言い出してな。王の命で彼女がその監督となった」
「それは……女性としては異例中の異例ですね」
「ああ。だが、それだけ彼女の存在が認められたということだ」
そう言いながらも、ディランの胸の奥には小さな不安が残っていた。
“あれほど権力に執着した宰相が、一夜で潰れるだろうか”
そう、簡単に終わるはずがない。
彼の根は王都全体に深く張り巡らされている。
ルークが退室した後、静寂が室内を満たす。
そのとき、戸口の外から衣擦れの音がした。
「ディラン様、失礼します」
入ってきたのは、アイラだった。
白衣の上に淡い青のストールを掛け、頬にわずかに疲労の色を浮かべている。
「遅くまでお仕事を?」
「お前こそ。体はもう限界のはずだ」
「今日だけは休めません。……セリア様が、会いたいとおっしゃっているのです」
その名が出た瞬間、ディランの表情が変わった。
「セリア。あの女が――今ごろ何を?」
「病に倒れたと聞きました。……王宮の客室で療養していると」
「嘘だな」
彼は短く断言した。
「病など口実に決まっている。おそらく――」
「でも、彼女が“真実を話したい”と願っているのです。どうしても会いたいと」
ディランは拳を握る。
「罠かもしれない」
「それでも、行きたいんです。彼女が何を思って私に会おうとしているのか、確かめたい」
「……分かった。俺も同行する」
頑なな決意を見て、彼は折れるほかなかった。
***
夜半。王宮の北翼。
煌々と灯りがともる客間の前に、二人は立っていた。
扉を開けた先には、薄いシーツに横たわるセリアの姿がある。
美しかった金髪は乱れ、青白い肌はまるで別人のようだった。
「……来てくれたのね」
か細い声が部屋に響いた。
アイラは一歩、近づく。
「話があると……?」
「ええ。私、知らなかったのよ。本当のことを。父が何をしていたのかも、自分が誰を傷つけたのかも」
彼女の瞳が涙に濡れる。
「レオンハルト様を奪えば、私も幸せになれると思っていたの。
でも、最後に知ったの。父が私に与えた“薬”――あれは人を惑わせる魔霊薬だった。
……殿下の心を縛っていたのは、私自身だったのよ」
アイラの目が見開かれた。
ディランが眉をひそめる。
「まさか……それは本当か?」
「ええ。父は私を利用したの。王家を傀儡にし、自分がこの国を治めるつもりだった。
でももういいの。あの人は自滅する。自分の欲に呑まれて。
……その証を、あなたに渡すわ」
セリアは震える手で枕の下から小さな金の鍵を取り出した。
「王立文庫の最奥、“封印文書庫”の扉を開ける鍵よ。
そこには父の研究記録がある。魔霊薬の調合書と、宰相府の裏金記録。
それを……公にして」
「なぜ、私に?」
「私がそうしなければ、きっとまた誰かが同じ道を歩む。アイリス様……お願い」
アイラは震えるその手を取った。
「必ず。もう二度と、誰も苦しまないように」
セリアは小さく微笑み、目を伏せた。
だが、その瞬間。
扉の外で鋭い金属音が響いた。
「誰かいる!」
ディランが叫ぶと同時に、黒衣の影が部屋に飛び込んだ。
それは、一瞬だった。
刃の閃きが走り、セリアの胸元に赤い線が生まれる。
「セリア!」
アイラが駆け寄るが、もう手遅れだ。
血が枕を染め、鍵が床に転がった。
黒衣は逃げようとしたが、ディランの剣がその肩を裂く。
「誰の命令だ!」
返答はない。
しかし、血を吐いたその男の口から、思いもよらぬ名が零れた。
「……陛下の……命、だ」
室内に重い沈黙が落ちた。
王の命――?
ディランとアイラは顔を見合わせる。
まさか、王自らが宰相の罪を隠そうとしているのか。
ディランが歯を食いしばる。
「結局、頂が腐っていたというわけか……!」
怒りを押し殺しながら、男を縛り上げる。
アイラは震える手でセリアの瞼を閉じた。
「あなたは、やっと自由になれたのね。……ありがとう」
その声には涙が滲んでいた。
ディランが彼女の肩を抱く。
「ここを離れるぞ。鍵を守れ。――その証が、国を変える最後の切り札になる」
「はい」
二人は静かに部屋を後にした。
廊下の先では、兵士たちが騒ぎ始めている。
彼らが追っているのは暗殺者ではない。
犯人とされた“二人の反逆者”――将軍と“聖女”だった。
夜風が赤く染まる。
王都が再び騒乱へ沈む前夜。
ディランとアイラの運命は、もう後戻りできぬところまで燃え上がっていた。
続く
謁見の翌日、街にはひと時の平穏が流れていた。
宰相ギュスターヴの失脚の報が広まり、民衆は「正義が戻った」と噂している。
だが、その静けさの裏で――まだ見えない歪みが動き出していた。
***
「辺境部隊は無事領地へ帰還したと報告が入っています」
ルークが読み上げた報告書を閉じると、ディランはようやく安堵の息をついた。
玉座の間での裁定が終わってから丸一日。彼らは王都に残り、細部の調整を担っていた。
「お前もついに宮廷の中心か。昔の俺なら信じなかっただろう」
ルークの冗談に、ディランは肩をすくめた。
「皮肉を言う余裕があるなら助かる」
「それよりも、アイラ殿は?」
問いに、ディランはわずかに目を細めた。
「学院へ行った。王長官が、癒しの研究班を創設したいと言い出してな。王の命で彼女がその監督となった」
「それは……女性としては異例中の異例ですね」
「ああ。だが、それだけ彼女の存在が認められたということだ」
そう言いながらも、ディランの胸の奥には小さな不安が残っていた。
“あれほど権力に執着した宰相が、一夜で潰れるだろうか”
そう、簡単に終わるはずがない。
彼の根は王都全体に深く張り巡らされている。
ルークが退室した後、静寂が室内を満たす。
そのとき、戸口の外から衣擦れの音がした。
「ディラン様、失礼します」
入ってきたのは、アイラだった。
白衣の上に淡い青のストールを掛け、頬にわずかに疲労の色を浮かべている。
「遅くまでお仕事を?」
「お前こそ。体はもう限界のはずだ」
「今日だけは休めません。……セリア様が、会いたいとおっしゃっているのです」
その名が出た瞬間、ディランの表情が変わった。
「セリア。あの女が――今ごろ何を?」
「病に倒れたと聞きました。……王宮の客室で療養していると」
「嘘だな」
彼は短く断言した。
「病など口実に決まっている。おそらく――」
「でも、彼女が“真実を話したい”と願っているのです。どうしても会いたいと」
ディランは拳を握る。
「罠かもしれない」
「それでも、行きたいんです。彼女が何を思って私に会おうとしているのか、確かめたい」
「……分かった。俺も同行する」
頑なな決意を見て、彼は折れるほかなかった。
***
夜半。王宮の北翼。
煌々と灯りがともる客間の前に、二人は立っていた。
扉を開けた先には、薄いシーツに横たわるセリアの姿がある。
美しかった金髪は乱れ、青白い肌はまるで別人のようだった。
「……来てくれたのね」
か細い声が部屋に響いた。
アイラは一歩、近づく。
「話があると……?」
「ええ。私、知らなかったのよ。本当のことを。父が何をしていたのかも、自分が誰を傷つけたのかも」
彼女の瞳が涙に濡れる。
「レオンハルト様を奪えば、私も幸せになれると思っていたの。
でも、最後に知ったの。父が私に与えた“薬”――あれは人を惑わせる魔霊薬だった。
……殿下の心を縛っていたのは、私自身だったのよ」
アイラの目が見開かれた。
ディランが眉をひそめる。
「まさか……それは本当か?」
「ええ。父は私を利用したの。王家を傀儡にし、自分がこの国を治めるつもりだった。
でももういいの。あの人は自滅する。自分の欲に呑まれて。
……その証を、あなたに渡すわ」
セリアは震える手で枕の下から小さな金の鍵を取り出した。
「王立文庫の最奥、“封印文書庫”の扉を開ける鍵よ。
そこには父の研究記録がある。魔霊薬の調合書と、宰相府の裏金記録。
それを……公にして」
「なぜ、私に?」
「私がそうしなければ、きっとまた誰かが同じ道を歩む。アイリス様……お願い」
アイラは震えるその手を取った。
「必ず。もう二度と、誰も苦しまないように」
セリアは小さく微笑み、目を伏せた。
だが、その瞬間。
扉の外で鋭い金属音が響いた。
「誰かいる!」
ディランが叫ぶと同時に、黒衣の影が部屋に飛び込んだ。
それは、一瞬だった。
刃の閃きが走り、セリアの胸元に赤い線が生まれる。
「セリア!」
アイラが駆け寄るが、もう手遅れだ。
血が枕を染め、鍵が床に転がった。
黒衣は逃げようとしたが、ディランの剣がその肩を裂く。
「誰の命令だ!」
返答はない。
しかし、血を吐いたその男の口から、思いもよらぬ名が零れた。
「……陛下の……命、だ」
室内に重い沈黙が落ちた。
王の命――?
ディランとアイラは顔を見合わせる。
まさか、王自らが宰相の罪を隠そうとしているのか。
ディランが歯を食いしばる。
「結局、頂が腐っていたというわけか……!」
怒りを押し殺しながら、男を縛り上げる。
アイラは震える手でセリアの瞼を閉じた。
「あなたは、やっと自由になれたのね。……ありがとう」
その声には涙が滲んでいた。
ディランが彼女の肩を抱く。
「ここを離れるぞ。鍵を守れ。――その証が、国を変える最後の切り札になる」
「はい」
二人は静かに部屋を後にした。
廊下の先では、兵士たちが騒ぎ始めている。
彼らが追っているのは暗殺者ではない。
犯人とされた“二人の反逆者”――将軍と“聖女”だった。
夜風が赤く染まる。
王都が再び騒乱へ沈む前夜。
ディランとアイラの運命は、もう後戻りできぬところまで燃え上がっていた。
続く
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