婚約破棄されたはずなのに、溺愛が止まりません!~断罪された令嬢は第二の人生で真実の愛を手に入れる~

sika

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第21話 元婚約者の崩壊

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王都の塔に、警鐘が鳴り響いた。  
夜の闇を裂くように何度も打ち鳴らされるその音は、ただ事ではない混乱を告げている。  
兵士たちが駆け出し、松明が街を赤く染めた。  
人々は戸を閉ざしながら噂を囁く。  
「王城で暗殺があった」「将軍が裏切った」「あの“聖女”が逃げた」――。  
真実から最も遠い言葉が、最も速く広がっていく。  

ディランとアイラは路地に身をひそめていた。  
王宮の回廊を抜け、ようやく人目を避けた場所へたどり着いたのだ。  
「……追手が来ます。あの衛兵の数では、すぐに王都を封鎖するはずです」  
アイラの声にディランは頷き、懐に隠していた金の鍵を取り出した。  
「この鍵がある限り、奴らは俺たちを逃がさない。王が何を恐れているのか、ようやく分かった気がする」  

「封印文書庫……あれが、すべての証拠なのですね」  
「ああ。宰相の不正だけじゃない。おそらく、王が裏で何をしてきたかまで」  
「ですが、王家を敵に回せば、あなたの地位も命も――」  
「もう怖くない。守るものが、できたからな」  

アイラがディランの手を握りしめた瞬間、近くの鐘楼から光が閃いた。  
合図の狼煙。追っ手の始動を知らせるものだった。  

「急ぎましょう。北の河へ出て、そこから馬を」  
アイラの声に従い、二人は闇を駆け抜ける。  
石畳を打つ靴音が重なり、その背を追う灯りが遠くにいくつも見えた。  

「止まれ!」  
叫び声と同時に矢が飛ぶ。  
ディランが振り向き、剣で弾きを入れる。火花が闇に散り、次の瞬間、頭上のアーチが崩れた。  
「アイラ、伏せろ!」  
瓦礫の破片が落ちる中、彼女は床に身を伏せた。  
煙の中から兵士たちの影が近づいてくる。  
だが、ディランの顔には焦りよりも、かすかな冷笑が浮かんでいた。  

「この混乱のどさくさに便乗して、誰が得をするのか……考えろ」  
「まさか、王が――!」  
「いや、あれは“誰かに利用されているだけ”だ」  

剣を構えながらディランは低く言った。  
「この闇の中で、影を糸引く本当の黒幕がいる。……やつは王でも宰相でもない」  
「そんな……誰なのです!」  
「それを暴くために、生き延びるんだ」  

二人は再び走り出した。  
夜気を切る足音の先に、金の光が見えた。  

***  

その頃、王城の奥。  
レオンハルト王太子は豪奢な私室で机を荒々しく叩きつけていた。  
「なぜだ……なぜ裏切られた!」  
怒声が木壁を震わせる。  
側に控える近衛すら、口を開けない。  

「王の命令ならば、それを私が聞いていないはずがない……! 父上が――いや、誰が……」  
混乱に歪む恰好の中で、ひとりの文官が震える声で報告した。  
「せ、セリア殿が殺害されたとの報。しかも、現場では“ヴァーミリオン将軍と聖女が逃走していた”と……」  
レオンハルトの顔が一瞬にして蒼白になる。  
「……罪を、彼らに被せたのか」  
怒りが燃え上がる。  
「父上……!」  

王城の奥の王座の間へ足早に向かう。  
玉座の前では、王が側近たちに囲まれ、静かに杯を持っていた。  
「ああ、レオンか。寝もせずにどうした」  
「父上、なぜです!」  
その声に、王は顔を上げる。  

「なぜディランを陥れたのです。なぜアイリスを再び追うのです!」  
「……どちらも、この国の脅威だからだ」  
「違います! 二人は真実を明らかにしただけです!」  
王の瞳が冷たく細められる。  
「真実……? 真実など、民が腹を満たすのに何の役に立つ」  
「……!」  
「歴史とは選ばれた者が作る造形物だ。私が正義だと言えば、それが正義になる。  
たった一人の女の無実など、王国の秩序の前では塵にも値せぬ」  

その言葉に、レオンハルトの中で何かが崩れた。  
震える手が剣の柄を握りしめる。  
「――その王冠、私が継ぐ資格があると思いますか?」  
「何を言うつもりだ」  
「私は、あの夜の罪をまだ背負っています。あなたのようにそれを“秩序”と呼ぶつもりはない!」  

瞬間、右手で剣を抜く音が響いた。  
近衛が動こうとするが、王が手を挙げて止める。  
「息子よ。王冠とは、情ではなく理で守るものだ」  
「理が人を殺したとき、それはもう冠ではない。鎖だ!」  
レオンハルトは剣を床に突き立てた。  
「父上の手でこの国を封じるなら、私は敵になります」  

王の顔色が一瞬で変わった。  
「……裏切ると申すか」  
「はい。父上が真実を恐れる限り、私はその敵として立ちます」  
硬い沈黙。  
やがて王は冷たい笑みを見せた。  
「良いだろう。王座を望むなら、奪え」  

この瞬間、王と王太子は完全に決裂した。  

***  

夜明け近く。郊外の古い修道院の裏庭。  
ディランとアイラは疲れ切った体で壁を越え、ようやく外へ抜け出していた。  
「ここなら……しばらく身を隠せます」  
息を整えながら、彼女は微笑む。  
だがその笑みは、悲しみの色を含んでいた。  

「あなたを巻き込んでばかり……ごめんなさい」  
「それを言うなら、俺のほうが先だ。お前を再び王都に来させたのは俺の判断だった」  
「違います。あなたがいたから、私は立ち向かえた」  

二人は崩れかけた石壁のそばに座り込んだ。  
空には、夜明けの色が滲み始めている。  
沈黙の中、微かな鳥の声が聞こえた。  

「……ディラン様」  
「なんだ」  
「もし、私たちがすべてを明らかにしても、人々は信じてくれるでしょうか。  
真実がどれほど痛くても、希望に変わる日が来るでしょうか」  
「――来るさ。たとえ百年かかっても、誰かが繋いでくれる。  
お前の光が消えることはない」  

その言葉に、アイラは初めて穏やかに笑った。  
「あなたのそういうところが、好きです」  
燃え尽きた夜の静寂の中で、二人は穏やかに寄り添った。  

だがその背後、修道院の鐘楼の影で、誰かが薄く笑っていた。  
「……やはり貴様らが動いたか」  
その声は、王の側近でも宰相でもない――第二王弟、サイラス王子。  

王太子と王が対立する混乱の裏で、密かに野心を隠し続けた男。  
新たな“裏切り”が、すでに次の舞台を築き始めていた。  

続く
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