婚約破棄されたはずなのに、溺愛が止まりません!~断罪された令嬢は第二の人生で真実の愛を手に入れる~

sika

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第22話 泣き崩れた王太子の懺悔

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黎明の光が王都を包みはじめる頃、上空には燃え落ちる煙の筋が浮かんでいた。  
城下では近衛と王都防衛兵がぶつかり合い、剣と剣が打ち合う音が途絶えることなく響いている。  
国の芯が揺らいだ瞬間、誰もが信じていた秩序が粉々に崩れたのだ。  

玉座の間はすでに荒れていた。  
王の命を受けた近衛が城門を封鎖し、王太子レオンハルトはその包囲の中に立っている。  
革手袋を外し、震える手で剣を握りながら、彼は父と対峙していた。  

「父上……これ以上、血を流させるわけにはいかない」  
「貴様は王座を狙うつもりだな」  
王の声は雷鳴のように響き、閣下に向けた視線には怒りのほかに黒い影があった。  
「権威を否定し、将軍を擁立し、法を逸脱した女に膝を折った。それが汝の罪だ」  
「彼女の罪は、あなたが植えつけた“恐れ”で作られた幻だ!」  
レオンハルトの叫びが高殿にこだました。  

重臣たちは息を殺す。  
王が杖を振り下ろすと、近衛が一斉に動いた。  
しかし剣が交差するより早く、レオンハルトは地に膝をついた。  
その姿は降伏でも屈従でもなかった。ただ、人の息子としての祈りだった。  

「俺は……父上を討つために生まれたわけではありません。  
本当に守りたいものを守るために、あなたと戦うしかなかった。  
どうか――この国に、希望を返してください」  

王の瞳が揺れた。  
その奥に、一瞬の迷いが覗く。  
だが、王冠の重さが全てを押し戻した。  

「希望とは、秩序の上にこそ成るものだ。汝の抱くそれは夢物語にすぎぬ!」  
また杖が打ち下ろされる。だがその音は石床に響かなかった。  
かわりに、杖を掴む手があった。  

「いいえ……夢ではありません」  
城の奥から、静かな声が響いた。  
白い外套をまとった女――アイラだった。  
煤と血に汚れた衣のまま、彼女は王の間に歩み入る。  
その後ろに、剣を抜いたディランが控えている。  

「そなた……!」  
王の声が震える。  
「まだ生きていたか、忌まわしき女が!」  
「いえ、私は今“生き直しています”。」  
アイラはまっすぐ玉座を見上げた。  
「罪を着せ合い、愛を失い、国を蝕んだその恐れから、もう誰も逃げられません。  
それを終わらせるために、ここへ来ました。」  

レオンハルトが立ち上がり、アイラを見た。  
その目には深い後悔が宿っている。  
「……俺はまた君を巻き込んでしまった。」  
「いいえ。私は自分で選びました。今度こそ、自分の意思で。」  

彼女の声には確固たる意志があった。  
そして、ゆっくりとポケットから小さな金の鍵を取り出す。  
「宰相が残した封印文書の鍵です。王家の汚れを白日の下にさらす証。  
陛下、それを恐れて私たちを罪人と呼んだのですか?」  
「……黙れ!」  
王の怒号が響く。  
だが声はもう震えていた。  

玉座の背後の扉が開き、近衛達が何かを運び込んでくる。  
無数の羊皮紙――封印文書庫から押収された記録が並べられた。  
ルークたちがすでに動いていたのだ。  
「この書状が語るのは、陛下ご自身の命で開発された“魔霊兵計画”。  
民を犠牲に魔力兵を作り、戦を終わらせるどころか延命させた計画です」  
ディランの声が冷たく響く。  
広間がざわめく。  
貴族たちが狼狽し、兵が進退を迷う中、王の顔が蒼ざめていった。  

「……それは、我が国を守るために必要な策であった」  
王はかすれた声で呟く。  
「必要な犠牲などありません!」  
アイラの叫びがそれを遮る。  
「人は守るために生まれてきた。支配するために生まれたのではありません!」  

沈黙。  
重なる足音――誰よりも先に、レオンハルトが玉座の階段を上り始めた。  

「父上、もう終わりです」  
「レオン、汝まで我を否定するか」  
「いいえ、違います。俺は今、父ではなく、一人の王として“真実”を見ている。  
あなたが恐れたのは力ではない、変化だ。  
だが、この国は変わらなければ滅びます」  
王は答えられなかった。杖を握るその指が震える。  

近衛たちの間に動揺の波が広がる。  
王の沈黙を、誰もが初めて見たのだ。  
その瞬間、レオンハルトがゆっくりとひざまずいた。  

「俺は、あなたを討たない。そんなことをしても何も変わらない。  
だから、どうか決断してください。  
“罪人”を裁くか、それとも王として己を裁くかを。」  

しばらくの沈黙。  
やがて、杖が床を叩いた。  
重い音が響き、会場に立つ全員が目を閉じる。  
「……王座を降りよう。」  
その言葉は、もはや王ではなく、一人の男のものだった。  

王はゆっくりと冠を外し、玉座の傍らに置いた。  
「これほど重いものだとは思わなかった。長いこと幻想を抱いていたようだ。  
女よ、お前が持つその力、どうか国のために使ってくれ。」  

アイラは深く頭を下げた。  
「はい。私はこの国を癒します。過去の痛みと、これからの未来を。」  

王が去り、広間に残されたのは静けさだけ。  
誰もが膝を折り、レオンハルトが新たな王の立場として立ち上がる。  

だが、ディランはその光景をただ見つめながら、横に立つアイラへ囁いた。  
「終わったな」  
「ええ……やっと」  
彼女の瞳から、押し殺してきた涙が零れた。  

ディランはその涙をそっと指で拭い、あたたかな声で言った。  
「お前の涙が、この国の始まりだ」  
「そんな大それたものではありません。ただ……やっと許せたんです」  
「誰を」  
「……三年前の私を、です」  

彼女が微笑んだとき、その顔に初めて“聖女”ではなく、一人の女性としての柔らかい光が差した。  
彼女は、もう過去の炎に縛られていなかった。  

レオンハルトが歩み寄り、膝を折る。  
「アイリス。俺を赦さなくてもいい。ただ、これだけは言いたかった。……ありがとう」  
「あなたはもう十分に苦しみました。どうか自分まで罰しないでください」  
「それを言えるのは、君しかいない」  
彼はそう言って微笑み、立ち去った。去り際、その肩は小刻みに震えていた。  

ディランが軽く息を吐く。  
「泣き崩れた王子など、この国の歴史には残らんだろうな」  
「いいえ。その涙が、変化を作るのです」  

朝陽の光が高窓を抜け、二人の影を長く伸ばしていく。  
暗闇に長く閉じ込められた国に、初めて確かな暁が訪れていた。  

続く
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