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第24話 将軍の猛追、命を懸けた救出
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王都を離れた翌朝、空は灰一色に覆われていた。
春のはずなのに、どこか冬の名残を思わせる冷たい風が頬をなでる。
ディランとアイラを乗せた馬車は街道を離れ、北西の山岳地帯へと進んでいた。
そこが、王都の追手を避ける最短の抜け道――そして、かつてディランが駐屯していた古い前線基地の跡地でもあった。
「あと半日で国境だ」
ディランが手綱を握りながら言う。
その声はいつも通り冷静だが、背中に漂う緊張が隠しきれない。
「本当に、この道でよかったのでしょうか」
「この道を知っているのは軍でも一握りだ。だが……それは王族側も同じだ。
サイラス王子が動いていなければ、追っ手は遅れる」
アイラは座席の端に手をかけたまま、彼の横顔を見た。
その表情は、戦場で見せる時と同じ光を帯びている。
命を懸けた覚悟の色。
それが彼に似合いすぎて、言葉が出なかった。
「ディラン様」
「なんだ」
「王城に残った人たちは……大丈夫でしょうか」
「ルークがいる。俺が信じた副官だ。心配するな」
「……はい」
そう答えながらも、胸の奥がずっとざわついている。
彼女の中で、もう一つの予感が膨らんでいた。
“まだ終わっていない”――そんな確信にも似た感覚。
街を出る時に感じた、誰かに見られているような気配。
あれはただの錯覚ではなかったのだ。
***
昼を過ぎ、馬車が峠に差し掛かった頃だった。
突如として、山の向こうから銃声が響いた。
「……伏せろ!」
ディランが叫ぶと同時に、荷台が木片を跳ね上げて弾丸を弾き返す。
黒装束の兵が、崖の上に現れた。
王都の紋章ではない。サイラス王子の私人軍――影部隊だ。
「やはり来たか……!」
ディランは剣を抜き、手綱を放して飛び降りる。
わずかな間に、四方から敵が迫った。
アイラが封印袋から短杖を取り出そうとした瞬間、兵が先に馬車へ突っ込む。
「やめて!」
光が弾け、衝撃波が周囲を包む。彼女の癒しの魔法が、爆発的な防御壁となって敵を吹き飛ばした。
「大丈夫か!」
「ええ、まだ……!」
息を荒げて立ち上がったアイラの頬を、血の滴がかすめる。
目の前で、ディランが敵兵二人を払いのけた。
剣のみならず、体ごとぶつかる彼の動きはまるで獣のようだ。
それでも敵は止まらない。上から次々に矢が降り注ぎ、数で押してくる。
「数が多すぎる……このままでは――」
アイラの声が言い終わるより早く、ディランは彼女の腕を掴み、崖際の細い獣道へ押し込む。
「こっちだ!」
「でも!」
「お前が死ねばすべて終わる!」
坂を駆け下りながら、彼は剣で木々をなぎ払う。
矢が背中にかすめ、外套を裂いた。
だが彼の動きに迷いはない。
その一撃一撃が、守るためだけに磨かれた力の証だった。
崖下の岩棚に着くと、風が頬を切る。
木々の隙間から見えるのは断崖絶壁。
細い岩道を渡るしか、逃げ道はない。
「先に行け」
ディランが短く言った。
「でも、あなたは!」
「俺もすぐ行く――行け!」
鋭い叫びに、アイラは歯を食いしばり、一歩を踏み出した。
その瞬間、背後で鉄がぶつかる音。
振り向くと、黒装束の一人が剣を構えてディランに飛びかかっていた。
「ディラン!」
「大丈夫だ、行け!」
山肌の岩が割れるような音が鳴り、彼の足元から崩れ始める。
落下する岩と共に、敵もろとも彼の影が消えた。
「――っ!」
アイラの叫びが風に消える。
駆け寄ろうとしたが、足場が崩れて阻まれた。
「ディラン! 返事をして!」
応えはない。
ただ、崖下に立ち上る砂煙の向こうから、かすかに剣の火花が瞬いた。
「まだ……生きてる!」
彼女は躊躇なく崖を滑り降りた。
枝を掴み、石を蹴り、土に塗れても手を止めずに。
どんな怪我をしても構わない。彼を見失う方が、ずっと恐ろしかった。
***
崖下の谷底は霧がかかっていた。
倒木と岩の影の間に、黒装束の兵が数人倒れている。
血の匂いと硝煙の残り香――そしてその中心に、ディランが膝をついていた。
肩に矢を受け、左腕は血で濡れている。
それでも剣を放していなかった。
「……遅かったな」
微笑みながら、彼は立ち上がろうとする。
「どうして助けを呼ばないのですか!」
「お前を守る方が先だ」
「そんな……!」
涙がこぼれる。
その瞬間、霧の中から新たな影が現れた。
今度はサイラス王子本人がいた。
金の刺繍の外套を纏い、余裕の笑みを浮かべている。
「見事な戦いぶりだ。だが、愚かしい。
お前たちは王の犬であるべきだった。野に下るなど、誇りを捨てた行為だ」
ディランは冷たい声で応じた。
「貴様こそ、自分を王と名乗る資格があると思うか」
「資格? 国を動かすのは力だ。父も兄も、その座を守るために嘘を積み重ねた。
ならば私は――真実を潰して頂点に立つ」
彼の目が光り、背後の兵が剣を構える。
「アイラ、下がれ!」
ディランが前に出るが、彼女は震える手で彼の腕を掴み、首を振った。
「戦わないで! あなたの血をこれ以上見たくない!」
「しかし!」
「彼を倒さなくても、終わらせる方法がある!」
アイラは首飾りを握りしめ、杖を掲げた。
金の光が放たれ、谷に反響する。
その光は、痛みも怒りも飲み込むように広がっていき、サイラスの兵たちを怯ませた。
彼女の瞳からこぼれる涙が一滴、杖の先に落ちる。
それが魔力となり、風を起こした。
「……あなたには、もう何も奪えません!」
轟音。
衝撃が地を揺らし、サイラスの部下たちが後退する。
その隙に、ディランが彼女の手を取って駆け出した。
崖沿いの隙間を抜け、陽の光が見える出口まで一気に走る。
背後から追ってくる兵たちの声が遠ざかっていく。
ようやく安全な場所にたどり着いた頃、ディランは力尽きるように膝をついた。
アイラがすかさず両手をかざす。
柔らかい光が彼の傷口を包み、温もりが伝わっていく。
「バカです……どうしていつも自分を盾にするの」
「癖なんだ。……お前を守るのが俺の生きがいだから」
そう言って、彼は微笑んだ。
「死なないで。あなたがいないと、私は――」
「心配するな。……こう見えて、しつこい男だ」
彼の左手が、弱々しく彼女の頭に触れる。
「また……春を見よう」
アイラはうなずき、顔を伏せてその体を抱きしめた。
霧の中を一筋の光が通る。
夜明け前の淡い光だった。
彼らの体を照らしながら、吹き抜ける風が新しい始まりを告げるかのように流れていく。
それでも戦いは終わっていない。
王家の影が完全に消え去るまで、まだ険しい道のりが残っている。
深い霧のはるか向こうで、再び馬の蹄の音が響いた。
サイラスは倒れてはいなかった。
そして彼の狙いは、まだ――王座の奪取では終わらない。
続く
春のはずなのに、どこか冬の名残を思わせる冷たい風が頬をなでる。
ディランとアイラを乗せた馬車は街道を離れ、北西の山岳地帯へと進んでいた。
そこが、王都の追手を避ける最短の抜け道――そして、かつてディランが駐屯していた古い前線基地の跡地でもあった。
「あと半日で国境だ」
ディランが手綱を握りながら言う。
その声はいつも通り冷静だが、背中に漂う緊張が隠しきれない。
「本当に、この道でよかったのでしょうか」
「この道を知っているのは軍でも一握りだ。だが……それは王族側も同じだ。
サイラス王子が動いていなければ、追っ手は遅れる」
アイラは座席の端に手をかけたまま、彼の横顔を見た。
その表情は、戦場で見せる時と同じ光を帯びている。
命を懸けた覚悟の色。
それが彼に似合いすぎて、言葉が出なかった。
「ディラン様」
「なんだ」
「王城に残った人たちは……大丈夫でしょうか」
「ルークがいる。俺が信じた副官だ。心配するな」
「……はい」
そう答えながらも、胸の奥がずっとざわついている。
彼女の中で、もう一つの予感が膨らんでいた。
“まだ終わっていない”――そんな確信にも似た感覚。
街を出る時に感じた、誰かに見られているような気配。
あれはただの錯覚ではなかったのだ。
***
昼を過ぎ、馬車が峠に差し掛かった頃だった。
突如として、山の向こうから銃声が響いた。
「……伏せろ!」
ディランが叫ぶと同時に、荷台が木片を跳ね上げて弾丸を弾き返す。
黒装束の兵が、崖の上に現れた。
王都の紋章ではない。サイラス王子の私人軍――影部隊だ。
「やはり来たか……!」
ディランは剣を抜き、手綱を放して飛び降りる。
わずかな間に、四方から敵が迫った。
アイラが封印袋から短杖を取り出そうとした瞬間、兵が先に馬車へ突っ込む。
「やめて!」
光が弾け、衝撃波が周囲を包む。彼女の癒しの魔法が、爆発的な防御壁となって敵を吹き飛ばした。
「大丈夫か!」
「ええ、まだ……!」
息を荒げて立ち上がったアイラの頬を、血の滴がかすめる。
目の前で、ディランが敵兵二人を払いのけた。
剣のみならず、体ごとぶつかる彼の動きはまるで獣のようだ。
それでも敵は止まらない。上から次々に矢が降り注ぎ、数で押してくる。
「数が多すぎる……このままでは――」
アイラの声が言い終わるより早く、ディランは彼女の腕を掴み、崖際の細い獣道へ押し込む。
「こっちだ!」
「でも!」
「お前が死ねばすべて終わる!」
坂を駆け下りながら、彼は剣で木々をなぎ払う。
矢が背中にかすめ、外套を裂いた。
だが彼の動きに迷いはない。
その一撃一撃が、守るためだけに磨かれた力の証だった。
崖下の岩棚に着くと、風が頬を切る。
木々の隙間から見えるのは断崖絶壁。
細い岩道を渡るしか、逃げ道はない。
「先に行け」
ディランが短く言った。
「でも、あなたは!」
「俺もすぐ行く――行け!」
鋭い叫びに、アイラは歯を食いしばり、一歩を踏み出した。
その瞬間、背後で鉄がぶつかる音。
振り向くと、黒装束の一人が剣を構えてディランに飛びかかっていた。
「ディラン!」
「大丈夫だ、行け!」
山肌の岩が割れるような音が鳴り、彼の足元から崩れ始める。
落下する岩と共に、敵もろとも彼の影が消えた。
「――っ!」
アイラの叫びが風に消える。
駆け寄ろうとしたが、足場が崩れて阻まれた。
「ディラン! 返事をして!」
応えはない。
ただ、崖下に立ち上る砂煙の向こうから、かすかに剣の火花が瞬いた。
「まだ……生きてる!」
彼女は躊躇なく崖を滑り降りた。
枝を掴み、石を蹴り、土に塗れても手を止めずに。
どんな怪我をしても構わない。彼を見失う方が、ずっと恐ろしかった。
***
崖下の谷底は霧がかかっていた。
倒木と岩の影の間に、黒装束の兵が数人倒れている。
血の匂いと硝煙の残り香――そしてその中心に、ディランが膝をついていた。
肩に矢を受け、左腕は血で濡れている。
それでも剣を放していなかった。
「……遅かったな」
微笑みながら、彼は立ち上がろうとする。
「どうして助けを呼ばないのですか!」
「お前を守る方が先だ」
「そんな……!」
涙がこぼれる。
その瞬間、霧の中から新たな影が現れた。
今度はサイラス王子本人がいた。
金の刺繍の外套を纏い、余裕の笑みを浮かべている。
「見事な戦いぶりだ。だが、愚かしい。
お前たちは王の犬であるべきだった。野に下るなど、誇りを捨てた行為だ」
ディランは冷たい声で応じた。
「貴様こそ、自分を王と名乗る資格があると思うか」
「資格? 国を動かすのは力だ。父も兄も、その座を守るために嘘を積み重ねた。
ならば私は――真実を潰して頂点に立つ」
彼の目が光り、背後の兵が剣を構える。
「アイラ、下がれ!」
ディランが前に出るが、彼女は震える手で彼の腕を掴み、首を振った。
「戦わないで! あなたの血をこれ以上見たくない!」
「しかし!」
「彼を倒さなくても、終わらせる方法がある!」
アイラは首飾りを握りしめ、杖を掲げた。
金の光が放たれ、谷に反響する。
その光は、痛みも怒りも飲み込むように広がっていき、サイラスの兵たちを怯ませた。
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それが魔力となり、風を起こした。
「……あなたには、もう何も奪えません!」
轟音。
衝撃が地を揺らし、サイラスの部下たちが後退する。
その隙に、ディランが彼女の手を取って駆け出した。
崖沿いの隙間を抜け、陽の光が見える出口まで一気に走る。
背後から追ってくる兵たちの声が遠ざかっていく。
ようやく安全な場所にたどり着いた頃、ディランは力尽きるように膝をついた。
アイラがすかさず両手をかざす。
柔らかい光が彼の傷口を包み、温もりが伝わっていく。
「バカです……どうしていつも自分を盾にするの」
「癖なんだ。……お前を守るのが俺の生きがいだから」
そう言って、彼は微笑んだ。
「死なないで。あなたがいないと、私は――」
「心配するな。……こう見えて、しつこい男だ」
彼の左手が、弱々しく彼女の頭に触れる。
「また……春を見よう」
アイラはうなずき、顔を伏せてその体を抱きしめた。
霧の中を一筋の光が通る。
夜明け前の淡い光だった。
彼らの体を照らしながら、吹き抜ける風が新しい始まりを告げるかのように流れていく。
それでも戦いは終わっていない。
王家の影が完全に消え去るまで、まだ険しい道のりが残っている。
深い霧のはるか向こうで、再び馬の蹄の音が響いた。
サイラスは倒れてはいなかった。
そして彼の狙いは、まだ――王座の奪取では終わらない。
続く
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