婚約破棄されたはずなのに、溺愛が止まりません!~断罪された令嬢は第二の人生で真実の愛を手に入れる~

sika

文字の大きさ
24 / 30

第24話 将軍の猛追、命を懸けた救出

しおりを挟む
王都を離れた翌朝、空は灰一色に覆われていた。  
春のはずなのに、どこか冬の名残を思わせる冷たい風が頬をなでる。  
ディランとアイラを乗せた馬車は街道を離れ、北西の山岳地帯へと進んでいた。  
そこが、王都の追手を避ける最短の抜け道――そして、かつてディランが駐屯していた古い前線基地の跡地でもあった。  

「あと半日で国境だ」  
ディランが手綱を握りながら言う。  
その声はいつも通り冷静だが、背中に漂う緊張が隠しきれない。  
「本当に、この道でよかったのでしょうか」  
「この道を知っているのは軍でも一握りだ。だが……それは王族側も同じだ。  
サイラス王子が動いていなければ、追っ手は遅れる」  

アイラは座席の端に手をかけたまま、彼の横顔を見た。  
その表情は、戦場で見せる時と同じ光を帯びている。  
命を懸けた覚悟の色。  
それが彼に似合いすぎて、言葉が出なかった。  

「ディラン様」  
「なんだ」  
「王城に残った人たちは……大丈夫でしょうか」  
「ルークがいる。俺が信じた副官だ。心配するな」  
「……はい」  
そう答えながらも、胸の奥がずっとざわついている。  
彼女の中で、もう一つの予感が膨らんでいた。  
“まだ終わっていない”――そんな確信にも似た感覚。  

街を出る時に感じた、誰かに見られているような気配。  
あれはただの錯覚ではなかったのだ。  

***  

昼を過ぎ、馬車が峠に差し掛かった頃だった。  
突如として、山の向こうから銃声が響いた。  
「……伏せろ!」  
ディランが叫ぶと同時に、荷台が木片を跳ね上げて弾丸を弾き返す。  
黒装束の兵が、崖の上に現れた。  
王都の紋章ではない。サイラス王子の私人軍――影部隊だ。  

「やはり来たか……!」  
ディランは剣を抜き、手綱を放して飛び降りる。  
わずかな間に、四方から敵が迫った。  
アイラが封印袋から短杖を取り出そうとした瞬間、兵が先に馬車へ突っ込む。  
「やめて!」  
光が弾け、衝撃波が周囲を包む。彼女の癒しの魔法が、爆発的な防御壁となって敵を吹き飛ばした。  

「大丈夫か!」  
「ええ、まだ……!」  
息を荒げて立ち上がったアイラの頬を、血の滴がかすめる。  
目の前で、ディランが敵兵二人を払いのけた。  
剣のみならず、体ごとぶつかる彼の動きはまるで獣のようだ。  
それでも敵は止まらない。上から次々に矢が降り注ぎ、数で押してくる。  

「数が多すぎる……このままでは――」  
アイラの声が言い終わるより早く、ディランは彼女の腕を掴み、崖際の細い獣道へ押し込む。  
「こっちだ!」  
「でも!」  
「お前が死ねばすべて終わる!」  

坂を駆け下りながら、彼は剣で木々をなぎ払う。  
矢が背中にかすめ、外套を裂いた。  
だが彼の動きに迷いはない。  
その一撃一撃が、守るためだけに磨かれた力の証だった。  

崖下の岩棚に着くと、風が頬を切る。  
木々の隙間から見えるのは断崖絶壁。  
細い岩道を渡るしか、逃げ道はない。  

「先に行け」  
ディランが短く言った。  
「でも、あなたは!」  
「俺もすぐ行く――行け!」  
鋭い叫びに、アイラは歯を食いしばり、一歩を踏み出した。  

その瞬間、背後で鉄がぶつかる音。  
振り向くと、黒装束の一人が剣を構えてディランに飛びかかっていた。  
「ディラン!」  
「大丈夫だ、行け!」  

山肌の岩が割れるような音が鳴り、彼の足元から崩れ始める。  
落下する岩と共に、敵もろとも彼の影が消えた。  

「――っ!」  
アイラの叫びが風に消える。  
駆け寄ろうとしたが、足場が崩れて阻まれた。  
「ディラン! 返事をして!」  
応えはない。  
ただ、崖下に立ち上る砂煙の向こうから、かすかに剣の火花が瞬いた。  

「まだ……生きてる!」  
彼女は躊躇なく崖を滑り降りた。  
枝を掴み、石を蹴り、土に塗れても手を止めずに。  
どんな怪我をしても構わない。彼を見失う方が、ずっと恐ろしかった。  

***  

崖下の谷底は霧がかかっていた。  
倒木と岩の影の間に、黒装束の兵が数人倒れている。  
血の匂いと硝煙の残り香――そしてその中心に、ディランが膝をついていた。  
肩に矢を受け、左腕は血で濡れている。  
それでも剣を放していなかった。  

「……遅かったな」  
微笑みながら、彼は立ち上がろうとする。  
「どうして助けを呼ばないのですか!」  
「お前を守る方が先だ」  
「そんな……!」  
涙がこぼれる。  
その瞬間、霧の中から新たな影が現れた。  

今度はサイラス王子本人がいた。  
金の刺繍の外套を纏い、余裕の笑みを浮かべている。  
「見事な戦いぶりだ。だが、愚かしい。  
お前たちは王の犬であるべきだった。野に下るなど、誇りを捨てた行為だ」  

ディランは冷たい声で応じた。  
「貴様こそ、自分を王と名乗る資格があると思うか」  
「資格? 国を動かすのは力だ。父も兄も、その座を守るために嘘を積み重ねた。  
ならば私は――真実を潰して頂点に立つ」  
彼の目が光り、背後の兵が剣を構える。  

「アイラ、下がれ!」  
ディランが前に出るが、彼女は震える手で彼の腕を掴み、首を振った。  
「戦わないで! あなたの血をこれ以上見たくない!」  
「しかし!」  
「彼を倒さなくても、終わらせる方法がある!」  

アイラは首飾りを握りしめ、杖を掲げた。  
金の光が放たれ、谷に反響する。  
その光は、痛みも怒りも飲み込むように広がっていき、サイラスの兵たちを怯ませた。  

彼女の瞳からこぼれる涙が一滴、杖の先に落ちる。  
それが魔力となり、風を起こした。  
「……あなたには、もう何も奪えません!」  
轟音。  
衝撃が地を揺らし、サイラスの部下たちが後退する。  
その隙に、ディランが彼女の手を取って駆け出した。  

崖沿いの隙間を抜け、陽の光が見える出口まで一気に走る。  
背後から追ってくる兵たちの声が遠ざかっていく。  

ようやく安全な場所にたどり着いた頃、ディランは力尽きるように膝をついた。  
アイラがすかさず両手をかざす。  
柔らかい光が彼の傷口を包み、温もりが伝わっていく。  
「バカです……どうしていつも自分を盾にするの」  
「癖なんだ。……お前を守るのが俺の生きがいだから」  
そう言って、彼は微笑んだ。  

「死なないで。あなたがいないと、私は――」  
「心配するな。……こう見えて、しつこい男だ」  
彼の左手が、弱々しく彼女の頭に触れる。  
「また……春を見よう」  
アイラはうなずき、顔を伏せてその体を抱きしめた。  

霧の中を一筋の光が通る。  
夜明け前の淡い光だった。  
彼らの体を照らしながら、吹き抜ける風が新しい始まりを告げるかのように流れていく。  

それでも戦いは終わっていない。  
王家の影が完全に消え去るまで、まだ険しい道のりが残っている。  

深い霧のはるか向こうで、再び馬の蹄の音が響いた。  
サイラスは倒れてはいなかった。  
そして彼の狙いは、まだ――王座の奪取では終わらない。  

続く
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

退屈扱いされた私が、公爵様の教えで社交界を塗り替えるまで

有賀冬馬
恋愛
「お前は僕の隣に立つには足りない」――そう言い放たれた夜から、私の世界は壊れた。 辺境で侍女として働き始めた私は、公爵の教えで身だしなみも心も整えていく。 公爵は決して甘やかさない。だが、その公正さが私を変える力になった。 元婚約者の偽りは次々に暴かれ、私はもう泣かない。最後に私が選んだのは、自分を守ってくれた静かな人。

魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

満場一致で削除されましたが、世界は問題なく回っております』

鷹 綾
恋愛
王太子アルベルトは、ある日、貴族全会の満場一致によって廃嫡された。 断罪もなければ、処刑もない。 血も流れず、罪状も曖昧。 ただ「順序を飛ばした」という一点だけで、彼は王位継承の座から静かに削除される。 婚約者だった公爵令嬢エリシアは、婚約破棄の時点で王都の構造から距離を取り、隣国との長期協定を進めていく。 彼女の世界は合理で動き、感情に振り回されることはない。 一方、王太子が選んだ“新たな聖女”は、どこまでも従順で、どこまでも寄り添う存在だった。 「殿下に従わない者は、私が処理しておきます」 その甘い囁きの裏で、王都では“偶然”が重なり始める。 だが真実は語られない。 急病も、辞任も、転任も、すべては記録上の出来事。 証拠はない。 ただ王太子だけが、血に濡れた笑顔の悪夢を見る。 そして気づく。 自分のざまあは、罰ではない。 「中心ではなくなること」だと。 王都は安定し、新王は即位し、歴史は何事もなかったかのように進む。 旧王太子の名は、ただ一行の記録として残るのみ。 婚約破棄のその後に始まる、静かな因果応報。 激情ではなく“構造”が裁く、最強レベルの心理ざまあ。 これは―― 満場一致で削除された男と、最初から無関係な位置に立っていた令嬢の物語。

冤罪で家が滅んだ公爵令嬢リースは婚約破棄された上に、学院の下働きにされた後、追放されて野垂れ死からの前世の記憶を取り戻して復讐する!

山田 バルス
恋愛
婚約破棄された上に、学院の下働きにされた後、追放されて野垂れ死からの前世の記憶を取り戻して復讐する!

【完結】冷遇され続けた私、悪魔公爵と結婚して社交界の花形になりました~妹と継母の陰謀は全てお見通しです~

深山きらら
恋愛
名門貴族フォンティーヌ家の長女エリアナは、継母と美しい義妹リリアーナに虐げられ、自分の価値を見失っていた。ある日、「悪魔公爵」と恐れられるアレクシス・ヴァルモントとの縁談が持ち込まれる。厄介者を押し付けたい家族の思惑により、エリアナは北の城へ嫁ぐことに。 灰色だった薔薇が、愛によって真紅に咲く物語。

海に捨てられた王女と恋をしたい竜王

しましまにゃんこ
恋愛
神とも崇められる最強種である竜人族の竜王フィリクス。彼の悩みはただ一つ。いまだ運命の番が現れないこと。可愛いうさぎ獣人の番といちゃいちゃ過ごすかつての冷徹眼鏡宰相を、涙目でじっとりと羨む日々を送っていた。 雷鳴轟く嵐の夜、遂に彼の耳に長年探し求めていた番の声が届く。夢にまで待ち望んだ愛する番が呼ぶ声。だがそれは、今にも失われそうなほど弱々しい声だった。 そのころ、弱小国の宿命として大国ドラードの老王に召し上げられるはずだったアスタリアの王女アイリスは、美しすぎるゆえに老王の寵愛を受けることを恐れた者たちの手によって、豪華な花嫁衣装に身を包んだまま、頼りない小舟に乗せられ、海の上を彷徨っていた。 必死に抗うものの、力尽き、海底へと沈んでいくアイリス。 (お父様、お母様、役立たずの娘をお許し下さい。神様、我が魂を身許に捧げます……) 息が途切れる最後の瞬間、アイリスは神の姿を見た。キラキラと光る水面を蹴散らし、美しい黄金色の竜が、真っ直ぐにアイリス目指してやってくる。アイリスの国、アスタリアの神は竜だ。アスタリアを作り、恵みを与え守ってくれる、偉大で優しい竜神様。代々そう言い伝えられていた。 (神様……ああ、なんて、美しいの……) 竜と目があった瞬間、アイリスはにっこり微笑み、ゆっくり意識を手離した。 今にも失われそうな愛しい命。フィリクスは自らの命を分け与えるため、アイリスの意思を確認しないまま婚礼の儀式を行うことに。 運命の番としてようやく巡り合った二人。 しかしドラード国では、海に消えたアイリスを失ったことで老王の逆鱗に触れ捕らえられたラナード王子のため、『忘れられた王女』として虐げられていたミイナが、アイリスの行方を追って旅に出る。 醜さゆえに誰にも愛されなかったミイナ。彼女もまた、竜に纏わる数奇な運命を抱えていた。 竜の溺愛と自らの使命に翻弄される立場の違う二人の王女。果たして二人の運命は? 愛の強すぎる竜人族✕愛を知らない不憫系美少女の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 作品はすべて、小説家になろう、カクヨムに掲載中、または掲載予定です。 完結保証。完結まで予約投稿済み。毎日21時に1話更新。

悪役令嬢は救国したいだけなのに、いつの間にか攻略対象と皇帝に溺愛されてました

みゅー
恋愛
 それは舞踏会の最中の出来事。アルメリアは婚約者であるムスカリ王太子殿下に突然婚約破棄を言い渡される。  やはりこうなってしまった、そう思いながらアルメリアはムスカリを見つめた。  時を遡り、アルメリアが六つの頃の話。  避暑先の近所で遊んでいる孤児たちと友達になったアルメリアは、彼らが人身売買に巻き込まれていることを知り一念発起する。  そして自分があまりにも無知だったと気づき、まずは手始めに国のことを勉強した。その中で前世の記憶を取り戻し、乙女ゲームの世界に転生していて自分が断罪される悪役令嬢だと気づく。  断罪を避けるために前世での知識を生かし自身の領地を整備し事業を起こしていく中で、アルメリアは国の中枢へ関わって行くことになる。そうして気がつけば巨大な陰謀へ巻き込まれていくのだった。  そんなアルメリアをゲーム内の攻略対象者は溺愛し、更には隣国の皇帝に出会うこととなり……  行方不明になった友人を探し、自身の断罪を避けるため転生悪役令嬢は教会の腐敗を正して行く。そんな悪役令嬢の転生・恋愛物語。

「役立たず」と婚約破棄されたけれど、私の価値に気づいたのは国中であなた一人だけでしたね?

ゆっこ
恋愛
「――リリアーヌ、お前との婚約は今日限りで破棄する」  王城の謁見の間。高い天井に声が響いた。  そう告げたのは、私の婚約者である第二王子アレクシス殿下だった。  周囲の貴族たちがくすくすと笑うのが聞こえる。彼らは、殿下の隣に寄り添う美しい茶髪の令嬢――伯爵令嬢ミリアが勝ち誇ったように微笑んでいるのを見て、もうすべてを察していた。 「理由は……何でしょうか?」  私は静かに問う。

処理中です...