公爵令嬢は婚約破棄に微笑む〜かつて私を見下した人たちよ、後悔する準備はできてる?〜

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第4話 新たな招待状

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翌朝、柔らかな陽の光がカーテン越しに差し込んでいた。  
昨夜の雨が嘘のように清々しく晴れ渡り、遠くから鐘の音が聞こえる。  
ヴェルディアの都レーヴェルに来て三日目。まだ人の多さと整頓された街の空気に慣れてはいないが、それでも胸の内に少しずつ「ここで生きていく」という実感が芽生えていた。  

鏡の前で髪を整えながら、セリーヌが小さくため息をつく。  
「お嬢様、今日の議会で発言されるなんて、本当にすごいことです」  
「緊張するより驚いているわ。まさか顧問就任初日で発表の機会が与えられるなんて」  
「それだけ、宰相閣下もアルヴェン様もお嬢様の力を認めていらっしゃるんですよ」  
「そうだといいけれど……」  

胸の奥で小さなざわめきが広がる。  
まだ右も左もわからない異国の政庁。その真ん中で、自分が意見を述べる。  
ほんの数ヶ月前、王太子に一方的に婚約を破棄され、笑い者にされた女が――。  
人の人生なんて、たった一つの選択でこんなにも変わるものなのだ。  

「リリアナ嬢、お時間です」  
扉の外から控えめな声がした。  
開くと、そこにはアルヴェンが立っていた。  
昨日と同じ、深緑の軍服のような衣に金の飾り紐をかけ、整えられた姿がまぶしいほどだった。  

「おはようございます、アルヴェン様」  
「緊張されていますか?」  
「……少しだけ。貴国の議会の空気を壊してしまわないかと」  
「心配には及びません。必要なのは礼儀よりも、あなた自身の考えです」  
彼の言葉は短く、それでいて不思議な力があった。  

議場は壮麗だった。  
半円状に並ぶ議員席の上段には、重厚な衣をまとった貴族や官僚たちが座っている。  
中心には宰相レオニード閣下の席があり、その横の補佐官席にアルヴェンと私が並んだ。  
彼が一歩引いて立ち、私を示す。  
「本日より顧問として就任したリリアナ・フォン・エルディン嬢だ」  
数十人の議員たちが一斉に視線を向けてくる。  
その中には、露骨に眉をひそめる者や、侮るような笑みを浮かべる者もいた。  

「女性を政治の場に――?」  
「いくら宰相補佐のお気に入りとはいえ、それはいささか行き過ぎでは?」  
ひそひそとした声が響く。  
だが宰相は動じない。  
「この娘は前王国にて財政構造改革案を発表し、私がその理論を採用した。まずは聞くことだ」  

レオニード閣下の低い一言で、議場の騒めきは潮が引くように収まった。  
私は小さく頷き、書類を手に立ち上がる。  

「お初にお目にかかります。リリアナ・フォン・エルディンと申します」  
静寂の中、声だけが広間に響いた。  
「本日は、ヴェルディア王国が抱える“地方財政の偏在”について提案を申し上げます」  

反応が変わった。  
“偏在”という言葉に、多くの議員がわずかに身じろぎした。  
恐らく自らの管轄地域に関わる話になると予感したのだろう。  

私は一息つき、話を続けた。  

「本国の収税制度は、中央に利益が集中し、地方の産業支援が後回しになっています。  
 ですが、この国の強み――技術と学問は地方から生まれると伺いました。  
 ですので、私は新たな税還元配分の方法として“地方自主予算制”を提案いたします」  

「地方に独立した予算権限を与えるというのか? それでは中央の統制が緩む」  
ある年配議員が即座に反発した。  

「はい、統制は弱まります。しかし、それ以上の利点があります。地方が自身の経済に責任を持つことで、中央への依存を減らし、長期的に王国全体の成長を底上げできるはずです。  
 ……そして、その結果できた余剰財源の一部を、王立学会や教育機関に再分配する形を取れば、国家全体の知識基盤も強固になります」  

ざわつきが再び広がる。  
誰もが口を閉じられない議題。  
私の背後で、アルヴェンが微かに笑った気がした。  

すると宰相がゆっくりと口を開いた。  
「数字で示せるか?」  
「はい、すでに試算をしております」  
私は予め用意していた試算書を議員たちに配布させる。ページをめくる音が一斉に響く。  

「財政改善率、一年で八%。五年で中央の負担は三割減少。一地方当たりの生産効率はおよそ一・五倍に上がる見込みです」  
議場の空気が変わった。  
驚きと、抑えた感嘆。  
宰相が深く頷き、椅子から静かに立ち上がる。  

「いいだろう。採用を検討する。詳細は後日、委員会にて議論することとする」  
それが、正式な承認の前段階の合図だった。  

鐘が鳴り、議会が散会となった。  
私は深く頭を下げ、席を辞する。  
扉の外へ出た瞬間、膝が震えた。  
やり遂げた――その実感に、体中から力が抜ける。  

「見事でしたね」  
すぐ後ろにアルヴェンがいた。  
「……ありがとう、ございます」  
「宰相閣下は満足されています。議員たちの態度も、先ほどとは違った」  
確かに、通路ですれ違う役人たちの目にはわずかな敬意が宿っていた。  
それだけで、胸が熱くなる。  

「しかしまだ始まりですよ」  
「ええ、重々承知しています」  
「それで、もうひとつ」  
アルヴェンは懐から封筒を取り出した。淡い金の封蝋が光る。  
「これは……?」  
「ヴェルディア宮内庁からの正式な招待状です。あなたを今週末の晩餐会に招待するとのこと」  
「晩餐会? どうして私が……」  
「陛下があなたの話をお聞きになったそうです。『新星の女顧問』と」  
「陛下が……?」  
思わず声を失った。たった一回の発表で、そんな言葉が王の耳に届くとは。  

「心配することはありません。形式的なものです。ただ……一人の客人が、その場に出席予定です」  
「客人?」  
「はい。アレクシス・バルハルド殿下。隣国ルクレイスの第二王子。貴女の旧婚約者、エリアス殿下と同盟交渉をしている国の方です」  

息を呑む。脳裏に、あの忌々しい夜会の光景が蘇る。  
エリアスの隣で笑っていた男爵令嬢クロエ、凍りつくような笑い声、亭主としての顔を失った元婚約者――。  

「……因果ですね」  
声がかすかに震えた。  
「皮肉なものです。もう一度、“王の婚約者”が公の場で見られる機会とは」  
アルヴェンの瞳にわずかな光が宿る。  
「ですが安心してください。ここはもう、貴女の敵ばかりの場所ではない」  
「そう……信じたいです」  

廊下の窓から差し込む光が彼の横顔を照らす。  
明るさの中でもどこか影を落としたその表情に、不思議な既視感を覚えた。  
理性の国で、誰よりも冷静な彼の瞳が、時折見せる熱。  
それがどんな感情なのか、今の私にはまだ分からない。  

晩餐会――王と外国の王子、そして私。  
これは決して偶然ではない気がした。  
あの婚約破棄の夜で切れたはずの運命の糸が、またどこかで繋がり始めている。  

「お嬢様、これからどうなさるおつもりですか?」  
セリーヌの問いに、私は静かに応えた。  
「行くわ。王家の宴だろうと、逃げる理由はないもの。むしろ……見せてあげたいわ」  
「何を、ですか?」  
「笑いながら立ち上がった女が、どれだけ強く美しく生きられるかを」  

口にした瞬間、自分でも驚くほど心が澄み渡った。  
もう過去に怯える必要はない。  
私を見下した人々に、悔いという名の報酬を与える日が、少しずつ近づいているのだから。  

続く
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