公爵令嬢は婚約破棄に微笑む〜かつて私を見下した人たちよ、後悔する準備はできてる?〜

sika

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第14話 打ちひしがれる元婚約者

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その知らせを聞いたのは、宰相府でアルヴェンと夕刻の打ち合わせをしていた時だった。  
扉が静かに叩かれ、使者が青ざめた顔で報告を告げる。  

「ルクレイスからの急報です。王太子エリアス殿下が……今朝、王族評議会で糾弾を受けたとのこと」  

部屋の空気が一瞬、止まった。  
アルヴェンの眉が静かに寄る。  
「理由は?」  
「公金の流用、ならびに外交費の一部流出。……どうやら側妃クロエ・ベルネストの慈善事業に関連していたらしいのです」  

私は手元の書類を静かに閉じた。  
予感はあった。  
けれど、それがこんなにも早く、こんなにも見事な形で現実になるとは。  

「……彼女、自ら網にかかったのね」  
ぽつりと呟くと、アルヴェンがこちらを見た。  
「やはり、君の読み通りだ」  
「殿下は彼女に資金を任せた。それが“慈善事業”と称して、商会を通じルクレイス国外へ横流しされた。金の行方を問われれば、殿下の署名も確認される。――彼女の甘言を信じた報いです」  

自分でも驚くほど、声は淡々としていた。  
過去の痛みも怒りも、すでに灰に変わっていたから。  

「その件、ヴェルディアへの影響は?」  
「微妙なところです。隣国が争えば、貿易は止まり、我々は経済的に巻き込まれる。……だが、その代わり、君に向けられていた中傷は一掃されるだろう」  
「皮肉ね」  
「世の中の評価とは、常に誰かの失墜の上に成り立つものだ」  

窓の外では、夕陽が赤く沈みかけていた。  
あの王都を出た日の空も、こんな色をしていたことを思い出す。  
今度こそ、本当に終わったのだ。  

◆  

その夜、宰相府に滞在していたルクレイスの使節団から密書が届いた。  
事情聴取のため、私へ直接の出頭要請――名目上は“調査協力”だった。  
「面白い手を打ってきたわね。いまだに私を利用できると思っているのかしら」  
書面を読んだ私に、アルヴェンが低く問いかける。  
「行くつもりか?」  
「行かない方が彼らの思う壺でしょう? でも無視をすれば“ヴェルディアの顧問が外交圧力を無視した”という口実を与える。……だから、行きます」  
「護衛を倍に増やす」  
「ええ、それでお願いします」  

二日後、私はルクレイス使節団の滞在宿を訪れた。  
重厚な扉を押し開けると、香水と焦燥の匂いが混ざった熱気が漂ってきた。  
そして、目の前に現れたのは――見覚えのある背中。  

「エリアス殿下」  
呼ぶと、彼はゆっくりと振り向いた。  
痩せこけ、血の気を失った顔。  
数ヶ月前、同じ声で婚約破棄を宣言した男が、今は垂れ落ちるように椅子へ腰を下ろしている。  

「リリアナ……俺は、どうしてこうなってしまったんだろうな」  
「貴方自身の選択の結果よ。理由はそれ以上でも以下でもありません」  
「クロエも、俺を裏切ったというのか?」  
「裏切り、という言葉を使うほど、彼女が貴方に忠誠を誓っていたとは思えません。  
彼女は“愛”より、“上に立つ悦び”を求めた女。いつの間にか貴方の王冠を自分のものだと思い込んでいた」  
「俺は、ただ幸せになりたかっただけなんだ……立場も責任も、全部捨てられる愛が欲しかった」  
その目は、哀れな子供のようだった。  

私は静かに、机の上のワイングラスを手に取った。  
透かして見える琥珀色が、過去の記憶をぼやかす。  

「殿下。王族というのは、捨てられるものを愛と呼ぶべきではありませんわ。  
権力も名声も、信頼も。――それを背負ったまま愛せる人が、本当の意味で貴方を支えたはずです」  
「お前のことを言っているのか」  
「違います。もう終わったことです」  

目を伏せると、殿下の顔に苦悩の影が落ちた。  
「俺は、貴方を傷つけたんだな……あの夜の壇上で、お前が笑ったあの瞬間の意味が、ようやくわかった。あれは強さの証だった」  

窓の外で風が鳴った。  
ほんの僅か、それが哀れにも思えた。  
けれど、過去へ手を伸ばす気持ちはもうなかった。  

「殿下。私は、自分の人生を取り返しました。  
ヴェルディアに拾われたのではなく、自ら選んでこの地で立っています。  
貴方がくれた傷は、今の私を形づくる糧になりました。だから――感謝します」  

「……皮肉か?」  
「いいえ、本気です」  

沈黙のあと、彼は嗚咽のような笑い声を漏らした。  
「リリアナ、お前は本当に強いな。俺には……もう、その強さが羨ましくてたまらない」  
「その強さは、もう誰にも渡す気はありません」  
「そうか……なら、もう一言だけ言わせてくれ。  
俺は、お前を失って、初めて“愛された者”の意味を知った」  
それは懺悔でも、祈りでもなく、ただの告白。  
それを聞き終えた私は、軽く頷いた。  
「それなら、もう十分です。どうか、これ以上“弱さ”にすがらないでください」  

アルヴェンが控え室のドアを開け、私に視線を送る。  
退席の合図だ。  

「お元気で、殿下」  
その一言を最後に、私は部屋を後にした。  
背中越しに聞こえたのは、誰かが机を叩く鈍い音と掠れた嗚咽。  
けれど、振り返らない。  

廊下へ出た瞬間、アルヴェンの手が肩に触れた。  
「大丈夫か?」  
「大丈夫です。終わりました」  
「……そうか。では、彼が壊れた分、この国は少しだけ平穏を取り戻すだろう」  
「皮肉ね。ひとりの男の崩壊で国が救われるなんて」  
「世界は皮肉で動いている。それを正面から受け止められるのは君だけだ」  

馬車に乗り込むと、夕闇の中で街の明かりが滲んで見えた。  
心のどこかにわずかな痛みが残っている。  
けれどそれは、もう痛みではなく“痕跡”だった。  
壊された公爵令嬢は、もういない。  

今ここにいるのは、理を纏い、炎を宿した女。  
嘲笑され、侮られた日々は、すべて彼女を磨く石だった。  

窓の外を見つめながら、私は小さく呟いた。  
「さようなら、私の過去。……ようやく終わったのね」  

アルヴェンが隣で微かに笑った。  
「終わりじゃないさ。君の“逆襲”は、今ようやく始まったところだ」  

その言葉に、私は微笑んだ。  
彼の瞳の奥に、私と同じ色の炎が燃えている。  

静かに、けれど確かに、未来がその目に映っていた。  

続く
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