公爵令嬢は婚約破棄に微笑む〜かつて私を見下した人たちよ、後悔する準備はできてる?〜

sika

文字の大きさ
28 / 30

第28話 永遠の約束

しおりを挟む
ルクレイスの都は、冷たい霧に包まれていた。  
灰色の塔が並ぶその光景を見ながら、リリアナは馬車のカーテンを下ろした。  
「ここが、私を切り捨てた国……」  
「今の貴女を切り捨てられる人はいませんよ」  
セリーヌの言葉に、リリアナはかすかに笑った。  
「そうだといいわね。でも、彼らが誰を恐れるかは分からない。理を掲げる女ほど、恐ろしい存在はないのだから」  

馬車は王城へと続く石畳を進み、城門前で止まった。  
迎えに出たのはルクレイス新王直属の近衛兵たちだった。  
「ヴェルディア宰相代理リリアナ殿。陛下がお待ちです」  
「案内をお願いしていいかしら」  
凛とした声でそう告げる。彼女の背を支えるように、背後でアルヴェンが歩いていた。  
回復した彼の姿はもっとも頼もしく、そしてどこか儚げだった。  

「貴方、無理しているでしょ」  
「いいや。君が前に立つ限り俺も立っていられる」  
「口が上手くなったわね」  
「それも君の教育の賜物だ」  
二人のやり取りに、近衛たちは戸惑いの表情を見せた。  

城内の大広間には、巨大な黒の絨毯と金の椅子。  
ルクレイス王――アレクシス二世が、静かに玉座に座っていた。  
年齢はリリアナより少し上。穏やかな微笑を浮かべながらも、その瞳の奥には計算高い光が灯っている。  

「ようこそ、ヴェルディアの宰相代理殿。君の噂は聞いているよ。自国の改革を成功させただけでなく、腐敗した者を一掃したとか」  
「王として、そのように簡単に信じてしまうのは危険ですわ。噂ほど歪んだものはありませんから」  
その極めて冷静な返しに、王の口元がわずかに上がった。  
「面白い。確かに君のような女が、国を動かす力を持ったのも頷ける」  

王は立ち上がり、壇を降りて二人の前に歩み寄る。  
「本題に入ろう。私はヴェルディアとの新しい条約を結びたい。だが、それには“誠実な相互理解”が必要だ」  
「理解とは、理を交わすことです。嘘を隠したままでは結べません」  
「その通り。だから私は包み隠さず言おう」  
王の瞳に閃光のようなものが走った。  
「君は敵にも、私にも必要だ。君の理を、ルクレイスに捧げてほしい」  

静かな波紋が広がる。  
「つまり、私を“属臣”にすると?」  
「いや、妻としてだ」  

場が凍りついた。  
リリアナは一瞬言葉を失ったが、すぐに苦笑を浮かべる。  
「随分と率直なお申し出ですわね、陛下」  
「外交も婚姻も、本質は同じだ。血を結ぶことで国を結ぶ。それが最も古い理だ」  
「……けれど時代は変わりました。女を政治の飾りにしようとするなら、痛い目を見ますよ」  
「痛みにも快楽にも、意味がある」  
アレクシスはゆっくりと彼女を見下ろした。  
「君を愛することが、ルクレイスの理になるのなら、それでいい」  

アルヴェンの眉が動いた。  
「陛下、それは提案ではなく脅迫です」  
王は軽く笑う。  
「君か。噂に聞くヴェルディアの補佐官。妻を守る騎士のようだが、君は妻に選ばれていないだろう?」  
「選ばれることが愛ではありません」  
「そうだな。だが彼女は既に愛より国を選んだ女だ。ならば次は国境を越えて結ばれる番ではないか?」  

沈黙。  
リリアナの瞳が静かに揺らぐ。  
だが次の瞬間、彼女は片膝をつき、まっすぐに王を見上げた。  
「陛下、私はヴェルディアを背負ってここにいます。しかし、私の理はどの国にも属しません」  
「ほう?」  
「愛と理を天秤にかけろと言うなら、私はその天秤を砕きます。それが私の選んだ“新しい理”です」  

その決然とした声に、王の口元が興味深そうに歪んだ。  
「やはり、君は面白い。まるで炎のようだ」  
アルヴェンが一歩前に出る。  
「名前を出して人を縛るくらいなら、理の国を名乗る資格もない」  
「……お前たち、まるで恋人同士だな」  
「ええ、そうです」  
リリアナが微笑んだ。  
「彼を私の理、私の片翼と呼びます」  

王の眉が僅かに上がる。  
「堂々と言うものだな。民の前でその言葉を口にすれば、それは国家宣言だぞ」  
「承知の上です」  

その瞬間、王の笑みが消えた。  
「口が立つ女だ。だが、理だけでこの国と渡り合えると思うな」  
「理は武器です。そして、愛はそれを研ぐ刃。私はどちらも持っています」  
リリアナの瞳がまっすぐに光を捉える。  
それはもはや外交ではなかった。戦いだった。  

◆  

夜、王命により二人は宿舎に通された。  
冷たい石の壁に、ルクレイスの紋章が飾られている。  
セリーヌは隣の部屋で休ませ、リリアナは窓際に立っていた。  
闇に沈む街を見下ろすと、遠くの灯が星のように瞬いている。  

「……また、嵐の中心に立ってる気がする」  
後ろから声がした。  
「それが君らしい」  
アルヴェンだ。  
彼は肩の包帯を外しながら、彼女の隣に立った。  
「王は一筋縄ではいかない。でも君なら勝てる」  
「勝ちたいわけじゃない。彼の目の奥にある絶望が、少し分かるの。  
愛に裏切られた人の目よ。まるで昔の私みたい」  
「優しすぎる」  
「そうかもしれない。でも、彼も人。理だけで支えられた玉座ほど、孤独なものはないわ」  

窓から入り込む風が二人の髪を揺らす。  
リリアナがため息をつくと、アルヴェンの手がそっと彼女の肩を抱いた。  

「君が誰を救おうと、君自身が壊れたら本末転倒だ」  
「私は壊れない」  
「嘘だ。君が泣く夜を知ってる」  
「見ないで」  
「見たくなくても見てしまう」  

気づけば彼の顔がすぐ近くにあり、息が触れ合う距離だった。  
「ねえ、アルヴェン。もし私がこの国を救えなかったら?」  
「その時は一緒に滅べばいい」  
「簡単に言うわね」  
「本気だ。君のいない理に意味はない」  

言葉を交わすうちに、彼の額が彼女の額に触れる。  
心の奥が熱くなり、息が浅くなる。  

「君が前を向く限り、俺は君の影になる」  
「なら、私も貴方の光でありたい」  
「約束しよう。決して離れない。たとえ国が燃えようとも」  
「……永遠なんて、信じない」  
「これから信じさせる」  

融けるように、彼の唇が彼女の唇に触れた。  
短い静寂。  
けれど、それは誓いのように深く染み渡った。  

「眠れ。明日は長い一日になる」  
「貴方も」  

リリアナは微笑み、彼の胸にもたれた。  
その夜、外の風が激しく窓を打った。  
まるで嵐がふたりの運命を試すように。  

けれど、たとえ明日がどんな夜明けをもたらしても――  
彼らの心は、すでに約束で一つになっていた。  

続く
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

《完結》初夜をすっぽかされた令嬢は夫を死亡扱いする

さんけい
恋愛
クズ夫の非常識を帳簿で粛々と清算!真実の愛?笑わせるわね! 全14話。

【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲

恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。 完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。 婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。 家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、 家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。 理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~

ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」 義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。 父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。 けれど―― 公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。 王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。 さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。 そして下されたのは――家ごとの褫奪。 一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。 欲しがったのは肩書。 継いだのは責任。 正統は叫びません。 ただ、残るだけ。 これは、婚約を奪われた公爵令嬢が “本当に継がれるべきもの”を証明する物語。

【完結】✴︎私と結婚しない王太子(あなた)に存在価値はありませんのよ?

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
恋愛
「エステファニア・サラ・メレンデス――お前との婚約を破棄する」 婚約者であるクラウディオ王太子に、王妃の生誕祝いの夜会で言い渡された私。愛しているわけでもない男に婚約破棄され、断罪されるが……残念ですけど、私と結婚しない王太子殿下に価値はありませんのよ? 何を勘違いしたのか、淫らな恰好の女を伴った元婚約者の暴挙は彼自身へ跳ね返った。 ざまぁ要素あり。溺愛される主人公が無事婚約破棄を乗り越えて幸せを掴むお話。 表紙イラスト:リルドア様(https://coconala.com/users/791723) 【完結】本編63話+外伝11話、2021/01/19 【複数掲載】アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ、カクヨム、ノベルアップ+ 2021/12  異世界恋愛小説コンテスト 一次審査通過 2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過

王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?

ねーさん
恋愛
 公爵令嬢であるアリシアは王太子殿下と婚約してから十年、王太子妃教育に勤しんで来た。  なのに王太子殿下は男爵令嬢とイチャイチャ…諫めるアリシアを悪者扱い。「アリシア様は殿下に冷たい」なんて男爵令嬢に言われ、結果、婚約は破棄。    王太子妃になるため自由な時間もなく頑張って来たのに、私は駒じゃありません!

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

婚約破棄されましたが、私はもう必要ありませんので

ふわふわ
恋愛
「婚約破棄? ……そうですか。では、私の役目は終わりですね」 王太子ロイド・ヴァルシュタインの婚約者として、 国と王宮を“滞りなく回す存在”であり続けてきた令嬢 マルグリット・フォン・ルーヴェン。 感情を表に出さず、 功績を誇らず、 ただ淡々と、最善だけを積み重ねてきた彼女に突きつけられたのは―― 偽りの奇跡を振りかざす“聖女”による、突然の婚約破棄だった。 だが、マルグリットは嘆かない。 怒りもしない。 復讐すら、望まない。 彼女が選んだのは、 すべてを「仕組み」と「基準」に引き渡し、静かに前線から降りること。 彼女がいなくなっても、領地は回る。 判断は滞らず、人々は困らない。 それこそが、彼女が築いた“完成形”だった。 一方で、 彼女を切り捨てた王太子と偽聖女は、 「彼女がいない世界」で初めて、自分たちの無力さと向き合うことになる。 ――必要とされない価値。 ――前に出ない強さ。 ――名前を呼ばれない完成。 これは、 騒がず、縋らず、静かに去った令嬢が、 最後にすべてを置き去りにして手に入れる“自由”の物語。 ざまぁは静かに、 恋は後半に、 そして物語は、凛と終わる。 アルファポリス女子読者向け 「大人の婚約破棄ざまぁ恋愛」、ここに完結。

処理中です...