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38話
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気仙修司の豪邸に上別府衿花が住むことが発表された。
巨大な家を建てた理由を知らなかったクラスメイトは、発表を聞いて納得したのだ。
愛する者のために家を建てる優しき男子。それは美談として噂になる。
もちろん才原優斗とのアレは非公開。
上別府衿花は、幸福に包まれた笑顔で庭の花の世話をする。
その姿を微笑ましく見つめる気仙修司。
まさに新婚夫婦の住む新居。
クラスメイトの女子たちは、二人の姿を羨ましそうに眺めていた。
俺と儀保裕之はこの状況を、第二次ロマンティックフィーバーと呼ぶことにした。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
ここは連城敏昭の自宅。
家具はひとつもなく、畳まれた布団が部屋のすみに置いてある。
相談があると言われ、俺と儀保裕之が呼ばれたのだ。
フローリングのうえに三人ともあぐらをかいている。
「それで、相談てなんだ」
儀保裕之が話を進めてくれるので俺は聞いていよう。
「亀ケ谷さんが、かるたの練習をしようと誘ってきた」
彼女は勇気を出して脳筋野郎を誘ったようだ。
俺は二人の交際を応援しているので進展したのは嬉しい。
しかし、ネトラレ気配に反応はない。二人が深い関係にいたっていない証拠だ。
「いいじゃん、練習しろよ」
「オマエたちは見ていないのか?」
「なにをだ?」
ジャガイモのような脳筋男がモジモジしている。はっきり言って不気味だ。
「まえの、練習でな、その、彼女の着物が脱げかけていたんだ」
「へぇ~っ、知らなかった」
もちろんウソである。かるた露出作戦は儀保裕之が考案したのだ。
「オマエ、ユニフォームが泥だらけでも気にしないだろ」
「あたりまえだ、キレイなユニフォームなど野球部の恥」
「同じさ。真剣に練習してたら着物が脱げるくらい気にならないだろ」
「そうなのか?」
「そうともさ!」
彼は渋い顔をしながら首をひねる。
「しかしだな、アレは……」
「気になるぞ、言ってしまえ」
「彼女は下着をつけていなかったんだ」
「着物だからな。当然だ」
「そうなのか?」
「そうともさ!」
儀保裕之は彼がバカだと思って好き放題言っている。
「バットを振っても、あの光景が浮かんで集中できない。なあ、俺はどうしたらいい?」
儀保裕之は連城敏昭の両肩をガッシと掴む。
「簡単な話じゃないか! 投げたボールが思うようにコントロールできない。打球が思うように飛ばない。苦手を克服するとき、いつもどうしてた?」
「練習あるのみ」
「そうだ! 苦手は練習で克服できる、だろ!!」
「そうか!」
コイツ、詐欺師に騙されやすいタイプだな。
連城敏昭が気の毒だが、亀ケ谷暁子の恋を成就させるためだ、ここは目をつむろう。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
ここは亀ケ谷暁子の自宅。
相談があると言われ、俺と儀保裕之が呼ばれたのだ。
畳のうえで三人とも正座している。
「それで、相談てなんだ」
儀保裕之が話を進めてくれるので俺は聞いていよう。
「連城君とかるたの練習してるんどす」
「良かったじゃないか」
「そうなんどすけど……」
顔を真っ赤にしてモジモジしている。
女子の恥ずかしがる姿は嫌じゃない。
「気になるぞ、言ってしまえ」
「えっと、前と同じように着物を着てやりまひょって」
「あの脳筋が亀ケ谷さんに興味をもち始めたのか。やったな!」
「そう思て練習したんどすけど。わての肌を見ても感じんようになってもうた」
「あ! あぁ~~~……。スマン、俺のせいだ」
「どないなこと?」
連城敏昭に相談を受け、アドバイスした経緯を彼女に話した。
「ほななにか、わてと練習しとったんは、煩悩を消す練習やったと?」
「そうです、ハイ」
儀保裕之は土下座している。
「どないして責任取ってくれるんどすか?」
いつもは能面のような薄い表情の彼女が、まるで般若だ。
「翔矢ヘルプ!」
儀保裕之は土下座したまま俺に助けを請う。
「俺には亀ケ谷さんがなにに悩んでいるかわからないな」
「いちから説明しまひょか?」
「それには及ばない。そもそも話しかける勇気のもてない亀ケ谷さんの背中を押すのが目的だった。それが今ではいっしょに練習するまでに進展。成果が出ていると思わないか?」
「物は言いようやわ」
「男は肌を見るのに抵抗なく、女は肌を見せるのに抵抗がない。もう一線を越える手前まで来てるよね」
「それ、は……」
「まさか、一線を越えるのも俺たちが背中を押さないと進めないなんて、情けないこと言わないよね?」
般若顔から怒り成分が抜け、能面のような無表情に戻る。
「百パー野球しか考えていなかった脳筋が、亀ケ谷さんとの思い出に一喜一憂したんだ。俺は脈ありだと思うよ」
「ほんまに?」
「練習中も亀ケ谷さんの姿が目に浮かぶと言っていたぞ」
ウソは言ってない。彼が思いだしたのは裸だろうけどね。
安心させるために最大級の笑顔を彼女に贈る。
あとは彼女が一歩踏み出す勇気がもてるかどうか。
俺にできるのはココまでだ。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
議事堂の近くにある正門広場では、狩猟部隊が戦闘の訓練をしていた。
狛勝人の前に鬼頭日香莉が立っている。
二人は動きやすそうなトレーニングウエア姿だ。
彼の両手には拳を保護するための厚手の革が巻かれ。
彼女は木剣をかまえていた。
さすが俺の好きな子。真剣な表情もかわいい。
「いつでもこい」
「ブーストッ!」
彼女の加護は姫騎士。
ブーストスキルを使うと攻撃力と速度が三分間だけ飛躍的に上昇するらしい。
クールタイムは三十分。使いどころを見極めるのがむずかしそうだ。
彼女が繰り出す連続の突きを、彼は掌底打ちで軽々といなす。
俺には残像でしか剣先を見ることができないのに、彼はすべて見切っている。
顔を狙った突きが彼女から繰り出される。
それを、首を少し傾け、紙一重で回避。
耳に触れるほどの距離を木剣が行きかうのに、彼は恐怖心を抱いていないようだ。
上段からの振り下ろしや、水平方向の切り払いは上半身を後ろにそらし、回避する。
三分間、彼女の攻撃が彼の体に触れることはなかった。
「はぁはぁはぁ――」
体に負担がかかるのだろう。鬼頭日香莉は激しく呼吸する。
「前よりも攻撃が鋭くなった。もっと急所を狙ってもいい」
「はい」
対照的に狛勝人は息切れひとつしていない。
どんだけ体力あるんだよ……。
暇なクラスメイトは、その練習風景を見学していた。
もちろん俺は暇なので鬼頭日香莉を見にきたのだ。
儀保裕之は鍛冶屋の店番をしているのでボッチ見学している。
「鬼頭さんを見にきたのかい?」
石亀永江が俺の隣にきた。
「狩猟部隊の練習風景を見にきたんだよ」
「へぇ~」
気のせいだろうか。彼女の立つ位置が俺に近い気がする。
「どうだい鬼頭さんは?」
「加護の力は凄いって改めて感じるね。あの細い腕で狛に遅れをとっていない」
「そうかな? わたしには遊ばれているように思えるのだけど」
じつは俺もそう思っている。
しかし好きな子にダメ出しなんてしたくない。
「鬼頭さんを見にきたの?」
筒井卯月が俺の隣にきた。
「狩猟部隊の練習風景を見にきたんだよ」
「ふぅ~ん」
気のせいだろうか。彼女の立つ位置が俺に近い気がする。
「筒井さん、今日の漁は終わったの?」と石亀永江が聞いた。
「ええ。ノルマはすませたわ」
女子二人に挟まれて居心地が悪い。
それに、なんだか空気も重い。
「委員長って、苦瓜君と仲良かったかしら」
「そういう筒井さんも親しくしてるとこ見た覚えないけどな」
「ふふふふふ」
「ははははは」
怖い……、いったい何?
――まさか! 第二次ロマンティックフィーバーの影響か?
結婚欲の高まった彼女たちは、恋人を失い傷心している俺なら落としやすいと考えてアプローチしているのかもしれない。
俺には心に決めた鬼頭日香莉がいるのに……。
練習はつづいている。
次は狛勝人に才原優斗と由良麻美の二人で挑むようだ。
才原優斗の背後に由良麻美がいる。
彼は木の盾と木剣。彼女は弓だ。
矢の先端には布が巻かれ、当たっても怪我をしない処理が施してある。
「いくぞ」
「どうぞ」
狛勝人の攻撃を彼は盾で受け止める。
まるで見えない壁でもあるかのごとく、殴られても盾は微動だにしない。
タイミングを見計らって彼の背後から彼女が弓を射る。
しかし狛勝人に余裕で矢を掴まれてしまう。
すきをついて彼が剣で攻撃する。
そのタイミングに合わせ、彼女も弓を射た。
しかし、どちらの攻撃も狛勝人に回避されてしまった。
「あたらない~~~っ!」
狛勝人が攻撃の手を止めた。
「由良は射るときに息を止めるからわかりやすいぞ」
「あたりまえでしょ、狙いがブレないように心臓だって止めたいくらいなのに」
「動かない的ならそれでいいが、生き物相手だと呼吸を読まれるぞ」
「そんな生き物、アンタだけだって」
由良麻美は弓を振りながらプンスコ怒っている。
その姿を見た狛勝人が残念そうな溜息をついた。
陸上部の曽木八重乃が、ぽ~っとした目で狛勝人を見ている。
クラブ活動を応援する女子みたいだな。
「狛君は凄いな」
「彼だけ別次元よね」
石亀永江と筒井卯月が関心している。
「彼がいれば、村は安泰だ」
そう呟く石亀永江に狛勝人が近づいてくる。
「いい所にいたな。委員長、俺は村を出るぞ」
朗らかな笑顔だったのに、まるで奈落の底に突き落とされたような、絶望した表情の石亀永江がそこにいた。
巨大な家を建てた理由を知らなかったクラスメイトは、発表を聞いて納得したのだ。
愛する者のために家を建てる優しき男子。それは美談として噂になる。
もちろん才原優斗とのアレは非公開。
上別府衿花は、幸福に包まれた笑顔で庭の花の世話をする。
その姿を微笑ましく見つめる気仙修司。
まさに新婚夫婦の住む新居。
クラスメイトの女子たちは、二人の姿を羨ましそうに眺めていた。
俺と儀保裕之はこの状況を、第二次ロマンティックフィーバーと呼ぶことにした。
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ここは連城敏昭の自宅。
家具はひとつもなく、畳まれた布団が部屋のすみに置いてある。
相談があると言われ、俺と儀保裕之が呼ばれたのだ。
フローリングのうえに三人ともあぐらをかいている。
「それで、相談てなんだ」
儀保裕之が話を進めてくれるので俺は聞いていよう。
「亀ケ谷さんが、かるたの練習をしようと誘ってきた」
彼女は勇気を出して脳筋野郎を誘ったようだ。
俺は二人の交際を応援しているので進展したのは嬉しい。
しかし、ネトラレ気配に反応はない。二人が深い関係にいたっていない証拠だ。
「いいじゃん、練習しろよ」
「オマエたちは見ていないのか?」
「なにをだ?」
ジャガイモのような脳筋男がモジモジしている。はっきり言って不気味だ。
「まえの、練習でな、その、彼女の着物が脱げかけていたんだ」
「へぇ~っ、知らなかった」
もちろんウソである。かるた露出作戦は儀保裕之が考案したのだ。
「オマエ、ユニフォームが泥だらけでも気にしないだろ」
「あたりまえだ、キレイなユニフォームなど野球部の恥」
「同じさ。真剣に練習してたら着物が脱げるくらい気にならないだろ」
「そうなのか?」
「そうともさ!」
彼は渋い顔をしながら首をひねる。
「しかしだな、アレは……」
「気になるぞ、言ってしまえ」
「彼女は下着をつけていなかったんだ」
「着物だからな。当然だ」
「そうなのか?」
「そうともさ!」
儀保裕之は彼がバカだと思って好き放題言っている。
「バットを振っても、あの光景が浮かんで集中できない。なあ、俺はどうしたらいい?」
儀保裕之は連城敏昭の両肩をガッシと掴む。
「簡単な話じゃないか! 投げたボールが思うようにコントロールできない。打球が思うように飛ばない。苦手を克服するとき、いつもどうしてた?」
「練習あるのみ」
「そうだ! 苦手は練習で克服できる、だろ!!」
「そうか!」
コイツ、詐欺師に騙されやすいタイプだな。
連城敏昭が気の毒だが、亀ケ谷暁子の恋を成就させるためだ、ここは目をつむろう。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
ここは亀ケ谷暁子の自宅。
相談があると言われ、俺と儀保裕之が呼ばれたのだ。
畳のうえで三人とも正座している。
「それで、相談てなんだ」
儀保裕之が話を進めてくれるので俺は聞いていよう。
「連城君とかるたの練習してるんどす」
「良かったじゃないか」
「そうなんどすけど……」
顔を真っ赤にしてモジモジしている。
女子の恥ずかしがる姿は嫌じゃない。
「気になるぞ、言ってしまえ」
「えっと、前と同じように着物を着てやりまひょって」
「あの脳筋が亀ケ谷さんに興味をもち始めたのか。やったな!」
「そう思て練習したんどすけど。わての肌を見ても感じんようになってもうた」
「あ! あぁ~~~……。スマン、俺のせいだ」
「どないなこと?」
連城敏昭に相談を受け、アドバイスした経緯を彼女に話した。
「ほななにか、わてと練習しとったんは、煩悩を消す練習やったと?」
「そうです、ハイ」
儀保裕之は土下座している。
「どないして責任取ってくれるんどすか?」
いつもは能面のような薄い表情の彼女が、まるで般若だ。
「翔矢ヘルプ!」
儀保裕之は土下座したまま俺に助けを請う。
「俺には亀ケ谷さんがなにに悩んでいるかわからないな」
「いちから説明しまひょか?」
「それには及ばない。そもそも話しかける勇気のもてない亀ケ谷さんの背中を押すのが目的だった。それが今ではいっしょに練習するまでに進展。成果が出ていると思わないか?」
「物は言いようやわ」
「男は肌を見るのに抵抗なく、女は肌を見せるのに抵抗がない。もう一線を越える手前まで来てるよね」
「それ、は……」
「まさか、一線を越えるのも俺たちが背中を押さないと進めないなんて、情けないこと言わないよね?」
般若顔から怒り成分が抜け、能面のような無表情に戻る。
「百パー野球しか考えていなかった脳筋が、亀ケ谷さんとの思い出に一喜一憂したんだ。俺は脈ありだと思うよ」
「ほんまに?」
「練習中も亀ケ谷さんの姿が目に浮かぶと言っていたぞ」
ウソは言ってない。彼が思いだしたのは裸だろうけどね。
安心させるために最大級の笑顔を彼女に贈る。
あとは彼女が一歩踏み出す勇気がもてるかどうか。
俺にできるのはココまでだ。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
議事堂の近くにある正門広場では、狩猟部隊が戦闘の訓練をしていた。
狛勝人の前に鬼頭日香莉が立っている。
二人は動きやすそうなトレーニングウエア姿だ。
彼の両手には拳を保護するための厚手の革が巻かれ。
彼女は木剣をかまえていた。
さすが俺の好きな子。真剣な表情もかわいい。
「いつでもこい」
「ブーストッ!」
彼女の加護は姫騎士。
ブーストスキルを使うと攻撃力と速度が三分間だけ飛躍的に上昇するらしい。
クールタイムは三十分。使いどころを見極めるのがむずかしそうだ。
彼女が繰り出す連続の突きを、彼は掌底打ちで軽々といなす。
俺には残像でしか剣先を見ることができないのに、彼はすべて見切っている。
顔を狙った突きが彼女から繰り出される。
それを、首を少し傾け、紙一重で回避。
耳に触れるほどの距離を木剣が行きかうのに、彼は恐怖心を抱いていないようだ。
上段からの振り下ろしや、水平方向の切り払いは上半身を後ろにそらし、回避する。
三分間、彼女の攻撃が彼の体に触れることはなかった。
「はぁはぁはぁ――」
体に負担がかかるのだろう。鬼頭日香莉は激しく呼吸する。
「前よりも攻撃が鋭くなった。もっと急所を狙ってもいい」
「はい」
対照的に狛勝人は息切れひとつしていない。
どんだけ体力あるんだよ……。
暇なクラスメイトは、その練習風景を見学していた。
もちろん俺は暇なので鬼頭日香莉を見にきたのだ。
儀保裕之は鍛冶屋の店番をしているのでボッチ見学している。
「鬼頭さんを見にきたのかい?」
石亀永江が俺の隣にきた。
「狩猟部隊の練習風景を見にきたんだよ」
「へぇ~」
気のせいだろうか。彼女の立つ位置が俺に近い気がする。
「どうだい鬼頭さんは?」
「加護の力は凄いって改めて感じるね。あの細い腕で狛に遅れをとっていない」
「そうかな? わたしには遊ばれているように思えるのだけど」
じつは俺もそう思っている。
しかし好きな子にダメ出しなんてしたくない。
「鬼頭さんを見にきたの?」
筒井卯月が俺の隣にきた。
「狩猟部隊の練習風景を見にきたんだよ」
「ふぅ~ん」
気のせいだろうか。彼女の立つ位置が俺に近い気がする。
「筒井さん、今日の漁は終わったの?」と石亀永江が聞いた。
「ええ。ノルマはすませたわ」
女子二人に挟まれて居心地が悪い。
それに、なんだか空気も重い。
「委員長って、苦瓜君と仲良かったかしら」
「そういう筒井さんも親しくしてるとこ見た覚えないけどな」
「ふふふふふ」
「ははははは」
怖い……、いったい何?
――まさか! 第二次ロマンティックフィーバーの影響か?
結婚欲の高まった彼女たちは、恋人を失い傷心している俺なら落としやすいと考えてアプローチしているのかもしれない。
俺には心に決めた鬼頭日香莉がいるのに……。
練習はつづいている。
次は狛勝人に才原優斗と由良麻美の二人で挑むようだ。
才原優斗の背後に由良麻美がいる。
彼は木の盾と木剣。彼女は弓だ。
矢の先端には布が巻かれ、当たっても怪我をしない処理が施してある。
「いくぞ」
「どうぞ」
狛勝人の攻撃を彼は盾で受け止める。
まるで見えない壁でもあるかのごとく、殴られても盾は微動だにしない。
タイミングを見計らって彼の背後から彼女が弓を射る。
しかし狛勝人に余裕で矢を掴まれてしまう。
すきをついて彼が剣で攻撃する。
そのタイミングに合わせ、彼女も弓を射た。
しかし、どちらの攻撃も狛勝人に回避されてしまった。
「あたらない~~~っ!」
狛勝人が攻撃の手を止めた。
「由良は射るときに息を止めるからわかりやすいぞ」
「あたりまえでしょ、狙いがブレないように心臓だって止めたいくらいなのに」
「動かない的ならそれでいいが、生き物相手だと呼吸を読まれるぞ」
「そんな生き物、アンタだけだって」
由良麻美は弓を振りながらプンスコ怒っている。
その姿を見た狛勝人が残念そうな溜息をついた。
陸上部の曽木八重乃が、ぽ~っとした目で狛勝人を見ている。
クラブ活動を応援する女子みたいだな。
「狛君は凄いな」
「彼だけ別次元よね」
石亀永江と筒井卯月が関心している。
「彼がいれば、村は安泰だ」
そう呟く石亀永江に狛勝人が近づいてくる。
「いい所にいたな。委員長、俺は村を出るぞ」
朗らかな笑顔だったのに、まるで奈落の底に突き落とされたような、絶望した表情の石亀永江がそこにいた。
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