異世界で布教活動しませんか?

八ツ花千代

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2話

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 燃えるような深紅の髪色をした美女は、まるで赤子のように地面の上で手足をばたつかせていた。
「すまない、起こしてくれるだろうか」
 周囲の野次馬が手を差し伸べるので、俺も駆け寄り手伝いに参加する。
 俺と同じくらいの身長だが、鎧を着て動けるほど鍛えられた体躯じゃあない。
 再び喧嘩の仲裁に入るようだが、満足に動けず、殴られてまた転ばされた。
「神殿騎士が情けないなぁ~」
 野次馬から罵声が浴びせられる。
 どうやら鎧姿の女性は神殿騎士と言うらしい。

 起きては殴られ、起きては殴られ。
 美女の顔は腫れが酷くなり血がにじんでいる。
 心がきゅっと痛む。
 美女が傷つくのは見たくない。
 情けない話だが、俺が仲裁に入っても殴られるのがオチだ。

「おいやめろ!」
 彼女と同じ白い鎧を着た二人の男性が応援に来た。
 喧嘩していた男たちを引き離し、どこかへ連行して行く。
 野次馬たちが去ると、そこには美女が倒れたままになっていた。

「大丈夫ですか?」
 俺は仰向けで倒れている美女を優しく引き起こした。
「すまない」
「俺が言うのもなんですが、鎧、重すぎません?」
「一昨日までは普通に動けていたんだ。体調が優れないだけで問題ない」
 あ~あれだ、加護が失われたんだな。
 無責任な神のせいで美女が傷ついている、許せないなクソ神め。
「道の真ん中で座っているのも邪魔になりますし、知り合いに傷を治せる人がいます、行きませんか?」
「こんなもの、唾を付けておけば治る。心配はありがたいが放っておいてくれ」
 この人、頑固だな。
 見た感じ二十代。エリノより年上だろう。
 加護が原因なら助けたい。
 もちろん下心ありだ。
 美女じゃなければ助けない、酷いと言われようとこれが世の常なのだよ。

「傷が残ったらせっかくの美人が台無しです!」
「美人だとっ!」
 まあ、今は腫れて片目が見えていないし、唇もタラコみたいだけどね。

「そうです。あなたの美しさに小鳥もさえずるのを躊躇ちゅうちょするほどです。だから治療しましょう、美を汚すのは神への冒涜ぼうとくに値します」
 思わずキザな台詞を吐いてしまった。
 でも、ここまで言わないとこの人は了承しないだろう。

「私のことを野獣と言う奴は多かったが、美人と言われのは始めてたぞ。オマエ目が悪いんじゃないか」
 異世界人と美的感覚が違うのか?
 アイドルデビューできるぐらい綺麗なんだがなあ。
「そいつらの目が腐っていたんですよ。あなたは鎧よりドレスが似合う素敵な貴婦人だ」
「ちょっ、褒めすぎだ」
 腫れた顔の美女は照れて顔をそむける。

 ちょろいなこの子。
 この世界の女の子は防御力がゼロなのか?
 地球でこんな臭い台詞を吐けば白い目で見られるのだがなあ。
 まあいいや、警戒心を解いてくれればそれでいい。

「さあ行きましょう、肩を貸します」
 美女の腕を首にかけるように担ぎ、引き上げる。
 ズシリと肩にのしかかる感触。
 とても女性が着こなせる鎧とは思えない。

 俺は来た道を引き返し神殿へ戻ることにした。





 神殿へ到着した俺は、エリノを呼んで欲しいとお願いする。
 しばらく待つとエリノが小走りでやってきた。
「怪我人がいるそうですが、どちらに……。まあ! 酷い顔」
 エリノさん、その言い方は酷いです。



 小部屋に案内されたので、彼女を椅子に座らせる。
「慈愛の神アナスタシア様、どうかこの者の傷を癒したまえ!」
 顔の腫れがひき出血も治まった。
 エリノは知的美人、神殿騎士は体育会系美人だ。
 二人とも美しく、どちらか選べと言われても困る。
 まあ、俺に選ぶ権利などないけれど。

「おお痛みが消えた、ありがとう修道女よ」
 ちなみに、エリノの治療は有料で町医者よりも高額だ。
 だから金持ちや急を要する患者しか治療に来ない。
「屈強な神殿騎士さんが怪我なんて、暴動でも鎮圧されたのですか?」
「いや、単なる喧嘩だ。体調不良でうまく動けないんだよ」
「癒しの術は体調不良も治します、どうですか、まだ具合は悪いですか?」
 彼女は立ち上がるのに苦労する。

「ふぅ……駄目なようだ。鎧をこんなに重く感じるなんて今まで無かったんだが」
「体調を崩されたのはいつ頃からですか?」
「一昨日だ。目を覚ましたらこの有様でね」
「もしかして……。あなたは殊寵者しゅちょうしゃですか?」
「それは神の加護を授かった特別な人だろ? 私は神に祈りを捧げるほど熱心な信奉者じゃない」
「本人も気付かずに加護を与えられている人はいるのですよ」

 アクティブスキルとパッシブスキルの違いか。
 エリノはアクティブスキルで、祈りを捧げる時に癒しの術が発動するんだ。
 この子はパッシブスキルで、常日頃から効果が発動していたのかもしれない。

「仮に、私が殊寵者しゅちょうしゃだとして、なぜ加護が消えた?」
「神様はご休憩されていらっしゃいます」
「休み、だとっ?! いつ戻られる? 私の力はいつ戻る?」
 彼女はエリノの肩を掴み強く揺さぶる。
 けれど力の弱まっている体ではマッサージにすらならない揺れだった。

「それは……私にはわかりかねます」
「嘘、だろっ……」
 脱力した彼女の腕がだらりと垂れ下がる。
「あの方ならお力を貸して下さるかもしれませんが……」
「治せる者がいるのか? それは誰だ?」
「言えません。秘密にすると約束したのです」
 やはりエリノは良い子だ、俺との約束を守ってくれる。
 だけどね、教えないのなら最初から話を振っちゃダメじゃないかな。
「頼む! このままじゃ仕事にならない」
 ほら、期待させた。
 上げて落とす、エリノはSなのか? それとも天然?

「ごめんなさい、行先は知らないの」
「そんな……」
 二人の美女は暗い表情になり、部屋には重たい空気が漂っている。
 エリノは約束を守ってくれる。
 ならば正体を明かしても大丈夫だろう。
 最悪また姿を変えればいいさ。

「あ~ん~。おほん。俺がミズキだ」
「えっ?」
 キョトンとした表情のエリノも可愛い。
「俺は姿を変える加護をもらっているんだ」
「まぁ! それは素晴らしいです!」
 部屋に漂っていた重たい空気は、エリノの笑顔で吹き飛んでしまう。
 そんな加護があるか知らないが、素直なエリノは信じたようだ。
 神の名を教えた俺は彼女にとって神と同等の存在なのだろう。
 しかし、騙されやすくて心配になる。

「そう言えば騎士さんの名前を聞いていなかった。俺はミズキ、よろしく」
「この人が力を貸してくれるのか?」
「はい! 私の恩人でもある人です」
「おお、そうか! 私はティルダ、よろしく頼む!」
「エリノが話したとおり神は休憩している。だが弟が仕事を代行してるんだ」
「それで?」
 あれ? エリノとは反応が違うな。
「だから今までと同じように祈りを捧げても意味がない。弟神に祈りを捧げる必要がある」
「なるほど」
「弟神は兄よりも力が劣るので普通の祈りでは届かない。だから鎧を媒体にする」



 俺は鎧を対象に【プログラミング】を開始する。
 APIの入力パラメータは2つ。
 装備者の信仰心と神名モルガーノン。
 出力は剛力の加護。
 コンパイル成功、エラーなし!



「祈りなさい。神の名はモルガーノン。力の神です」
 ティルダは胸の前で手を組み祈りを捧げる。
「モルガーノン様、どうか私に力をお与え下さい」
「さあ、立ってみて」
 ティルダはゆっくりと腰を上げる。
「変わらないが?」
「もっと強く祈るんだ。弟神の姿を想像しながら祈ればさらに効果が上がる。筋骨隆々の裸体に白い布を腰に巻いている。頭髪はないが顎髭あごひげはふさふさだ。手には力を象徴するハンマーが握られ、天高く振り上げられている」
「裸体、裸体、男性の、裸体、ふぅ……」
 ティルダの口元が少し緩んでいるようだ。
「想像はいいが妄想はだめだぞ」
「わかている! 裸体のモルガーノン様、どうか私に力をお与え下さい!」
「どうだ?」
「だめだ、重さは変わらない」

 加護が発動しない原因は何だ?
 信仰心の深さなのか?
 パッシブスキル系の彼女には向いていないのかもしれない。



 【プログラミング】再開。
 入力パラメータから信仰心を削除しよう。
 コンパイル実行……、ダメだエラーが出る。
 入力パラメータが不足しているんだ。
 力に変換する何かが必要なんだろう。



「もういい、神に弟がいるなど君らの妄想だったのだな」
「そんなことはありません! 私はミズキ様の助言により癒しの術が使えるようになったのです」
「からかうのはよしてくれ、きっと数日もすれば体調も戻るだろう。それでは仕事に戻るので失礼する」
 ティルダは一礼すると部屋から出て行った。

「ミズキ様、彼女の祈りはモルガーノン様に届かなかったのでしょうか」
 エリノは弟神の存在を信じている。
 人を疑うことを知らない性格だから癒しの術が成功したんだろうか。
 情報不足だ。
 新しいAPIはトライ&エラーを繰り返し性能評価をするのがセオリーなのだが。
 ティルダはもう帰ってしまった。
 エラーの放置は技術者として心がモヤモヤする……。

「わからない。熱心な信奉者じゃないと言っていた、それが理由かもしれない。この世界の人たちは神を信じる者ばかりだと思っていたのだが……」
殊寵者しゅちょうしゃではない者たちは、神の恩恵を授かりませんから信仰心は希薄と言えます」
「彼女は自分が殊寵者しゅちょうしゃだと気付いていなかった。本当に体調不良ということは考えられないのかな?」
「癒しの術をかけると対象者の症状が何となく感じ取れるのです。彼女からは病気などの体調不良は感じられませんでした」
「なら信仰心が原因っぽいね。修行とかないのかな? 信仰心を向上させるような」
「ありません! 神への信仰を操作するなど禁忌きんきに触れます」
 珍しく怒っているが、美人が怒っても怖くない、むしろもっと怒られたい。
「彼女自身でがんばるしかないのか」
「はい。全ては神の御心のままに」





 異世界生活7日目。
 俺はフリーターになっていた。
 仕事斡旋所で紹介してもらった仕事を日々こなす生活。
 定職も探しているが、無知で非力な人間を雇ってくれるほど世界は甘くない。
 望んでここに来たわけではないが、帰れないのなら諦めるしかない。
 膝を抱え泣いていてもご飯は食べられないのだ。

 今日は町から離れた場所にある果樹園で果物を収穫する仕事だ。
 町の入口が集合場所で、馬車で現地まで向かうらしい。
 こちらの世界は地球とよく似ている。
 馬はいるし馬車もある。
 他の動物たちもそれほど違いはないので脳が混乱せずに済んでいた。

「あ」
「あ」
 ティルダと目が合った。
 鎧は着ていない。
 作業用のワンピースは町娘が着ている普通の服だ。
 すらりと伸びた手足は、とても鎧を着ていた体には見えない。
「おはよう。ティルダもこの仕事を?」
「そうだ。神殿騎士はクビになった……」
「えっ?」
「鎧を着れない女など、役に立たないからな」
 その表情は作り笑顔に見えた。
 きっと平静を装っているのだろう。
「体調は戻らなかったのか」
「ああ。どうやら加護が失われたのは間違いではないらしい。この体を見てくれ、今まで気にもしなかったが、この細い腕で暴れる男どもを押さえつけていたんだ。信じられないだろ」
「ドレスが良く似合う素敵なボディーラインだよ」
「ハハッ、誉め言葉として受け取っておく」
「お~い、果樹園へ行く者、馬車に乗ってくれ~」
「じゃあまたな」
 十名ほどの作業員が二台の馬車に分乗した。
 俺はティルダとは別の馬車に乗ることにした。
 悲しみをおびた笑顔を見ていられないからだ。





 果樹園の入口で首から下げるかご剪定せんていばさみを受け取ると作業員たちは離れて収穫を始めた。
 初心者の俺は手の届く範囲で良いと言われている。
 梯子に乗って作業するのは怖いからな。
 リンゴによく似た果物を枝から丁寧に切り離しかごへ入れる。
 ずっと上を向いているので首が痛くなってきた。
 満杯になったかごを入口へ運び、空のかごと交換し収穫を続ける。



「お~い、昼飯の準備ができたぞ~」
 遠くから美味しそうな香りが漂ってくる。
 空腹の胃が刺激され、お腹が鳴った。
 食事つきというのもこの仕事を選んだ理由の一つだ。

 木のお椀にスープを入れてもらい、パンは素手で受け取る。
 スプーンはない。
 お椀に口を付けて飲むのだ。
 パンを一口残し、飲み終えた木のお椀をそのパンで拭くというのはこちらの世界に来て学んだ作法だ。

 テーブルなどはない。
 作業員たちは地面に座って食べていた。
 一人で食事するのも味気ない。
 少し離れた場所にティルダがいたので近づく。
 落ち込んでいるのなら少しは元気付けてあげたいのだ。



「一緒に食事してもいいかな?」
「ああ、構わない」
 ティルダの隣に座り食事を始める。
 疲れた体に塩分の濃いスープは有難い。
「この仕事は楽しいね。今まで体を動かす仕事をしてこなかったから新鮮だよ」
「そうか。私は頭を使う仕事は苦手だ。体を動かすほうが楽でいい。けれど、力が失われかごを運ぶのも一苦労だ」
「力を取り戻したい?」
「希望は捨てたさ」
「神殿で別れてから神への祈りは続けてみた?」
「悪いな。私は君たちの話を信じていない。祈りなどするわけがないだろう」

 だめか……。
 信仰心が増えているのを期待したが前よりも悪くなっているかもしれない。
 何かきっかけがあればいいのだが。
「なぜ神殿騎士になろうとしたのか聞いてもいいかな」
「つまらない話だぞ」
「ごめん、嫌ならいいんだ」
「そうではない。私は人と話すのが苦手だから、君を楽しませることができない。だから、その……」
 ティルダは耳を赤くし、俺に聞こえるギリギリの微かな声で、
「嫌われたくないんだ」と囁いた。

 ギャップ!!
 美人の鎧姿は、正直に言って近寄りがたい雰囲気だった。
 でも今は質素な町娘の姿。
 その子が照れながら俺に愛していると囁いた。
 口には出していないが、そう聞こえたのだ。

「ティルダと話ができるだけで俺は楽しいんだけどな」
 さらに首まで赤くして向こうを向いてしまう。
 意外と純情なのだろうか。
「君は平気で恥ずかしいことを言うのだな」
「そうかな? 気にしたことないよ」
「まあいい。私は神殿騎士になりたかったわけじゃないんだ。誰かを守れるなら、それがどんな仕事でも良かった。……昔話をしてもいいか」
「ああ聞かせて欲しい」
「私の生まれた村はもっと山のほうでな、防壁もない小さな村で、しばしば野党に狙われていた。あの日は三人の野党が村を襲った。男たちは森へ狩りに出かけていて、そのスキを狙われたんだ。私は無我夢中だった。助かりたいよりも母や妹を守りたい、その一心だった。気がついたら鍋の蓋を握っていて、野盗たちは目の前で伸びていた。どうやって戦ったのかまったく覚えていないんだ。変な話だろ?」

 まさか、その戦いで加護に目覚めたのか?
 今の話に神は登場していない。
 なら祈りなど捧げていないのだろう。
 ……守りたい願い、か。

「もしかすると――」
「皆、逃げろ! 盗賊だ!」と、作業員が叫んだ。

「おっと~、逃がさねえよ~」
 気がつくと剣を持った五人の男たちが周囲を囲んでいる。
 ゆらりゆらりと剣をふりながら近づいてきた。
 太い腕には幾つもの刀傷の跡がある。
 何度も実践をくぐり抜けてきたのだろう。

 この場から逃げられたとしても町までは馬車で移動しないと帰れない。
 道に迷って餓死するのが関の山だ。
 男は俺を含めて三人、後は女性だ。
 攻勢に出ても負けるだろう。

「腹が減ってるだけだ。飯を食ったら帰るから安心しな。まあ男は殺すし~、女はデザートだがな~」
 男たちは耳障りな声で大笑いしている。

 俺は自分の力量を自覚している。
 歯向かったとしても時間稼ぎにもならず瞬殺されるだろう。
 たぶんこの中で頼れるのはティルダだけだ。
 だが力が戻っていない。
 俺の予想が間違えていたらティルダを危険に晒すことになる。
 しかし、何もしなくても全員が犠牲者になるだけだ。

 俺は地面に落ちていた鍋の蓋を拾う。



 鍋の蓋を対象に【プログラミング】を開始。
 APIの入力パラメータは2つ。
 装備者の守りたい願いと、神名モルガーノン。
 出力は剛力の加護。
 コンパイル成功、エラーなし!



「ティルダ、頼みがある。もう一度だけ俺を信じてはくれないか?」
「こんな状況でいったい何を」
 俺はティルダに鍋の蓋を手渡す。
「力の神モルガーノンに誓いを立ててくれ、俺を守ると!」
 俺の真剣な眼差しを見たティルダは、冗談ではないと理解してくれたようだ。
「ハハッ、いいだろう。君の嘘に騙されながら散るのも一興。力の裸神モルガーノンよ! 私は誓う! ミズキを一生守り抜くと! だから私に力を授けてくれ!」
 ティルダの体が一瞬だけ赤く光る。
「おいおい何の冗談だ? ここは演劇の舞台じゃないぞ」

 ドン! と、衝撃音と共に地面が揺れる。
 力強く地面を蹴ったティルダは、まるで弾丸のように盗賊へ向かっていく。
 シールドバッシュ。
 ゲームの世界ではよく知られた技だ。
 盾の先端で相手を攻撃し行動不能にする戦法。
 ティルダの持つ鍋の蓋が盗賊の喉を直撃し、体重を乗せたまま二人は果物の木に激突した。
 グシャリと何か潰れた嫌な音がする。

「てめえ何しやがる!!」
 背後から別の野党が剣で襲い掛かる。
 パリィ。
 これも定番の技だ。
 鍋の蓋で剣の攻撃を跳ね上げ、浮いた体に追撃の拳をめり込ませた。
「ぐはっ!」
 肋骨を折られた盗賊は、悶絶し地面の上で痙攣けいれんしている。
 深紅の髪を揺らしながら鋭い眼光で残りの盗賊を睨みつけるティルダ。
 ブルーだった瞳が赤く変色していた。
「ひぃぃぃ~~~~!!」
 残りの盗賊は仲間を置いて逃げてしまった。



「ありがとう。ティルダのおかげで助かったよ」
 返り血の付いた鍋の蓋が地面に落ちる。
 赤く変色していた瞳は、いつの間にかブルーへ戻っていた。
 もしかするとバーサーカーなのかもしれない。
 ティルダは俺の前に膝まづくと、手を取り、その甲へキスをする。

「わが身はミズキ殿の盾。朽ち果てるまでお守りするとモルガーノン様に誓います」
「ちょっ、何してるんだよ」
 ティルダは立ち上がると、
「私、わかったんだ。村を襲った野党を倒した時も、こいつらを倒した時も、どちらも誰かを守りたいと強く願っていた。その願いが神へ届き、力を与えて下さったんだと。もうこの力を手放したくない。だからミズキ殿を一生守ると誓ったのだ」
「俺じゃなくてもいいだろ、今まで通り町の住民を守ればいいじゃないか」
「何だ? 私を美人だと言っておきながら、今更拒絶するのか?」
「だって、弱みに付け込んだみたいだろ」
「ハッハッハ! 女性を落とすテクニックじゃないか。落とされた私が言うんだ、後ろめたいことなどないぞ。それとも私が嫌いか?」
「嫌う要素なんてどこにもないよ」
「なら良いではないか! 専属の騎士がついたと思えばいい」
 ああそうだ、この子は頑固だった。
「とりあえずその話は保留で、な。ほら、みんなが心配そうな顔でこっちを見ている」



 それから町へ神殿騎士を呼びに行ったり、事情聴取を受けたりで仕事どころではなかった。
 その日はいつもより早く仕事が切り上げられた。
 雇い主の計らいで報酬は支払われたので文句はない。





 町へ戻ってきた俺は、馬車を降り背伸びをした。
 クッションのない椅子に長時間座ると腰が痛むのを始めてしったよ。
「ミズキ殿、晩飯を食いに行こう」
「食事か……、いいよ旨い店を紹介してくれ」
「ああ任せてくれ!」
 ニカッと真夏のひまわりのように鮮やかな笑顔になるティルダ。
 夕暮れまではまだ時間がある。
 のんびりと散歩するような足取りで飯屋へ向かう。



「ミズキ殿。あの鍋の蓋に細工をしたのはあなたなのだろ?」
「そうだ。悪いけど秘密にしてくれるか」
「もちろん、ミズキ殿を困らせることはしない。あの、お願いがあるんだけど……」
「同じ細工をして欲しいんだろ、いいよ」
「感謝!! 明日は鍛冶屋へ行こう。ミズキ殿を守れる盾が欲しい」
 大きな町ならば鍛冶屋、武器屋、防具屋と専門店に分かれているが、ここは小さな町なので鍛冶屋に防具が売っているのだ。

「神殿騎士には戻らないのか? もう鎧を着れるだろ」
「愛する者を守る、これぞ至上の喜悦きえつ!!」
 見たことは無いが宝塚の演者はこうなのだろうか。
 ティルダの男らしさに惚れてしまいそうだ。
「俺は金がない。ティルダを雇うことはできないぞ」
「安心しろ、重労働もこなせる力を取り戻したのだ、ミズキ殿を養うくらい造作もない」
 エリノもティルダも俺をヒモにしようとする。
 もしかすると俺は見た目以上に頼りないのだろうか。

「そうだな、宿に泊まる金ももったいない。今夜は私の家に泊まるがいい。いや、今夜と言わずずっと一緒に暮らせばいいさ!」
 人の話を聞かないというか、猪突猛進というか、ティルダは暴走機関車だな。
「遠慮するよ」
 ティルダは俺の腕に絡みつくと、
「離すわけがないだろう、諦めるんだな」と言い、上目遣いで色っぽい笑みを俺に向ける。
「俺にも考える時間をくれよ」
「いいだろう、夕食を食べながらじっくりと語り合おうじゃないか」
 まあ、なんて男らしいんでしょう、この娘は。
 口説いていたつもりが、いつのまにか口説かれている。





 裏通りにある木造の居酒屋。
 ティルダの話では酒と肉料理が美味いらしい。
「いらっしゃい。生憎と満席なんだ、相席でいいかな」
 看板娘が空席まで案内してくれる。

 四人くらい座れる丸いテーブルに先客が一人、突っ伏している。
 子供に見えるが、テーブルの上には果実酒。

 俺は思わず店員に、
「この店は子供に酒を出すのか?」と聞いてしまった。
「誰が子供やねん、アホぬかすな」
 その子供が体をおこしこちらを見た。
 幼女だった。
 いや、酒が飲める年齢なら、合法ロリっ子だ。
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