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第10章:朝起きてから学校にくるまでに17回ついやすって、ペース配分おかしいだろ!(今更)
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大急ぎで朝食を終え、光琉をせっついて身支度をさせ、2人で庭に出る。5月半ば、空は快晴。周囲に人目がないことを確認したところで、ふいに不安になった。
「……ときにお前、本当に思いどおりに”瞬燐”を使えるんだろうな」
俺は制服に着替えた光琉に念を押した。白ブラウスの上からマリンブルーのジャンパースカートにボレロ、襟元にスカーフという装いである。いつも見慣れた中等部の制服姿のはずなのに、記憶を取りもどしたせいか、その格好をした光琉がやたらコケティッシュに見えやがる。着替えて玄関に降りてきた直後は、「あれ、なんでこんな所に天使がいるんだ?」とか本気で思ってしまった……相当前世に脳を毒されてるな、俺も!
それはともかく。
妹が現世で瞬燐を使うのは、無論はじめてである。先程”慈光”を使ってみせたし、本人の中にも光魔法を掌握している実感はあるのだろうが、どうにも不安がぬぐえない。発動しないだけならまだいい。座標が狂って、学園内へ降り立つつもりが太平洋のど真ん中まで飛んでしまったりしたら、それこそシャレにならん。次回から無人島サバイバル編に突入せねばならなくなる。
「だーいじょうぶだって。光の魔法聖女、プリティ光琉ちゃんを信じなさい」
どっかの魔法少女みたいに言うな。
「さ、いらない心配してないで、さっさと行っちゃお」
自信の権化となった妹が、俺の手をにぎってくる。術者と共に転送されるためには、術者に触れていなければならない。俺としては妹の肩にでも手を置いて連れていってもらうつもりだったが、光琉の方で手をにぎるといってゆずらないのだった。
なお、手をにぎったまま強引に指と指を絡めようとしてきたので、そこは必死に食い止めておく。
「そっちこそアホなことしとらんで、さっさと瞬燐を発動しろ!」
俺は恋人つなぎをあきらめる様子のない妹を一括した。まだ不安がないではないが、ここまでくれば覚悟を決めるしかない。
「わかったわよお、もお。"瞬燐"!」
光琉が声を張り上げた。メルティアは術名を口にすることもなく、意思の力だけで魔法を発動し、瞬時にパーティ全員を遠くの目的地へ、正確に転送することができた。瞬燐を使うのが前世以来となる光琉は、さすがにまだそこまでの業を再現できる確信がないのか、術名を口に出すことでイメージを補強したのだろう。アホの子にしては、懸命な判断である。
ふいに、視界がかき消えた。身体の重みがなくなり、なつかしい浮遊感に包まれ……
一瞬後、俺はやわらかい土に首から上を突っ込ませていた。
比喩ではない。気がついたら視界が暗く、顔表面には湿ってざらざらした感触が広がっている。満足に呼吸もできず、俺は外に出ていた両手であわてて地面を押し、顔を地中から引っこ抜いた。
「ぶはあっ!!」
口に入った土を吐き出しながらあたりを見まわすと、そこは学園の裏手、東側の中等部と西側の高等部の中間あたりにある花壇のど真ん中だった。建物や植木にさえぎられ、校門からここまでは監視の目も届かない。今の時間帯、周囲に人影もなかった。
どうやら光琉の瞬燐は成功し、無事静芽学園内の狙いどおりの地点に転移することができたらしい……いや、この到着後の態様を考えると、"無事"と表現するのは語弊があるか。
「ん~、んん~~っ!!」
傍から突如、くぐもった声が聞こえてきた。見ると、土の上から白い足が2本、佐清状態で天に向かって生えている。言うまでもなく、この状況をまねいた元凶のものである。光琉は逆さまの格好で上半身を腕ごと花壇にめり込ませ、埋まるのを免れた両足をバタバタとあばれさせて空を蹴っていた。
昔のギャグ漫画で、大砲で遠くまで吹っ飛ばされた人みたいである。スカートは当然重力に逆らうべくもなく、その内部があらわになっていたが、足が駄々っ子よろしくせわしく動き続けているので、色気もへったくれもない。せいぜい陸に生えたイソギンチャク、といった印象である……なんだこれ、どう考えてもヒロインのあつかいじゃねえよ!? 大丈夫なのか、この小説!
俺はあばれ続ける光琉の両足を両手でつかむと、そのまま持ち上げた。前世で人型の根を持つ魔草・マンドラゴラを、地中から引き抜いた記憶がよみがえる。俺の妹は根菜か……
「ぷあっ! あー、びっくりしたあ。何なのよもお、オケショーがみだれちゃったじゃない」
「他人事みたいに言うな! あと化粧なんか元々しとらんだろうが」
こんな時に、しれっと女子力アピールせんでいい。
俺は逆さまに持った妹を、一旦地面に置いた。光琉が土をはらいながら立ちあがる。係の者がサボっているのか、花壇の中に花はほとんど植えられておらず荒涼としている。まあそのおかげで、光状になった俺と光琉が突っこんでも、土が飛び散る以外の被害は出さずにすんだのだが。
「瞬燐で校内に転移しようって話だったのが、なんでいきなり花壇にダイブしてるんだよ!? 前世ではちゃんと目的地に、足で降り立つことができてただろうが!」
「うーん、やっぱ久しぶりで勘がにぶってたのかなあ。学園内の景色を思い浮かべることに集中していたら、座標の微調整と姿勢の制御をするの忘れちゃった。てへ♪」
「『てへ♪』じゃない!」
それを本当に口に出して発音する奴、はじめて見たわ。
「そんな怒んないでよう。花壇に突き刺さった時は光粒子の状態だったんだから、怪我とかはしなかったでしょ?」
「衝突で直接のダメージは受けなくても、2人してあやうく窒息するところだったじゃねえか! 少しは深刻に考えろ」
第一、たまたま刺さった場所がやわらかい土の花壇だったから御の字だったものの、これがたとえばすぐ脇の、アスファルトの通路だったりしたらどうなっていたことか。あまり考えたくないぞ?
「まーまー、スギタコトはもういいじゃない。それより、いつまでもこんなとこにいていいの? はやく教室に行っちゃわないとまずいんじゃない?」
ポケットからスマホを取り出せば詳細な時刻を確認できただろうが、そんなことをするまでもなく、切迫した状況であることは明らかだった。校門で待ちぶせる教師たちをやり過ごしたものの、それでいながらホームルームに遅れていっては、後でかえって疑惑を招きかねない。
光琉のいうとおり、花壇でいつまでも大声をあげている場合ではないのだが……どうも上手くかわされたようで、釈然としないものが残るなあ。これまた実際に言っている人をみたことはないが、思わず「ぐぬぬ」と口からついて出そうになった。
なんだか記憶が戻って以来、ずっと妹にイニシアチブを取られっぱなしな気がする。サリスとメルティアもこんな感じだっただろうか、と考えてみたが……いかんせん、前世の記憶にはまだ多分に靄がかかっていて、よく思い出せない。今のところメルティアに関しては、清楚でつつましい印象しか残ってないんだがなあ。
「あーもー、わかったよ! ただその土だけは何とかしろ」
花壇に上半身がめり込んだのだから、当然髪や顔、制服は土まみれだ。そんな格好で教室におもむいたら、怪しまれること必定である。
俺はとりあえず、光琉の髪に付着した土埃だけ急いではらっておくことにした。綺麗な黄金の髪が、ところどころ黒ずんでしまっているではないか。勿体ない、もったいない!
「さ、後は化粧室にでも行って、自分で拭いてくれ。教室に入る前に、できるだけ土を落としておくんだぞ」
「は~~い」
素直なんだか不真面目なんだか判断に迷う返事をのこして、光琉はさっさと中等部の方へ駆けていってしまう。
「あとくれぐれも、学校で魔法を使うなよ!」
はしり去る妹の背中に、念を押す。家を出る時にも言って聞かせたことだが、こんな超常の能力が使えるようになったことは、周囲には知られない方がいいだろう。謎の研究所に連行されて人体実験にさらされる、とまでは言わんが、もし噂が広まったら、これまでどおりに過ごすのが困難になる可能性は極めて高い。
今朝は余裕がなかったので、つい俺も転移魔法に頼って学校にきてしまったが(そのせいでどうにも注意に説得力がともなわない……くそ)、今後はそういう真似もひかえた方がいいだろう。妹にも禁止しておく。誰かに見咎められる危険は常にあるし、そんな楽をしていては駄目人間になってしまう。のび太が登校する際に◯こでもドアを使わせない◯ラえもんの心情が、わかった気がする。
「わかってるわよぅ。あたしだってちゃんと考えてるんだからぁ」
こちらに後ろをみせたままで光琉がさけび返してくる。考えて普段の調子だったら、いよいよ救いがない気もするなあ……不安は薄れるどころか、一層深まるばかりである。
と、中等部の方へ駆けていた光琉が、ふいに立ち止まってこちらを向いた。なんだ、忘れ物か? この切羽詰まった時に、それでも気にかけねばならないものとは、いったい何が、
「デートの約束、忘れないでねえ~~~~」
「はよいけっ!!」
俺は手を外側へ向けてふり、「しっ、しっ!」と追いはらった。あんなのは犬猫のあつかいで十分である。言いたいことだけ言いのこして、今度こそ聖女のなれの果ては駆け去っていった。
やれやれ……
俺は盛大に息をひとつ吐きだしたが、アホの子を送り出したとて、いつまでも脱力しているわけにはいかない。こちらも急ぎ自分の教室へ向かうことにする。踵を返し、走りだそうとしたところで、
「ぎゃああああ~~~~」
遠くから男の悲鳴が飛んできた。ついで、大気を震わすにぶい音。前世で散々聞き慣れているから、何となくわかる。あれは棒状のもので人体をうつ音だ。
「おら、神聖な学び舎におくれてくるとはどういう了見だ!? 己の不心得を身体で思い知れぃ!!」
学園中に響き渡りそうな凶暴かつ嗜虐的な恫喝は、鬼首の声だった。どうやら遅刻を見つかった生徒が、罰を受けているらしい。殴打音はなおも止む気配がない……って、こんな中世の拷問レベルの体罰が、まかりとおっちゃうの!? 舞台設定、一応令和の日本だよ!? おかしいだろ、この学校!
俺も万一見つかったら、同じ目に合わされるんだろうな……拷問なら前世で何度か受けた記憶があるが、もちろんあえて繰り返したい経験ではなかった。
ますます人目につかないことを祈りつつ、高等部校舎へと駆け足で向かった。全力で走りたかったが、あまり物音を立てるのも気が引けたので、しぜん流し気味になる。鬼首の拷問(?)現場からは距離があるようだったが、教室までの道中だれに出くわすか知れたものではない。こんな時、フェイデアの盗賊や暗殺者が得意とする"陰身"の魔法が使えればなあ、と、考えずにはいられなかった。
「……ときにお前、本当に思いどおりに”瞬燐”を使えるんだろうな」
俺は制服に着替えた光琉に念を押した。白ブラウスの上からマリンブルーのジャンパースカートにボレロ、襟元にスカーフという装いである。いつも見慣れた中等部の制服姿のはずなのに、記憶を取りもどしたせいか、その格好をした光琉がやたらコケティッシュに見えやがる。着替えて玄関に降りてきた直後は、「あれ、なんでこんな所に天使がいるんだ?」とか本気で思ってしまった……相当前世に脳を毒されてるな、俺も!
それはともかく。
妹が現世で瞬燐を使うのは、無論はじめてである。先程”慈光”を使ってみせたし、本人の中にも光魔法を掌握している実感はあるのだろうが、どうにも不安がぬぐえない。発動しないだけならまだいい。座標が狂って、学園内へ降り立つつもりが太平洋のど真ん中まで飛んでしまったりしたら、それこそシャレにならん。次回から無人島サバイバル編に突入せねばならなくなる。
「だーいじょうぶだって。光の魔法聖女、プリティ光琉ちゃんを信じなさい」
どっかの魔法少女みたいに言うな。
「さ、いらない心配してないで、さっさと行っちゃお」
自信の権化となった妹が、俺の手をにぎってくる。術者と共に転送されるためには、術者に触れていなければならない。俺としては妹の肩にでも手を置いて連れていってもらうつもりだったが、光琉の方で手をにぎるといってゆずらないのだった。
なお、手をにぎったまま強引に指と指を絡めようとしてきたので、そこは必死に食い止めておく。
「そっちこそアホなことしとらんで、さっさと瞬燐を発動しろ!」
俺は恋人つなぎをあきらめる様子のない妹を一括した。まだ不安がないではないが、ここまでくれば覚悟を決めるしかない。
「わかったわよお、もお。"瞬燐"!」
光琉が声を張り上げた。メルティアは術名を口にすることもなく、意思の力だけで魔法を発動し、瞬時にパーティ全員を遠くの目的地へ、正確に転送することができた。瞬燐を使うのが前世以来となる光琉は、さすがにまだそこまでの業を再現できる確信がないのか、術名を口に出すことでイメージを補強したのだろう。アホの子にしては、懸命な判断である。
ふいに、視界がかき消えた。身体の重みがなくなり、なつかしい浮遊感に包まれ……
一瞬後、俺はやわらかい土に首から上を突っ込ませていた。
比喩ではない。気がついたら視界が暗く、顔表面には湿ってざらざらした感触が広がっている。満足に呼吸もできず、俺は外に出ていた両手であわてて地面を押し、顔を地中から引っこ抜いた。
「ぶはあっ!!」
口に入った土を吐き出しながらあたりを見まわすと、そこは学園の裏手、東側の中等部と西側の高等部の中間あたりにある花壇のど真ん中だった。建物や植木にさえぎられ、校門からここまでは監視の目も届かない。今の時間帯、周囲に人影もなかった。
どうやら光琉の瞬燐は成功し、無事静芽学園内の狙いどおりの地点に転移することができたらしい……いや、この到着後の態様を考えると、"無事"と表現するのは語弊があるか。
「ん~、んん~~っ!!」
傍から突如、くぐもった声が聞こえてきた。見ると、土の上から白い足が2本、佐清状態で天に向かって生えている。言うまでもなく、この状況をまねいた元凶のものである。光琉は逆さまの格好で上半身を腕ごと花壇にめり込ませ、埋まるのを免れた両足をバタバタとあばれさせて空を蹴っていた。
昔のギャグ漫画で、大砲で遠くまで吹っ飛ばされた人みたいである。スカートは当然重力に逆らうべくもなく、その内部があらわになっていたが、足が駄々っ子よろしくせわしく動き続けているので、色気もへったくれもない。せいぜい陸に生えたイソギンチャク、といった印象である……なんだこれ、どう考えてもヒロインのあつかいじゃねえよ!? 大丈夫なのか、この小説!
俺はあばれ続ける光琉の両足を両手でつかむと、そのまま持ち上げた。前世で人型の根を持つ魔草・マンドラゴラを、地中から引き抜いた記憶がよみがえる。俺の妹は根菜か……
「ぷあっ! あー、びっくりしたあ。何なのよもお、オケショーがみだれちゃったじゃない」
「他人事みたいに言うな! あと化粧なんか元々しとらんだろうが」
こんな時に、しれっと女子力アピールせんでいい。
俺は逆さまに持った妹を、一旦地面に置いた。光琉が土をはらいながら立ちあがる。係の者がサボっているのか、花壇の中に花はほとんど植えられておらず荒涼としている。まあそのおかげで、光状になった俺と光琉が突っこんでも、土が飛び散る以外の被害は出さずにすんだのだが。
「瞬燐で校内に転移しようって話だったのが、なんでいきなり花壇にダイブしてるんだよ!? 前世ではちゃんと目的地に、足で降り立つことができてただろうが!」
「うーん、やっぱ久しぶりで勘がにぶってたのかなあ。学園内の景色を思い浮かべることに集中していたら、座標の微調整と姿勢の制御をするの忘れちゃった。てへ♪」
「『てへ♪』じゃない!」
それを本当に口に出して発音する奴、はじめて見たわ。
「そんな怒んないでよう。花壇に突き刺さった時は光粒子の状態だったんだから、怪我とかはしなかったでしょ?」
「衝突で直接のダメージは受けなくても、2人してあやうく窒息するところだったじゃねえか! 少しは深刻に考えろ」
第一、たまたま刺さった場所がやわらかい土の花壇だったから御の字だったものの、これがたとえばすぐ脇の、アスファルトの通路だったりしたらどうなっていたことか。あまり考えたくないぞ?
「まーまー、スギタコトはもういいじゃない。それより、いつまでもこんなとこにいていいの? はやく教室に行っちゃわないとまずいんじゃない?」
ポケットからスマホを取り出せば詳細な時刻を確認できただろうが、そんなことをするまでもなく、切迫した状況であることは明らかだった。校門で待ちぶせる教師たちをやり過ごしたものの、それでいながらホームルームに遅れていっては、後でかえって疑惑を招きかねない。
光琉のいうとおり、花壇でいつまでも大声をあげている場合ではないのだが……どうも上手くかわされたようで、釈然としないものが残るなあ。これまた実際に言っている人をみたことはないが、思わず「ぐぬぬ」と口からついて出そうになった。
なんだか記憶が戻って以来、ずっと妹にイニシアチブを取られっぱなしな気がする。サリスとメルティアもこんな感じだっただろうか、と考えてみたが……いかんせん、前世の記憶にはまだ多分に靄がかかっていて、よく思い出せない。今のところメルティアに関しては、清楚でつつましい印象しか残ってないんだがなあ。
「あーもー、わかったよ! ただその土だけは何とかしろ」
花壇に上半身がめり込んだのだから、当然髪や顔、制服は土まみれだ。そんな格好で教室におもむいたら、怪しまれること必定である。
俺はとりあえず、光琉の髪に付着した土埃だけ急いではらっておくことにした。綺麗な黄金の髪が、ところどころ黒ずんでしまっているではないか。勿体ない、もったいない!
「さ、後は化粧室にでも行って、自分で拭いてくれ。教室に入る前に、できるだけ土を落としておくんだぞ」
「は~~い」
素直なんだか不真面目なんだか判断に迷う返事をのこして、光琉はさっさと中等部の方へ駆けていってしまう。
「あとくれぐれも、学校で魔法を使うなよ!」
はしり去る妹の背中に、念を押す。家を出る時にも言って聞かせたことだが、こんな超常の能力が使えるようになったことは、周囲には知られない方がいいだろう。謎の研究所に連行されて人体実験にさらされる、とまでは言わんが、もし噂が広まったら、これまでどおりに過ごすのが困難になる可能性は極めて高い。
今朝は余裕がなかったので、つい俺も転移魔法に頼って学校にきてしまったが(そのせいでどうにも注意に説得力がともなわない……くそ)、今後はそういう真似もひかえた方がいいだろう。妹にも禁止しておく。誰かに見咎められる危険は常にあるし、そんな楽をしていては駄目人間になってしまう。のび太が登校する際に◯こでもドアを使わせない◯ラえもんの心情が、わかった気がする。
「わかってるわよぅ。あたしだってちゃんと考えてるんだからぁ」
こちらに後ろをみせたままで光琉がさけび返してくる。考えて普段の調子だったら、いよいよ救いがない気もするなあ……不安は薄れるどころか、一層深まるばかりである。
と、中等部の方へ駆けていた光琉が、ふいに立ち止まってこちらを向いた。なんだ、忘れ物か? この切羽詰まった時に、それでも気にかけねばならないものとは、いったい何が、
「デートの約束、忘れないでねえ~~~~」
「はよいけっ!!」
俺は手を外側へ向けてふり、「しっ、しっ!」と追いはらった。あんなのは犬猫のあつかいで十分である。言いたいことだけ言いのこして、今度こそ聖女のなれの果ては駆け去っていった。
やれやれ……
俺は盛大に息をひとつ吐きだしたが、アホの子を送り出したとて、いつまでも脱力しているわけにはいかない。こちらも急ぎ自分の教室へ向かうことにする。踵を返し、走りだそうとしたところで、
「ぎゃああああ~~~~」
遠くから男の悲鳴が飛んできた。ついで、大気を震わすにぶい音。前世で散々聞き慣れているから、何となくわかる。あれは棒状のもので人体をうつ音だ。
「おら、神聖な学び舎におくれてくるとはどういう了見だ!? 己の不心得を身体で思い知れぃ!!」
学園中に響き渡りそうな凶暴かつ嗜虐的な恫喝は、鬼首の声だった。どうやら遅刻を見つかった生徒が、罰を受けているらしい。殴打音はなおも止む気配がない……って、こんな中世の拷問レベルの体罰が、まかりとおっちゃうの!? 舞台設定、一応令和の日本だよ!? おかしいだろ、この学校!
俺も万一見つかったら、同じ目に合わされるんだろうな……拷問なら前世で何度か受けた記憶があるが、もちろんあえて繰り返したい経験ではなかった。
ますます人目につかないことを祈りつつ、高等部校舎へと駆け足で向かった。全力で走りたかったが、あまり物音を立てるのも気が引けたので、しぜん流し気味になる。鬼首の拷問(?)現場からは距離があるようだったが、教室までの道中だれに出くわすか知れたものではない。こんな時、フェイデアの盗賊や暗殺者が得意とする"陰身"の魔法が使えればなあ、と、考えずにはいられなかった。
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