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断章-月下血風小夜曲(中)②
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さらにシュリーフェンは、じろりとサリスの方をねめつけたのだった。
「”魔剣士”よ、貴公にも我が軍に参陣してもらう。小娘のお守りなどやめ、ここで魔族を食い止めるべく尽力せよ。それこそ勇者の本懐というものであろう」
この言葉に、サリスが激昂した。
「俺に残れだと! 何のために勇者を各地に分散したと思ってやがる、作戦の根本を理解していねえのか!?」
魔軍との戦場に派遣されている勇者は、"槍聖"だけではない。サリスを除く11人すべてが、大陸を南北に縦断するかのように連なる最前線の各所に配置され、該当地域における連合軍の中心戦力として魔族の大波濤を押しもどす役目を担っている。
そうして前線に戦力を注入し、そちらに魔族の眼を向けている一方、サリスが"光の聖女"を含む極小人数を連れて隠密行動を取り、ひそかに暗黒大陸へわたって魔王の首を取る……それが今回発動された作戦の全貌だった。サリスの一行による魔王討伐行とは、いわば全世界規模で展開される”陽動―奇襲作戦”の一環であり、かつ要なのだ。
聖剣と聖女の力に絶大な信頼を寄せればこそ立案された、劣勢を強いられる人類に残された起死回生の策だった。その奇襲役とも言うべきサリスを前線の部隊に組み入れてしまうというのだから、シュリーフェンの要請は本末転倒そのものだった。
「わしは元々、聖剣なぞという怪しげな代物をあてにした作戦には反対だった。そんな博打に縋るよりも、魔族の侵攻を阻止して戦線を維持することにこそ人類の総力を傾注すべきだ」
「機関や連合総本部――”天玉会議”の意向を無視しようってのか。いつも秩序にやかましいあんたが?」
「現場の指揮官には、時に上層部の意向に逆らってでも臨機応変に判断をくだす責務がある。勇者の名を冠する者が新たに自軍に加わったと知れば兵たちの士気も上がろう、たとえそれが虚名であってもな。貴公らを我が軍に編入することこそ、正しい道だと信じるものである」
「そうかい、だったらあんたは勝手に、その正しい道とやらの幻影を追ってな。俺は俺でやりたいようにやらせてもらう。あんたの軍には入らない、メル――光の聖女に同行して聖山へ行く。聖剣の力なくして、魔族を討ち滅ぼすことはできない」
「つけあがるなよ、青二才が!」
勇者2人の間に一触即発の気配が立ち込めるのを、周囲の人間たちが取りなした。そうせざるをえなかっただろう。シュリーフェンの部下たちにしてみれば指揮官が公然と連合首脳の方針に逆らうのを看過するわけにはいかないし、サリスの仲間たちにしたところでこれから戦線を西に越えようとしている手前、軍には何かと便宜をはかってもらった方がいいに決まっている。
たがいの利害と打算がからみ合った折衝の結果――こういうことは"商人"の十八番である――、サリスとカーシャのみがメルティアについて聖山へ向かい、他の仲間は軍に一時的に協力することとなった。特に”司祭”の残留を、シュリーフェンは強行に主張した。聖職者を忌避する心情とは別に、やはり回復魔法の使い手は軍にとって貴重なのである。
その代わり、聖剣の”深化”を終え西へ旅立つ時になれば、一行には軍から十分な食料その他の物資が提供され、戦線を越えるための案内役もつけられる。それが協力への対価というわけだった。結局聖山への護衛を借り受けることはできなかったが、頑迷な老戦士相手にそれ以上の譲歩は望めなかっただろう。
これらの取り決めが交わされる間、メルティアはほとんど口を開かなかった。シュリーフェンが自分への敵意もあからさまな物言いをしても、おだやかな表情を崩さず、どこか人形じみた平静さをたもっていた。
そんなメルティアの様子が、サリスには苦々しかった。この頃までには旅の途中に起きた様々な出来事を通じてすこしずつ打ち解け、サリスに対して年相応の少女らしい表情を見せることもしばしばとなっていた。それだけに、出会った時のように模範的な"聖女"の仮面を被ってしまったメルティアを見ていると、舌打ちのひとつもしたくなった。「小娘」とまでののしられたのだ、"槍聖"の非礼に対してもう少し腹を立ててもいいだろうに……
「しかしねえ、あんたももう少し処世術を覚えなさいよ。あんたに着いてきたあたしまで、"槍聖"のじいさんににらまれちゃったじゃない」
オークの群れを退けた安心感があるのか、カーシャは軽口を止めようとしない。
「別に頼んだおぼえはない。あっちに残ってもよかったんだぞ」
「頭に血が昇った相棒を、放っておくわけにもいかないでしょ。あんただって元々自分1人ではここの護衛が心許ないと思ったから、わざわざ兵を借りに行ったんでしょうに……それにしても、あんたの懸念が当たってしまったわねえ」
聖山が襲撃されたことを言っているのである。
「聖女どのが聖山に寄る予定だということを魔族はしらない、故に襲撃などあろうはずがない」というのが、シュリーフェンがサリスの要請を斥けた論法のひとつだった。先にも言ったとおりサリスたちの魔王討伐行は極秘作戦であり、人類の中でも各国首脳部や勇者級の要人にしかその旅程は伝えられていない。
にも関わらずこれまでの道中、再三魔族におそわれてきた。まだ人類統治下の大陸東部においてさえ、である。襲撃してきた敵の中には古くから人里離れた地に住む土着のモンスターのみならず、明らかに西から密かに戦線を越え侵入してきたとおぼしき上級魔族も含まれていた。魔族がサリスたちの目的を知り、妨害しにきているとしか思えない。
おそらく人類側に、魔軍への内通者がひそんでいるのだろう。それもかなり上層部に。サリスはかつて大神殿で戦った、変容の魔法を使う魔人を思い出していた。あのように魔族が人に化けているのか、あるいは……
「今片付けたオークたちは元々この近くに巣を張ってた連中でしょうけど、まず魔軍からの指示を受けて動いたと考えるべきね。そうなると、西からさらに上位種の魔物が送り込まれている可能性は高いわねえ。”深化の儀”とやらは、一体いつまでかかるの?」
「俺に聞くな。メルティア本人でさえ、取り掛かってみなければわからないと言っていたんだぞ」
サリスにも焦慮はある。一刻もはやくメルティアを連れ、この場を去るに越したことはない。
たとえ陽動だとわかっても、前線に投入された11人の勇者を魔軍は無視できない。勢力圏を維持するためにもそちらに戦力を注がねばならず、サリスたちにばかりかまってもいられないのだ。だからこそサリス一行はいまのところ健在で、小人数の精鋭で魔王を強襲しようという計画は依然有効なのだが……それでも時折、相当上位の魔人が西よりの刺客として送られてくる。魔軍の方でも”聖剣”と”光の聖女”を、無視できない脅威と認識していることは間違いないようだった。
今そんな敵に襲来されては、撃退はむずかしいだろう。こちらはわずか2人、しかも聖剣は”白き洞”の中にあり、サリスは使用することができないのだ。
「”魔剣士”よ、貴公にも我が軍に参陣してもらう。小娘のお守りなどやめ、ここで魔族を食い止めるべく尽力せよ。それこそ勇者の本懐というものであろう」
この言葉に、サリスが激昂した。
「俺に残れだと! 何のために勇者を各地に分散したと思ってやがる、作戦の根本を理解していねえのか!?」
魔軍との戦場に派遣されている勇者は、"槍聖"だけではない。サリスを除く11人すべてが、大陸を南北に縦断するかのように連なる最前線の各所に配置され、該当地域における連合軍の中心戦力として魔族の大波濤を押しもどす役目を担っている。
そうして前線に戦力を注入し、そちらに魔族の眼を向けている一方、サリスが"光の聖女"を含む極小人数を連れて隠密行動を取り、ひそかに暗黒大陸へわたって魔王の首を取る……それが今回発動された作戦の全貌だった。サリスの一行による魔王討伐行とは、いわば全世界規模で展開される”陽動―奇襲作戦”の一環であり、かつ要なのだ。
聖剣と聖女の力に絶大な信頼を寄せればこそ立案された、劣勢を強いられる人類に残された起死回生の策だった。その奇襲役とも言うべきサリスを前線の部隊に組み入れてしまうというのだから、シュリーフェンの要請は本末転倒そのものだった。
「わしは元々、聖剣なぞという怪しげな代物をあてにした作戦には反対だった。そんな博打に縋るよりも、魔族の侵攻を阻止して戦線を維持することにこそ人類の総力を傾注すべきだ」
「機関や連合総本部――”天玉会議”の意向を無視しようってのか。いつも秩序にやかましいあんたが?」
「現場の指揮官には、時に上層部の意向に逆らってでも臨機応変に判断をくだす責務がある。勇者の名を冠する者が新たに自軍に加わったと知れば兵たちの士気も上がろう、たとえそれが虚名であってもな。貴公らを我が軍に編入することこそ、正しい道だと信じるものである」
「そうかい、だったらあんたは勝手に、その正しい道とやらの幻影を追ってな。俺は俺でやりたいようにやらせてもらう。あんたの軍には入らない、メル――光の聖女に同行して聖山へ行く。聖剣の力なくして、魔族を討ち滅ぼすことはできない」
「つけあがるなよ、青二才が!」
勇者2人の間に一触即発の気配が立ち込めるのを、周囲の人間たちが取りなした。そうせざるをえなかっただろう。シュリーフェンの部下たちにしてみれば指揮官が公然と連合首脳の方針に逆らうのを看過するわけにはいかないし、サリスの仲間たちにしたところでこれから戦線を西に越えようとしている手前、軍には何かと便宜をはかってもらった方がいいに決まっている。
たがいの利害と打算がからみ合った折衝の結果――こういうことは"商人"の十八番である――、サリスとカーシャのみがメルティアについて聖山へ向かい、他の仲間は軍に一時的に協力することとなった。特に”司祭”の残留を、シュリーフェンは強行に主張した。聖職者を忌避する心情とは別に、やはり回復魔法の使い手は軍にとって貴重なのである。
その代わり、聖剣の”深化”を終え西へ旅立つ時になれば、一行には軍から十分な食料その他の物資が提供され、戦線を越えるための案内役もつけられる。それが協力への対価というわけだった。結局聖山への護衛を借り受けることはできなかったが、頑迷な老戦士相手にそれ以上の譲歩は望めなかっただろう。
これらの取り決めが交わされる間、メルティアはほとんど口を開かなかった。シュリーフェンが自分への敵意もあからさまな物言いをしても、おだやかな表情を崩さず、どこか人形じみた平静さをたもっていた。
そんなメルティアの様子が、サリスには苦々しかった。この頃までには旅の途中に起きた様々な出来事を通じてすこしずつ打ち解け、サリスに対して年相応の少女らしい表情を見せることもしばしばとなっていた。それだけに、出会った時のように模範的な"聖女"の仮面を被ってしまったメルティアを見ていると、舌打ちのひとつもしたくなった。「小娘」とまでののしられたのだ、"槍聖"の非礼に対してもう少し腹を立ててもいいだろうに……
「しかしねえ、あんたももう少し処世術を覚えなさいよ。あんたに着いてきたあたしまで、"槍聖"のじいさんににらまれちゃったじゃない」
オークの群れを退けた安心感があるのか、カーシャは軽口を止めようとしない。
「別に頼んだおぼえはない。あっちに残ってもよかったんだぞ」
「頭に血が昇った相棒を、放っておくわけにもいかないでしょ。あんただって元々自分1人ではここの護衛が心許ないと思ったから、わざわざ兵を借りに行ったんでしょうに……それにしても、あんたの懸念が当たってしまったわねえ」
聖山が襲撃されたことを言っているのである。
「聖女どのが聖山に寄る予定だということを魔族はしらない、故に襲撃などあろうはずがない」というのが、シュリーフェンがサリスの要請を斥けた論法のひとつだった。先にも言ったとおりサリスたちの魔王討伐行は極秘作戦であり、人類の中でも各国首脳部や勇者級の要人にしかその旅程は伝えられていない。
にも関わらずこれまでの道中、再三魔族におそわれてきた。まだ人類統治下の大陸東部においてさえ、である。襲撃してきた敵の中には古くから人里離れた地に住む土着のモンスターのみならず、明らかに西から密かに戦線を越え侵入してきたとおぼしき上級魔族も含まれていた。魔族がサリスたちの目的を知り、妨害しにきているとしか思えない。
おそらく人類側に、魔軍への内通者がひそんでいるのだろう。それもかなり上層部に。サリスはかつて大神殿で戦った、変容の魔法を使う魔人を思い出していた。あのように魔族が人に化けているのか、あるいは……
「今片付けたオークたちは元々この近くに巣を張ってた連中でしょうけど、まず魔軍からの指示を受けて動いたと考えるべきね。そうなると、西からさらに上位種の魔物が送り込まれている可能性は高いわねえ。”深化の儀”とやらは、一体いつまでかかるの?」
「俺に聞くな。メルティア本人でさえ、取り掛かってみなければわからないと言っていたんだぞ」
サリスにも焦慮はある。一刻もはやくメルティアを連れ、この場を去るに越したことはない。
たとえ陽動だとわかっても、前線に投入された11人の勇者を魔軍は無視できない。勢力圏を維持するためにもそちらに戦力を注がねばならず、サリスたちにばかりかまってもいられないのだ。だからこそサリス一行はいまのところ健在で、小人数の精鋭で魔王を強襲しようという計画は依然有効なのだが……それでも時折、相当上位の魔人が西よりの刺客として送られてくる。魔軍の方でも”聖剣”と”光の聖女”を、無視できない脅威と認識していることは間違いないようだった。
今そんな敵に襲来されては、撃退はむずかしいだろう。こちらはわずか2人、しかも聖剣は”白き洞”の中にあり、サリスは使用することができないのだ。
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