実の妹が前世の嫁だったらしいのだが(困惑)

七三 一二十

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第45章:この聖女、嘘をつくことに躊躇がなさすぎる(驚嘆)

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 父は地元の総合商社に勤める営業マンだ。年中多忙で、家には滅多に帰ってこない。現在も東南アジアの方へ出張中で、来月までは日本に戻れないと聞いていた。

 だから突然家にあらわれた父に声をかけられ、俺がひどく驚いたのも、無理からぬことなのである。

 驚いたのは俺だけではなかったらしく、光琉ひかるもびくとひとつ身体を震わせると、そのまま固まってしまった。固まってはいけなかった。妹は今にも俺に覆いかぶさらんばかりの姿勢で、俺はその妹の両手首を自分の両手で掴んでいる……はたから見れば、著しい誤解を招きかねない態勢じゃねえか! しかも、最も誤解されてはいけない人間の目前なのである。

「……お前ら、一体何やってんだ?」

 怪訝そうに父が尋ねてくる。しごくもっともなその質問が凍っていた時間を溶かしたかのように、俺も光琉もパッと互いから身を離した。あわてた光琉は身をひきすぎて、勢いあまって後ろの壁にゴツンと頭をぶつけていた。良かった、一応親に見られたらマズイという認識はあったんだな……かくいう俺も、心臓の鼓動を鎮めるのに必死だったが。

「に、にいちゃんがきんぴらごぼうを食べたくないなんてワガママ言うからさ、多少ゴーインにでも口に入れようとしてたんだよ。やっぱり食べ物の好き嫌いは良くないしね!」

 妹のとっさの機転で、俺は偏食家の汚名を着せられてしまうのだった。

「なんだ、真人まさとお前、きんぴらごぼうは好物じゃなかったっけか?」

「……このところ、味覚の好みが変わってきてね」

 俺は光琉に合わせて、難しいオトシゴロを演じることにした。兄妹でいかがわしい行いに耽ろうとしていた、と誤解されるよりははるかにマシだろう。

「それよりも、今日は一体どうしたんだよ。まだしばらくは、出張で帰ってこれないはずじゃなかったのか?」

「いや、急に一旦、日本に戻らなきゃいかん用が出来てな。本社で打ち合わせをしていたらすっかり夜も遅くなったし、こんな機会も滅多にないから、久々に懐かしの我が家へ帰ってきたというわけだ」

 そう言うと父はテーブルの上に目を向け、下手な口笛を吹いた。

「それにしても、えらい豪勢な夕食じゃないか。光琉がつくったのかい? 今日は何かの記念日だったかな」

「えへへ、何となく今晩おとーさんが帰って来そうなムシノシラセがしたから、腕によりをかけて頑張っちゃった!!」

 例によって天使の微笑を浮かべながら平然と嘘をつく元聖女。どうでもいいことだが、"虫の知らせ"って普通は悪い予感の時に使う言葉じゃないかなあ。

「そうかそうか、俺のために作ってくれたのか! すごいなあ光琉は、実はエスパーなんじゃないか?」

 父は妹に甘い。疑う素振りさえ見せず、満面の笑みとともに鵜呑みにしてしまった。エスパーどころかチート級の光魔法を今朝から使えるようになっているのだが、それは黙っておくとしよう。



 自室でラフな格好に着替えてきた父も席につき、3人で豪勢な食事を囲むこととなった。各自の飲み物も用意され、父が手に持ったグラスに光琉がビールを注ぐ。ちなみに俺は烏龍ウーロン茶、光琉はアップルジュース、といった按配である。

 落ち着いて食べさえすれば、我が妹の料理は絶品だ。父もパクパクと口に運んでは、賞賛の声をあげている。

「美味い! 光琉は料理の天才だよ。こんな娘を持てて、俺は幸せだなあ」

 父の眼がある場では、さすがの光琉さんも新妻ぶるような真似はしなかった。おかげでようやく俺の心にも平安がもどった。この点、父が帰ってきたことには感謝せねばならない。

 もっとも、父の話では明日の朝早々には家を出ねばならず、またしばらくは帰宅できないだろうということだった。妹と2人きりの生活が再びはじまることを考えると、やはり一抹の不安をおぼえてしまう。アホ妹は躊躇なく迫ってくるだろうし、前世の記憶がある以上、俺の方だってまったく意識しないわけにはいかないだろう。果たして自分を保ち続けることができるだろうか……っていかんいかん、そんな弱気なことでどうする。

「えー、おとーさん、そんなに早く行っちゃうの!? もっとゆっくりしていけばいいのに!」

 光琉が残念そうな声をあげた。これは演技ではないだろう。父は光琉を溺愛しており、光琉も父を慕っている。家族そろっての団らんが今晩だけで終わるのを、心から惜しんでいるのだ。また俺と2人きりになれてラッキー、などとは決して考えていないはずだ……多分。

「ごめんなあ、今お父さんが関わっている商談が、中々まとまらなくてなあ……これが片付いたらまとまった休みをもらうから、また○ーファミで対戦しような」

 旅行に行こうな、などと言わないのが、いかにも我が親父どのらしかった。

 俺や妹がレトロゲームにのめり込むようになったのは、この父の影響である。我が家の物置きには、父が昔買いためたコンシューマーゲーム機やソフトのカートリッジが、山と積まれていた。俺が幼少の時分、父がそれらを俺に与えて息子のおもちゃ代を浮かそうと企み、俺は思惑どおりまんまと沼にハマってしまったわけである。夢中でレゲーをプレイする俺を見ているうちに光琉もコントローラーをいじり始めた経緯は、以前にも述べた。

 奥杜おくもり宅とちがい、我が家の家長は厳格とは程遠い性分だった。息子と娘が往年の自分の趣味に傾倒し出したと知るや、俺たちの間に割りこんで自分も一緒に遊びはじめた。某爆弾野郎ゲームで対戦していた時など、ワープ先に事前に爆弾を設置され「おまっ、それは反則だろうが、せっかくフル装備そろえたのにっ!!!」と子供相手にガチギレして、生前の母にたしなめられたりしていた。そんな父である。

 父の提案に、光琉は熱心に頷いた。

「うん、約束だよ! あたしもおとーさんと久々に対戦したい」

「手加減してもらえるからな」

 青椒肉絲チンジャオロースを取り寄せながら俺がまぜっ返すと、形の良い眉を八の字にした元聖女がギロリとこちらをにらんできた。妹が感情を激するあまり、父の前で光魔法を暴走させてしまうなんてことになったらたまったものではない。今晩のところはあまり挑発せんでおくか。

 当然だが、父には俺と光琉の前世のことは話していない。光琉が魔法を使ってみせれば、あるいは信じてもらえるかもしれないが、それはそれでかえって混乱させてしまうことになるだろう。そもそも「俺、前世で妹と恋人同士だったんだ!」とか、実の親にどんな顔して伝えればいいんだよ……

 先刻土僕ゴーレムにおそわれた件もある。前世の因果があの危難を引き寄せたのだとすれば、無関係の父を巻きこむわけにはいかなかった。

「なんだ、真人は相変わらず対戦で手心を加えてくれないのか?」

 父に問われると、我が意を得たりとばかりに妹がまくしたてる。

「ぜんっっぜん加えてくれない!! にいちゃんてばハメ技も隠しキャラも何でもござれ、勝つためなら手段を選ばないよ。ほんとオトナゲナイんだから!!」

「兄貴に冤罪えんざいを被せるのも大概にせい! お前相手に隠しキャラなんて出したことないだろうがッ」

 出そうとしてコマンド入力失敗したことならあったけどな。

「大体、そんなコスい手を使う必要がどこにあるよ。お前なんざ、普通にプレイしてれば十分勝てるんだからな」

 昨日、俺が妹相手に格ゲー15連勝を達成したのも、全て正攻法で臨んだ結果である。妹が「ぐぬぬ」と言う文字が浮き上がってきそうな表情のまま言葉に詰まっていると、横合いから父が口をはさんできた。

「真人、今のはちょっと言い過ぎだぞ。お前は兄なんだから、もう少し光琉をいたわってあげなさい」

「そーだそーだ、もっと妹にやさしくしてよ。それでもおにーちゃんなの!?」

 援護を得て、ここぞとばかりに光琉が増長しやがる。さっきまで嫁づらしていたのはどこのどいつだ?

「あーはいはい、俺が悪かったよ。ったく、親父おやじは光琉の肩ばかり持ちやがって」

「そこはあきらめるんだな。割を食うのも、年長者の義務のうちだ」

 冗談めかして言った後、父は箸をおくと心持ち背筋を伸ばし、俺の顔を真正面から見据えた。

「こんなことを言うのも、お前を一人前と認めればこそだ。頼んだぞ真人、俺が留守にしている間、光琉のことをしっかり守ってやってくれ」

 言われるまでもないことだった。前世の記憶を取り戻すはるか以前から、妹を守るのは兄の責務だと思ってきた。

 だがこの時、俺は父の言葉に、素直に首肯することができなかった。

 父が光琉を愛している、自分の娘を大切に思っていることは、間違いないだろう。だがその誠心が、後ろめたさから来るものであることも俺は知っていた。

 俺もまた、父と同じ淀みを心に抱えている。光琉に対して、負い目がある。だから父の気持ちはよくわかると同時に、屈折を感じないわけにはいかなかった。

 ……遠い記憶がよみがえる。今度はサリスの記憶ではない、現世の俺、天代あましろ真人の思い出だ。あれはたしか、小学5年生の時だったか。前世に比べればはるかに近しい出来事のはずなのに、はるかに昔のように感じる。奇妙なことだ、と思った。
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