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西班牙1
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おやつの食器を載せたワゴンが廊下をいく音が遠くから聞こえる。
長期連休明けの今日はお休みしている子どもも多いから、食器が少ないためなのか。心なしか食器のぶつかる音も小さい気がする。
時計を見れば、二時を過ぎたところ。
私の休憩時間はあと二十分ほどで終わるということだ。
「新田屋、来月の連絡会の資料、できたか?」
「ほぼ。降園後、チェックお願いします」
私のお気に入りのマグカップを渡してくれながら、上司であるところの仄里黎が聞いてくる。
礼を言いながらカップを受け取ると、私の好きなミルク多めのカフェオレだった。
彼が淹れてくれるカフェオレはミルクの口当たりが柔らかく、コーヒーの香りもしっかり残っていて、そのへんのカフェで出されるものにも引けを取らない。
「なんか、味が違うんですよねぇ。インスタントで、おんなじ淹れ方してるはずなのに」
「気のせいだろ」
自分のものはブラックなのに、わざわざ私のカフェオレのためのミルクを温めてくれている、そのひと手間が味にも関係しているのかも、と一口啜りながら仄里をチラ見する。
整髪料はつけていなさそうなのに、自然にまとまった短めの髪。少し眠そうにも見えるきれいな奥二重の目。薄く口角の上がった唇。今時のイケメンというよりは、一昔前の男前という風情の仄里は、このほのさと保育園の若き園長だ。
経営者である理事長先生の長男だけど偉ぶる様子は全くなく、毎日現場で子どもと触れ合っている。子どもから暴言を吐かれたり、私たち保育士のフォローでどんなに苦労をかけても、いつもどっしり構えていて。
(うーん。今日もやっぱり、いい男。目の保養)
こっそりいい男観察をしていたところ、ふと仄里が顔を上げた。
「新田屋、来たぞ」
「え?」
仄里の視線の先ーー背後のガラス扉を振り返ると、私の受け持ちの田辺真理恵が見えた。
「あみ先生」
「はい。どうしたの?」
ガラリ、と扉を両手で開けた真理恵の顔は、もうほとんど泣きそうになっている。
そもそも今はおやつの時間だから、子どもたちは皆教室にいるはずだし、何かあれば教室にいる休憩対応の職員に言いに行くはずだけどーー。
「あのね、シュンくんがユメちゃんに怒ってて、ユメちゃんがそういうわけじゃないって何回言っても、でもシュンくんは許せない気持ちだって、大きな声で言ってて……お部屋行こうって何回言ってもうるさいって。よくわかんないこと言ってて」
「ああ……、なるほど」
私の横で真理恵の話を聞いていた仄里も合点がいったように頷く。
「シュンくん……は、最近の、だな」
「そうですね。没入型で、どうもユメちゃんがかなり近しい関係者のようで」
「厄介だな」
いくら小さいとはいえ、もう年中にもなれば大人の会話から知っている単語を拾ってしまう。たとえ、家庭に持ち帰られても差し障りのない単語で素早く情報を伝えながら、真理恵に向き直る。
「それで、シュンくんとユメちゃんはどこにいるの?」
「のんのんの木のところだよ」
のんのんの木、とは園舎の北側の楠のことだ。幹は大人が二人手を広げても抱え切れないほど太く、高さもゆうに十メートルは超えているだろう。関係者以外からは、枝に願い事を書いた手紙を結ぶと叶う、だとか言われている。
「じゃあ真理恵さんは、れい先生とぱんだ組に戻っておやつを食べよう。あみ先生は二人をお願いします」
「わかりました」
保育士は子どもの前では下の名前で呼び合うことが通例だから、あみ先生と呼ばれることが普通なのだが、どうしても仄里に呼ばれるといつも胸が変な跳ね方をする。
新田屋、とぶっきらぼうに呼ばれるよりも、なんだかずっと特別な気がしてしまうのだ。
そして、私の方はれい先生と呼ぶのもなんだか躊躇われて、一拍置いてしまうか園長先生呼びに逃げてしまう。
(いかんいかん。仕事だ)
内心の動揺を隠して、のんのんの木へ私は足を向けた。
長期連休明けの今日はお休みしている子どもも多いから、食器が少ないためなのか。心なしか食器のぶつかる音も小さい気がする。
時計を見れば、二時を過ぎたところ。
私の休憩時間はあと二十分ほどで終わるということだ。
「新田屋、来月の連絡会の資料、できたか?」
「ほぼ。降園後、チェックお願いします」
私のお気に入りのマグカップを渡してくれながら、上司であるところの仄里黎が聞いてくる。
礼を言いながらカップを受け取ると、私の好きなミルク多めのカフェオレだった。
彼が淹れてくれるカフェオレはミルクの口当たりが柔らかく、コーヒーの香りもしっかり残っていて、そのへんのカフェで出されるものにも引けを取らない。
「なんか、味が違うんですよねぇ。インスタントで、おんなじ淹れ方してるはずなのに」
「気のせいだろ」
自分のものはブラックなのに、わざわざ私のカフェオレのためのミルクを温めてくれている、そのひと手間が味にも関係しているのかも、と一口啜りながら仄里をチラ見する。
整髪料はつけていなさそうなのに、自然にまとまった短めの髪。少し眠そうにも見えるきれいな奥二重の目。薄く口角の上がった唇。今時のイケメンというよりは、一昔前の男前という風情の仄里は、このほのさと保育園の若き園長だ。
経営者である理事長先生の長男だけど偉ぶる様子は全くなく、毎日現場で子どもと触れ合っている。子どもから暴言を吐かれたり、私たち保育士のフォローでどんなに苦労をかけても、いつもどっしり構えていて。
(うーん。今日もやっぱり、いい男。目の保養)
こっそりいい男観察をしていたところ、ふと仄里が顔を上げた。
「新田屋、来たぞ」
「え?」
仄里の視線の先ーー背後のガラス扉を振り返ると、私の受け持ちの田辺真理恵が見えた。
「あみ先生」
「はい。どうしたの?」
ガラリ、と扉を両手で開けた真理恵の顔は、もうほとんど泣きそうになっている。
そもそも今はおやつの時間だから、子どもたちは皆教室にいるはずだし、何かあれば教室にいる休憩対応の職員に言いに行くはずだけどーー。
「あのね、シュンくんがユメちゃんに怒ってて、ユメちゃんがそういうわけじゃないって何回言っても、でもシュンくんは許せない気持ちだって、大きな声で言ってて……お部屋行こうって何回言ってもうるさいって。よくわかんないこと言ってて」
「ああ……、なるほど」
私の横で真理恵の話を聞いていた仄里も合点がいったように頷く。
「シュンくん……は、最近の、だな」
「そうですね。没入型で、どうもユメちゃんがかなり近しい関係者のようで」
「厄介だな」
いくら小さいとはいえ、もう年中にもなれば大人の会話から知っている単語を拾ってしまう。たとえ、家庭に持ち帰られても差し障りのない単語で素早く情報を伝えながら、真理恵に向き直る。
「それで、シュンくんとユメちゃんはどこにいるの?」
「のんのんの木のところだよ」
のんのんの木、とは園舎の北側の楠のことだ。幹は大人が二人手を広げても抱え切れないほど太く、高さもゆうに十メートルは超えているだろう。関係者以外からは、枝に願い事を書いた手紙を結ぶと叶う、だとか言われている。
「じゃあ真理恵さんは、れい先生とぱんだ組に戻っておやつを食べよう。あみ先生は二人をお願いします」
「わかりました」
保育士は子どもの前では下の名前で呼び合うことが通例だから、あみ先生と呼ばれることが普通なのだが、どうしても仄里に呼ばれるといつも胸が変な跳ね方をする。
新田屋、とぶっきらぼうに呼ばれるよりも、なんだかずっと特別な気がしてしまうのだ。
そして、私の方はれい先生と呼ぶのもなんだか躊躇われて、一拍置いてしまうか園長先生呼びに逃げてしまう。
(いかんいかん。仕事だ)
内心の動揺を隠して、のんのんの木へ私は足を向けた。
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