前世! 保育園

はるのり

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西班牙4

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「あー……どうするかなー」
 出勤してすぐ、教室の換気と環境整備をして、ままごとコーナーの机にぺたりと伏せる。
 日中は子どもたちに物やお尻を載せられる机はひんやりと頬を受け止めてくれた。

 昨日侑芽と話した後、自覚はなかったがすごい顔をしていたようだ。あれこれ考えずに今日は帰れ、と仄里から定時上がりを強く勧められた。
 帰っても考え込んでしまいそう、と恵里奈に声をかけ気分転換はしてみたものの、良い策は浮かばない。

「あれ、あみ先生どしたのー。寝不足?」

 軽薄な声がかかり、視線だけを向ければ入口に神谷ゆうが立っている。アッシュブラウンの髪が朝日に照らされて、軽さ二割増しだ。

「いやー……スペインチームの案件が行き詰まってて」
「あー、アドルフォくんとクリスティアナさんだっけ。男の方がどっぷりなんだよね」

 神谷が開け放った扉から入ってきたので、居住まいを正す。チャラくてもヒョロくても、一応先輩だ。年も確か二つ三つ上だったはず。

「昨日れい先生がお母さん捕まえてたけど、話はできたわけ?」
「はい。ただ、なんていうか……彼女、試聴型じゃない気がして」

 侑芽から聞き取った話は、カロリーナの死因は覚えていない、わからない、の一点張りだ。アドルフォに何を聞かれても答えられない、責められるのはお門違いだし、苦痛だと。

「試聴型にありがちな、情報に溺れる感じもないし、なんか怒ってる感じがするんですよね」

 怒り、というよりは軽蔑に近いのだろうか。アドルフォの名を口にした時の侑芽の顔は、ごっそり表情が抜け落ちて、死人のようだった。

「ふーん……。まあでも、覚醒からそろそろひと月だろ? のらくらかわしてりゃ、忘れちゃうんだから適当にいけばいいんじゃね?」
「そういうわけにも……」

 また、こいつは適当発言だ。
 本人の口から明確に聞いたことはないが、仄里は前世を持つ子どもたちの助けになればという思いで、日々動いている。入れ込むな、と言いながら、誰よりも仄里が子どもたちに入れ込んでいることは明らかだ。

 覚醒した子どもたちは、個人差はあるものの一ヶ月を経過すると記憶の混濁が起きる。試聴型も没入型も、前世を忘れてしまうのだ。
 覚醒前の子どもたちは、私とミツエのクラスに配置され、前世の記憶が抜けきったあとは、通常クラスに移される。
 通常クラスの担任をしている神谷は、みんな放っておけば、と簡単に言うが、混濁が起きた時にきれいに記憶が抜けていくにはそこに至るまでの経過が大事だ。未練や混乱、感情のもつれを抱えたまま混濁していく記憶は、もれなく現在の人格に影響する。

「……佐藤瑠夏るかのチックはまだおさまっていないですよね」

 私が初めて対応したケース。仄里に入ってもらったのにうまく彼女の前世と向き合えず、タイムリミットを迎えてしまったのだ。
 けろりと前世を忘れた瑠夏は、今はまばたきのチックを残したただの四歳児だ。

「よくあることだよ、幼児のチックなんて。あそこは親も神経質だから、そっちの要因が強いんだろ」

 やれやれ、とでも言いたげに肩をすくめられ、イラッとする。
 確かに瑠夏の母はいち早く瑠夏のチックに気づき、相談してきた。ドクターショッピングを繰り返し、やめるように厳しく言ってもおさまらない、という彼女に納得してもらうまでに神谷も随分骨を折ったようだ。

「それでも、私は私のできることをやりたいと思うので」
 
 少なくとも、仄里が私を信じてくれて、背中を守ってくれる間は、頑張りたいと思うのだ。
 半年の間ですっかりわからなくなった後頭部のハゲのあたりにそっと指を当てる。

「朝礼、行きましょうか」

 意識して口角を上げて笑えば、神谷はまた肩をすくめた。

ーーーーーーーーーー

「え、どういうことですか」
「めずらしいこともあるもんねぇ、ここまで役者が揃うなんて」

 朝礼で仄里が告げたことばに、思わず耳を疑った。ミツエは面白がっている様子がありありとみて取れる。

「じゃあ、そのカロリーナの前世持ちっていう鮫島さめじま美月みつきは、あみ先生のクラスですか?」
「現状の人数バランスを考えるとそうなる。ただ三人を揃えることで出る影響を考えると、ミツエ先生のクラスの方が妥当かもしれない」

 昨日の新入園児面談で、カロリーナが見つかったというのだ。
 面談で仄里が見た限りは、試聴型。ふんわりと、『知っている』程度の様子らしい。

「それは……アドルフォとクリスティアナにも知らせた方がいいんでしょうか?」
「知らせずとも、気付くだろうな」

 私が尋ねると、通常クラスを受け持つ、二階堂愛香まなかがフン、と鼻息を吐く。短く刈り込んだベリーショートの二階堂は、三十代前半。二十代の頃は、前世組を担任していたそうで、内情にも詳しい。
 確かに、峻平アドルフォ侑芽クリスティアナも、私が何か言う前にお互いには気づいた。前世での関係者は、どうもそれとわかるようなのだ。
 
「であれば、私のクラスで受けます。ミツエ先生のところへ、となると階も違うので、会いに行かれたりすると把握が難しいですし」

 アドルフォのあの感じからしたら、カロリーナが見つかれば執着はすごそうだ。主活動の時間はともかく、自由あそびの時間や食後や降園前など、隙間時間に追い回しそうだ。
 死に追いやったーーその真相は明らかになっていないので、三人を一緒にすることに躊躇いはあるが、同じクラスにいる方が見守りは楽だろう。

「わかった。では鮫島美月カロリーナは、あみ先生のクラスで受けてもらうことにする。しばらくは優先して三人の対応に当たってほしい。フォローは私とまなか先生でする」
「はい、よろしくお願いします」

 二人に向かって頭を下げながら、フォローの手厚さに有り難く思う気持ちと、そこまでする必要があるんだ、とお腹が重くなった。

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