ろくでなしの婚約者は捨てて、偽装婚約したハイスペック御曹司とそれぞれ好きな人生を送ります

磯辺

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強くて大切な友人は

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 「ぐ、が」
ギリギリと公香に腕を締め上げられた元婚約者がうめき声を上げた。
綾乃を拘束していた手はいつの間にか離されて、元婚約者は苦痛に顔を歪ませている。
「あんたさあ、元々綾乃を突き飛ばしたりしてたのよね? 正直それも許せなかったんだけど、今殴ろうとしたわよね?」
「い…やめ、はな」
「なに? もっとはっきり言って? 聞こえないわ」
グイッと公香が僅かに手を動かすと大袈裟なくらい元婚約者がのけぞった。

「あが! 頼む、はなしてくれ!」
「なに? 離してほしいの?」
「ああ、頼む! たのむから、ぐ」
「じゃあ綾乃に二度と近付かないって約束してくれる? そしたら離してあげる――けど、約束しないならこのまま折っちゃおうかな」
「な!」
「き、公香!?」
驚き過ぎて固まっていた綾乃は物騒な従妹の呟きにようやく声を上げた。
スタイルが良くて美人な従妹は、護身術として合気道を嗜んでいる。見た目では分からないが、その辺の男性なら複数人も相手にできる腕前だ。
その従妹が今冷めた笑顔で元婚約者を締め上げている。しかもなんか腕を折るとか言っている。
 
「駄目よ、公香! あなたが退学になってしまうでしょう!」
「なあに? 心配してくれるの? 大丈夫。正当防衛って言えばいいのよ。ちょっとくらい折れても死にはしないわ」
「光一様はどうでもいいけど、公香が何か言われるのは嫌! 離してあげて!」

そうだ。元婚約者の腕がどうなろうと綾乃にはどうでも良かった。
しかしそれで公香が責められでもしたらたまらない。それだけは嫌だった。
「ええ~。ちょっと、ちょっと折るだけだから。端っこをポキッとするだけだから」
「だめよ、ちょっともポキッともだめ」
尚も綾乃が言い聞かせると、公香は不満げに唇を尖らせて元婚約者のお尻を蹴り上げた。

「ぐっ」
「仕方ないか。ねえ、ボンクラ最低ゲスゴミクズ男。綾乃に感謝しなさいね? 私、やるって言ったら本当にやるタイプなの。その害でしかない腕がちょっとの間使えなくなるくらい大したことないっていうのに、綾乃はやめろって言うのよ。慈悲に感謝するべきだわ」
バランスを崩して前のめりに転んだ元婚約者の背を、ドンッと踏みつけながら脅すように囁いた。
どちらも容姿が整っているだけに倒錯じみているなどと変なところで感心しつつ、綾乃は誤解を解こうとにっこりと微笑んだ。
「もう、公香。私は光一様はどうでもいいの。あなたが心配なだけ。誤解しないで?」
「あら。じゃあ私が綾乃の慈悲に感謝しないといけないわね。ありがとう綾乃」
「どういたしまして?」
このやりとりは一体なんだろうと思いつつ綾乃が返していると、廊下に這う形になっていた元婚約者が立とうともがきながら騒ぎ出した。

「ふ、ふざけるな! なんなんだお前たちは! 俺にこんな事をして許されると思ってるのか! こんな暴力行為、有馬を通して正式に抗議してやる!」
「すごい。この男の記憶力ヤバいわよ綾乃。こいつ綾乃を殴ろうとしたのもう忘れてるみたい」
驚いて綾乃を見やった公香に、綾乃はふるふると首を振った。
「記憶力というか、光一様はご自分に都合の悪いことは自動的に消去するシステムを導入してるみたいで…」
「やだ何そのシステムこわい」
「う、うるさい! 怪我をしてるのは俺なんだ! 全員俺を信じるに決まってるだろ!」
「痛くはしたけど怪我はさせてないわよ」
姦しい元婚約者に反して綾乃も公香も冷静だ。公香は腕を折ろうとはしたが、実際には折ってもいないし怪我を追わせてもいない。人気のない場所でそれならば、どちらにせよ水掛け論にしかならないのは分かりきっている。

「そんなもの腕を痛めたと医者に診断書を書かせればーー」


「有馬くん。残念だけど一部始終は俺たちが見てたから、変に騒がない方が君のためだよ?」

捲し立てる言葉を遮るように唐突に第三者の声がして、元婚約者はピタリと動かなくなった。

「かつら…宗也さま」
会議室で待っていたはずの宗也の登場に綾乃は目を見開いた。なかなか来ないから迎えに来てくれたのだろうか。

「悪いね、綾乃さん。助けに入ろうとしてたんだけど、何故かその隙が無くて声を掛けるのが遅くなってしまった。随分頼りになるご友人だね」
「お気になさらず。公香はとっても頼りになる従姉妹で、いっとう大事な親友なんです」
葛城の言葉が我が事のように嬉しくて綾乃が頬を緩めると、公香が「やだ、照れるわ~」と嬉しそうにはにかみながら元婚約者の背から足を退けた。
しかし元婚約者はそれどころではないようで、身を起こしながら呆然と突然現れた宗也を見つめている。

「な、なんで会長が…」
「私、用があると言いましたよね? 宗也さまとお約束をしてたんです」
「だからなんでだよ! お前なんかと接点なんかないだろ! しかも名前まで呼び合って」
「それは俺が綾乃さんと婚約を結んだからだ。ありがとう、有馬くん。君が綾乃さんを手放してくれたお陰で、長年慕っていた彼女と婚約を結ぶことができたんだ」
「まあ、葛城さまったら…」
「宗也だよ、綾乃さん」
葛城の言葉に綾乃の顔は赤らんだ。

婚約の理由を自然なものにするために、葛城が幼い頃に綾乃に一目惚れをして長年片想いをしていたという設定にした。
横暴で自由な元婚約者の振る舞いを見て叶わぬ恋を諦めきれず、長い間婚約を決めなかったとなればこれまでの辻褄が合う。事実はそうでなくとも、辻褄だけは合うのだ。
綾乃としては滅多にお目にかかれないような美少年の宗也に一目惚れをされたなどあまりに文不相応で恐縮するしかないが、周囲が納得するならそれでよしとした。

「な…会長! 綾乃は俺の婚約者です!」
「違いますが」

元婚約者の叫びに綾乃は反射で言葉を返した。
本当に元婚約者の都合の悪いこと消去システムは優秀だ。だがそもそも彼は綾乃との婚約が不満だったわけで、逆になぜそのシステムが発動してるのか綾乃には理解できなかった。

「有馬くん。聞き分けのないことは言わない方がいい。君と彼女との婚約は2週間前に終わっているんだ。正式に発表するのはもう少し先になるけど、これからは俺が彼女の婚約者だ」
「いや、だけど、なんで…だって俺のーー」
「有馬くん。君はさっき綾乃さんを殴ろうとしていたね。他でもない俺が目撃者だ。意味は分かるだろう? これ以上彼女に近づくならこの学園に君の居場所はないと思え」

氷のように冷たい声に遮られて、元婚約者の顔は紙のように真っ白に染まる。
「あ…」
「有馬くん。俺は、いま、ここで、言葉が欲しいんだ。二度と綾乃さんには近付かないと。もちろん君が有馬の名を使って抵抗するなら俺も葛城の名を使う。でも君は優秀だから、どうすればいいのか理解できるよな?」
鋭い視線の宗也は実に迫力があった。
力関係で葛城の方が圧倒的なのは元婚約者も理解しているのだろう。冷や汗を流しながらちらりと綾乃を見て、不本意そうに唇を噛んだ。

「わかり、ました…二度と綾乃には近付きません」

「ありがとう有馬くん。その約束が違えられないことを祈ってるよ。もう帰るといい。君はこれから自由になるんだから」
言質をとって満足した宗也は、にっこり笑って元婚約者に帰りを促した。
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