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迷惑すぎる元婚約者
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元婚約者の謹慎が解けるから気を付けてと公香から聞いた時、綾乃はあまりピンときていなかった。
そもそも婚約していた時、元婚約者が学園で綾乃に話しかける事は皆無に等しかった。
会話を交わすのは決まって月に一度の訪問時で、学園では見目のいい少女たちと楽しく過ごすのが元婚約者のルーティーンだったのだ。
つまり、公香はなんだかんだ言ってはいるが、そう心配することもないだろうと高を括っていた。
「おい」
「――はい?」
しかし月曜日の放課後、一度葛城と打合せをしようと公香と一緒に会議室に向かっていた綾乃を呼び止めたのは元婚約者だった。
「話がある」
不機嫌そうな元婚約者は、公香を邪魔くさそうに一瞥してから綾乃を睨みつけた。
公香は今日一日宣言通り綾乃にべったりひっついて過ごしていた。視線の意図を推測するならば、本当は綾乃が一人になるのを期待していたのかもしれない。別に従う義務は無いのでそれには気付かないフリをする。
しばらくぶりに顔を見たが、相変わらず綾乃の中には何の感情も浮かばない。そういえばこんな顔だったな、くらいの事は考えたかもしれないが。
公香が横で「無視してもいいんだよ?」と極めて魅力的な言葉を囁いているが、公香が一緒の時の方が心強いのでとりあえず用件を聞くことにした。
「なんでしょう? これから約束がありますので手短にお願いします」
「なんでしょう、だと? お前、俺との婚約の解消を打診したらしいな」
「光一様。打診しただけではありません。きちんと婚約は解消されました。きれいさっぱり私と光一様の縁は切れております。つまり赤の他人です」
「それはそれは、おめでとうございます」
「まあ、ありがとうございます」
公香がわざとらしく祝福を送ってくれたので綾乃は丁寧に頭を下げる。
しかしそれが気に入らなかったのか、元婚約者はわなわなと怒りに身を震わせていた。
「――ふざけるな! 勝手な事をして許されると思ってるのか!」
「勝手な事をと仰いますが、光一様はこの婚約を嫌がっていたじゃありませんか。ですから、おめでとうございます。光一様を縛るものはもうありません。これからも自由に、健やかに、可愛らしい方々と楽しまれて下さい」
きっと今自分は心からの笑みを浮かべているに違いない。綾乃は確信しながら頭を下げた。
「それでは」
「待て」
用件は結局分からないものの面倒そうなので早々に会話を打ち切ろうと立ち去ろうとする綾乃の手首を元婚約者が掴む。
ぞわっと一瞬で鳥肌が立って振りほどこうとするが、力の差で敵わない。
「光一様。話してくれませんか? 赤の他人の手を許可なく掴むのはマナー違反です」
「うるさい! お前は俺の所有物だ! なのに勝手に婚約解消なんかしやがって! 生意気なんだよ!」
「…ああ、なるほど」
元婚約者の言葉に綾乃は納得する。公香の言うところの「プライドエベレスト」な元婚約者は綾乃から解消を申し出たのが気に入らないのだ。
「別に、光一様の方でも私が気に入らなくて解消したと言って下さっていいんですよ?」
気が済むのなら綾乃を悪役に仕立て上げて吹聴でもしたらいい。信じるも信じないも聞いた人の自由だし、それで気が済むのならそれでよし。
「お互いに害にしかならない婚約だったわけですし、これからはお互いの人生を好きに歩みましょう。とにかく手を離してください」
もう一度手を引こうと試みたが、より握られる力が増して綾乃は戸惑った。
「あの、痛いのですが」
「…害だと? 俺との婚約の何が不満だったんだ」
「え…?」
「これまでずっと大人しく従ってたくせになんで急に解消なんて言い出したんだ! 最近は構ってやってたのに何が不服だったっていうんだよ!」
「それです」
「は!?」
「それが不満だったんです。ずっと干渉してこなかったのに、急に距離を詰めてきたではないですか。迷惑すぎてびっくりしました。私こそお聞きしたかったんです。なんですか、あれ? すごく迷惑だったんですけど、私が喜ぶと思っていらしたんですか? どうしてそういう結論に至ったのですか? 私が唯一感じる光一様の魅力がマイナスに振り切れて困ったんですよ?」
「な!?」
「キスもすごい迷惑でしたけど、あのメッセージはなんですか? あれを送る意味ってあるんですか? あれを送ることで光一様は何を得られるんですか? ちなみに私は何も得られません。むしろ気力体力が奪われました。迷惑すぎて光一様に対して嫌悪感しか抱けなくなったのですが、あの迷惑行為にはなんの意味が? 迷惑をかけて楽しむ趣味があると?」
「な、な…」
「すごい、畳みかけるように迷惑を連呼してる」
すぐ後ろで突っ込みを入れるような公香の呟きが聞こえた。そんなに迷惑を連呼していただろうか。無意識だった。
元婚約者と言えば顔を真っ赤にして震えていた。相変わらず握られた手は痛いし離してくれないだろうか。
「今もこの状態が非常に迷惑で不服ですが?」
「ふ、ふざけるな! このブスが!」
カッとなった元婚約者が開いている方の腕を振り上げた。目の前の男の癇癪には慣れている。
いつもより痛いかもしれないが、それで有馬に抗議でもできたらいいだろうと綾乃は静かに目を瞑って振り下ろされる手を受け入れた。
しかし予想された痛みは訪れず、綾乃はふっと目を開く。
「ねえ、誰が綾乃に手を上げていいって言ったの?」
目の前には、先ほどまで後ろにいたはずの従妹が元婚約者の腕を後ろ手に締め上げている光景があった。
そもそも婚約していた時、元婚約者が学園で綾乃に話しかける事は皆無に等しかった。
会話を交わすのは決まって月に一度の訪問時で、学園では見目のいい少女たちと楽しく過ごすのが元婚約者のルーティーンだったのだ。
つまり、公香はなんだかんだ言ってはいるが、そう心配することもないだろうと高を括っていた。
「おい」
「――はい?」
しかし月曜日の放課後、一度葛城と打合せをしようと公香と一緒に会議室に向かっていた綾乃を呼び止めたのは元婚約者だった。
「話がある」
不機嫌そうな元婚約者は、公香を邪魔くさそうに一瞥してから綾乃を睨みつけた。
公香は今日一日宣言通り綾乃にべったりひっついて過ごしていた。視線の意図を推測するならば、本当は綾乃が一人になるのを期待していたのかもしれない。別に従う義務は無いのでそれには気付かないフリをする。
しばらくぶりに顔を見たが、相変わらず綾乃の中には何の感情も浮かばない。そういえばこんな顔だったな、くらいの事は考えたかもしれないが。
公香が横で「無視してもいいんだよ?」と極めて魅力的な言葉を囁いているが、公香が一緒の時の方が心強いのでとりあえず用件を聞くことにした。
「なんでしょう? これから約束がありますので手短にお願いします」
「なんでしょう、だと? お前、俺との婚約の解消を打診したらしいな」
「光一様。打診しただけではありません。きちんと婚約は解消されました。きれいさっぱり私と光一様の縁は切れております。つまり赤の他人です」
「それはそれは、おめでとうございます」
「まあ、ありがとうございます」
公香がわざとらしく祝福を送ってくれたので綾乃は丁寧に頭を下げる。
しかしそれが気に入らなかったのか、元婚約者はわなわなと怒りに身を震わせていた。
「――ふざけるな! 勝手な事をして許されると思ってるのか!」
「勝手な事をと仰いますが、光一様はこの婚約を嫌がっていたじゃありませんか。ですから、おめでとうございます。光一様を縛るものはもうありません。これからも自由に、健やかに、可愛らしい方々と楽しまれて下さい」
きっと今自分は心からの笑みを浮かべているに違いない。綾乃は確信しながら頭を下げた。
「それでは」
「待て」
用件は結局分からないものの面倒そうなので早々に会話を打ち切ろうと立ち去ろうとする綾乃の手首を元婚約者が掴む。
ぞわっと一瞬で鳥肌が立って振りほどこうとするが、力の差で敵わない。
「光一様。話してくれませんか? 赤の他人の手を許可なく掴むのはマナー違反です」
「うるさい! お前は俺の所有物だ! なのに勝手に婚約解消なんかしやがって! 生意気なんだよ!」
「…ああ、なるほど」
元婚約者の言葉に綾乃は納得する。公香の言うところの「プライドエベレスト」な元婚約者は綾乃から解消を申し出たのが気に入らないのだ。
「別に、光一様の方でも私が気に入らなくて解消したと言って下さっていいんですよ?」
気が済むのなら綾乃を悪役に仕立て上げて吹聴でもしたらいい。信じるも信じないも聞いた人の自由だし、それで気が済むのならそれでよし。
「お互いに害にしかならない婚約だったわけですし、これからはお互いの人生を好きに歩みましょう。とにかく手を離してください」
もう一度手を引こうと試みたが、より握られる力が増して綾乃は戸惑った。
「あの、痛いのですが」
「…害だと? 俺との婚約の何が不満だったんだ」
「え…?」
「これまでずっと大人しく従ってたくせになんで急に解消なんて言い出したんだ! 最近は構ってやってたのに何が不服だったっていうんだよ!」
「それです」
「は!?」
「それが不満だったんです。ずっと干渉してこなかったのに、急に距離を詰めてきたではないですか。迷惑すぎてびっくりしました。私こそお聞きしたかったんです。なんですか、あれ? すごく迷惑だったんですけど、私が喜ぶと思っていらしたんですか? どうしてそういう結論に至ったのですか? 私が唯一感じる光一様の魅力がマイナスに振り切れて困ったんですよ?」
「な!?」
「キスもすごい迷惑でしたけど、あのメッセージはなんですか? あれを送る意味ってあるんですか? あれを送ることで光一様は何を得られるんですか? ちなみに私は何も得られません。むしろ気力体力が奪われました。迷惑すぎて光一様に対して嫌悪感しか抱けなくなったのですが、あの迷惑行為にはなんの意味が? 迷惑をかけて楽しむ趣味があると?」
「な、な…」
「すごい、畳みかけるように迷惑を連呼してる」
すぐ後ろで突っ込みを入れるような公香の呟きが聞こえた。そんなに迷惑を連呼していただろうか。無意識だった。
元婚約者と言えば顔を真っ赤にして震えていた。相変わらず握られた手は痛いし離してくれないだろうか。
「今もこの状態が非常に迷惑で不服ですが?」
「ふ、ふざけるな! このブスが!」
カッとなった元婚約者が開いている方の腕を振り上げた。目の前の男の癇癪には慣れている。
いつもより痛いかもしれないが、それで有馬に抗議でもできたらいいだろうと綾乃は静かに目を瞑って振り下ろされる手を受け入れた。
しかし予想された痛みは訪れず、綾乃はふっと目を開く。
「ねえ、誰が綾乃に手を上げていいって言ったの?」
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