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5章 マチーナの想い
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「あの……フラッドさん、でしたっけ」
「ん?」
ようやくマチーナが口を開いたのは、村を出て山の入口に差し掛かろうかと言う辺りでの事だった。ここまでの道中、無言で歩き続ける息苦しさに居心地の悪さを感じていたフラッドは、ようやく気が抜けた。
「どうして、アタシのワガママに協力してくれたんですか?」
「そりゃまぁ、可愛らしいお嬢ちゃんを護るのは男なら当然だからな」
「かわっ……アタシ、年上は趣味じゃありませんからねっ」
からかい口調のフラッドの言葉に、マチーナは顔を赤くしてそっぽを向いた。純真な村娘をからかってしまった事にちょっと罪悪感を覚えつつも、そんな初々しい反応が楽しくもある。
ティートからの頼みを承諾したフラッドは、未だに押し問答を続けていたマチーナと村長に割って入ると、「自分が同行するから」と申し出て双方をあっさりと納得させたのだ。コボルトたちを撃退したことがフラッドへの信用となって、村長もマチーナも複雑な様子ではあったもの異義を唱えることは無く。
そうしてマチーナが先導する格好で、二人は薬草の採取の為に村の向こうにそびえる山へとやって来たのである。
「まぁ、それは冗談として」
「言っていい冗談と悪い冗談があります! 女の子が勘違いしちゃったらどうするんですかっ、責任取れるんですかフラッドさんは!?」
「んん? それってお嬢ちゃんが勘違いしちゃった、って事かい?」
不機嫌に言うマチーナに、その反応が面白くてついつい意地悪な返事をするフラッド。立ち止まってキッと睨むマチーナに、決まり悪く頬を掻いて苦笑いを浮かべた。
「もうっ!」
「悪い悪い、お嬢ちゃんがあんまり真っ直ぐだから、ついイタズラ心がな」
「それっ!」
ぷいっとそっぽを向いて再び歩き出したマチーナに、謝ってるのか、謝ってないのかわからないような詫びを口にすると、そこで彼女は立ち止まってフラッドの眼前に指を突き付ける。
「その『お嬢ちゃん』って呼び方、やめてもらえます!? ちゃんとマチーナって名前があるんですから、アタシ!」
「こりゃまた。悪かったよ、おじょ……こほん、マチーナ」
「むーっ」
うっかり言いかけて訂正したフラッドに、口を尖らせるマチーナ。しかしそれ以上の文句は口にせず、止めていた足を踏み出した。この年頃の少女は扱いが難しいな、なんて事を思いながらフラッドも大人しく後に続いていく。
「まぁ、でも……アタシの味方してくれたのは、ありがとうございます」
「あぁでも言わないと、危なっかしいからな。どうせ何がなんでも行くつもりだったんだろ?」
「それは……はい」
真っ直ぐ前を向いて歩きながら、照れ隠しのように礼を述べるマチーナ。どうやらここに来るまでの無言は、なかなかそれを言い出せなかったんだと、フラッドは感じた。
「アタシのせいでティートが怪我しちゃって……だから、何かしなくっちゃって」
「そういやあの時、なんで家から出てたんだ?」
「昨晩は……」
沈痛な面持ちでマチーナが話し始める。聞かれたくない話だろうとは思ったが、そうすることで気が楽になる事もある。それはフラッドなりのマチーナへの気遣いだった。
* * * * *
コボルトが村を襲撃して来た時、ティートとマチーナはいつも通りの夜を過ごしていた。夕食を終え、後片付けをしている途中で、セグドの上げた大声を耳にした。
何事が起きたのかを確かめようとするマチーナ、それを制止するティートというやり取りの最中に、今度は聞き慣れない声で「家から出るな」との勧告。
「離して、ティート! 何が起きてるのか確かめないと!」
「ダメだよ、マチーナ。何かあったらよくないから、今はここでじっとしてないと!」
「もう、ティートの臆病者!」
「あっ」
懸命に引き留めるティートを振り払い、マチーナは家の外へと飛び出してしまう。かつて村の勇者と呼ばれたヤッシュ、そんな男に引き取られ育てられたからなのか。マチーナにはいつも強い正義感があった。
同時に、そんなヤッシュの息子であるティートの、気の弱さにもどかしい思いと守りたい想いの両方も。
村に何かが起きている、それをどうにかしたいとマチーナが思い、行動するのは自然な流れだった。
「グルルルル……」
「あっ……」
だが、その行動が昨晩は仇となった。家を出た途端、目の前には村の中に入り込んだコボルトの一匹が立っていたのである。獣人の放つ独特の臭気と、獲物を見定めた気配。
それらが勢い込んで飛び出したマチーナの足をすくませた。ゆっくりと彼女の方へと身体を向けるコボルト、明確に向けられた敵意を前に動くことが出来ないまま。
「ガアァッ!」
「キャアアアアアッ」
「マチーナ、危ない!!」
吠えて飛びかかるコボルト、マチーナの口から飛び出した悲鳴、そんな彼女の前に飛び出すティート。それらは同時に起こり、そして獣人の爪に引き裂かれたティートは地面に倒れ込んだのだった。
そこでようやくマチーナは我に返り、手には家を出る時に持っていた剣があることを思い出す。身体の震えをこらえながら、自分を庇って倒れたティートを案じながら、正面の敵に向けて剣を構えて。
セグドと村長が駆けつけたのは、そんな場面でだった。
* * * * *
「なるほどね、そういう経緯でティートは負傷したって事か」
「はい……あの時、アタシがしっかりしてればティートが怪我をすることもなかったのに」
「そんなに気に病むな。幸い、大事には至らなかったんだしな?」
昨夜の悔しさを思い出したのか、唇を噛みしめ言うマチーナにフラッドは慰めの言葉を掛ける。そんな言葉で気持ちが軽くなるほど、自分のしてしまった失敗というものが単純ではないと知りながらも。
「でも……っ」
「ま、とりあえずは早いところ薬草を手に入れて、ティートを元気にしなくちゃな。反省するのは、それからでもいいだろう?」
「……はい。薬草の這えた場所はもうすぐです、急ぎましょう」
フラッドの言葉に頷いて、マチーナは歩く速度を早めた。その直後、急にフラッドが彼女の肩を掴み後ろに引っ張る。
「きゃっ!?」
「すんなりとは目的地に行かせてもらえないみたいだな」
転びそうなのを何とか堪えたマチーナが顔を上げると、今しがた彼女のいた辺りに数本の矢が突き立っていた。戸惑うマチーナの前を遮るように立つフラッドが、背中の剣を引き抜き構える。
「グガアッ」
「残念!」
吠えながら飛び降りてくるコボルトに向かって、フラッドは動じることもなく剣を振るう。一瞬の間を置いて、獣人の肉体が低い音と共に地面に落ちて動かなくなった。
「何でこんな所にコボルトが!?」
「待ち伏せしてたんだろう。もっとも、単なる獣に出来る真似じゃないけどな」
『グァオゥッ!』
予想外の襲撃に狼狽した声を上げるマチーナと、やはり落ち着いた様子で言うフラッド。そこへさらに数体のコボルトが一斉に頭上から飛び降りて来る。
「アタシも!」
「無理に攻めるなよ、自分の身を守る事に専念しろ」
慌てて腰に下げた鞘からマチーナが小剣を引き抜き、臨戦態勢を取る。降り立ったコボルトの群れはすぐには襲い掛からず、二人を挟むように前後に立ちはだかった。
「五体、か。壁としては十分だが……!」
『ギッ!?』
狭い山道をフラッドの前に三体、マチーナの前に二体のコボルト。摺り足で距離を縮めようとする敵に向かって、フラッドが一気に突進をかけた。
一気に目の前まで距離を詰め、そのまま横薙ぎに一閃。反撃の暇も与えずにまずは一体を仕留める。
「フラッドさん、矢がっ!!」
肩越しに一瞬の攻防を見ていたマチーナが声を上げる。フラッドと対峙した三体の内、奥側のコボルトが手にした弓から矢を放ったのを見て。
「そっちに集中しろ!」
放たれた矢をフラッドが剣で打ち払うのと、意識の逸れたマチーナ目掛けてコボルトが飛び掛かったのは、ほぼ同時だった。
「グアッ」
だが、次に上がったのは、そのコボルトの口から発せられる断末魔の声。振るわれた爪を一歩下がってかわし、隙の生まれたコボルトの喉元を斬り裂いたマチーナの一撃によって。
「へぇ、やるじゃないか」
「これでもヤッシュさんに育てられたんだからね、アタシだって!」
二体目のコボルトを斬り伏せながら背後の一合いを見て、フラッドがにやりと笑って言う。それに対し、マチーナも勝ち気な声で応えた。
「一気に行くぞ!」
「はいっ!!」
間を置かずに号令を発して弓を持ったコボルトに迫るフラッド。気合いの乗った掛け声でマチーナも返し、残る一体に向かって地を蹴った。
* * * * *
「怪我は無いか?」
「えぇ、大丈夫です。フラッドさんこそ」
「君のおかげで無事に切り抜けられたな」
「ふふっ」
戦闘はあっさりと終わり、フラッドとマチーナは互いの無事を確認し合う。奇襲から始まったコボルトとの戦いは、フラッドはもちろんマチーナも無傷だった。
「しかし、ここまでやれるとはな。さすがはヤッシュ仕込みってところか」
「フラッドさん、ヤッシュさんを知ってるんですか?」
「あぁ、昔ちょっとな」
「そうなんですか。昔、ですか……」
フラッドの反応に、何かを考えるような表情を浮かべるマチーナ。
「それより急ごうか。今さっきのを見る限り、目的地も何事もなくとはいかないかもしれない」
「……そうですね、急ぎましょう。こっちです」
だが考える間を与えず、フラッドが先を促した。胸中を去来した嫌な感覚が、ただの気のせいであることを願いながら。
* * * * *
「あそこです!」
言ってマチーナが指を差したのは、コボルトの奇襲を切り抜けてほどなく行った頃のこと。指し示されたのは、山の中ほどにある少し拓けた場所だった。
「急いで薬草を採って戻りましょう!」
「待て!」
フラッドの制止は届かず、目的の場所に着いたことによる気持ちの逸りからかマチーナは、薬草の群生地へと駆け出していた。一段高い位置にある為、斜面を駆け上がって……そして立ち止まる。
「そんな……!?」
遅れて追い付いたフラッドがマチーナの横に立つと、眼前に広がっていた光景に表情を曇らせた。広く群生した薬草の絨毯、その場所に無数に徘徊するコボルトたちとローブに身を包んだ一人の男の姿を認めて。
不意に現れた気配に気付き、ローブの男とコボルトがフラッドたちへと顔を向けてくる。
「おやおや、来客かい」
『グルルッ!』
「お前たち、待機していなさい」
どこか予期せぬ来客の訪れに、不快感を滲ませた口調で言うローブの男。侵入者に威嚇の声を上げるコボルトたちを制止し、身体ごとフラッドとマチーナのいる方へと向き直った。
「あなた、誰……? ここで何をっ!?」
「くっくっくっ、薬草の群生地に来てやる事など一つでしょう。もっとも、その目的は違うでしょうがね……」
「コボルトたちを指揮してたのも、もしかしてお前さんかい?」
「くくっ、この状況を見れば聞くまでも無いとは思いますが……その通りです」
「じゃあ、あなたがアトル村を……っ!!」
問い詰めるように聞くマチーナへは嘲るように、そして淡々と口にしたフラッドへは挑発するような雰囲気で、ローブの男が言葉を返してくる。その答えに、マチーナの表情が険しいものへと変わった。
今にも飛びかかりそうな彼女を制止しながら、フラッドが前へ一歩踏み出す。
「目的は、なんだ?」
「くくっ、強いて言うならば我が力の確認……ですかねぇ。そして更なる力の探求、ですよ」
「おかしな事を言うな、わざわざ確認するようなことか、それ」
「なにせまだこちらに来て日が浅いものでしてね……しかし素晴らしい! この世界も、この力も!!」
男が放った言葉にフラッドは眉をひそめた。コボルトの動き方から、人為的な力が作用しているとは予想していたが、問いへの答えは理解に苦しむもの。
さらには自分に酔いしれたように声高らかに言うその様子に、狂気さえも感じ取っていた。
「さて、研究用に使う薬草はこのぐらいで十分でしょう。せっかくの群生地で勿体ないとは思いますが……」
「!」
自らの左右に並ぶコボルト、その両手に抱えられた薬草の束を眺めながら男は言い、右手を差し出し上に向ける。それの意味するところをフラッドは察するも、阻止することは出来なかった。
「やめてっ!!」
「あなた方に使わせるのはもっと勿体ない! だから焼却するとしましょう!!」
狂った笑みを浮かべながら、開いた手の中で膨らんだ光を薬草の群生地に向かって突き出す。光が弾け、炎を生み出して。
あっという間に薬草の群生地を火で包み込んだ。
「ひゃははははっ、それではこれで失礼しますよ! お前たちっ、そいつらを始末しておけ!」
『グオオオオンッ』
哄笑を上げながらその場を後にする。ローブの男の命じる声を合図に、それまで大人しくしていた十体を越えるコボルトたちが一斉に、戦闘態勢へと転じた。
「ん?」
ようやくマチーナが口を開いたのは、村を出て山の入口に差し掛かろうかと言う辺りでの事だった。ここまでの道中、無言で歩き続ける息苦しさに居心地の悪さを感じていたフラッドは、ようやく気が抜けた。
「どうして、アタシのワガママに協力してくれたんですか?」
「そりゃまぁ、可愛らしいお嬢ちゃんを護るのは男なら当然だからな」
「かわっ……アタシ、年上は趣味じゃありませんからねっ」
からかい口調のフラッドの言葉に、マチーナは顔を赤くしてそっぽを向いた。純真な村娘をからかってしまった事にちょっと罪悪感を覚えつつも、そんな初々しい反応が楽しくもある。
ティートからの頼みを承諾したフラッドは、未だに押し問答を続けていたマチーナと村長に割って入ると、「自分が同行するから」と申し出て双方をあっさりと納得させたのだ。コボルトたちを撃退したことがフラッドへの信用となって、村長もマチーナも複雑な様子ではあったもの異義を唱えることは無く。
そうしてマチーナが先導する格好で、二人は薬草の採取の為に村の向こうにそびえる山へとやって来たのである。
「まぁ、それは冗談として」
「言っていい冗談と悪い冗談があります! 女の子が勘違いしちゃったらどうするんですかっ、責任取れるんですかフラッドさんは!?」
「んん? それってお嬢ちゃんが勘違いしちゃった、って事かい?」
不機嫌に言うマチーナに、その反応が面白くてついつい意地悪な返事をするフラッド。立ち止まってキッと睨むマチーナに、決まり悪く頬を掻いて苦笑いを浮かべた。
「もうっ!」
「悪い悪い、お嬢ちゃんがあんまり真っ直ぐだから、ついイタズラ心がな」
「それっ!」
ぷいっとそっぽを向いて再び歩き出したマチーナに、謝ってるのか、謝ってないのかわからないような詫びを口にすると、そこで彼女は立ち止まってフラッドの眼前に指を突き付ける。
「その『お嬢ちゃん』って呼び方、やめてもらえます!? ちゃんとマチーナって名前があるんですから、アタシ!」
「こりゃまた。悪かったよ、おじょ……こほん、マチーナ」
「むーっ」
うっかり言いかけて訂正したフラッドに、口を尖らせるマチーナ。しかしそれ以上の文句は口にせず、止めていた足を踏み出した。この年頃の少女は扱いが難しいな、なんて事を思いながらフラッドも大人しく後に続いていく。
「まぁ、でも……アタシの味方してくれたのは、ありがとうございます」
「あぁでも言わないと、危なっかしいからな。どうせ何がなんでも行くつもりだったんだろ?」
「それは……はい」
真っ直ぐ前を向いて歩きながら、照れ隠しのように礼を述べるマチーナ。どうやらここに来るまでの無言は、なかなかそれを言い出せなかったんだと、フラッドは感じた。
「アタシのせいでティートが怪我しちゃって……だから、何かしなくっちゃって」
「そういやあの時、なんで家から出てたんだ?」
「昨晩は……」
沈痛な面持ちでマチーナが話し始める。聞かれたくない話だろうとは思ったが、そうすることで気が楽になる事もある。それはフラッドなりのマチーナへの気遣いだった。
* * * * *
コボルトが村を襲撃して来た時、ティートとマチーナはいつも通りの夜を過ごしていた。夕食を終え、後片付けをしている途中で、セグドの上げた大声を耳にした。
何事が起きたのかを確かめようとするマチーナ、それを制止するティートというやり取りの最中に、今度は聞き慣れない声で「家から出るな」との勧告。
「離して、ティート! 何が起きてるのか確かめないと!」
「ダメだよ、マチーナ。何かあったらよくないから、今はここでじっとしてないと!」
「もう、ティートの臆病者!」
「あっ」
懸命に引き留めるティートを振り払い、マチーナは家の外へと飛び出してしまう。かつて村の勇者と呼ばれたヤッシュ、そんな男に引き取られ育てられたからなのか。マチーナにはいつも強い正義感があった。
同時に、そんなヤッシュの息子であるティートの、気の弱さにもどかしい思いと守りたい想いの両方も。
村に何かが起きている、それをどうにかしたいとマチーナが思い、行動するのは自然な流れだった。
「グルルルル……」
「あっ……」
だが、その行動が昨晩は仇となった。家を出た途端、目の前には村の中に入り込んだコボルトの一匹が立っていたのである。獣人の放つ独特の臭気と、獲物を見定めた気配。
それらが勢い込んで飛び出したマチーナの足をすくませた。ゆっくりと彼女の方へと身体を向けるコボルト、明確に向けられた敵意を前に動くことが出来ないまま。
「ガアァッ!」
「キャアアアアアッ」
「マチーナ、危ない!!」
吠えて飛びかかるコボルト、マチーナの口から飛び出した悲鳴、そんな彼女の前に飛び出すティート。それらは同時に起こり、そして獣人の爪に引き裂かれたティートは地面に倒れ込んだのだった。
そこでようやくマチーナは我に返り、手には家を出る時に持っていた剣があることを思い出す。身体の震えをこらえながら、自分を庇って倒れたティートを案じながら、正面の敵に向けて剣を構えて。
セグドと村長が駆けつけたのは、そんな場面でだった。
* * * * *
「なるほどね、そういう経緯でティートは負傷したって事か」
「はい……あの時、アタシがしっかりしてればティートが怪我をすることもなかったのに」
「そんなに気に病むな。幸い、大事には至らなかったんだしな?」
昨夜の悔しさを思い出したのか、唇を噛みしめ言うマチーナにフラッドは慰めの言葉を掛ける。そんな言葉で気持ちが軽くなるほど、自分のしてしまった失敗というものが単純ではないと知りながらも。
「でも……っ」
「ま、とりあえずは早いところ薬草を手に入れて、ティートを元気にしなくちゃな。反省するのは、それからでもいいだろう?」
「……はい。薬草の這えた場所はもうすぐです、急ぎましょう」
フラッドの言葉に頷いて、マチーナは歩く速度を早めた。その直後、急にフラッドが彼女の肩を掴み後ろに引っ張る。
「きゃっ!?」
「すんなりとは目的地に行かせてもらえないみたいだな」
転びそうなのを何とか堪えたマチーナが顔を上げると、今しがた彼女のいた辺りに数本の矢が突き立っていた。戸惑うマチーナの前を遮るように立つフラッドが、背中の剣を引き抜き構える。
「グガアッ」
「残念!」
吠えながら飛び降りてくるコボルトに向かって、フラッドは動じることもなく剣を振るう。一瞬の間を置いて、獣人の肉体が低い音と共に地面に落ちて動かなくなった。
「何でこんな所にコボルトが!?」
「待ち伏せしてたんだろう。もっとも、単なる獣に出来る真似じゃないけどな」
『グァオゥッ!』
予想外の襲撃に狼狽した声を上げるマチーナと、やはり落ち着いた様子で言うフラッド。そこへさらに数体のコボルトが一斉に頭上から飛び降りて来る。
「アタシも!」
「無理に攻めるなよ、自分の身を守る事に専念しろ」
慌てて腰に下げた鞘からマチーナが小剣を引き抜き、臨戦態勢を取る。降り立ったコボルトの群れはすぐには襲い掛からず、二人を挟むように前後に立ちはだかった。
「五体、か。壁としては十分だが……!」
『ギッ!?』
狭い山道をフラッドの前に三体、マチーナの前に二体のコボルト。摺り足で距離を縮めようとする敵に向かって、フラッドが一気に突進をかけた。
一気に目の前まで距離を詰め、そのまま横薙ぎに一閃。反撃の暇も与えずにまずは一体を仕留める。
「フラッドさん、矢がっ!!」
肩越しに一瞬の攻防を見ていたマチーナが声を上げる。フラッドと対峙した三体の内、奥側のコボルトが手にした弓から矢を放ったのを見て。
「そっちに集中しろ!」
放たれた矢をフラッドが剣で打ち払うのと、意識の逸れたマチーナ目掛けてコボルトが飛び掛かったのは、ほぼ同時だった。
「グアッ」
だが、次に上がったのは、そのコボルトの口から発せられる断末魔の声。振るわれた爪を一歩下がってかわし、隙の生まれたコボルトの喉元を斬り裂いたマチーナの一撃によって。
「へぇ、やるじゃないか」
「これでもヤッシュさんに育てられたんだからね、アタシだって!」
二体目のコボルトを斬り伏せながら背後の一合いを見て、フラッドがにやりと笑って言う。それに対し、マチーナも勝ち気な声で応えた。
「一気に行くぞ!」
「はいっ!!」
間を置かずに号令を発して弓を持ったコボルトに迫るフラッド。気合いの乗った掛け声でマチーナも返し、残る一体に向かって地を蹴った。
* * * * *
「怪我は無いか?」
「えぇ、大丈夫です。フラッドさんこそ」
「君のおかげで無事に切り抜けられたな」
「ふふっ」
戦闘はあっさりと終わり、フラッドとマチーナは互いの無事を確認し合う。奇襲から始まったコボルトとの戦いは、フラッドはもちろんマチーナも無傷だった。
「しかし、ここまでやれるとはな。さすがはヤッシュ仕込みってところか」
「フラッドさん、ヤッシュさんを知ってるんですか?」
「あぁ、昔ちょっとな」
「そうなんですか。昔、ですか……」
フラッドの反応に、何かを考えるような表情を浮かべるマチーナ。
「それより急ごうか。今さっきのを見る限り、目的地も何事もなくとはいかないかもしれない」
「……そうですね、急ぎましょう。こっちです」
だが考える間を与えず、フラッドが先を促した。胸中を去来した嫌な感覚が、ただの気のせいであることを願いながら。
* * * * *
「あそこです!」
言ってマチーナが指を差したのは、コボルトの奇襲を切り抜けてほどなく行った頃のこと。指し示されたのは、山の中ほどにある少し拓けた場所だった。
「急いで薬草を採って戻りましょう!」
「待て!」
フラッドの制止は届かず、目的の場所に着いたことによる気持ちの逸りからかマチーナは、薬草の群生地へと駆け出していた。一段高い位置にある為、斜面を駆け上がって……そして立ち止まる。
「そんな……!?」
遅れて追い付いたフラッドがマチーナの横に立つと、眼前に広がっていた光景に表情を曇らせた。広く群生した薬草の絨毯、その場所に無数に徘徊するコボルトたちとローブに身を包んだ一人の男の姿を認めて。
不意に現れた気配に気付き、ローブの男とコボルトがフラッドたちへと顔を向けてくる。
「おやおや、来客かい」
『グルルッ!』
「お前たち、待機していなさい」
どこか予期せぬ来客の訪れに、不快感を滲ませた口調で言うローブの男。侵入者に威嚇の声を上げるコボルトたちを制止し、身体ごとフラッドとマチーナのいる方へと向き直った。
「あなた、誰……? ここで何をっ!?」
「くっくっくっ、薬草の群生地に来てやる事など一つでしょう。もっとも、その目的は違うでしょうがね……」
「コボルトたちを指揮してたのも、もしかしてお前さんかい?」
「くくっ、この状況を見れば聞くまでも無いとは思いますが……その通りです」
「じゃあ、あなたがアトル村を……っ!!」
問い詰めるように聞くマチーナへは嘲るように、そして淡々と口にしたフラッドへは挑発するような雰囲気で、ローブの男が言葉を返してくる。その答えに、マチーナの表情が険しいものへと変わった。
今にも飛びかかりそうな彼女を制止しながら、フラッドが前へ一歩踏み出す。
「目的は、なんだ?」
「くくっ、強いて言うならば我が力の確認……ですかねぇ。そして更なる力の探求、ですよ」
「おかしな事を言うな、わざわざ確認するようなことか、それ」
「なにせまだこちらに来て日が浅いものでしてね……しかし素晴らしい! この世界も、この力も!!」
男が放った言葉にフラッドは眉をひそめた。コボルトの動き方から、人為的な力が作用しているとは予想していたが、問いへの答えは理解に苦しむもの。
さらには自分に酔いしれたように声高らかに言うその様子に、狂気さえも感じ取っていた。
「さて、研究用に使う薬草はこのぐらいで十分でしょう。せっかくの群生地で勿体ないとは思いますが……」
「!」
自らの左右に並ぶコボルト、その両手に抱えられた薬草の束を眺めながら男は言い、右手を差し出し上に向ける。それの意味するところをフラッドは察するも、阻止することは出来なかった。
「やめてっ!!」
「あなた方に使わせるのはもっと勿体ない! だから焼却するとしましょう!!」
狂った笑みを浮かべながら、開いた手の中で膨らんだ光を薬草の群生地に向かって突き出す。光が弾け、炎を生み出して。
あっという間に薬草の群生地を火で包み込んだ。
「ひゃははははっ、それではこれで失礼しますよ! お前たちっ、そいつらを始末しておけ!」
『グオオオオンッ』
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冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
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主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
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