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9章 受け継がれるモノ
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ウルフの群れとの戦いを切り抜けた後も、フラッドたち三人の行く手を阻むモンスターは数えきれないほど現れた。
「こんのーっ!」
通常の数倍の体躯を持つ蜘蛛に向かって、気合いと共にマチーナの剣が振り抜かれる。だがその一撃は浅く、無防備となったマチーナに前肢の反撃が飛んで来た。
「させない!」
「ティート!」
「今だよ、マチーナ!!」
「わかった!!」
マチーナと蜘蛛の間に割り込み、放たれた前肢の一撃をティートが防ぐ。間を置かずにティートの口から出た声に応え、再度マチーナの剣が蜘蛛の体を薙いだ。
さきほどとは違う深い手応え、そして蜘蛛の体から力が抜け大地に崩れ落ちた。
「いいね、お二人さん。息が合ってる」
それを見ながら感心したように言って、フラッドは向かってくる蜂型のモンスター・キラービーの体を両断した。耳障りな羽音を鳴らしながら地面に落ちたキラービーの頭に、深々と刃を突き刺して止めを刺す。
「一人であっさりと何体も片付けながら言われても、素直に喜べませんよ」
「でもこれで全部かな?」
周辺を窺いながらフラッドの元へ寄ってきて、口々に言うティートとマチーナの二人。ティートが苦笑しながら評したように、フラッドの周りには多くのモンスターの屍が散らばっていた。
「そこは素直に喜んでくれよ。村を出た時と比べたら、二人とも本当に戦い慣れてきたのは確かなんだから」
「ありがとうございます。マチーナのおかげでなんとか、って感じですけどね」
「ティートは危なっかしいんだもん。アタシがカバーしなきゃ、とっくにやられてるよ」
「ははは、マチーナは手厳しいな」
謙遜するティートに、マチーナのキツい一言が飛ぶ。そうは言いながらも、彼女の顔には照れたような雰囲気が覗いていた。
フラッドの感想通り、確かにティートとマチーナは想定外の連戦によって、飛躍的に戦闘のコツを掴んでいた。特にティートの成長ぶりは目を見張るものがある。
元々、ヤッシュが生きていた頃には剣の指導をされていたのであろう。ティートの剣術は基本のしっかりと出来たものだった。
恐らくは生来の優しい性格が、その身に付いた剣術を鈍らせている。そんな風にフラッドは見ていた。
「でも、さっきはありがとね、ティート」
「うん。マチーナに何も無くて良かったよ」
少し間を空けてマチーナが、ティートへの礼を言葉にする。気の強さ故か、彼女は素直になれないところが散見された。
マチーナもまたティートと同様、ヤッシュから剣術を教わっていたようで、その腕前は生半可な兵士よりもありそうだ。が、勝ち気な性格が災いしてか、細かいところで隙を作りがちなのが欠点である。
「ティートも無茶しないでよ。まだ怪我が治りきってないんだから」
「わかってるって。ありがとう、マチーナ」
「わ、わかればいいの!」
すっかり見慣れた二人のやり取りに、フラッドは目を細めながら笑みを浮かべた。「本当にいいコンビだ」と、これまでの戦いで思わされる。
率先して前に出るマチーナと、慎重ながらここぞと言うところでの対応に秀でたティート。互いの特長と欠点を見事に補い合える二人だった。
「さて、それじゃ行くか。『修練の洞穴』はすぐそこだ」
じゃれ合う二人に呼び掛けて、顔を動かしフラッドが示した先には、ぽっかりと大きな口を開けた洞が見えていた。
* * * * *
「ここに、父さんの遺した何かが……」
「あぁ。入るぞ、二人とも離れるなよ」
ぼんやりと呟いたティートに短い相づちを打ち、フラッドは洞穴へと足を踏み込んでいく。松明を持った左手を前に掲げ、暗い洞穴内を照らしながらゆっくりと奥へと進む。
「『修練の洞穴』ってさっき呼んでましたけど」
「ここはヤッシュが若い頃、修行するのに使ってた場所って話だ。まぁ、俺も駆け出しの頃に無理やり連れて来られて、ガシガシ鍛えられたんだけどな」
言いながらフラッドの顔が引きつる。今でもその頃を思い出すとそうなるほど、ヤッシュに鍛えられた日々は過酷なものだった。そんな記憶を振り払うように、頭を振るフラッドにティートとマチーナは不思議そうな顔をした。
「ま、まぁ、そんな感じの場所だ。しばらく進むと広い空間のあるところに着く。そこでまた色々と話すから」
「はい、わかりました」
「それにしても、なんだか洞穴にしてはあんまり……」
マチーナがそんなに狭くはない通路を見渡しながら、ぼんやりと呟きを漏らす。最後まで聞かなくても、彼女の言いたいことがフラッドとティートにもわかった。
その洞穴には特有のじめつきや、息苦しさが感じられないのだ。
「ヤッシュが初めてここを見つけた時から、こういう感じだったらしい。何故そうなのかについては、特に気にもしなかったらしいけどな」
「はは、父さんらしいや」
フラッドの言葉に在りし日の父を思い出したのか、懐かしそうな口振りでティートが言った。マチーナもクスクスと小さく笑っている。
「それでもここの神秘的な何かに思うところはあったんだろう。だから、ヤッシュは大事な物はここに保管することにしたんじゃないかな」
そうやって話しながら歩いていると、やがて通路の先がポッカリと空いているのが目に入った。「あそこだ」と告げるフラッドに、ティートとマチーナは緊張した面持ちになる。
通路を抜け、辿り着いたのは天井も視認できないほどに大きな場所だった。
「ここにある。ヤッシュが……ティートの親父さんが遺した物がな」
フラッドの顔の向いた先、そこには一軒の家屋が静かに存在していた。
* * * * *
「まさか、こんな所にあるとは」
フラッドたちが抜けた森を、なぞるように歩きながら呟く人影が一つ。それはフラッドとマチーナが数日前に対面した、ローブに身を包んだ男の姿。
「それにしても、我が手のモノたちをこうも倒すとは驚きだな……」
森の中に転がるモンスターたちの亡骸を眺め、感嘆の声を漏らした。それらはローブの男がその場所を探させる為に放たれた、配下のモンスターたち。
本来ならばあり得ないことではあったが、ローブの男にはモンスターを従わせる力があるのだ。
「くっくっくっ、まぁいい。我が目的の為にはどれだけこやつらを犠牲にしようと些細なこと……」
人間大の蟻、ジャイアント・アントを踏み越えながら下卑た含み笑いをこぼすローブの男。やがて森は途切れ、フラッドたちが入っていった洞穴の入口が姿を現す。
「連中が来ているとなれば、それもまた好都合と言うものだ」
邪悪な光を宿した目を細め、喜悦を含んだ声でローブの男が言葉を吐き出す。背後には、巨大な影が静かに佇んでいた。
* * * * *
「こんな所に家、ですか」
「修行でここに来たときは寝ぐらにしていたみたいだぜ。もっとも、ヤッシュが見つけた時には既にあったらしいがな」
「なにそれ、ちょっと怖いな……」
家屋に入り、呟くティートへフラッドが答えると、マチーナは心細そうな顔をして言った。洞窟の奥という場所に不自然に建てられた家屋は、長年放置されていたと思われるにも関わらず綺麗だった。
「それで、ここに何が?」
「まぁ、待て。えっと……確かこの辺りに……お、これだな」
問いかけるティートに断りを言って待たせながら、フラッドは室内の床を入念に調べ、そして何かを見つける。なにやらごそごそと床を探ると、床板の一部が外れた。
「よっ、と」
「地下室……?」
「あぁ、目的地はこの先にある」
言いながら空いた穴に手を入れ持ち上げると、床の下へと続く階段が姿を現す。フラッドが合図し、ティートとマチーナの二人を先に降りさせた。
「いったいここは何なんでしょうか」
「洞窟なのに気味悪くないし、家はあるし、さらにはこんな地下まであるなんて……」
「さっきも話したが、ヤッシュもここについては知らないと言ってた。ただ……」
言葉が途切れたフラッドを二人が振り返って見ると、今しがた三人が降りてきた方へと顔を向けている。
すぐに前に顔を戻し、二人にも進むように促して再び口を開く。
「ただ、推測だがって前置きをしながらこんな事を聞かせてくれたな。『ここはもしかしたら、人間よりも高位な存在によって造られた場所なのかもしれない』、と」
「それって、どういう?」
「! まさか。でもそんな……」
追って問うティート。それとは反対に、マチーナは何か心当たりがあるように呟いていた。
「……山の精霊、って聞いたことあるだろ?」
「えっ、それってあのおとぎ話に出てくる……!?」
「嘘でしょ……っ」
アトル村に伝わる、一つのおとぎ話。そこに登場するのが山の精霊である。もちろん村の者はそれを自然に生きる者が知ってなくてはならない、戒めを抽象的な形にした物語としか思ってはいない。
だが、ヤッシュはここを見つけた時に、そうでは無い事を知ったのだった。
「見えてきたな」
やがて三人の行く先に、階段の終わりが見えた。その向こうには淡い光が漏れ出している。
「十年前の“魔竜”との戦い。その時にオレもここに来た」
ゆっくりと降りていき、そこへと辿り着く。家屋のあった空間ほどではないが、広々としたその場所には不思議な光で照らされていた。
「そしてヤッシュと同じように、オレも山の精霊についての認識を改めることになった」
「これは……」
「なに、これ……?」
語るフラッドの前にいた二人が、その場に立ち尽くして声を洩らす。奥に立つ、人とは似て異なるその姿を目にして。
「久しいな、精霊様。元気だったか?」
『いつぞやの人間か……』
陽気に挨拶を放ったフラッドに、精霊が厳かな口調で答えた。
* * * * *
「フ、フラッドさん! これって……!?」
「あぁ、山の精霊様そのものだよ」
「ええええーっ!!?」
呆然としながら聞くティートにフラッドがあっさり答えて、マチーナが驚きの声を張り上げる。騒がしさにも精霊はまるで動じる様子も無いまま。
『そこの者たちは……そうか。ヤッシュの子と、それにギースとイセシアの子か』
「……え?」
精霊の発した言葉に、マチーナが困惑の表情を見せる。まさかここで亡くなった両親の名前が、それも精霊の口から出てくるとは思いもよらず。
「そういうことだ、精霊様」
『して、此の刻(このとき)はなにを求めて再び訪れたのだ……?』
「前と同じ。まだ復活はしてないが、たぶん復活するだろうな」
『……“魔竜”か』
戸惑い押し黙るマチーナと、彼女を気遣うティートをよそにフラッドと精霊の話が続いていく。フラッドの返した言葉に、精霊は微かに声のトーンを下げたように言った。
「待って……なんでアタシのパパとママを、精霊様が知って……?」
そこでようやく、マチーナからの問いが投げ掛けられる。精霊は一度目を閉じ、すぐに開けてから彼女をまっすぐに見つめた。
『ヤッシュとそこの者と、そしてギースとイセシアの四人が我が元へと訪れたからだ』
「そんな……アタシ、そんな話聞いたことない」
『そうか。ヤッシュもお主も、言えぬままであったか』
「時が来れば……ってつもりだったんだろうけどな。そうする前に逝っちまったって訳だ」
『ふむ……ヤッシュも逝ったのか。寂しいな、お主も。戦友を三人も喪うとは』
精霊の言葉には応えず、フラッドは哀しみを顔に浮かべゆっくりとまばたきを一つした。マチーナが一歩前に踏み出し、問い質してくる。
「フラッドさん、どういう事なんですか!? フラッドさんも、アタシの知らない事を……?」
「マチーナ、落ち着いて」
「だってっ、ティート」
「あぁ、知ってる。だからここに連れて来たんだよ」
混乱しながら言うマチーナに、フラッドはいつになく真剣な顔で言葉を返す。ヤッシュが果たせなかった事を、ヤッシュとの約束と共にする。それがフラッドの目的でもあった。
『今度は、その二人が……?』
「あぁ」
『そうか……災いの“魔竜”との因縁は、子供たちへと受け継がれるのだな』
「オレっていう経験者もいる。今度はしくじらないさ」
言ったフラッドの顔には決意がしっかりと刻まれていた。それをしばらく見つめた後、精霊はゆっくりと頷き応える。
『わかった。では授けよう……精霊の剣、そしてギースとイセシアの形見の杖を。少し待て……』
「それじゃ、その間にオレの知ってることを話そうか」
精霊が何かを呼び出すような仕草をする中、フラッドは二人に向き合って語り始めた。
「こんのーっ!」
通常の数倍の体躯を持つ蜘蛛に向かって、気合いと共にマチーナの剣が振り抜かれる。だがその一撃は浅く、無防備となったマチーナに前肢の反撃が飛んで来た。
「させない!」
「ティート!」
「今だよ、マチーナ!!」
「わかった!!」
マチーナと蜘蛛の間に割り込み、放たれた前肢の一撃をティートが防ぐ。間を置かずにティートの口から出た声に応え、再度マチーナの剣が蜘蛛の体を薙いだ。
さきほどとは違う深い手応え、そして蜘蛛の体から力が抜け大地に崩れ落ちた。
「いいね、お二人さん。息が合ってる」
それを見ながら感心したように言って、フラッドは向かってくる蜂型のモンスター・キラービーの体を両断した。耳障りな羽音を鳴らしながら地面に落ちたキラービーの頭に、深々と刃を突き刺して止めを刺す。
「一人であっさりと何体も片付けながら言われても、素直に喜べませんよ」
「でもこれで全部かな?」
周辺を窺いながらフラッドの元へ寄ってきて、口々に言うティートとマチーナの二人。ティートが苦笑しながら評したように、フラッドの周りには多くのモンスターの屍が散らばっていた。
「そこは素直に喜んでくれよ。村を出た時と比べたら、二人とも本当に戦い慣れてきたのは確かなんだから」
「ありがとうございます。マチーナのおかげでなんとか、って感じですけどね」
「ティートは危なっかしいんだもん。アタシがカバーしなきゃ、とっくにやられてるよ」
「ははは、マチーナは手厳しいな」
謙遜するティートに、マチーナのキツい一言が飛ぶ。そうは言いながらも、彼女の顔には照れたような雰囲気が覗いていた。
フラッドの感想通り、確かにティートとマチーナは想定外の連戦によって、飛躍的に戦闘のコツを掴んでいた。特にティートの成長ぶりは目を見張るものがある。
元々、ヤッシュが生きていた頃には剣の指導をされていたのであろう。ティートの剣術は基本のしっかりと出来たものだった。
恐らくは生来の優しい性格が、その身に付いた剣術を鈍らせている。そんな風にフラッドは見ていた。
「でも、さっきはありがとね、ティート」
「うん。マチーナに何も無くて良かったよ」
少し間を空けてマチーナが、ティートへの礼を言葉にする。気の強さ故か、彼女は素直になれないところが散見された。
マチーナもまたティートと同様、ヤッシュから剣術を教わっていたようで、その腕前は生半可な兵士よりもありそうだ。が、勝ち気な性格が災いしてか、細かいところで隙を作りがちなのが欠点である。
「ティートも無茶しないでよ。まだ怪我が治りきってないんだから」
「わかってるって。ありがとう、マチーナ」
「わ、わかればいいの!」
すっかり見慣れた二人のやり取りに、フラッドは目を細めながら笑みを浮かべた。「本当にいいコンビだ」と、これまでの戦いで思わされる。
率先して前に出るマチーナと、慎重ながらここぞと言うところでの対応に秀でたティート。互いの特長と欠点を見事に補い合える二人だった。
「さて、それじゃ行くか。『修練の洞穴』はすぐそこだ」
じゃれ合う二人に呼び掛けて、顔を動かしフラッドが示した先には、ぽっかりと大きな口を開けた洞が見えていた。
* * * * *
「ここに、父さんの遺した何かが……」
「あぁ。入るぞ、二人とも離れるなよ」
ぼんやりと呟いたティートに短い相づちを打ち、フラッドは洞穴へと足を踏み込んでいく。松明を持った左手を前に掲げ、暗い洞穴内を照らしながらゆっくりと奥へと進む。
「『修練の洞穴』ってさっき呼んでましたけど」
「ここはヤッシュが若い頃、修行するのに使ってた場所って話だ。まぁ、俺も駆け出しの頃に無理やり連れて来られて、ガシガシ鍛えられたんだけどな」
言いながらフラッドの顔が引きつる。今でもその頃を思い出すとそうなるほど、ヤッシュに鍛えられた日々は過酷なものだった。そんな記憶を振り払うように、頭を振るフラッドにティートとマチーナは不思議そうな顔をした。
「ま、まぁ、そんな感じの場所だ。しばらく進むと広い空間のあるところに着く。そこでまた色々と話すから」
「はい、わかりました」
「それにしても、なんだか洞穴にしてはあんまり……」
マチーナがそんなに狭くはない通路を見渡しながら、ぼんやりと呟きを漏らす。最後まで聞かなくても、彼女の言いたいことがフラッドとティートにもわかった。
その洞穴には特有のじめつきや、息苦しさが感じられないのだ。
「ヤッシュが初めてここを見つけた時から、こういう感じだったらしい。何故そうなのかについては、特に気にもしなかったらしいけどな」
「はは、父さんらしいや」
フラッドの言葉に在りし日の父を思い出したのか、懐かしそうな口振りでティートが言った。マチーナもクスクスと小さく笑っている。
「それでもここの神秘的な何かに思うところはあったんだろう。だから、ヤッシュは大事な物はここに保管することにしたんじゃないかな」
そうやって話しながら歩いていると、やがて通路の先がポッカリと空いているのが目に入った。「あそこだ」と告げるフラッドに、ティートとマチーナは緊張した面持ちになる。
通路を抜け、辿り着いたのは天井も視認できないほどに大きな場所だった。
「ここにある。ヤッシュが……ティートの親父さんが遺した物がな」
フラッドの顔の向いた先、そこには一軒の家屋が静かに存在していた。
* * * * *
「まさか、こんな所にあるとは」
フラッドたちが抜けた森を、なぞるように歩きながら呟く人影が一つ。それはフラッドとマチーナが数日前に対面した、ローブに身を包んだ男の姿。
「それにしても、我が手のモノたちをこうも倒すとは驚きだな……」
森の中に転がるモンスターたちの亡骸を眺め、感嘆の声を漏らした。それらはローブの男がその場所を探させる為に放たれた、配下のモンスターたち。
本来ならばあり得ないことではあったが、ローブの男にはモンスターを従わせる力があるのだ。
「くっくっくっ、まぁいい。我が目的の為にはどれだけこやつらを犠牲にしようと些細なこと……」
人間大の蟻、ジャイアント・アントを踏み越えながら下卑た含み笑いをこぼすローブの男。やがて森は途切れ、フラッドたちが入っていった洞穴の入口が姿を現す。
「連中が来ているとなれば、それもまた好都合と言うものだ」
邪悪な光を宿した目を細め、喜悦を含んだ声でローブの男が言葉を吐き出す。背後には、巨大な影が静かに佇んでいた。
* * * * *
「こんな所に家、ですか」
「修行でここに来たときは寝ぐらにしていたみたいだぜ。もっとも、ヤッシュが見つけた時には既にあったらしいがな」
「なにそれ、ちょっと怖いな……」
家屋に入り、呟くティートへフラッドが答えると、マチーナは心細そうな顔をして言った。洞窟の奥という場所に不自然に建てられた家屋は、長年放置されていたと思われるにも関わらず綺麗だった。
「それで、ここに何が?」
「まぁ、待て。えっと……確かこの辺りに……お、これだな」
問いかけるティートに断りを言って待たせながら、フラッドは室内の床を入念に調べ、そして何かを見つける。なにやらごそごそと床を探ると、床板の一部が外れた。
「よっ、と」
「地下室……?」
「あぁ、目的地はこの先にある」
言いながら空いた穴に手を入れ持ち上げると、床の下へと続く階段が姿を現す。フラッドが合図し、ティートとマチーナの二人を先に降りさせた。
「いったいここは何なんでしょうか」
「洞窟なのに気味悪くないし、家はあるし、さらにはこんな地下まであるなんて……」
「さっきも話したが、ヤッシュもここについては知らないと言ってた。ただ……」
言葉が途切れたフラッドを二人が振り返って見ると、今しがた三人が降りてきた方へと顔を向けている。
すぐに前に顔を戻し、二人にも進むように促して再び口を開く。
「ただ、推測だがって前置きをしながらこんな事を聞かせてくれたな。『ここはもしかしたら、人間よりも高位な存在によって造られた場所なのかもしれない』、と」
「それって、どういう?」
「! まさか。でもそんな……」
追って問うティート。それとは反対に、マチーナは何か心当たりがあるように呟いていた。
「……山の精霊、って聞いたことあるだろ?」
「えっ、それってあのおとぎ話に出てくる……!?」
「嘘でしょ……っ」
アトル村に伝わる、一つのおとぎ話。そこに登場するのが山の精霊である。もちろん村の者はそれを自然に生きる者が知ってなくてはならない、戒めを抽象的な形にした物語としか思ってはいない。
だが、ヤッシュはここを見つけた時に、そうでは無い事を知ったのだった。
「見えてきたな」
やがて三人の行く先に、階段の終わりが見えた。その向こうには淡い光が漏れ出している。
「十年前の“魔竜”との戦い。その時にオレもここに来た」
ゆっくりと降りていき、そこへと辿り着く。家屋のあった空間ほどではないが、広々としたその場所には不思議な光で照らされていた。
「そしてヤッシュと同じように、オレも山の精霊についての認識を改めることになった」
「これは……」
「なに、これ……?」
語るフラッドの前にいた二人が、その場に立ち尽くして声を洩らす。奥に立つ、人とは似て異なるその姿を目にして。
「久しいな、精霊様。元気だったか?」
『いつぞやの人間か……』
陽気に挨拶を放ったフラッドに、精霊が厳かな口調で答えた。
* * * * *
「フ、フラッドさん! これって……!?」
「あぁ、山の精霊様そのものだよ」
「ええええーっ!!?」
呆然としながら聞くティートにフラッドがあっさり答えて、マチーナが驚きの声を張り上げる。騒がしさにも精霊はまるで動じる様子も無いまま。
『そこの者たちは……そうか。ヤッシュの子と、それにギースとイセシアの子か』
「……え?」
精霊の発した言葉に、マチーナが困惑の表情を見せる。まさかここで亡くなった両親の名前が、それも精霊の口から出てくるとは思いもよらず。
「そういうことだ、精霊様」
『して、此の刻(このとき)はなにを求めて再び訪れたのだ……?』
「前と同じ。まだ復活はしてないが、たぶん復活するだろうな」
『……“魔竜”か』
戸惑い押し黙るマチーナと、彼女を気遣うティートをよそにフラッドと精霊の話が続いていく。フラッドの返した言葉に、精霊は微かに声のトーンを下げたように言った。
「待って……なんでアタシのパパとママを、精霊様が知って……?」
そこでようやく、マチーナからの問いが投げ掛けられる。精霊は一度目を閉じ、すぐに開けてから彼女をまっすぐに見つめた。
『ヤッシュとそこの者と、そしてギースとイセシアの四人が我が元へと訪れたからだ』
「そんな……アタシ、そんな話聞いたことない」
『そうか。ヤッシュもお主も、言えぬままであったか』
「時が来れば……ってつもりだったんだろうけどな。そうする前に逝っちまったって訳だ」
『ふむ……ヤッシュも逝ったのか。寂しいな、お主も。戦友を三人も喪うとは』
精霊の言葉には応えず、フラッドは哀しみを顔に浮かべゆっくりとまばたきを一つした。マチーナが一歩前に踏み出し、問い質してくる。
「フラッドさん、どういう事なんですか!? フラッドさんも、アタシの知らない事を……?」
「マチーナ、落ち着いて」
「だってっ、ティート」
「あぁ、知ってる。だからここに連れて来たんだよ」
混乱しながら言うマチーナに、フラッドはいつになく真剣な顔で言葉を返す。ヤッシュが果たせなかった事を、ヤッシュとの約束と共にする。それがフラッドの目的でもあった。
『今度は、その二人が……?』
「あぁ」
『そうか……災いの“魔竜”との因縁は、子供たちへと受け継がれるのだな』
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言ったフラッドの顔には決意がしっかりと刻まれていた。それをしばらく見つめた後、精霊はゆっくりと頷き応える。
『わかった。では授けよう……精霊の剣、そしてギースとイセシアの形見の杖を。少し待て……』
「それじゃ、その間にオレの知ってることを話そうか」
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