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10章 過去の真実【1】
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「あの時も今と似たような状況だった」
フラッドが語り始めたのを、固唾を飲んで耳を傾けるティートとマチーナの二人。フラッドを含めた三人から離れた場所では、粛々と精霊が腕を動かし声なき呪を唱え続ける。
「どこから来たのか、何もかもが謎に包まれた黒いローブを纏った男が姿を現した。最初はアトル村の者たちもいつも通りの旅人、そう思っていたんだけどな」
「黒いローブって、もしかして先日の!?」
「いや、それはあり得ない。少なくともオレがいま話している男なら、十年前に倒しているからな」
フラッドの脳裏に十年前の光景が甦っていく。最初はヤッシュが騎士団を辞めると聞いて、彼の部屋へと駆け付けたのが始まりだった。
「ヤッシュ、騎士団を辞めるって本当なのか!?」
「ん? なんだフラッドか。あぁ、本当だ」
「何故ですか、ヤッシュさん!」
ヤッシュを問い質しに向かったのはフラッドだけでは無かった。フラッドと同年の魔術師、グロウもその場にはいた。
「グロウまで……。これは俺の都合、お前たちには関係ない話だ」
「待ってくれ、それじゃ納得いかない!」
「ギースさんとイセシアさんも魔法師団を抜けると聞きました。それとも関係があるのでは!?」
ギースとイセシア、二人はフィロスタ魔法師団の団長と副長。その二人もまたヤッシュ同様、その地位を捨てて皇国を去っていた。二人の愛弟子とも言うべき立場にあったグロウがそれを知ったのは、既にギースとイセシアが団を辞して国を発った後のこと。
「なに? あいつら、俺に何の相談もなくそんなことを……」
「その様子だとヤッシュはあの二人のことは知らないみたいだな」
「あぁ、初耳だ。だが、グロウの言う通り俺の都合と無関係じゃない」
「一体なにがあったんです? 今はモンスター討伐に追われて騎士団も魔法師団も大変な時なんですよ!」
近年、皇国の領内のみならず大陸中でモンスターの発生が活発化していた。そのモンスターへの対応は日増しに激化し、騎士団も魔法師団も常に領内を駆け回る日々であった。
「それについては心配いらねぇよ。ちゃんと引き継ぎは済ませてあるし、フラッドもいるんだからな」
「そういう問題じゃない! まだまだオレはヤッシュから教えてもらうことが沢山あるんだ!!」
「おいおい、フラッド。いつまでも騎士見習い気分でいるんじゃねえよ。もう俺が教えなくたって、お前はもっと強くなっていく。保証するぜ?」
「茶化すなよ!!」
飄々とした態度のヤッシュへとフラッドが突っ掛かろうとするのを、グロウが押し止めて一歩前に踏み出した。逡巡する様子を見せていたが、意を決したように口を開く。
「ヤッシュさん。ギースさん、イセシアさんとは同郷でしたね? 故郷のアトル村で何かあったんではないですか?」
「……さすがはグロウ、察しがいい。まぁ、そんな所だ」
「やはりそうでしたか……。しかしそれなら、皇国に願い出て騎士団や魔法師団から人を出せばいいのでは」
「そんな余裕は無いってさ。皇国も今は皇都の防備で手一杯、国境近くの山間にある村まで助けを出すことは出来ないってな」
「そんな……。離れているとは言え、アトル村もフィロスタ領内の集落だというのに」
ヤッシュの言葉にグロウは悔しそうに歯噛みし、拳を握りしめていた。その横ではフラッドが難しい顔を浮かべて、何かを考え込むような様子。
「そんな訳だから、俺は騎士団を辞めて故郷の危機をどうにかしようと思ったってことだ。別に強行しての決断ってんじゃねえぞ? ちゃんと陛下や将軍にも話はつけてある」
「……それで将軍はあんなに冷徹な言い方をしていたのですか」
皇国の将軍は厳格で有名な人物だった。ギースとイセシアの出奔を知ったグロウが事情を訊ねた際には、ひどく冷たい態度で二人について語っていた。ヤッシュの出奔もその時に知らされ、グロウからフラッドへと伝えられたのである。
「はは、まぁ仕方ない。皇国も大わらわな状況で、団長が任を辞して故郷に帰るってんだからな。それも騎士団と魔法師団、主力となる二つの団の長と副長がな」
「考え直してはいただけませんか? 今のこの大変な時にヤッシュさんやギースさん達に去られてしまっては……」
「くどい」
説得するグロウへと放たれたヤッシュの厳しさに満ちた言葉が、それを制止させた。何かを言いたそうにしならがらもグロウはそれ以上は言葉を出せず、おずおずと後ろへ下がってしまう。
「……わかった。だったらオレも連れていってくれ、ヤッシュ」
「なんだと?」
「フラッド! 何を言い出すんだ、お前まで!」
そこへ顔を上げたフラッドが放った一言に、ヤッシュは怪訝の声を漏らしグロウは驚きの声を出す。目を細めフラッドの顔をしばらく見つめたヤッシュが、しばらく後やれやれといった風にため息を吐き出した。
「ったく、お前は相変わらずだなフラッド。そんな顔してる時のお前には、昔から何を言っても聞きゃしねえ。つくづく厄介な弟子だよ、お前さんは」
「ヤッシュ……!」
「待ってくれ、フラッド! そんな勝手なことをすればお前まで騎士団に居られなくなるんだぞ!?」
「いいさ。オレが心に思い描いてる騎士像ってのは、ヤッシュみたいに救いを求める者たちの為なら、肩書きも捨てられるような姿なんだから」
「しょうがねぇな、フラッド。余計なところまで俺に似やがって……。俺はそんなこと、教えた覚えはないからな?」
言って互いに笑みを向け合うヤッシュとフラッド。そんな二人を苦渋の表情で見つめたまま、グロウは黙って立ち尽くすばかりだった。
* * * * *
「フラッド、もうしばらく行った平原に野営地を張ってある」
「野営地?」
「あぁ。少し距離はあるが、村の連中を避難させる場所が必要だと思ってな」
「ずいぶんと手回しがいいな、ヤッシュ。あんたらしいと言えばらしいけど」
皇都を発って二日ほど歩いた昼過ぎ、ヤッシュがフラッドに伝えたのは備えに関することだった。ただ自分が故郷に戻るに留まらず、万全の準備をしていたヤッシュに感心すると同時に、フラッドはそれだけ事態は深刻であることを理解する。
「そこに避難させた連中の世話の為と思って、俺の女房と息子を待機させてるんだがな……」
「ヤッシュの家族を?」
「あぁ。それで、その……」
ヤッシュが何やら言いにくそうな様子で、落ち着きなくフラッドをちらちらと見ていた。こんな彼をフラッドはこれまでに見た事がなくて、少し困惑してしまう。
「なんだよ、ヤッシュ。言いたいことがあるなら遠慮せずに言ってくれ」
「そうか? ならお言葉に甘えて」
こほんと咳払いを一つ挟み、そして口から出てきたのは意外な言葉だった。
「フラッド、お前さんに俺の女房と息子。それからギースとイセシアの娘の護衛を頼みたいんだ」
「護衛……? って言うか、ギースさんとイセシアさんの子供もいたのか」
「あぁ。せがれとは幼馴染みの間柄でな、その縁もあってあいつら二人から任されたんだが」
ヤッシュの言葉にフラッドが驚きの顔を浮かべた。
つまり今回の出奔は、三人で事前に決めていたということだったからだ。
「なんだよ、最初からギースさん達とも話を合わせてたのか」
「そうでも言わねえとグロウが可哀想だろ。ギース達はグロウに変な負い目を感じさせたくないって言っててな」
聞かされて、フラッドは納得する。グロウは優秀な魔術師ではあったが、規律や階級といった概念に対しては逆らえない気質があった。
要するに真面目な男なのだ。
「俺としてもお前を巻き込むつもりは無かったんだが……。着いてくると言ってくれた時は、正直ありがたかった」
「やめてくれよ、ヤッシュ。オレなんてあんたの足手まといになるんじゃないかって不安ばっかりだぜ?」
「もっと自信を持て、フラッド。今のお前さんなら、俺にだって引けは取らない。いずれはフィロスタ皇国騎士団の長になると、俺は見込んでるんだぞ」
「ヤッシュ。そんなに誉められちゃ悪い気はしないけどな」
尊敬する男からの思いがけない言葉に、フラッドは照れくさそうに鼻の頭を掻きながら声を返す。ヤッシュが足を止め、改まったようにフラッドへと向き直った。
「そんなお前だからこそ、見込んで頼みたい。野営地の護衛に就いてはもらえないだろうか」
「……それは、オレを危険に巻き込まない為、なのか。ヤッシュ?」
「正直な話、俺にもどうなるかわからないのが本当のところだ。もしかしたら、家族の元へ帰れるかも約束できないんだ。だから……」
「だったら、オレもヤッシュに同行したい。どれだけの役に立てるかはわからないが、それでもあんたの助けになりたいんだ!」
いつも自信に満ち溢れ、そしてその自信の通りに結果を出し続けていたヤッシュが、初めて口にした弱気な言葉。そんな彼の側で剣を振るいたい、それがフラッドの素直は気持ちだった。
「ヤッシュに見込まれたオレが行けば、より生還する確率は高まるんじゃないか?」
「それはそうだが。しかし、家族の安全も確保したい。お前さんがそれを引き受けてくれるなら、俺も安心して全力で戦える」
「ヤッシュ……。でも、オレは」
「ならば、その役目は私が引き受けましょうか」
真剣な眼差しで頼んでくるヤッシュに、フラッドは迷いを口にする。そこへ、意外な声が飛んできて二人が驚きの顔に変わった。
「グロウ!?」
「お前、どうしてここに……?」
「まったく、フィロスタの元・騎士団長とその愛弟子とあろう二人が、後をつけている気配に気付かないとは」
振り返った二人の視線の先には、皇国魔法師団のローブを纏ったグロウの姿があった。茶化すような口調で言いながら、二人の元へと近付いてくる。
「わかってましたよ。ギースさんとイセシアさんが、私を置いていった理由も。さっき言われていたように、私には決断力に欠けている部分があるのは事実ですしね」
「なんだよ、聞かれてたのかよ」
「ヤッシュさんの部屋を訪ねた時にも、私はフラッドのようには出来ませんでしたしね。ですが、私も覚悟は決めて来ました」
「待てよグロウ。それじゃお前まで魔法師団から……」
言いかけたフラッドを手で制し、グロウは肩をすくめる仕草を見せる。そして穏やかな笑みを浮かべ言った。
「心配は無用です。この件についてはちゃんと新しい魔法師団の長に了解を得て来ました。それにフラッド、騎士団の長にもあなたが戻れるように取り計らってありますよ」
「なんだって!? お前、そんな事まで」
「まったく末恐ろしい若者だよ、お前もフラッドも」
「それだけではありませんよ、ヤッシュさん。両団長からは全てが終わったら、また皇国へお三方を連れ戻すように、とも言われています」
これにはヤッシュも虚を衝かれた顔になってしまった。話を通せばフラッドは戻れる芽もあるとは想像していたが、まさか自分たちまでもがとは思いもよらず。
「こいつぁ参ったな。こりゃ、しっかり村の危機を片付けて、皇国に詫びに行かなきゃだな」
「ですね。なので、野営地の警護に関しては私に任せてください。フラッドほどでは無くとも、ヤッシュさん達のご家族や避難してきた方々を守るぐらいは、私にも出来ますから」
「ありがとうよ、グロウ。じゃあ、野営地の方はお前さんに任せるとするよ」
「すまないな、グロウ。おかげでオレもヤッシュと共に後顧の憂いなく行ける」
やがて、ヤッシュの家族の待つ野営地が視界に見えてきた。その日はそこで一晩を過ごし、そしてヤッシュの故郷であるアトル村へ、ヤッシュとフラッドは向かっていった。
* * * * *
「父さんらしい、ですね。グロウさんについては、父からもよく聞いてましたが」
「ティートやマチーナは覚えてないか? 野営地にいた時の事は」
「アタシは、そのあと……」
「あぁ、そうだったな」
その戦いでマチーナの両親は帰らぬ人となる。その事が彼女からその当時の記憶を薄れさせてしまっているのだろう。
「僕もよくは覚えていませんが……そうですね。何となく覚えている印象としては」
マチーナを気遣いながら話したティートの言葉は、意外なもの……。とは、フラッドは思わなかった。後に起きる惨劇を思えば、その頃から兆候はあったのだろう。
「グロウと言う魔術師は、とても怖かったように僕には見えました」
フラッドが語り始めたのを、固唾を飲んで耳を傾けるティートとマチーナの二人。フラッドを含めた三人から離れた場所では、粛々と精霊が腕を動かし声なき呪を唱え続ける。
「どこから来たのか、何もかもが謎に包まれた黒いローブを纏った男が姿を現した。最初はアトル村の者たちもいつも通りの旅人、そう思っていたんだけどな」
「黒いローブって、もしかして先日の!?」
「いや、それはあり得ない。少なくともオレがいま話している男なら、十年前に倒しているからな」
フラッドの脳裏に十年前の光景が甦っていく。最初はヤッシュが騎士団を辞めると聞いて、彼の部屋へと駆け付けたのが始まりだった。
「ヤッシュ、騎士団を辞めるって本当なのか!?」
「ん? なんだフラッドか。あぁ、本当だ」
「何故ですか、ヤッシュさん!」
ヤッシュを問い質しに向かったのはフラッドだけでは無かった。フラッドと同年の魔術師、グロウもその場にはいた。
「グロウまで……。これは俺の都合、お前たちには関係ない話だ」
「待ってくれ、それじゃ納得いかない!」
「ギースさんとイセシアさんも魔法師団を抜けると聞きました。それとも関係があるのでは!?」
ギースとイセシア、二人はフィロスタ魔法師団の団長と副長。その二人もまたヤッシュ同様、その地位を捨てて皇国を去っていた。二人の愛弟子とも言うべき立場にあったグロウがそれを知ったのは、既にギースとイセシアが団を辞して国を発った後のこと。
「なに? あいつら、俺に何の相談もなくそんなことを……」
「その様子だとヤッシュはあの二人のことは知らないみたいだな」
「あぁ、初耳だ。だが、グロウの言う通り俺の都合と無関係じゃない」
「一体なにがあったんです? 今はモンスター討伐に追われて騎士団も魔法師団も大変な時なんですよ!」
近年、皇国の領内のみならず大陸中でモンスターの発生が活発化していた。そのモンスターへの対応は日増しに激化し、騎士団も魔法師団も常に領内を駆け回る日々であった。
「それについては心配いらねぇよ。ちゃんと引き継ぎは済ませてあるし、フラッドもいるんだからな」
「そういう問題じゃない! まだまだオレはヤッシュから教えてもらうことが沢山あるんだ!!」
「おいおい、フラッド。いつまでも騎士見習い気分でいるんじゃねえよ。もう俺が教えなくたって、お前はもっと強くなっていく。保証するぜ?」
「茶化すなよ!!」
飄々とした態度のヤッシュへとフラッドが突っ掛かろうとするのを、グロウが押し止めて一歩前に踏み出した。逡巡する様子を見せていたが、意を決したように口を開く。
「ヤッシュさん。ギースさん、イセシアさんとは同郷でしたね? 故郷のアトル村で何かあったんではないですか?」
「……さすがはグロウ、察しがいい。まぁ、そんな所だ」
「やはりそうでしたか……。しかしそれなら、皇国に願い出て騎士団や魔法師団から人を出せばいいのでは」
「そんな余裕は無いってさ。皇国も今は皇都の防備で手一杯、国境近くの山間にある村まで助けを出すことは出来ないってな」
「そんな……。離れているとは言え、アトル村もフィロスタ領内の集落だというのに」
ヤッシュの言葉にグロウは悔しそうに歯噛みし、拳を握りしめていた。その横ではフラッドが難しい顔を浮かべて、何かを考え込むような様子。
「そんな訳だから、俺は騎士団を辞めて故郷の危機をどうにかしようと思ったってことだ。別に強行しての決断ってんじゃねえぞ? ちゃんと陛下や将軍にも話はつけてある」
「……それで将軍はあんなに冷徹な言い方をしていたのですか」
皇国の将軍は厳格で有名な人物だった。ギースとイセシアの出奔を知ったグロウが事情を訊ねた際には、ひどく冷たい態度で二人について語っていた。ヤッシュの出奔もその時に知らされ、グロウからフラッドへと伝えられたのである。
「はは、まぁ仕方ない。皇国も大わらわな状況で、団長が任を辞して故郷に帰るってんだからな。それも騎士団と魔法師団、主力となる二つの団の長と副長がな」
「考え直してはいただけませんか? 今のこの大変な時にヤッシュさんやギースさん達に去られてしまっては……」
「くどい」
説得するグロウへと放たれたヤッシュの厳しさに満ちた言葉が、それを制止させた。何かを言いたそうにしならがらもグロウはそれ以上は言葉を出せず、おずおずと後ろへ下がってしまう。
「……わかった。だったらオレも連れていってくれ、ヤッシュ」
「なんだと?」
「フラッド! 何を言い出すんだ、お前まで!」
そこへ顔を上げたフラッドが放った一言に、ヤッシュは怪訝の声を漏らしグロウは驚きの声を出す。目を細めフラッドの顔をしばらく見つめたヤッシュが、しばらく後やれやれといった風にため息を吐き出した。
「ったく、お前は相変わらずだなフラッド。そんな顔してる時のお前には、昔から何を言っても聞きゃしねえ。つくづく厄介な弟子だよ、お前さんは」
「ヤッシュ……!」
「待ってくれ、フラッド! そんな勝手なことをすればお前まで騎士団に居られなくなるんだぞ!?」
「いいさ。オレが心に思い描いてる騎士像ってのは、ヤッシュみたいに救いを求める者たちの為なら、肩書きも捨てられるような姿なんだから」
「しょうがねぇな、フラッド。余計なところまで俺に似やがって……。俺はそんなこと、教えた覚えはないからな?」
言って互いに笑みを向け合うヤッシュとフラッド。そんな二人を苦渋の表情で見つめたまま、グロウは黙って立ち尽くすばかりだった。
* * * * *
「フラッド、もうしばらく行った平原に野営地を張ってある」
「野営地?」
「あぁ。少し距離はあるが、村の連中を避難させる場所が必要だと思ってな」
「ずいぶんと手回しがいいな、ヤッシュ。あんたらしいと言えばらしいけど」
皇都を発って二日ほど歩いた昼過ぎ、ヤッシュがフラッドに伝えたのは備えに関することだった。ただ自分が故郷に戻るに留まらず、万全の準備をしていたヤッシュに感心すると同時に、フラッドはそれだけ事態は深刻であることを理解する。
「そこに避難させた連中の世話の為と思って、俺の女房と息子を待機させてるんだがな……」
「ヤッシュの家族を?」
「あぁ。それで、その……」
ヤッシュが何やら言いにくそうな様子で、落ち着きなくフラッドをちらちらと見ていた。こんな彼をフラッドはこれまでに見た事がなくて、少し困惑してしまう。
「なんだよ、ヤッシュ。言いたいことがあるなら遠慮せずに言ってくれ」
「そうか? ならお言葉に甘えて」
こほんと咳払いを一つ挟み、そして口から出てきたのは意外な言葉だった。
「フラッド、お前さんに俺の女房と息子。それからギースとイセシアの娘の護衛を頼みたいんだ」
「護衛……? って言うか、ギースさんとイセシアさんの子供もいたのか」
「あぁ。せがれとは幼馴染みの間柄でな、その縁もあってあいつら二人から任されたんだが」
ヤッシュの言葉にフラッドが驚きの顔を浮かべた。
つまり今回の出奔は、三人で事前に決めていたということだったからだ。
「なんだよ、最初からギースさん達とも話を合わせてたのか」
「そうでも言わねえとグロウが可哀想だろ。ギース達はグロウに変な負い目を感じさせたくないって言っててな」
聞かされて、フラッドは納得する。グロウは優秀な魔術師ではあったが、規律や階級といった概念に対しては逆らえない気質があった。
要するに真面目な男なのだ。
「俺としてもお前を巻き込むつもりは無かったんだが……。着いてくると言ってくれた時は、正直ありがたかった」
「やめてくれよ、ヤッシュ。オレなんてあんたの足手まといになるんじゃないかって不安ばっかりだぜ?」
「もっと自信を持て、フラッド。今のお前さんなら、俺にだって引けは取らない。いずれはフィロスタ皇国騎士団の長になると、俺は見込んでるんだぞ」
「ヤッシュ。そんなに誉められちゃ悪い気はしないけどな」
尊敬する男からの思いがけない言葉に、フラッドは照れくさそうに鼻の頭を掻きながら声を返す。ヤッシュが足を止め、改まったようにフラッドへと向き直った。
「そんなお前だからこそ、見込んで頼みたい。野営地の護衛に就いてはもらえないだろうか」
「……それは、オレを危険に巻き込まない為、なのか。ヤッシュ?」
「正直な話、俺にもどうなるかわからないのが本当のところだ。もしかしたら、家族の元へ帰れるかも約束できないんだ。だから……」
「だったら、オレもヤッシュに同行したい。どれだけの役に立てるかはわからないが、それでもあんたの助けになりたいんだ!」
いつも自信に満ち溢れ、そしてその自信の通りに結果を出し続けていたヤッシュが、初めて口にした弱気な言葉。そんな彼の側で剣を振るいたい、それがフラッドの素直は気持ちだった。
「ヤッシュに見込まれたオレが行けば、より生還する確率は高まるんじゃないか?」
「それはそうだが。しかし、家族の安全も確保したい。お前さんがそれを引き受けてくれるなら、俺も安心して全力で戦える」
「ヤッシュ……。でも、オレは」
「ならば、その役目は私が引き受けましょうか」
真剣な眼差しで頼んでくるヤッシュに、フラッドは迷いを口にする。そこへ、意外な声が飛んできて二人が驚きの顔に変わった。
「グロウ!?」
「お前、どうしてここに……?」
「まったく、フィロスタの元・騎士団長とその愛弟子とあろう二人が、後をつけている気配に気付かないとは」
振り返った二人の視線の先には、皇国魔法師団のローブを纏ったグロウの姿があった。茶化すような口調で言いながら、二人の元へと近付いてくる。
「わかってましたよ。ギースさんとイセシアさんが、私を置いていった理由も。さっき言われていたように、私には決断力に欠けている部分があるのは事実ですしね」
「なんだよ、聞かれてたのかよ」
「ヤッシュさんの部屋を訪ねた時にも、私はフラッドのようには出来ませんでしたしね。ですが、私も覚悟は決めて来ました」
「待てよグロウ。それじゃお前まで魔法師団から……」
言いかけたフラッドを手で制し、グロウは肩をすくめる仕草を見せる。そして穏やかな笑みを浮かべ言った。
「心配は無用です。この件についてはちゃんと新しい魔法師団の長に了解を得て来ました。それにフラッド、騎士団の長にもあなたが戻れるように取り計らってありますよ」
「なんだって!? お前、そんな事まで」
「まったく末恐ろしい若者だよ、お前もフラッドも」
「それだけではありませんよ、ヤッシュさん。両団長からは全てが終わったら、また皇国へお三方を連れ戻すように、とも言われています」
これにはヤッシュも虚を衝かれた顔になってしまった。話を通せばフラッドは戻れる芽もあるとは想像していたが、まさか自分たちまでもがとは思いもよらず。
「こいつぁ参ったな。こりゃ、しっかり村の危機を片付けて、皇国に詫びに行かなきゃだな」
「ですね。なので、野営地の警護に関しては私に任せてください。フラッドほどでは無くとも、ヤッシュさん達のご家族や避難してきた方々を守るぐらいは、私にも出来ますから」
「ありがとうよ、グロウ。じゃあ、野営地の方はお前さんに任せるとするよ」
「すまないな、グロウ。おかげでオレもヤッシュと共に後顧の憂いなく行ける」
やがて、ヤッシュの家族の待つ野営地が視界に見えてきた。その日はそこで一晩を過ごし、そしてヤッシュの故郷であるアトル村へ、ヤッシュとフラッドは向かっていった。
* * * * *
「父さんらしい、ですね。グロウさんについては、父からもよく聞いてましたが」
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「アタシは、そのあと……」
「あぁ、そうだったな」
その戦いでマチーナの両親は帰らぬ人となる。その事が彼女からその当時の記憶を薄れさせてしまっているのだろう。
「僕もよくは覚えていませんが……そうですね。何となく覚えている印象としては」
マチーナを気遣いながら話したティートの言葉は、意外なもの……。とは、フラッドは思わなかった。後に起きる惨劇を思えば、その頃から兆候はあったのだろう。
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