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16章 過去の真実【5】
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「なぜ、そんな事をあなたが知ってるの……?」
声を震わせ問うマチーナに、ボイスは薄く笑みを浮かべ言う。
「この世界に転生召喚されて、私に与えられたのは闇の魔術師としての力……そして、かつてこの地で魔竜の元にいた男の記憶だった」
「それって……!」
「そうだ。十年前、この地を蹂躙しようと暗躍した魔竜の側にいた男。名はウーノムと言ったか」
フラッドに聞かされた過去の話の中に出てきた名前。そして、マチーナの両親に向かって魔力の波動を放った者でもある。
「その様子だと、あながち知らないこともないようだな。あの剣士……フラッドだったか? 奴からどこまで聞かされたのだ」
「……アタシの両親が、そのウーノムに攻撃されたところまでよ。そこまで聞いたところで、あんたが邪魔をしてきたからね」
「くっくっくっ、それは悪かったな。だが安心しろ、その先を今から私が話してやろう」
目の前に立つのは紛れもなく彼女にとっての現在の敵。だが、その口から語られる言葉を遮る選択は、マチーナには取ることが出来なかった。
静かに耳を傾けているのを確かめ、ボイスが語り出す。十年前の、山中で繰り広げられたヤッシュ達とウーノムの戦いの続きが。
* * * * *
「ギース! イセシア! フラッド!」
「くっ……」
「ウゴアアッ!!」
ウーノムの放ったどす黒い波動。それに飲み込まれた三人の名を叫ぶヤッシュへ、対峙するトロルからの樹の棒を振り回す攻撃が飛んでくる。それを最小限の動きで避け、トロルの脇をすり抜けるようにしながら腹を目掛けて剣を振り抜いた。
「ギアッ!!」
「チッ、持ってかれたか!」
だがその一撃はトロルの厚い脂肪に阻まれ、さらには食い込んだ剣がヤッシュの手から抜けてしまった。浅いとはいえ受けた傷からの痛みに怯んだトロルの横を走り抜け、ギース達のいた場所へ駆け寄るヤッシュ。
そして、ヤッシュの動きが止まってしまう。
「まさか……っ」
「ヤッシュ、二人はオレを庇ってっ」
どす黒い波動が薄れた後に現れたのは、魔力の余波で抉られた地面のみ。ギースとイセシアの姿は跡形もなく、遅れて駆け寄ってきたフラッドが言葉を発した。
「くふふふっ、安心しろ。あの二人はまだ死んではおらぬ」
「……どういう事だ?」
険しい顔を浮かべる二人へ放たれたウーノムの一言に、ヤッシュが怪訝な声で問う。ニヤリと不気味な笑みをウーノムは浮かべて。
「あの二人の持つ道具と力……あれは我が主に捧げるに相応しい。だから、我が主の元へと送ったのだ!」
「捧げる、だと!?」
「くひゃひゃひゃっ! 貴様らは我が主が完全な力を得て、この辺り一帯……いや、この大陸を破壊するのを待つがいい!!」
「チッ!」
高らかに笑い声を上げるウーノム。舌打ちしたヤッシュがウーノムに向かって走り出そうとするが、その前を手負いのトロルが立ちはだかり遮った。
「ゴアアアッ!!」
「くそっ!」
叩き付けられた樹の棒を横に転がり避ける。トロルは憎悪をたぎらせた眼でヤッシュの姿を追い、すぐさま迫って来た。失った剣は未だにトロルの脇に食い込んだまま。
「うおおおっ!」
そこへフラッドが仕掛けていく。ヤッシュへの憎悪に周りの見えないトロルの背中に、フラッドの振るう剣が吸い込まれていき……
「ぐあっ!!」
「フラッド!?」
苦鳴の声を上げ、フラッドの身体が吹き飛び地面に叩き付けられる。まともに入ったはずの剣はトロルの硬化した背中の皮膚に弾かれ、トロルの反撃で持ち主が吹き飛ばされた際に大地に突き刺さっていた。
思わずフラッドの元へ駆け寄ろうとするヤッシュへ、トロルの振るう樹の棒が襲い掛かる。
「くはははははっ! そこで我が配下と戯れているがいい。我は主の元へと戻らせてもらうとしよう!!」
辛うじてトロルの一撃を回避するヤッシュをよそに、ウーノムは勝ち誇った声を上げながら闇に包まれ姿を消した。怒りのままに攻撃を続けるトロルに、ヤッシュはひたする避けることしか出来ないでいた。
「ぐっ……うぅっ」
「フラッド、大人しくしていろっ!」
地面に倒れていたフラッドが苦悶の声を漏らしながら起き上がろうとするのを、ヤッシュが強い口調で制止する。その間にも振り回される棒の一撃を大きく動いてかわしていく。
「だけど、ギースとイセシアが……っ」
「そんな身体で無理をするな!」
フラッドが剣を弾かれた際、邪魔をされたトロルは振り向き様に棒で彼を薙ぎ払った。意識はヤッシュに向いていたこともあり、さほどの力が込められていた訳ではないが、それでも攻撃した直後の無防備なところに受けた一撃は決して軽くは無かった。
もしかしたらあばらの一、二本は折れているかもしれない。それでもフラッドを起きあがらせようとするのは、自分の為にウーノムの放った魔力から逃れる機を奪ってしまったギースとイセシアを救いたい一心、ただそれだけ。
「このまま、オレが倒れている訳には……行かないっ!」
「やめろ、フラッド!!」
まだ全身には棒に打たれた衝撃と地面に叩き付けられた時の、二重の激痛が走っていた。それでも渾身の力を振り絞り、フラッドは立ち上がりトロルへと駆けていく。
「このバカが! フラッド、こいつを使え!!」
丸腰のままで向かっていくフラッドへ、ヤッシュは言い放ちながら精霊の剣を投げ付ける。そのまま自らは地面に突き立ったフラッドの剣の元へと駆け寄り、素早くそれを引き抜き構える。
「ガッ!?」
二人の動きに思考が追い付かず、トロルが動揺を見せた。その間に精霊の剣を受け取ったフラッドは、鞘を抜き払いそのままトロルへと突っ込んで行く。直近の敵を見定め、迎え撃とうと構えたトロルの身体が不意にグラリと傾いた。
崩れるトロルの左足には、ヤッシュがタイミングを見計らって投げ放ったフラッドの剣が突き刺さっていた。
「はあああっ!!」
大上段に振りかぶったフラッドが声を上げながらトロルへと迫っていく。その刀身が唐突に凄まじい光を溢れさせた。
振り下ろされた精霊の剣がトロルの頭上に吸い込まれていき、そして強烈な光の爆発が起きた。
「くっ、なんだ!?」
「うわあっ!」
腕で視界を塞ぎ溢れる光を遮るヤッシュの戸惑いの声と、フラッドの悲鳴が重なる。しばしの間を置いて光が弱まると、ヤッシュの目には仰向けに倒れたフラッドと抉れた大地に刺さった精霊の剣が見えた。
「おいっ、フラッド! なにがどうなったんだ!?」
「オレにも何がなんだか……。トロルに斬りかかった途端にあの剣から物凄い光が放たれて」
フラッドに駆け寄って訊ねるヤッシュに、返ってきた言葉に再び剣のある場所を見ればトロルの姿が影も形も無いことに気付いた。そしてすぐに、それが精霊の剣に秘められた威力の結果であることを理解する。
「これはまた、とんでもない剣だな。っと、俺の剣もあそこに転がってるか」
呆れたような、驚嘆するような呟きを漏らしながら精霊の剣の元へと歩いていくヤッシュ。また光が溢れ出したりはしないか、それが脳裏をよぎり手に取るのを躊躇うもすぐに思い直して柄をゆっくりと握った。
「……まぁ、見境なくはならないよな」
軽く安堵の息を吐きつつ、グッと力を加えて引くとあっさりと地面から抜ける。そのまま自分の剣と、精霊の剣の鞘を拾い上げ両方とも納めてから、少し離れた場所に落ちたフラッドの剣を拾い放り投げた。
「うぉっとっ! 危ないだろ、ヤッシュ!」
「バーカ。ちゃんと距離も計算して投げてるんだ、危ない訳がないだろうが」
「ったく、そういうガキっぽいところは相変わらずだな……」
ぶつぶつと文句を口にしながらフラッドは投げよこされた剣を拾い、すぐに鞘に納めてからヤッシュに向き直った。
「身体は大丈夫か? トロルからもらった一撃は軽くはなかっただろう」
「あ……あぁ、言われてみれば何ともないな。あれだけ身体中が激しく痛んでたのに」
「ふむ。どうやらあの光には癒しの……それも、尋常じゃない回復の効果もあるみたいだな。まったく、とんでもない物を渡して来たもんだ」
ぼやきを漏らしながら、手に持った剣をまじまじと眺めるヤッシュ。フラッドと覗き込むように見ながら、間近で力が発動した驚きのせいか、やや腰は引け気味だった。
「だが、今はこんなに頼もしい物もないか。行くぞフラッド、恐らく二人が連れていかれたのは……」
「あぁ、わかってる。間違いなくルグリアだろう。急がないと」
言って頷き合ってから、ヤッシュとフラッドは禁断の地・ルグリアへ向かって走り出していく。山々の上空を、にわかに厚くて暗い色の雲が覆い始めていた。
* * * * *
ボイスが語ったのは、ウーノムがギースとイセシアをルグリア……つまり、今マチーナと自分のいる場所へと連れて来たところまで。ウーノムの記憶には、その後にヤッシュとフラッドがどういう経緯でここまで来たのかまでは、当然ながら残ってはいなかった。
「父と、母が……生贄……っ」
「そうだ。お前の両親には不幸な事に、そしてダランには幸運な事に。二人はダランを完全な存在にする為の、強い力が備わっていたからな」
ボイスの言葉にハッとして、マチーナは自らの身体を見回す。拘束などはされておらず、また精霊に授けられた杖もすぐ足元に置かれた状態となっていた。
(何故?)
胸の中で浮かべた疑問に、ボイスはそれを見透かしたかのように答える。
「その杖はお前が持っていなくては意味がないからな……。そしてお前自身も、な」
「だったら、これを使ってアタシがお前を!!」
「無駄なこと」
目を細め薄気味の悪い笑みで言うボイスに、マチーナは叫ぶと素早く杖を手に取って胸の前で構える。杖から伝わる力の迸りと、身体の奥底からわき上がる強い魔力。
それを感じながら詠唱しようとして……
「……っ!?」
背後に感じた不可解な気配に気付いて、詠唱は中断させられてしまう。マチーナの様子を眺めていたボイスが、その反応に眼を見開き歓喜の色を顔に浮かべていた。
「これはこれは、なるほど……! どうやら刻は満ちた、ということだな!!」
「な、なんなのこの気配はっ!?」
振り返った先に広がるのは、どこまでも黒に閉ざされた深い闇。その向こうがどこまで続くのかも推し量れない。だが、不意に一点の薄明かりが浮き上がってきた。
「なに、あれ……?」
「くくくっ、待ちきれぬ様子だ。ダランも、それを我が身を犠牲にして封じる者たちも……な」
「身を犠牲にして……ですって?」
そして、はっきりと視認できる程度に姿を現したそれを間の当たりにして、マチーナは全身を硬直させてしまう。声を出そうとして出せず、ただ唇をわなわなと動かすのみ。
「そう……ダランを自らの身を持って封じたお前の両親、ギースとイセシアの成れの果てだ」
「──っ!!」
ボイスの告げた衝撃的な一言に、マチーナが息を飲む。その目に映った“それ”の姿を理解すると共に。
* * * * *
「じゃあ、フラッドさんもこの剣に触れたことはあったんですね。それにしても、そんなに強大な力が……」
「あぁ。でも安心していいと思うぜ、ヤッシュが……お前の親父さんが使った時にはそんな事は起きなかった」
ルグリアへ向かう途中、村への襲撃を阻止したフラッドが先行していたティートと合流し、目的地へ進む道すがら十年前の話の続きを聞かせていた。内容はボイスがマチーナへ話したのに加えて、その後のヤッシュとフラッド自身の記憶も付け足して。
「え? そうなんですか?」
「あぁ。たぶん、その剣が使い手をちゃんと選ぶんだろうな。だから俺には扱いきれなかった、ってところだと思う」
過去の追憶を中断し、フラッドが話していたのは今はティートの元にある精霊の剣に関してのもの。話の中に出てきた、剣の力の暴走へのティートの不安を取り除くために。
そして、その先を話す覚悟をフラッド自身が固める為の猶予も兼ねてである。
「それで、その後はどうなったんですか?」
「……そうだな。正直に言えば、これを話すのは気が進まないが」
「いったい、何があったんですか。ルグリアで?」
走る速度が緩む。それの意味するところはティートへ聞かせることへの躊躇い、或いはフラッド自身が過去と向き合うことに恐れを抱いてのものなのか。
「とにかく先を急がないと。マチーナに何かが起きない内に」
「あぁ、すまない。今度こそ、オレは……」
そんなフラッドの様子を察し、ティートは無理に話を促そうとはせずルグリアへ行く方へと気持ちを切り替えた。返したフラッドの言葉に微かに表情を動かしながら、それでも何も言わずに。
「! あそこだ、ティート!」
「あれがルグリア、禁断の地……。っ!?」
僅かに視界に映る遺跡の姿に声を上げるフラッドと、それに呟きを返して直後に息を呑み込むティート。ルグリアと共に徐々に視界に入ってきた人影を目にして、二人は足を止めていた。
「ティート……フラッドさん……」
「マチーナ! 無事だったんだね!!」
「待て、ティート! 何か様子がおかしい!」
ルグリア遺跡の前に佇んだマチーナが二人の名前を口にして、駆け寄ろうとしたティートをフラッドが静止する。
「くっくっくっ、やはり貴様にはこの娘に何が起きたのか、察しがついているようだな?」
「……ボイス、だったか」
「ほぅ、いつの間に私の名前を? ……あぁ、なるほど。魔騎士の彼奴めが漏らしたのだな」
唐突に聞こえた声に続き、マチーナの隣の空間がゆらりと揺らぎ、そしてボイスの姿が現れる。フラッドの言葉に目を細め、しかし驚いた様子もなくボイスが呟いた。
「マチーナに、何をしたんだ……っ!?」
「聞きたいか? くくく……っ」
ティートの放った問い掛けに、ボイスが含み笑いを漏らした後に口にした言葉。それは最悪と言える展開をフラッドとティートに突き付けた。
「この娘は、私の力によって意のままに動く下僕となったよ」
遺跡の上空。天を覆う厚く黒い雲は、稲光を放ち始めていた。
声を震わせ問うマチーナに、ボイスは薄く笑みを浮かべ言う。
「この世界に転生召喚されて、私に与えられたのは闇の魔術師としての力……そして、かつてこの地で魔竜の元にいた男の記憶だった」
「それって……!」
「そうだ。十年前、この地を蹂躙しようと暗躍した魔竜の側にいた男。名はウーノムと言ったか」
フラッドに聞かされた過去の話の中に出てきた名前。そして、マチーナの両親に向かって魔力の波動を放った者でもある。
「その様子だと、あながち知らないこともないようだな。あの剣士……フラッドだったか? 奴からどこまで聞かされたのだ」
「……アタシの両親が、そのウーノムに攻撃されたところまでよ。そこまで聞いたところで、あんたが邪魔をしてきたからね」
「くっくっくっ、それは悪かったな。だが安心しろ、その先を今から私が話してやろう」
目の前に立つのは紛れもなく彼女にとっての現在の敵。だが、その口から語られる言葉を遮る選択は、マチーナには取ることが出来なかった。
静かに耳を傾けているのを確かめ、ボイスが語り出す。十年前の、山中で繰り広げられたヤッシュ達とウーノムの戦いの続きが。
* * * * *
「ギース! イセシア! フラッド!」
「くっ……」
「ウゴアアッ!!」
ウーノムの放ったどす黒い波動。それに飲み込まれた三人の名を叫ぶヤッシュへ、対峙するトロルからの樹の棒を振り回す攻撃が飛んでくる。それを最小限の動きで避け、トロルの脇をすり抜けるようにしながら腹を目掛けて剣を振り抜いた。
「ギアッ!!」
「チッ、持ってかれたか!」
だがその一撃はトロルの厚い脂肪に阻まれ、さらには食い込んだ剣がヤッシュの手から抜けてしまった。浅いとはいえ受けた傷からの痛みに怯んだトロルの横を走り抜け、ギース達のいた場所へ駆け寄るヤッシュ。
そして、ヤッシュの動きが止まってしまう。
「まさか……っ」
「ヤッシュ、二人はオレを庇ってっ」
どす黒い波動が薄れた後に現れたのは、魔力の余波で抉られた地面のみ。ギースとイセシアの姿は跡形もなく、遅れて駆け寄ってきたフラッドが言葉を発した。
「くふふふっ、安心しろ。あの二人はまだ死んではおらぬ」
「……どういう事だ?」
険しい顔を浮かべる二人へ放たれたウーノムの一言に、ヤッシュが怪訝な声で問う。ニヤリと不気味な笑みをウーノムは浮かべて。
「あの二人の持つ道具と力……あれは我が主に捧げるに相応しい。だから、我が主の元へと送ったのだ!」
「捧げる、だと!?」
「くひゃひゃひゃっ! 貴様らは我が主が完全な力を得て、この辺り一帯……いや、この大陸を破壊するのを待つがいい!!」
「チッ!」
高らかに笑い声を上げるウーノム。舌打ちしたヤッシュがウーノムに向かって走り出そうとするが、その前を手負いのトロルが立ちはだかり遮った。
「ゴアアアッ!!」
「くそっ!」
叩き付けられた樹の棒を横に転がり避ける。トロルは憎悪をたぎらせた眼でヤッシュの姿を追い、すぐさま迫って来た。失った剣は未だにトロルの脇に食い込んだまま。
「うおおおっ!」
そこへフラッドが仕掛けていく。ヤッシュへの憎悪に周りの見えないトロルの背中に、フラッドの振るう剣が吸い込まれていき……
「ぐあっ!!」
「フラッド!?」
苦鳴の声を上げ、フラッドの身体が吹き飛び地面に叩き付けられる。まともに入ったはずの剣はトロルの硬化した背中の皮膚に弾かれ、トロルの反撃で持ち主が吹き飛ばされた際に大地に突き刺さっていた。
思わずフラッドの元へ駆け寄ろうとするヤッシュへ、トロルの振るう樹の棒が襲い掛かる。
「くはははははっ! そこで我が配下と戯れているがいい。我は主の元へと戻らせてもらうとしよう!!」
辛うじてトロルの一撃を回避するヤッシュをよそに、ウーノムは勝ち誇った声を上げながら闇に包まれ姿を消した。怒りのままに攻撃を続けるトロルに、ヤッシュはひたする避けることしか出来ないでいた。
「ぐっ……うぅっ」
「フラッド、大人しくしていろっ!」
地面に倒れていたフラッドが苦悶の声を漏らしながら起き上がろうとするのを、ヤッシュが強い口調で制止する。その間にも振り回される棒の一撃を大きく動いてかわしていく。
「だけど、ギースとイセシアが……っ」
「そんな身体で無理をするな!」
フラッドが剣を弾かれた際、邪魔をされたトロルは振り向き様に棒で彼を薙ぎ払った。意識はヤッシュに向いていたこともあり、さほどの力が込められていた訳ではないが、それでも攻撃した直後の無防備なところに受けた一撃は決して軽くは無かった。
もしかしたらあばらの一、二本は折れているかもしれない。それでもフラッドを起きあがらせようとするのは、自分の為にウーノムの放った魔力から逃れる機を奪ってしまったギースとイセシアを救いたい一心、ただそれだけ。
「このまま、オレが倒れている訳には……行かないっ!」
「やめろ、フラッド!!」
まだ全身には棒に打たれた衝撃と地面に叩き付けられた時の、二重の激痛が走っていた。それでも渾身の力を振り絞り、フラッドは立ち上がりトロルへと駆けていく。
「このバカが! フラッド、こいつを使え!!」
丸腰のままで向かっていくフラッドへ、ヤッシュは言い放ちながら精霊の剣を投げ付ける。そのまま自らは地面に突き立ったフラッドの剣の元へと駆け寄り、素早くそれを引き抜き構える。
「ガッ!?」
二人の動きに思考が追い付かず、トロルが動揺を見せた。その間に精霊の剣を受け取ったフラッドは、鞘を抜き払いそのままトロルへと突っ込んで行く。直近の敵を見定め、迎え撃とうと構えたトロルの身体が不意にグラリと傾いた。
崩れるトロルの左足には、ヤッシュがタイミングを見計らって投げ放ったフラッドの剣が突き刺さっていた。
「はあああっ!!」
大上段に振りかぶったフラッドが声を上げながらトロルへと迫っていく。その刀身が唐突に凄まじい光を溢れさせた。
振り下ろされた精霊の剣がトロルの頭上に吸い込まれていき、そして強烈な光の爆発が起きた。
「くっ、なんだ!?」
「うわあっ!」
腕で視界を塞ぎ溢れる光を遮るヤッシュの戸惑いの声と、フラッドの悲鳴が重なる。しばしの間を置いて光が弱まると、ヤッシュの目には仰向けに倒れたフラッドと抉れた大地に刺さった精霊の剣が見えた。
「おいっ、フラッド! なにがどうなったんだ!?」
「オレにも何がなんだか……。トロルに斬りかかった途端にあの剣から物凄い光が放たれて」
フラッドに駆け寄って訊ねるヤッシュに、返ってきた言葉に再び剣のある場所を見ればトロルの姿が影も形も無いことに気付いた。そしてすぐに、それが精霊の剣に秘められた威力の結果であることを理解する。
「これはまた、とんでもない剣だな。っと、俺の剣もあそこに転がってるか」
呆れたような、驚嘆するような呟きを漏らしながら精霊の剣の元へと歩いていくヤッシュ。また光が溢れ出したりはしないか、それが脳裏をよぎり手に取るのを躊躇うもすぐに思い直して柄をゆっくりと握った。
「……まぁ、見境なくはならないよな」
軽く安堵の息を吐きつつ、グッと力を加えて引くとあっさりと地面から抜ける。そのまま自分の剣と、精霊の剣の鞘を拾い上げ両方とも納めてから、少し離れた場所に落ちたフラッドの剣を拾い放り投げた。
「うぉっとっ! 危ないだろ、ヤッシュ!」
「バーカ。ちゃんと距離も計算して投げてるんだ、危ない訳がないだろうが」
「ったく、そういうガキっぽいところは相変わらずだな……」
ぶつぶつと文句を口にしながらフラッドは投げよこされた剣を拾い、すぐに鞘に納めてからヤッシュに向き直った。
「身体は大丈夫か? トロルからもらった一撃は軽くはなかっただろう」
「あ……あぁ、言われてみれば何ともないな。あれだけ身体中が激しく痛んでたのに」
「ふむ。どうやらあの光には癒しの……それも、尋常じゃない回復の効果もあるみたいだな。まったく、とんでもない物を渡して来たもんだ」
ぼやきを漏らしながら、手に持った剣をまじまじと眺めるヤッシュ。フラッドと覗き込むように見ながら、間近で力が発動した驚きのせいか、やや腰は引け気味だった。
「だが、今はこんなに頼もしい物もないか。行くぞフラッド、恐らく二人が連れていかれたのは……」
「あぁ、わかってる。間違いなくルグリアだろう。急がないと」
言って頷き合ってから、ヤッシュとフラッドは禁断の地・ルグリアへ向かって走り出していく。山々の上空を、にわかに厚くて暗い色の雲が覆い始めていた。
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ボイスが語ったのは、ウーノムがギースとイセシアをルグリア……つまり、今マチーナと自分のいる場所へと連れて来たところまで。ウーノムの記憶には、その後にヤッシュとフラッドがどういう経緯でここまで来たのかまでは、当然ながら残ってはいなかった。
「父と、母が……生贄……っ」
「そうだ。お前の両親には不幸な事に、そしてダランには幸運な事に。二人はダランを完全な存在にする為の、強い力が備わっていたからな」
ボイスの言葉にハッとして、マチーナは自らの身体を見回す。拘束などはされておらず、また精霊に授けられた杖もすぐ足元に置かれた状態となっていた。
(何故?)
胸の中で浮かべた疑問に、ボイスはそれを見透かしたかのように答える。
「その杖はお前が持っていなくては意味がないからな……。そしてお前自身も、な」
「だったら、これを使ってアタシがお前を!!」
「無駄なこと」
目を細め薄気味の悪い笑みで言うボイスに、マチーナは叫ぶと素早く杖を手に取って胸の前で構える。杖から伝わる力の迸りと、身体の奥底からわき上がる強い魔力。
それを感じながら詠唱しようとして……
「……っ!?」
背後に感じた不可解な気配に気付いて、詠唱は中断させられてしまう。マチーナの様子を眺めていたボイスが、その反応に眼を見開き歓喜の色を顔に浮かべていた。
「これはこれは、なるほど……! どうやら刻は満ちた、ということだな!!」
「な、なんなのこの気配はっ!?」
振り返った先に広がるのは、どこまでも黒に閉ざされた深い闇。その向こうがどこまで続くのかも推し量れない。だが、不意に一点の薄明かりが浮き上がってきた。
「なに、あれ……?」
「くくくっ、待ちきれぬ様子だ。ダランも、それを我が身を犠牲にして封じる者たちも……な」
「身を犠牲にして……ですって?」
そして、はっきりと視認できる程度に姿を現したそれを間の当たりにして、マチーナは全身を硬直させてしまう。声を出そうとして出せず、ただ唇をわなわなと動かすのみ。
「そう……ダランを自らの身を持って封じたお前の両親、ギースとイセシアの成れの果てだ」
「──っ!!」
ボイスの告げた衝撃的な一言に、マチーナが息を飲む。その目に映った“それ”の姿を理解すると共に。
* * * * *
「じゃあ、フラッドさんもこの剣に触れたことはあったんですね。それにしても、そんなに強大な力が……」
「あぁ。でも安心していいと思うぜ、ヤッシュが……お前の親父さんが使った時にはそんな事は起きなかった」
ルグリアへ向かう途中、村への襲撃を阻止したフラッドが先行していたティートと合流し、目的地へ進む道すがら十年前の話の続きを聞かせていた。内容はボイスがマチーナへ話したのに加えて、その後のヤッシュとフラッド自身の記憶も付け足して。
「え? そうなんですか?」
「あぁ。たぶん、その剣が使い手をちゃんと選ぶんだろうな。だから俺には扱いきれなかった、ってところだと思う」
過去の追憶を中断し、フラッドが話していたのは今はティートの元にある精霊の剣に関してのもの。話の中に出てきた、剣の力の暴走へのティートの不安を取り除くために。
そして、その先を話す覚悟をフラッド自身が固める為の猶予も兼ねてである。
「それで、その後はどうなったんですか?」
「……そうだな。正直に言えば、これを話すのは気が進まないが」
「いったい、何があったんですか。ルグリアで?」
走る速度が緩む。それの意味するところはティートへ聞かせることへの躊躇い、或いはフラッド自身が過去と向き合うことに恐れを抱いてのものなのか。
「とにかく先を急がないと。マチーナに何かが起きない内に」
「あぁ、すまない。今度こそ、オレは……」
そんなフラッドの様子を察し、ティートは無理に話を促そうとはせずルグリアへ行く方へと気持ちを切り替えた。返したフラッドの言葉に微かに表情を動かしながら、それでも何も言わずに。
「! あそこだ、ティート!」
「あれがルグリア、禁断の地……。っ!?」
僅かに視界に映る遺跡の姿に声を上げるフラッドと、それに呟きを返して直後に息を呑み込むティート。ルグリアと共に徐々に視界に入ってきた人影を目にして、二人は足を止めていた。
「ティート……フラッドさん……」
「マチーナ! 無事だったんだね!!」
「待て、ティート! 何か様子がおかしい!」
ルグリア遺跡の前に佇んだマチーナが二人の名前を口にして、駆け寄ろうとしたティートをフラッドが静止する。
「くっくっくっ、やはり貴様にはこの娘に何が起きたのか、察しがついているようだな?」
「……ボイス、だったか」
「ほぅ、いつの間に私の名前を? ……あぁ、なるほど。魔騎士の彼奴めが漏らしたのだな」
唐突に聞こえた声に続き、マチーナの隣の空間がゆらりと揺らぎ、そしてボイスの姿が現れる。フラッドの言葉に目を細め、しかし驚いた様子もなくボイスが呟いた。
「マチーナに、何をしたんだ……っ!?」
「聞きたいか? くくく……っ」
ティートの放った問い掛けに、ボイスが含み笑いを漏らした後に口にした言葉。それは最悪と言える展開をフラッドとティートに突き付けた。
「この娘は、私の力によって意のままに動く下僕となったよ」
遺跡の上空。天を覆う厚く黒い雲は、稲光を放ち始めていた。
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本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。
第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。
どうぞ、お楽しみください。
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