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17章 憎悪の刃
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「マチーナ……嘘だろ?」
「……………………」
ティートの問い掛けに、しかしマチーナは何も答えず。ただじっと、フラッドとティートを見つめ佇んでいた。その瞳に憎悪の色を宿しながら。
「さぁ、マチーナよ。憎む敵は目の前だ、その刃で討ち果たすがいい!」
「敵……。ティート、フラッド。二人はアタシの……敵」
「その通り、其奴らがお前の敵だ。さぁ、その刃で我らが敵を討て!」
「マチーナ!!」
ボイスの言葉に促されるように、マチーナの瞳の憎悪が色濃くなっていく。ティートの叫びに声を返すことはなかった。
「うおおおおっ! 敵! アタシの敵をっ、アタシは討つ!!」
「どけっ、ティート!!」
雄叫びと共に走り出すマチーナ。前に一歩踏み出していたティート目掛けて、いつの間に手にしたのか禍々しい意匠の黒光りする長剣を振りかざしながら。
立ちすくむティートを後ろから走りよったフラッドが横へ突き飛ばし、マチーナが振り下ろした剣を自分の剣で受け止めた。
「ぬぉっ、なんだこの力はっ」
「フラッド……フラッドォォォォッ!!」
セグドと比べれば確かに剣の腕は立っていたものの、力そのもので言えばマチーナはそれほど高いものではなかった。だが、今フラッドの受け止めた剣に加えられたのは、そうとは思えぬ程の圧力がある。
憎しみの叫びと共にマチーナが、さらにフラッドを押し潰さんばかりの圧力を加えて来た。
「チィッ!」
「あああっ!!」
力をさらに込めるその瞬間、あるかなきかの僅かなタイミングを見計らいフラッドはマチーナの剣を滑らせるように流し、自らはその場から後ろへ大きく跳ね退いた。
目標を失い加えられた力のままにマチーナの剣は地面に向かい、派手な音と共に石造りの床を打ち砕き抉る。凄まじい威力、そうとしか言いようがなかった。
「フラッドさん!」
「ティート、落ち着いたか?」
「は、はい。いえ、まだ完全ではないですが……」
「よし。その自覚があるなら大丈夫だ」
マチーナから大きく距離を取ったフラッドの元へティートが駆け寄ってくる。言葉を交わし、彼の精神状態を確認してフラッドは、ティートにお墨付きの声を掛けながら頷いた。
そして二人はすぐにマチーナへと向き直って剣を構える。マチーナもまた態勢を整え、二人を正面に見据えながら剣を構え直していた。
「マチーナ、どうして……」
「あのローブの男、ボイスの仕業だろう。奴には他者を自由に操る能力があるらしい」
「自由にって、それでマチーナも!?」
「あぁ。だが……」
言葉を声には出さず、フラッドは胸の内で続けた。ボイスがマチーナに対して行った事は、それだけではないように思えていた。
先程の一度の剣と剣のぶつかり合い、そこで感じたのは単なる支配には留まらない何かがフラッドには伝わっていた。
「ふんっ、流石だな。フィロスタ皇国の騎士団長フラッド・アルベイス。いや、元と言うべきか?」
フラッドの思考を中断させたのは、余裕の口調でボイスの放った言葉だった。自分についての記憶を、十年前のウーノムから受け継いでいる事は予想していた。
だが、たった今ボイスの口から出た内容には、ウーノムの記憶にはあるはずの無いものが含まれていたから。
「それ、誰から聞いたんだ」
「くっくっくっ、貴様が知ってどうする?」
「なるほど。俺の推測は間違いじゃないようだな、少なくとも何者かから聞いた……いや、聞かされたのは確かなようだ」
「……小賢しい」
眉を潜め怪訝な表情で問うフラッドに、それを嘲るように弄ぶように返すボイス。だが、その反応だけでフラッドには十分だった。
余裕の表情が一転、不快の色を強めてボイスが吐き捨てる。
「うああああっ! ティートぉぉぉぉぉっ!!」
フラッドとボイスのやり取りを引き裂き、マチーナが今度はティートに向かって突進を掛けていった。距離は十分にあり、反撃の態勢を取る猶予は大いにあったが。
「くっ、マチーナ……」
「死ねぇぇぇぇぇっっっ!!」
向かってくるのが自分の大切な存在なのが災いして、ティートの動きは明らかな鈍さを見せていた。それとは真逆に、殺意の雄叫びを上げながら躊躇うことなく斬り掛かっていくマチーナ。
「まずは一人……!」
「ティート! 反撃はしなくていい、彼女の剣を受け止めろ!!」
「……は、はい!」
勝利を確信してか再び余裕の笑みを浮かべるボイスと、今度は動く気配はないままでティートに声を飛ばすフラッド。
その声に気を取り直したティートが頷き、目前に迫ったマチーナの斬撃を精霊の剣で正面から受け止めた。
刀身同士のぶつかり合う鋭く硬い音と、何かが爆ぜるような乾いた音が響く。そして、見えない力に跳ね返されるように、マチーナの身体が後ろへと押し戻された。
「ぐぅっっ! ティート、ティートおおおお!!」
「やめてくれ、マチーナ! 正気を取り戻してくれ!!」
「殺す……必ず殺すっ!!」
だがすぐに無理やり姿勢を跳ね戻したマチーナが、叫びながらティートに向かって突進を仕掛けていく。ボイスの支配を打ち払おうと叫ぶティートだが、その声は彼女に届かず返るのは殺意に満ちた雄叫びのみ。
再び剣同士がぶつかり合い、さっきと同じようにマチーナの身体が押し返された。
「くっくっくっ、無駄な事を……」
「あの子に何をしたんだ、ボイス!」
「なに、大したことではない」
ぶつかり合い、離れるのを繰り返す二人を眺め愉悦の呟きを漏らしたボイスに、フラッドが厳しい口調で問い詰める。それに対して、ボイスはおどけるような仕草をフラッドに見せながら。
「あの少女の本来の魂は、あの肉体には無いと言うだけのことよ」
「なんだと……? なら、一体!?」
「本来の魂ならば、今頃は肉親との感動の再会に興じておるだろうよ」
返ってきたボイスの一言に、フラッドが目を見開いた。それが意味すること、十年前の戦いに立ち会ったフラッドは、すぐにそれを理解出来た。
「そう言うこと、か。だからお前はマチーナを狙って……!」
「如何にも。くくっ、こうも上手く事が運ぶとはなぁ? そしてもはや、貴様らにはどうにも出来まい!!」
小さな咆哮が遺跡の奥から響いたような気がフラッドにはした。そして、空からは大粒の雨と不規則に吹く強風が訪れ始めていた。
* * * * *
「うおおおおっ!! ティートォォォッ、ティートォォォォォォォォッッッ!!!」
「ぐぅっ! 頼むよ、マチーナ……もう、やめて元に戻ってくれっ」
ティートとマチーナの激突は、ティートの防戦一方のまま続いていた。剣と剣が打ち合う度に、マチーナの身体は後方へ吹き飛ばされるのを繰り返してはいたが。
「ふぐぁっ!!」
「うっ、くぅ……ッ!」
吹き飛ばされ呻きを上げながらも着地するマチーナと、若干後ろに身体を圧されながらも堪えるティートの呻きが重なる。
剣と剣のぶつかり合いによって発生する衝撃が、マチーナとティートの肉体にダメージを蓄積させていた。変わらぬ勢いでティートに突っ込み続けるマチーナは、全身のあちこちから血を流している。
「これ以上は、マチーナ……ダメだっ」
再び向かって来ようとするマチーナへ、絞り出すような声で制止を試みるティート。彼もまた、身体の端々に衝撃で負った傷が散見される。
しかし見た目の傷以上に、ティートの全身に蓄積された痛みや疲労が彼の動きから精彩さを奪っていっていた。
何よりも相手がマチーナであること。それがティートに躊躇いを生じさせ、そして反撃する選択肢も与えないことが致命的である。
防戦一方の上、確実に消耗を積み重ねるティートには待っているのは最悪の結果しか無いように見えた。
「どうした、フラッド……? 加勢しなくていいのか?」
そんな二人の攻防を離れた場所で眺めながら、ボイスが己と対峙して同じようにティートとマチーナを見つめるフラッドに、挑発するかのような問いを発する。
「性格の悪さはウーノム以上ってところだな、ボイス。オレが行ったところで、マチーナを助けられないのは承知で言ってるだろ、それ?」
「くくくっ、ご名答。なら、あの少年がじわじわと嬲り物にされる様をこうして最期まで眺める、か?」
「考え中だ。とりあえず、打つ手を考えながら……!!」
言うが速いか、ボイスに向かってフラッドが地を蹴り、剣を振りかざして突っ込んで行った。フラッドの速攻にもボイスは顔色一つ変えず、左腕を横に振るって生み出した闇に全身を包み込む。
そのままフラッドの放った剣が闇を袈裟懸けに斬り裂いて……手応えの無さと霧散した闇の中に見当たらないボイスの姿に、フラッドが小さな舌打ちを漏らした。
「ふんっ、せめて私を倒してダランの復活を阻止しようという腹づもりか?」
「自惚れだな、そいつは。もうヤツの復活にお前は必要なくなってるだろう?」
「ぐっ、侮辱するか私をっ!」
背後に姿を現したボイスの言葉にフラッドが返した一言に、ボイスは怒りの色を露に語気を荒げる。その反応がフラッドの指摘を裏付けるものなのは明白だった。
「それにオレとしてもそんな大層な理由で、お前を倒そうとしてる訳じゃない。単純に気に入らない、それだけの話だ!!」
「貴様ぁっ!! これだけの力を手にした俺を馬鹿にするかぁぁぁっ!!」
再び地を蹴り攻撃を仕掛けるフラッドに、ボイスは怒りに歪んだ顔で吠えながら今度は迎え撃つべく手を前に突き出した。
* * * * *
(ここはどこ……?)
ティートとマチーナ、フラッドとボイス。二つの激闘が繰り広げられる最中、戦いの場から奥にある暗闇の中でマチーナは不安の声を心に浮かべる。
(アタシはいったい……?)
自分がどこにいるのか、なぜここにいるのか。そしてどこへ行けばいいのか。
(わからない……。アタシは、アタシは……っ)
覚えているのは、ボイスによって語られた十年前の戦いの真実を聞かされたところまで。聞いてから後の記憶には、モヤが掛かったようにおぼろげで辿れない。
だが、聞かされた十年前の真実が彼女にとってあまりにも絶望的なものであったのだけは、強く心に残っていた。
(ヤッシュさんとフラッドさんが、アタシの両親を……そんなのって、無いよ)
それはマチーナにとって、今の自分を育て上げてくれたヤッシュへの恩と、苦しい状況を助けてくれたフラッドへの信頼。それらを覆し裏切られたと感じさせる、あまりにも信じがたい真実だった。
* * * * *
「そんな……。だって、父さんと母さんは魔竜との戦いで亡くなったって……!」
「くくっ、ある意味ではそれは正しい。確かにお前の両親は、“魔竜との戦いの中で”命を落としたようなものだからな。だが、それだけでは正確ではない」
フラッドとティートがルグリアへ辿り着く少し前。マチーナが視線の先にある、“それ”を凝視している時の事。
驚愕の声を漏らすマチーナへと、ボイスが愉悦を含ませた言葉で告げる。ヤッシュもフラッドも彼女には語っていない、十年前の本当の出来事を。
「魔竜はお前の母をその身に取り込み、絶大なる力を持った完全体へと成った。お前の父が持っていた精霊の杖も同時に取り込んでな」
「そんな……それじゃあ、魔竜の中に母さんがいるのにヤッシュさん達は!?」
ボイスの口から出る一言一言が、じわじわとマチーナの心に絶望の芽を植え付けていく。聞きたくないと頭では理解していても、マチーナの本心は両親の辿った結末から目を逸らす事を拒んでいた。
「それだけでは無い。魔竜を倒す為に、ヤッシュとフラッドの二人はな……」
勿体ぶるように言葉を紡ぐボイスに、マチーナが息を呑んだ。本能が囁く。それを聞いてしまえば、自分は本当に耐えられなくなってしまう、と。
それでも、ボイスの言葉からは意識を離す事は彼女には出来なかった。
「あろうことかお前の父ギースを封印の礎として変質させ、それを用いてダランを封じたのだ」
「──っ!!」
その瞬間、マチーナは自分の心が闇に染まっていくのを自覚していた。ヤッシュへの、フラッドへの……そしてティートに対してまでも。
自分が大切に思い、信頼して来た者たちへの憎悪に心も身体も支配されていくのを、抗うことも出来ないままに感じていた。
* * * * *
そして、そこから先の記憶は無く。気が付けばこうして暗闇の中に一人、取り残されている状況にいた。
(あの時に感じた憎しみの気持ち、今はもう無い)
不思議なことに記憶が途切れる寸前に自分の中にあった憎しみは、綺麗に消え去っていた。代わりに心に広がるのはどこまでも虚ろな感覚。
全てがどうでも良くなっていた。
(アタシ、どうすればいいんだろう? どこへ行けば……)
するべき事も、行くべき道も思い当たらず途方に暮れるマチーナに、遠くから彼女を呼ぶ声が聴こえてくる。
(誰?)
顔を上げると前方にぼんやりと光る何かが目に入る。無意識にそこへ向かって足を踏み出していく。徐々にぼんやりと光る何かに近付いていって。
「マチーナ……」「やっと、会えた……」
ぼんやりとした光が人の姿になり、そしてマチーナへ言葉を掛けた。慈しみに満ちた穏やかな笑みを湛えた、ギースとイセシアの二人がそこにいた。
「父さん! 母さん!」
涙が溢れ出す。自然と二人の元へと駆け出すマチーナ。
二人の背後に浮かんだ、邪悪なシルエットには気付かないままで。
「……………………」
ティートの問い掛けに、しかしマチーナは何も答えず。ただじっと、フラッドとティートを見つめ佇んでいた。その瞳に憎悪の色を宿しながら。
「さぁ、マチーナよ。憎む敵は目の前だ、その刃で討ち果たすがいい!」
「敵……。ティート、フラッド。二人はアタシの……敵」
「その通り、其奴らがお前の敵だ。さぁ、その刃で我らが敵を討て!」
「マチーナ!!」
ボイスの言葉に促されるように、マチーナの瞳の憎悪が色濃くなっていく。ティートの叫びに声を返すことはなかった。
「うおおおおっ! 敵! アタシの敵をっ、アタシは討つ!!」
「どけっ、ティート!!」
雄叫びと共に走り出すマチーナ。前に一歩踏み出していたティート目掛けて、いつの間に手にしたのか禍々しい意匠の黒光りする長剣を振りかざしながら。
立ちすくむティートを後ろから走りよったフラッドが横へ突き飛ばし、マチーナが振り下ろした剣を自分の剣で受け止めた。
「ぬぉっ、なんだこの力はっ」
「フラッド……フラッドォォォォッ!!」
セグドと比べれば確かに剣の腕は立っていたものの、力そのもので言えばマチーナはそれほど高いものではなかった。だが、今フラッドの受け止めた剣に加えられたのは、そうとは思えぬ程の圧力がある。
憎しみの叫びと共にマチーナが、さらにフラッドを押し潰さんばかりの圧力を加えて来た。
「チィッ!」
「あああっ!!」
力をさらに込めるその瞬間、あるかなきかの僅かなタイミングを見計らいフラッドはマチーナの剣を滑らせるように流し、自らはその場から後ろへ大きく跳ね退いた。
目標を失い加えられた力のままにマチーナの剣は地面に向かい、派手な音と共に石造りの床を打ち砕き抉る。凄まじい威力、そうとしか言いようがなかった。
「フラッドさん!」
「ティート、落ち着いたか?」
「は、はい。いえ、まだ完全ではないですが……」
「よし。その自覚があるなら大丈夫だ」
マチーナから大きく距離を取ったフラッドの元へティートが駆け寄ってくる。言葉を交わし、彼の精神状態を確認してフラッドは、ティートにお墨付きの声を掛けながら頷いた。
そして二人はすぐにマチーナへと向き直って剣を構える。マチーナもまた態勢を整え、二人を正面に見据えながら剣を構え直していた。
「マチーナ、どうして……」
「あのローブの男、ボイスの仕業だろう。奴には他者を自由に操る能力があるらしい」
「自由にって、それでマチーナも!?」
「あぁ。だが……」
言葉を声には出さず、フラッドは胸の内で続けた。ボイスがマチーナに対して行った事は、それだけではないように思えていた。
先程の一度の剣と剣のぶつかり合い、そこで感じたのは単なる支配には留まらない何かがフラッドには伝わっていた。
「ふんっ、流石だな。フィロスタ皇国の騎士団長フラッド・アルベイス。いや、元と言うべきか?」
フラッドの思考を中断させたのは、余裕の口調でボイスの放った言葉だった。自分についての記憶を、十年前のウーノムから受け継いでいる事は予想していた。
だが、たった今ボイスの口から出た内容には、ウーノムの記憶にはあるはずの無いものが含まれていたから。
「それ、誰から聞いたんだ」
「くっくっくっ、貴様が知ってどうする?」
「なるほど。俺の推測は間違いじゃないようだな、少なくとも何者かから聞いた……いや、聞かされたのは確かなようだ」
「……小賢しい」
眉を潜め怪訝な表情で問うフラッドに、それを嘲るように弄ぶように返すボイス。だが、その反応だけでフラッドには十分だった。
余裕の表情が一転、不快の色を強めてボイスが吐き捨てる。
「うああああっ! ティートぉぉぉぉぉっ!!」
フラッドとボイスのやり取りを引き裂き、マチーナが今度はティートに向かって突進を掛けていった。距離は十分にあり、反撃の態勢を取る猶予は大いにあったが。
「くっ、マチーナ……」
「死ねぇぇぇぇぇっっっ!!」
向かってくるのが自分の大切な存在なのが災いして、ティートの動きは明らかな鈍さを見せていた。それとは真逆に、殺意の雄叫びを上げながら躊躇うことなく斬り掛かっていくマチーナ。
「まずは一人……!」
「ティート! 反撃はしなくていい、彼女の剣を受け止めろ!!」
「……は、はい!」
勝利を確信してか再び余裕の笑みを浮かべるボイスと、今度は動く気配はないままでティートに声を飛ばすフラッド。
その声に気を取り直したティートが頷き、目前に迫ったマチーナの斬撃を精霊の剣で正面から受け止めた。
刀身同士のぶつかり合う鋭く硬い音と、何かが爆ぜるような乾いた音が響く。そして、見えない力に跳ね返されるように、マチーナの身体が後ろへと押し戻された。
「ぐぅっっ! ティート、ティートおおおお!!」
「やめてくれ、マチーナ! 正気を取り戻してくれ!!」
「殺す……必ず殺すっ!!」
だがすぐに無理やり姿勢を跳ね戻したマチーナが、叫びながらティートに向かって突進を仕掛けていく。ボイスの支配を打ち払おうと叫ぶティートだが、その声は彼女に届かず返るのは殺意に満ちた雄叫びのみ。
再び剣同士がぶつかり合い、さっきと同じようにマチーナの身体が押し返された。
「くっくっくっ、無駄な事を……」
「あの子に何をしたんだ、ボイス!」
「なに、大したことではない」
ぶつかり合い、離れるのを繰り返す二人を眺め愉悦の呟きを漏らしたボイスに、フラッドが厳しい口調で問い詰める。それに対して、ボイスはおどけるような仕草をフラッドに見せながら。
「あの少女の本来の魂は、あの肉体には無いと言うだけのことよ」
「なんだと……? なら、一体!?」
「本来の魂ならば、今頃は肉親との感動の再会に興じておるだろうよ」
返ってきたボイスの一言に、フラッドが目を見開いた。それが意味すること、十年前の戦いに立ち会ったフラッドは、すぐにそれを理解出来た。
「そう言うこと、か。だからお前はマチーナを狙って……!」
「如何にも。くくっ、こうも上手く事が運ぶとはなぁ? そしてもはや、貴様らにはどうにも出来まい!!」
小さな咆哮が遺跡の奥から響いたような気がフラッドにはした。そして、空からは大粒の雨と不規則に吹く強風が訪れ始めていた。
* * * * *
「うおおおおっ!! ティートォォォッ、ティートォォォォォォォォッッッ!!!」
「ぐぅっ! 頼むよ、マチーナ……もう、やめて元に戻ってくれっ」
ティートとマチーナの激突は、ティートの防戦一方のまま続いていた。剣と剣が打ち合う度に、マチーナの身体は後方へ吹き飛ばされるのを繰り返してはいたが。
「ふぐぁっ!!」
「うっ、くぅ……ッ!」
吹き飛ばされ呻きを上げながらも着地するマチーナと、若干後ろに身体を圧されながらも堪えるティートの呻きが重なる。
剣と剣のぶつかり合いによって発生する衝撃が、マチーナとティートの肉体にダメージを蓄積させていた。変わらぬ勢いでティートに突っ込み続けるマチーナは、全身のあちこちから血を流している。
「これ以上は、マチーナ……ダメだっ」
再び向かって来ようとするマチーナへ、絞り出すような声で制止を試みるティート。彼もまた、身体の端々に衝撃で負った傷が散見される。
しかし見た目の傷以上に、ティートの全身に蓄積された痛みや疲労が彼の動きから精彩さを奪っていっていた。
何よりも相手がマチーナであること。それがティートに躊躇いを生じさせ、そして反撃する選択肢も与えないことが致命的である。
防戦一方の上、確実に消耗を積み重ねるティートには待っているのは最悪の結果しか無いように見えた。
「どうした、フラッド……? 加勢しなくていいのか?」
そんな二人の攻防を離れた場所で眺めながら、ボイスが己と対峙して同じようにティートとマチーナを見つめるフラッドに、挑発するかのような問いを発する。
「性格の悪さはウーノム以上ってところだな、ボイス。オレが行ったところで、マチーナを助けられないのは承知で言ってるだろ、それ?」
「くくくっ、ご名答。なら、あの少年がじわじわと嬲り物にされる様をこうして最期まで眺める、か?」
「考え中だ。とりあえず、打つ手を考えながら……!!」
言うが速いか、ボイスに向かってフラッドが地を蹴り、剣を振りかざして突っ込んで行った。フラッドの速攻にもボイスは顔色一つ変えず、左腕を横に振るって生み出した闇に全身を包み込む。
そのままフラッドの放った剣が闇を袈裟懸けに斬り裂いて……手応えの無さと霧散した闇の中に見当たらないボイスの姿に、フラッドが小さな舌打ちを漏らした。
「ふんっ、せめて私を倒してダランの復活を阻止しようという腹づもりか?」
「自惚れだな、そいつは。もうヤツの復活にお前は必要なくなってるだろう?」
「ぐっ、侮辱するか私をっ!」
背後に姿を現したボイスの言葉にフラッドが返した一言に、ボイスは怒りの色を露に語気を荒げる。その反応がフラッドの指摘を裏付けるものなのは明白だった。
「それにオレとしてもそんな大層な理由で、お前を倒そうとしてる訳じゃない。単純に気に入らない、それだけの話だ!!」
「貴様ぁっ!! これだけの力を手にした俺を馬鹿にするかぁぁぁっ!!」
再び地を蹴り攻撃を仕掛けるフラッドに、ボイスは怒りに歪んだ顔で吠えながら今度は迎え撃つべく手を前に突き出した。
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(ここはどこ……?)
ティートとマチーナ、フラッドとボイス。二つの激闘が繰り広げられる最中、戦いの場から奥にある暗闇の中でマチーナは不安の声を心に浮かべる。
(アタシはいったい……?)
自分がどこにいるのか、なぜここにいるのか。そしてどこへ行けばいいのか。
(わからない……。アタシは、アタシは……っ)
覚えているのは、ボイスによって語られた十年前の戦いの真実を聞かされたところまで。聞いてから後の記憶には、モヤが掛かったようにおぼろげで辿れない。
だが、聞かされた十年前の真実が彼女にとってあまりにも絶望的なものであったのだけは、強く心に残っていた。
(ヤッシュさんとフラッドさんが、アタシの両親を……そんなのって、無いよ)
それはマチーナにとって、今の自分を育て上げてくれたヤッシュへの恩と、苦しい状況を助けてくれたフラッドへの信頼。それらを覆し裏切られたと感じさせる、あまりにも信じがたい真実だった。
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「そんな……。だって、父さんと母さんは魔竜との戦いで亡くなったって……!」
「くくっ、ある意味ではそれは正しい。確かにお前の両親は、“魔竜との戦いの中で”命を落としたようなものだからな。だが、それだけでは正確ではない」
フラッドとティートがルグリアへ辿り着く少し前。マチーナが視線の先にある、“それ”を凝視している時の事。
驚愕の声を漏らすマチーナへと、ボイスが愉悦を含ませた言葉で告げる。ヤッシュもフラッドも彼女には語っていない、十年前の本当の出来事を。
「魔竜はお前の母をその身に取り込み、絶大なる力を持った完全体へと成った。お前の父が持っていた精霊の杖も同時に取り込んでな」
「そんな……それじゃあ、魔竜の中に母さんがいるのにヤッシュさん達は!?」
ボイスの口から出る一言一言が、じわじわとマチーナの心に絶望の芽を植え付けていく。聞きたくないと頭では理解していても、マチーナの本心は両親の辿った結末から目を逸らす事を拒んでいた。
「それだけでは無い。魔竜を倒す為に、ヤッシュとフラッドの二人はな……」
勿体ぶるように言葉を紡ぐボイスに、マチーナが息を呑んだ。本能が囁く。それを聞いてしまえば、自分は本当に耐えられなくなってしまう、と。
それでも、ボイスの言葉からは意識を離す事は彼女には出来なかった。
「あろうことかお前の父ギースを封印の礎として変質させ、それを用いてダランを封じたのだ」
「──っ!!」
その瞬間、マチーナは自分の心が闇に染まっていくのを自覚していた。ヤッシュへの、フラッドへの……そしてティートに対してまでも。
自分が大切に思い、信頼して来た者たちへの憎悪に心も身体も支配されていくのを、抗うことも出来ないままに感じていた。
* * * * *
そして、そこから先の記憶は無く。気が付けばこうして暗闇の中に一人、取り残されている状況にいた。
(あの時に感じた憎しみの気持ち、今はもう無い)
不思議なことに記憶が途切れる寸前に自分の中にあった憎しみは、綺麗に消え去っていた。代わりに心に広がるのはどこまでも虚ろな感覚。
全てがどうでも良くなっていた。
(アタシ、どうすればいいんだろう? どこへ行けば……)
するべき事も、行くべき道も思い当たらず途方に暮れるマチーナに、遠くから彼女を呼ぶ声が聴こえてくる。
(誰?)
顔を上げると前方にぼんやりと光る何かが目に入る。無意識にそこへ向かって足を踏み出していく。徐々にぼんやりと光る何かに近付いていって。
「マチーナ……」「やっと、会えた……」
ぼんやりとした光が人の姿になり、そしてマチーナへ言葉を掛けた。慈しみに満ちた穏やかな笑みを湛えた、ギースとイセシアの二人がそこにいた。
「父さん! 母さん!」
涙が溢れ出す。自然と二人の元へと駆け出すマチーナ。
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知里が望むのはただ一つ。
金を稼いで楽して生きること。
しかし純粋すぎる仲間に振り回され、事件に巻き込まれ、気付けば世界の管理者と敵対する羽目に――。
守銭奴のチート魔力持ち冒険者 VS 世界を支配する管理者。
金のために生きる男が、望まぬまま世界の頂点と戦うことになる
巻き込まれ系異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
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妻から手紙が来た。
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第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
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前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
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主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
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裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
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