主役はオマエだ!!

光樹 晃(ミツキ コウ)

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18章 絶望の狭間で

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「えぇいっ、諦めて闇の餌食となれ!」
「そう言われて、『はい、わかりました』って言うなら最初から戦ってねえだろ!」

 ボイスの放つ闇の魔力弾をかわしながら、フラッドが剣を繰り出す。だがフラッドの剣もまた、闇の中に覆われ転位するボイスの身体を捉えられない。
 攻撃を空振ったフラッドの背中に向けて、別の位置に出現したボイスの手から魔力の弾が打ち出されるものの、素早く体勢を変えたフラッドの脇を通り過ぎるに終わる。

「ちょこまかと鬱陶しい奴め!!」
「そりゃお前だろっ!」

 互いに言葉を投げ合いながらの応酬。目まぐるしく動き続けながらの攻撃は、しかしフラッドもボイスもどちらも相手を捉える事が出来ない、膠着状態に入っていた。
 だが余裕がないのは、ボイスの方である。決定的な一撃を放つ為に魔力を溜める暇が、絶え間なく襲い来るフラッドの攻撃によって得られないからであった。

「いつまでも私に構っていていいのかな!? あっちの二人はそろそろ決着となりそうだがなぁっ!!」
「……狡猾さもウーノム以上だな」

 フラッドの動揺を誘うために、ボイスはティートとマチーナの戦況を口にして再び転位する。舌打ちと共に呟きを漏らしながら、フラッドの動きがその言葉によって僅かな鈍りを見せた。
 そしてその僅かな鈍りが、フラッドを窮地へと追い込む結果に繋がったのだった。

「だがこちらも、これで終わりにしようか!!」
「くっ、遠い……っ!」

 これまでの転位よりも遠い位置に姿を現したボイスが、勝ち誇った声で叫んだ。それとは反対にフラッドは、険しい表情でその状況の不味さに唇を噛み締める。
 一瞬の動きの鈍りで稼がれた距離が、ボイスにとっては千載一遇の好機となることを察して。

「逃げ場は無い! 死ねぇっ、ダークネス・テンペスト!!」

 叫び声と共に、胸の前で組んだ両手の間に集めた魔力をフラッド目掛けてボイスが解き放つ。漆黒の魔力が地面を走り、フラッドの足元で一気に拡がりを見せた。

「暗黒の雷に撃たれ、消し炭と化すがいい!!」

 地面を広範囲に覆った漆黒の表面に雷が浮かび、ボイスの声が放たれると同時に上空に向かって黒い稲妻が噴き出す。
 地から天へ、通常とは逆の方向に生じた激しい雷撃の雨に、フラッドの姿が呑み込まれていった。

* * * * *

 マチーナの繰り出す刃をティートが剣で受け止めて、生じた衝撃に互いの身体が引き離されるのを繰り返す最中。
 離れた位置から聴こえてきた激しく鋭い音にティートが目を向ければ、ボイスの放った雷撃の魔法にフラッドが呑み込まれる瞬間が見えた。

「フラッドさぁぁぁぁぁんっ!!」
「ティートォォォォッ!!」
「ぐぅっ!」

 反射的にフラッドの名を叫ぶティートに生まれた隙を狙って、マチーナが変わらぬ強烈な一撃を放つ。
 辛うじて受け止めはしたものの、フラッドに気を取られたせいで不十分な体勢だったティートは、全身に掛かった圧力に膝をガクッと折ってしまう。

「終わりだっ、ティートォォォォッ!!」

 半端な受け止め方が災いし生じた衝撃も弱いものとなり、マチーナはそれほど吹き飛ばされずに着地と同時にすぐさま追撃を仕掛けて行く。
 体勢を立て直そうとするティートだが、著しい体力の消耗の影響で思うように身体を動かせないでいた。漆黒の刃を大上段に振りかぶったマチーナが迫ってくる。

「剣を出せ! ティート!!」
「っ!? うわああああっ!!」

 諦めかけたティートに向かって唐突に飛んできたのは、フラッドの指示する叫び声だった。その声に従って、体勢を崩したまま振り下ろされる刃に向かって剣を構える。

「ぐっがぁぁぁぁぁっ!!」

 ぶつかり合った瞬間、叫びと共にこれまでよりも勢いよくマチーナが吹き飛ばされて行く。一方のティートは、それまでと違い一切の衝撃を感じていなかった。

「えっ? どうなって……」
「馬鹿な!? あの雷撃を受けて無事でいられる筈が無い!!」
「よく覚えておけ、ティート。その剣は持ち主の心に反応して様々な力を発揮する。今は……ただ無意識に守りたい、それだけを思って剣を握っただろう? それに剣が応えたはずだ」

 戸惑うティートと、狼狽えるボイス。そして雷撃の嵐が消えた後から姿を現したフラッドが、静かにティートへとそう告げた。
 言われてティートは気付く。さきほどまで全身を苛んでいた痛みも消え、そして疲労も嘘のように無くなっている事に。

「! マチーナは!?」

 そしてそれまでとは違う衝撃で吹き飛んだマチーナを見ると、彼女は地面に仰向けに転がっていた。一瞬、最悪の事態が頭をよぎるも、マチーナの身体にあった傷もティート同様に消えているのを確認して安堵する。

「知らんぞ、私はそんな力は!?」
「そりゃそうだろ。あの力が十年前に発揮された時、その場にウーノムはいなかったんだからな。ギースとイセシアを連れ去った時も、ルグリアでの魔竜との決戦の時にも、な」
「──っ! まさか、それでは……っ!!」

 フラッドの言葉に驚愕の表情で声を上げるボイス。フラッドとマチーナを交互に見ながら、ゆっくりと立ち上がるティート。そしてフラッドが語り始める。
 十年前のルグリアでの戦いの隠された真実を……

* * * * *

「イセシアーっ!!」
「ギー──っ!!」

 ルグリア遺跡の奥に辿り着いたヤッシュとフラッド、二人が最初に遭遇したのは悲痛な叫びを上げるギースの声と、闇に呑み込まれていくイセシアの姿だった。
 愛する者を救おうと伸ばしたギースの右腕は、しかしイセシアの手を掴む事は出来ずに終わる。

「ふはははははっ!! ついに異界の神が完全なる力を手に入れたぞ!! この世界の破壊が今こそ幕を上げるのだ!!!」

 イセシアの消えた先を見つめ崩れ落ちるギースの元へ、ヤッシュとフラッドが駆け寄る中。遺跡にウーノムの歓喜の哄笑が響き渡った。
 直後、イセシアの消えた闇の中から巨大な何かが姿を現し始める。

「何があった、ギース! イセシアはどうなったんだ!?」
「ヤッシュ……俺は、イセシアを……」
「ヤッシュ、何かとんでもない存在がっ! とにかく一度離れよう!」
「チッ! ギース、うなだれてる場合じゃない! 来い!!」

 問い掛けるヤッシュにギースは力なく言葉を漏らすのみ。事態の急変を察し叫ぶフラッドに従って、ヤッシュはギースを無理やり立ち上がらせた。

「クフフフフ……ッ! 逃げるが良い、無駄なことだがな!!」

 嘲りの言葉を放つウーノムには構わず、三人はその場を大急ぎで離れていく。地響きに気付き一瞬後ろを振り返るフラッドの目に、闇からゆっくりと姿を現す闇よりも濃い漆黒に染まった竜が映った。

「どうだフラッド、追手はいるか?」
「……いや、ウーノムも、奴の配下のモンスターも来る気配はない。それに、“アレ”も」
「そうか」

 ルグリア遺跡の入口まで戻り、ギースを気遣いながら訊ねたヤッシュに、フラッドは強張った口調で答える。ヤッシュはそれにただ短い返事だけをして、ギースの方へ顔を向けた。

「ギース、何があった?」
「ヤッシュ……。私は、何も出来なかった。なんの抵抗も敵わないまま、みすみすイセシアを……っ」

 ヤッシュの問い掛けに、ギースは放心した様子でうわ言のように自らの不甲斐なさを嘆く。目の前で最愛の者を奪われた。
 それがどれほどの絶望をもたらすのか、推し量れるものではないと知りつつもヤッシュは問いを続ける。

「イセシアはどうなったんだ? 俺たちは一瞬しか見えなかった、詳しく話してくれギース」
「ヤッシュ、それは酷ってものじゃ……」
「お前は黙って追手が無いかを警戒していろ」
「……了解」

 冷徹とも思えるヤッシュのギースへの残酷な問いに異を唱えるフラッドだったが、どこまでも厳しさだけを張り詰めさせる口調で言われそれに従う。

「頼む、ギース。俺が言っているのがどれほど非情なのか、それを承知で頼む。何が起きたのか、それを話してくれ」
「……すまない。そう、だな。イセシアを喪ったからと言って、私がうなだれている場合じゃないよな」
「……いや、俺の方こそ悪いな」

 幼い頃より付き合いがある故の信頼か。どうにか顔を上げて言ったギースに、ヤッシュは沈痛な面持ちで詫びを口にした。

「気が付いた時、私とイセシアはあの場所に連れて来られていた。そして、ウーノムが全てを語ったんだ」
「全て? それはいったい……」
「まず、ウーノムは異界の存在と言っていたが、奴をこの世界に喚び出したのはダラン、この災厄の元凶となる異界の神とウーノムが呼んでいた存在だ」

 そこから語られたのはウーノムはまた、ダランとは別の異世界から転生させられた者であること。転生による何らかの力の発生がウーノムに流れ込み、それによって得たのが膨大な魔力とモンスターを自在に支配する能力であること。
 そして、ダランが完全なる力を得る為にこの世界の大きな力。つまりギースの持つ精霊の杖と、精霊に力を与えられたイセシアをダランに捧げるのが目的だったこと。

「そうか……なら、俺たちが精霊に会いに行ったのは、逆効果だったってことか。失敗したな」
「いや、どちらにしろ精霊の力を借りなければ私たちに勝ち目は無かった。悔しいが、奴に……ウーノムに運が向いていたのが災いした、と割り切るしかないだろう」
「すまない、オレがあそこで二人の足を引っ張らなければ……っ」

 ルグリアへ向かう途上、ウーノムとの戦いの最中に自分を庇ってギースとイセシアが連れ去られたのを思い出し、フラッドは唇を噛み締め謝った。
 が、ギースはそれに首を横に振り。

「気にするな、フラッド。君がいなければあそこで、私もイセシアもやられていた」
「だけどっ!」
「フラッド、後悔は全てが終わってからにしろ。今はウーノムと、ダランをどうにかするのが先だ」
「あぁ。ヤッシュの言う通りだ」

 諌めるギースにフラッドは納得出来ず声を張り上げるが、そこをフラッドに遮られてしまった。気安い口を利くようになったとは言え、やはりフラッドにとってヤッシュは剣と騎士としての師匠であるのだ。

「しかしウーノムはともかくとして、ダランの方をどうするか……そう言えばギース、お前の杖はどうした?」
「すまん、杖も既にダランに取り込まれてしまって」
「こりゃ、いよいよ打つ手なしか。……待てよ? どうしてギースたちは狙って、俺の剣は狙わなかったんだウーノムは?」

 返ってきた答えに頭を抱えながら、ふと浮かんだ疑問をヤッシュが口にする。

「……それは、恐らくヤッシュの剣は本当に純粋な精霊の力が込められているから。それが理由だと思う」
「どういうことだ、純粋な精霊の力って」
「イセシアに与えられた力は、彼女の内でイセシア自身の魔力と交わった……人と精霊の力だ。そして私が授けられた杖も似たようなものでな」

 そして語られたのは衝撃的なものだった。ギースの与えられた精霊の杖、それを手にした時から彼の精神に膨大な知識が流れ込んでいた。それは杖そのものの成り立ちにまで及んだ。

「私たちがあの場所を知るよりもずっと昔。そう、このルグリア遺跡が災いの中心にあった時代が、太古の昔に実際に起きていたようだ」
「本当か、それは。じゃあ、村に伝わるあのおとぎ話は……」
「あぁ。全てが語られている訳ではないが、あの話はこの辺りの歴史を伝えていたんだ」

 アトル村に伝わるおとぎ話。それは古代に存在したルグリアの滅亡にまつわる話。かつて大陸の支配を望んだルグリアの民が、禁じられた秘術を使ってそれを成そうとして滅びたと言う。

「あの話に出てきた禁じられた秘術、それが異界より神に等しい存在を召喚するというものだった」
「おいおい、それってまるっきり……」
「そう。今この地で起きている事と同じだ。異界の神を喚び出したところまでは良かったが、ルグリアの民の誤算だったのはその異界の神はとても自由に制御できるようか存在ではなかった、ということ」

 喚び出した神は己の力を増幅する為に、ルグリアの民をことごとくその身に取り込んでいった。そうしてルグリアを滅ぼした異界の神が次に目をつけたのが、当時はまだ名もない小さな集落に過ぎなかったアトル村である。

「当時の集落に住んでいた一人の青年と、彼に寄り添う女性がいた。二人は精霊と集落とを繋ぐ為の、司祭のような立場にあったらしい」
「なるほどね。それならあの洞穴があったのも、中にあんな建物があったのにも納得がいく。それで?」
「二人は精霊から、異界の神の降臨を伝えられていたらしく、災いを鎮める為に精霊の元へと向かったんだ。そして与えられたのがヤッシュ、お前の持っている剣と……」

 そこでギースは顔を曇らせ、言葉に詰まる。怪訝な顔を浮かべるヤッシュだったが、無理に話の先を促すことはなく黙って待っていた。しばしの間を置いて、ギースが再び口を開く。

「青年と対になっていた女性が、精霊の力によってその身を杖へと変えたんだ」
「っ!!」
「私が受け取ったのがその杖だった。そして青年は精霊の剣と杖を持って、異界の神と戦い……勝った。それが私が知った知識だよ」

 その時の青年の名がアトル。異界からの災いを鎮めた功績を讃えて集落にその名が与えられたのだと言う。そこまで聞いて、ヤッシュの顔色が急に青ざめていく。

「おい、ギース。お前、まさか……」
「ふっ、察したかヤッシュ。お前なら……長い付き合いのお前だったら、気付くと薄々思っていたよ」
「待てよ、ギース! そんな事をすればお前は……っ」

 そこまでのやり取りで、背後を警戒しつつ二人を見ていたフラッドもヤッシュとギースの言葉の意味を理解する。

「あぁ、そうすれば私はイセシアと共に奴の……ダランの内部で戦える。後はお前に、お前とフラッドに託す。だからヤッシュ、かつての戦いと同じように私を精霊の杖へと変えてくれ!」

 ギースの顔は穏やかだった。青ざめたヤッシュやフラッドとは正反対の、どこまでも穏やかで。
 そして覚悟を決めた男の顔をして、ギースはかつての再現を唯一無二の親友へと頼んでいた。
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