主役はオマエだ!!

光樹 晃(ミツキ コウ)

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19章 未来に託す意思

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「とう……さん……」
「マチーナ!?」

 フラッドがそこまで語ったところで、不意に倒れたまま動かなかったマチーナがそう呟きを漏らす。驚きの声を上げたティートに、しかしやはり彼女は何も応える事は無かった。

「まさか……既にあの娘の魂はダランの元へと送ってあるはず!?」
「どうした、異世界からの転生者さん? さっきからずっと動揺してばかりだが」
「ぐっ……!」

 そんなマチーナの反応に、ボイスが動揺の声を上げたのを聞いてフラッドが挑発するように言う。だがそれはまた、フラッドにしても一つの光明になっていた。

「だ、だが何をやろうと無駄なこと! その娘を元に戻すことなど、貴様らには不可能なのだからな!!」
「さて、それはどうかな。今の反応を見ると、マチーナを正気に戻すことは可能な気がするけどな?」

 虚勢を張るように叫ぶボイスに、フラッドはさらに煽るような口調でそう言った。途端、焦りの色は残しながらもボイスはその顔に邪悪な笑みを浮かべる。

「くはははっ! 愚か者め、そんな事はあり得ぬよ! なにせその娘の魂はその肉体には残ってはいないんだからな! そして娘の魂に満ちた憎悪だけを抜き出し、持たせたその剣に込めて娘の肉体を動かしているのだから!!!」
「な……なん、だって!? それじゃ、マチーナは……っ」
「そうだ。その娘はいわば既に死んでいるも同然の肉体よ。憎悪の刃を手にしている内は仮初めの生命によって、その肉体も辛うじて生きてはいるがな……!」

 ボイスがいい放った言葉にティートは愕然となった。目の前の少女を救う術がない、その絶望がティートから気力を奪い去ろうとしていく。
 それを押し留めたのは、フラッドの放った一言だった。

「ティート! マチーナに……お前の一番大切な人に呼び掛け続けろ! そして、その精霊の剣を信じろ!!」
「フラッドさん。……はいっ、わかりました!」
「ぐぅぅっ、無駄な足掻きをっ! 不愉快な連中めっ、もはや容赦はせぬぞ!!」

 不快を露に叫んだボイスが、右手を未だに倒れたままのマチーナへと向ける。気付いたティートが動き出すも一歩遅く、ボイスの右手から黒い波動がマチーナへと放たれた。

「いいか、ティート! 十年前は十年前、今は今だ。彼女を呼び戻せるのはお前だけだ!」
「はい! ……マチーナ、僕は君を必ず取り戻すよっ!!」
「行けっ、マチーナ! そやつをお前の憎しみで斬り裂け!!」
「うわあああっ、ティートォォォォォッ」

 もう一言をティートを放ち、フラッドはボイスに向かって走り出す。ティートは頷き、ゆっくりと起き上がり始めたマチーナへと向き直して剣を静かに構える。
 ボイスの発した号令に従ってマチーナが咆哮して、再びティート目掛けて刃を振りかぶり駆け出した。

* * * * *

「父さん……母さん……。こんなところに、ずっといたんだね……」

 懐かしい二つの顔を前に、涙声でマチーナはそう言った。一歩ずつ、たどたどしい足取りで穏やかな微笑みを湛え佇む、ギースとイセシアの元へと近付いて行く。
 そこはダランの内部。正確にはダランを封じた、竜のような物も美しい女性が複雑に混ざり合った石像の内部であった。

「十年もずっと、二人はここで誰にも知られずに……」
「……マチーナ、大きくなった」
「ごめんね、マチーナ。あなたの傍に居てあげられなくて」

 三つの魂が一つ所に集まる。封印の中でも尚、復活の機を絶えず窺い続けた異界の神・ダランの下で。
 そしてその瞬間が、まさにダランの待ち望んでいた瞬間であった。

『ギース……イセシア……。汝らはよくぞここまで我を封じた。だが、それもこの刻で終わりだ』

 泣きながら両親に歩み寄るマチーナを、ギースとイセシアが優しく抱き止める。その瞬間、寄り添う三つの魂が闇の中へと光の粒子となって拡散を始めた。
 精霊の力を宿した我が子との再会で、長年に渡りダランを封印していたギースとイセシアの力が尽きようとしていた。

「アタシ、知らなかった。父さんと母さんの二人をヤッシュさんとフラッドさんが……でも、もういい。このまま」
「マチーナ。諦めてはいけない」
「……えっ?」

 それがダランを封印から解き放つと知っていて、それでもマチーナは両親と共に消滅する事を選んだ。だが、そんな娘に向けて発したギースの言葉に、マチーナは虚を衝かれたように顔を上げる。
 優しく娘を抱き締め見下ろすギースとイセシアの顔はどこまでも優しく、そして同時に強さを感じさせるものだった。

「ヤッシュもフラッドも、決して私たちを見捨てたんじゃない。むしろ彼らは、私の決断を必死に止めようとしてくれた」
「父さんの……決断って」
「精霊の力を受け、人の魔力と融合することで杖になり、ダランを封印する……ギースは、それを自ら決めたの」
「母さん……?」

 二人の言葉にマチーナが戸惑う。それはボイスに聞かされたものとは、全く正反対であったから。

「で、でも。あの男は二人はヤッシュとフラッドに、ダランを封じるために利用されたって……っ」
「それは違う、マチーナ。ダランを封じる為に、私があの二人に重荷を背負わせたんだ」
「だったらどうして!? どうしてヤッシュさんも、フラッドさんもそれをアタシに話してくれなかったのっ!」
「それだけ、語る事に苦しんでいたの。ヤッシュも、フラッドも」

 三人の魂は既に闇に半ば溶け消え、微かな輪郭を残すだけとなっていた。そんな切迫した状況の中で、交わされる親子の会話。
 そして唐突にマチーナは思い出した。抜け落ちてしまった憎しみが、自分の沸き上がらせた憎悪の心がどこへ行ったのかを。

「そんな……っ。それじゃあアタシは、あの男の偽りに騙されて生み出した憎しみで、ティートとフラッドさんを……!!」
「もう私たちはダランに大半の魂が取り込まれてしまった。だが残された魂で、お前を解き放とう。きっと何とかなる」
「あなただけでは無理でも、きっとティートとなら出来るはず。マチーナ、あなたの大事な者を信じるのよ」

 愛情に溢れた微笑みをマチーナに向けて、急速にギースとイセシアの姿が薄れていく。それと同時に、マチーナの魂は強い光を発しながら、二人の元から引き離されて行った。

「待って! まだアタシは父さんと母さんと……っ!!」
「泣くな、マチーナ。私たちは、ずっとお前の心の中にいる」
「ずっと、あなたを見守っていますからね。幸せになるのですよ、マチーナ」
「いやっ! せっかく会えたのに! せっかく一緒にいれたのにっ!!」
「すまなかったな、マチーナ。俺の息子を、よろしく頼むぜ」

 不意に聴こえた懐かしい声に、マチーナはハッとした。それはティートの父親であり、マチーナを引き取り大切に育ててくれた人。ヤッシュの声。

「俺たちに出来なかった事、お前たちに託すぜ。なーに、こっちはこっちで足掻いてやるさ……さぁ、行けマチーナ!」

 ヤッシュが優しい声の後に力強い言葉を放って、そしてマチーナの魂は一気にダランの内部から飛ばされて行った。

* * * * *

「マチーナ! お願いだ、僕の声に応えてくれ!!」
「はあああああっ! ティート、ティートォォォォォッ!!」

 助けたい、守りたい。ティートはそれだけを思いながら、マチーナの繰り出す斬撃の連打を受け止めていく。さっきまでと違い、剣と剣がぶつかっても二人が吹き飛ぶ事は無くなっていた。

「無駄な事はやめろと言っているだろうか!! 目障りな、喰らえっ!!」

 完全に双方が傷を負わない膠着状態となったティートとマチーナの交合に、苛立ちの言葉を吐き捨てボイスが魔力を二人に向けて撃ち出す。
 が、それは素早く射線上を遮ったフラッドの剣によって弾かれ、遺跡の朽ちた欠片を砕くに終わってしまう。

「おのれっ、フラッド! どこまでも私の邪魔をしおってっ!!」
「若い男女のぶつかり合いに横槍なんて、野暮すぎて見苦しいぜボイス。そもそもお前の相手はオレだろう?」
「ぐぐぐっ、どこまでも不愉快な奴めぇぇぇぇっ!!!」

 怒りをたぎらせるボイスに、軽い調子で言いながらフラッドが仕掛けていく。さきほどと同じくボイスの転位術によってフラッドの剣は空を斬るが。

「っ!?」
「はっ!!」

 現れた瞬間、もう迫ってきていたフラッドの姿に動揺しながらボイスは立て続けの転位術で、放たれた剣を回避する。
 しかし、次に出現した時にも同じようにフラッドがボイスへと向かって攻撃を仕掛けていた。

「何故だ!? なぜ、私の現れる位置が読まれる!!」
「勘だよ、勘。せいっ!!」
「ぐっ!」

 フラッドの振り抜いた剣を寸前でボイスは転位して逃れる。しかしあまりにも素早い追撃のせいで近い距離にしか転位が出来ずにいた。

「こ、こんなハズは……っ!!」
「転生して来て、大いなる力を得ただかなんだか知らないが、その力に頼りすぎだボイス!」
「ぐぅぅっ、クソがあああああっ!!」

 転位の度に縮まる距離、そしてやがて術の発動が追い付かずにフラッドの剣がボイスを捉えた。
 ……かに思えた瞬間。

「吹き飛べぇぇぇぇぇっ!!」
「!? チィッ!!」

 ボイスが両手を高々と上げ叫んだと同時に、全身から黒色の魔力が物凄い勢いで噴き出した。慌てて後退を試みるフラッドだが、放たれた魔力の波の拡がる速度には間に合わず呑み込まれてしまう。

「くははははっ!! 今度こそ! 今度こそ終わりだっ、フラッド!!」
「あぁ、そうだな」
「なぬぐぁ……っ!?」

 魔力の発動の瞬間、勝利を確信し哄笑を上げるボイスの身体を刃が貫いた。背後からの声と共に姿を現したフラッドの剣が、ボイスの背中から胸へ貫通させていた。
 何が起きたのかわからない驚愕の表情を浮かべ、ぎこちない動きで背後に顔を向けるボイス。後ろに立つフラッドを見ることは叶わず、すっと剣を引き抜かれた途端に全身から力が抜け落ち前のめりにボイスは倒れた。

「悪いな。この剣は特別製でな、特に闇の魔法ってやつを無力化する力があるんだってよ」
「くかかかっ! そんな……聞いて、ないぞ……っ!」

 静かな口調で告げたフラッドに、信じられないといった顔で言葉を振り絞るボイス。その肉体は激しい痙攣を示し、もう長くはないことを物語っていた。

「馬鹿、な……っ。私は……今度こそ、この世界では勝ち組、に……っ!」
「どんな経緯が元の世界であったのかは知らないが、せっかく強い力を手に入れてもそれに溺れちゃダメなんだよ」
「こんな……こんな、はずじゃ……ごふっ!」

 諭すようなフラッドの言葉はボイスには届かず、末期の声と共に血を吐き出してそれきり動かなくなった。

「あぁ、そのセリフ。確かウーノムも口にしてたよ。その時の相手はオレじゃなくてヤッシュだったがな」

 十年前を脳裏に浮かべながら、哀れむようにフラッドは言って。まだ続いてるもう一つの戦いへと目を向ける。
 相変わらずティートとマチーナの変化しない激突は繰り返されていた。

* * * * *

「マチーナ!」
「ティートォォォォォッ!!」

 もう何度目の交合になるのだろうか。マチーナが打ち込み、ティートがそれを受け止める。その度に精霊の剣からは暖かな光が拡がり、ティートとマチーナを撫でていく。
 癒しの効果を持ったその光のおかげで、ティートもマチーナも途方もなく繰り返す激突にも関わらず傷も疲労も無かった。

「お願いだ! 正気を取り戻してくれ、マチーナ!!」
「ティート! ティートォォォォォッ!!」
「マチーナ! 頼む、僕の声を聴いてくれ……!?」

 諦めることなくマチーナへと呼び掛け続ける中、不意に起きた変化にティートは気付いた。向かってくるマチーナの瞳に、うっすらと涙が浮かんでいるのを目にして。

「わかるのっ、マチーナ!? 僕の声が聴こえているんだね!」
「ティー……トッ! ぐぅっ、ううぅぅ……っ」

 さらに呼び掛けるティートに、マチーナが動きを止め苦しむような様子を見せる。攻撃しようとする肉体に、抗おうとしているような動きだった。
 それでも抵抗を振り切り、手にした憎悪の刃をティートへと放つマチーナ。
 やはり止まらない彼女の剣に、しかしティートは構えた剣を下ろした。

「っ!?」

 受け止めようとはせず無防備になったティートに、マチーナが明らかな動揺を見せる。だが振った剣はそのままティートの身体に迫っていって。

「……おかえり、マチーナ」
「バカ! なんで剣、下ろしたのよ!?」

 眼前まで迫った刃は、しかしティートに触れる寸前で停止していた。何事も無かったように言うティートに、マチーナは涙声で問い詰める声を出して。

「戻って来るって、信じたからね。本当に、良かった」
「もうっ! アタシだって必死だったんだからね!! ……ただいま、ティート」

 微笑んで言ったティートにマチーナは文句を続けた後に、はにかむように控えめな笑みを浮かべ、そう口にした。
 マチーナの手にあった憎悪の刃が塵となって宙空に散り消えていく。次の瞬間には、飛び付いてきたマチーナをティートが抱き止めていた。

「おかえり、マチーナ」
「ただいま、ティートっ」

 もう一度お互いにそう口にして、二人は抱き締め合う。互いのぬくもりを確かめ合うように。
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