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中島 光咲

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第一章

はじめまして

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お母さんが昔読んでたっていう漫画の女の子は、
皆やたらと目がおっきくて、
いつも隣にイケメンがいて。
私の憧れだった。


でも私、一目惚れとかしたことないし、図書館なんてほとんど行かないし、パン咥えて走るなんて以ての外!


けど、あんなにキラキラな目してたら、
もうちょっと人生違ったかな。

なんてね ──────────




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「わ~!どうしようもうこんな時間!」

荷物を整え、時計を見るとすでに19:00をまわっていた。

「あれ、ナウン、今日はいつもより遅いんだね。」
そう話しかけてこたのは、同じボイストレーニングに通う知り合いであった。

「うん。ちょっと練習長引いちゃって。」
「これから買い物して帰るの?」
「そうなんだよ~。昨日面倒臭がらないでちゃんと行っておけばよかった。」
ため息混じりにそう言うと、肩にカバンをかけ、挨拶を交わし、足早に最寄りのスーパーへ向かった。

適当に安くなっていた惣菜と、大好物の鶏肉をカゴに入れ、買い物を済ませると、外はすっかり暗くなっていた。

(はあ、、、夜道ちょっと怖いな、、、。)

夜道といっても、ここら辺は夜も賑わっており、町は明るい。しかし、一人暮らしの女子高生にはやはり不安なものである。
ナウンはできるだけ人通りの多い道を選んで帰ることにした。

7月上旬といえども、頬に当たる夏の夜の風は生暖かく、不安だった心を和らげた。

(心配だったけど、意外と明るいし、人も歩いてるし、大丈夫かな。これからはもう少し長く練習して帰るのもアリかも。)
ナウンは、近道を通ろうと、曲がって脇道に逸れた。

(、、、なんか、さっきまで歩いてた道が明るかったせいかな、、、こっちは心細いな、、、)

自然と歩調は早くなり、同時に不安がまた戻ってくる。心做しか、後ろに気配まで感じる。

(そこの角曲がって、少し歩けば、家の通りに出れるはず!)
曲がると、寂れた中華料理屋の前で大きな声で談笑してる男が2人いた。チンピラという言葉を見事に表現したような格好である。

(げ、、、)

片方の男と目が合ってしまい、心の中でそう呟く。
ナウンに気づいた男は案の定、近寄って来た。

「ねーおねーちゃん、暇?今から俺らと遊ぼーよ。」
「へー可愛いね。もしかして高校生?」

「え、、、えっと、、、。」
狼狽えていると、突然腕を掴まれた。

(、、、っ!!)

初めてのことに頭が上手く働かないが、身の危険をひしひしと感じる。

「すぐそこにいいお店あるんだけど、ちょっと寄ってこうよ。」
どんどん近寄ってくる男達。囲まれてしまった。体格も良く、逃げるのは難しそうだ。

(どうしようどうしよう逃げる?大声出す?怖い!!!!!)
今すぐ腕を振り払って逃げたいのに、どんどん足の力が抜けていく。

(だ、だれか助けて──────────)

そのとき、

「何してるんですか。」

(、、、、、、え)

「何って、女の子と遊んでんの~」
「邪魔しないでよ~」
顔をあげると、ナウンと同じ歳くらいの男の子が、男の腕を掴んでいた。

(良かった、、、。)

「嫌がってるじゃないですか。離してあげてくださいよ。」
きっぱり淡々と言う口調に、男2人から笑顔が消えていく。

「うわ~萎えるわそういうの。なに?正義のヒーロー気取り?」
「そういう絡みめんどくさいんでやめてください。」
「、、、ンだとオラぁあんま調子乗ってんじゃねぇぞ!」

そう言って男が顔を寄せてきた瞬間、

「目、瞑って。」
「え、、、」

ナウンの隣の男の子は、男の顔に躊躇いなくスプレーをふりかけた。

「なんだっ!目が、、、っ」
「お、おい!何したんだてめェ!」
もう一人の男が襲いかかろうとしたところに、足を引っ掛ける。見事に転んだ。

「痛え、、、」 「目が、、、」
映画のワンシーンのような流れに、唖然とするナウン。

「くそ!覚えとけよ!」
「目が~」
そう捨て台詞を吐いて男2人は逃げて行った。

「はあ、、、、、、やっとどっか行ったわ。大丈夫?」
ナウンは腰が抜けて、その場に座り込んでしまった。
「あ、ありがとうございます、、、!」
お礼はちゃんと伝える。
「ここ、最近ああいう人たち多いんで、あんまり一人で通らないほうがいいですよ。」
「はい、、、!ってあれ、なんでかな、、、」
ほっとしたせいだろうか、ナウンの目から涙かこぼれた。
相手も困惑しているのを感じて、申し訳なくなる。
「ほんとに大丈夫ですか?えっと、、、とりあえず、立てる?」
差し出された手を取り、起き上がった。徐々に抜けていた力が戻ってくる。
改めて男の子の顔を見ると、なかなか顔の整ったイケメンである。まるで漫画のような展開に、ナウンの胸は高鳴っていた。
大通りから少し逸れた道だというのに、なぜか人通りは少ない。

何か話そうと思い、口を開く。
「すごいびっくりしちゃった。あんな人たちに絡まれるの初めてで。あなたが来てくれなかったら今頃どうなってたか。」
苦笑しながらお礼を言う。
「いえいえ。あ、どうぞ、これ。」
そう言って男の子が差し出してきたのはティッシュだった。
「へ?、、、、、、あ、ありがとうございます!でも、大丈夫です。私ちゃんとハンカチあるんで!」
「あ、そうじゃなくて、、、」

「え?」

「鼻水拭いたほうがいいですよ。」

目を見てはっきりと言われたその言葉に、ポカンとするナウン。

「は、、、鼻水??」

「ティッシュ持ってるならいいですけど。」

(ぎゃ~!男の子に言われるなんて!はっっずかしい!!)
顔が赤くなるのを感じる。
慌てて自分のカバンの中からティッシュを探し、背を向けて鼻をかんだ。

(で、でも、もうちょっと言い方あるんじゃない?鼻になんかついてますよ~とか!あーーーーもう!せっっっかくいい雰囲気だったのに!台無し!!)
何故かフツフツと怒りが湧いてくる。先程の男2人への八つ当たりも込めて。
男の子も気の毒である。

「本当にありがとうございました!もう大丈夫です!」
仏頂面でそう言い放ち、ツカツカ歩いて帰ろうとする。
すると男の子も後を着いてきた。

「なんなら、送ってあげましょうか?」
「結構です!」
ツンとした表情で拒否する。
「でも、、、」
急にピタリと止まり、ナウンは男の子の方を向いた。
「じゃあさっきのスプレーください!」
「は?」
男の子の目が点になる。

「だいたい!何でスプレーなんか使うんですか!ああいうときって殴ったり、蹴ったりして倒すもんじゃないんですか!助けてくれたことに感謝はしてますけど!、、、でも、さっきの鼻水は余計!雰囲気が台無し!、、、、、、ついに私にも、王子様みたいな人が現れたんだ~って、ちょっと期待してたのに!」

一気に喋ったため、息切れする。
これ程の勢いがあれば男2人、撃退できたかもしれない。

「お、王子様?」
相変わらず男の子の目は点である。

しばらく沈黙が続き、冷静になってきたナウンは自分が口走った言葉に恥ずかしくなってきた。
また頬が赤くなる。

「っぷ、、、あははははは」
相手がついに腹を抱えて笑いだした。
「な、何で笑うんですか!」
「ごめんごめん。王子様って、、、面白すぎて、、、」
なかなかツボだったらしい。
「ばっ、バカにしないでください!」
「いや、、、っぷ、、バカになんて、、、」
「してます、めちゃくちゃしてます!」
必死に抗議するナウン。しかし止まない笑い声。

諦めたナウンはまた大きな歩幅で歩き始めた。
するとなぜか相手も着いてくる。
「ちょっと!何で着いてくるの!」
「え、いや、俺の家もこっちなんで。」

、、、さっき感じていた後ろの気配の招待がわかった。
呆れた表情のナウン。
そうとも知らず、ナウンを心配しているのか、ただのお節介なのか、話しかけてくる男の子。

「実は、明日転校初日で。ちょっと緊張してたんですけど、さっきあの人たち撃退したおかげでよくわかんないけどなんか勇気が出たっていうか、、、。」

大通りの明かりがすぐそこに見える。家まであと少しだ。
「、、、転校?学生なの?」
無視するのは可哀想なので、質問して返すナウン。
「はい。高校生です。」
淡々とした口調で返ってくる。
「もしかして、、、、、、どこら辺の高校?」
「転校先ですか?上野にある高校です。」
「へ~。」(ん~。まさかね。)

そんな会話を交わしているうちにナウンの家の前まで着いた。

「今日はほんとにありがとう。じゃ、私はここら辺で。」
そう別れを告げるナウン。
男の子は思わず2度見した。

(えっっ、、、、、、、、、。)

そう。ナウンは彼の住んでいるアパートの隣の高級マンションに入って行ったのである。
(な、何者だ~、、、実は、酔っ払ってたとか、、、。)
明日初登校を控える彼は、彼女の正体を気になりながらも、そそくさと隣のアパートへ帰って行った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「、、、、、、97、98、、99、、100、、」
時刻はまだ朝の6:00。
今日が転校初日のソヌは、朝から筋トレに励んでいた。

(ふーー。コーヒーでも飲もうかな。)
窓からはすでに明るい日差しが差し込んでいる。

コーヒーを飲み干して、諸々の準備を整え、家を出た。
新しく袖を通す制服は、黒と赤を基調とした、品のあるデザインで、関東圏ではオシャレで有名なものの一つである。不思議と気分が上がった。

アパートの前は多くの出勤中の社会人や通学中の学生が歩いていた。やはりこの制服が気になるのか、視線を感じる。

ふと、隣の高級マンションに目をやる。
急に昨日の出来事が、夢だったような気がしてきた。

以前通っていた高校も東京のにある学校だったが、家から近い学校を適当に選んで入っていたため、徒歩の通学だった。
しかし、新しい高校は上野にあるため、彼のアパートのある川崎から毎朝電車通学となる。
朝のラッシュが初めての彼には、なかなかきついものである。

「すごーー、、、、、、。」
学校に着き、校舎の高さに思わず声をあげる。

前までいた高校とは違い、典型的な都会の校舎である。
そしてまた、生徒の外見にも驚かされた。
もちろん普通の容姿の生徒が大半だが、職員室まで行く途中で、一瞬芸能人と見違えるほどのルックスの持ち主が、男女問わず数人いるのだ。

(そりゃ分かってたけど、、、流石だな、、、。)

そう。
ソヌの新しい転校先である、この高校は、将来のスターシンガー、アイドル、芸術家、音楽家、映画監督、俳優etc、、、を多数排出している、日本でも名の知れ渡った、私立国際総合芸術高等学校である。

と付くだけあって、実際、外国人やハーフが生徒の6割を閉めており、(残り4割は純日本人)ソヌは、韓国・釜山から家族で来日してきたアイドル志望の韓国人である。
世界でも注文を集める高校で、頻繁に留学生がやって来る。

そんなハイレベルな高校から入学許可が降りたことに、改めて感謝している間に、職員室に着いた。

担任に挨拶をし、朝のHRのチャイムがなるまで軽く雑談をする。親とはリモートで繋ぎ、挨拶をしていた。


(この瞬間が一番緊張するんだよな~。)
ついに、ソヌがこれから過ごす、実用音楽科のクラスのドアの前に来てしまった。

「それじゃ、入って来て~。」
担任のハリのある声が聞こえてきた。
勇気を持って、ドアを開け、黒板の前に立った。

「じゃあ、名前と、軽く自己紹介。」

「、、、、ヤン・ソヌです。えーっと、、、、、小学六年生のとき、釜山から日本に来て、今は川崎の日韓特区で一人暮らしです。んーと、選考は声楽コースです。これからよろしくお願いします。」

そう言い終えると、拍手で迎えられた。
何となく良いクラスなのが伝わってくる。

「席はね~一番窓側の、後ろのとこ!」
2つ空いている席があった。
「どっちですか?」
「前の方!」
(一番後ろが良かったな~。)
そう思いながら席についた。

気になる隣の席の子は、黒髪ロングの女子である。
こちらの視線に気がついたのか、
「よろしくね~。」
と、笑顔で言ってきた。

朝のHRが終わり、席を立とうとすると、10人ほどの男女に囲まれた。心做しか、女子が多いような気もする。

「ソヌ君、背高いね!何cm?」
「声楽コースなんだ~!一緒!」
「ソヌ君もしかしてアイドル志望?」
「やば~イケメンじゃーん」

一度に数人から話しかけられるので、何も答えられない。
(トイレ行きたいのに、、、。)

、、、これからの騒がしい生活が垣間見えた。


何とか抜け出して、トイレを済ませた。
全体的に清潔感の溢れた学校で、少し歩いただけでも、設備の充実さなどが分かる。

そんなことを考えながら歩いていると、一人の女子とすれ違った。

(あれ、、、、、、どっかで見覚えのあるような、、、。)

顔がチラッと見えたのだが、後ろ姿では誰だか思い出せない。
ふと彼女の右腕に視線を移すと、掴まれた跡のようなあざが、微かに見えた。

(もしかして、、、)

そう思ったとき、気づけば声をかけていた。

「あの!」

彼女が振り返る。

顔が見えた。やはり、そうだ。
昨日の、高級マンションの女だった。

しかし、声をかけたのはいいものの、次に言う言葉が浮かんでこない。
焦っているところに、彼女は意外なことを言い放った。

「、、、、、、どちら様ですか?」

「、、、え???」

ソヌの目が点になる。つい昨日と同じ光景である。

「えっ、いや、あの、、、。」

「ごめんなさい、私、急いでるの。」
そう言うと彼女は行ってしまった。

近くの生徒にジロジロ見られている中、ソヌは数秒固まっていた。

「ソヌくーん。あれ?どうかしたの?」
クラスメイトが話しかけてきて我に返るソヌ。
「あ、あのさ、あの女子って、、、。」
「お?早速一目惚れ?」
「いや違うけど、、、。」
否定は呆気なくスルーされ、
「見る目あるけど!やめときな!あの人色々事情抱えてる系の人だから!」
「いやだから違うけど、、、。どんな人?」
「まあ一言で言えば、超金持ち。そんで有名人。」
一言じゃない。

「やっぱ金持ちなんだ、、、。」
「アイドルやめて、玉の輿でも狙っちゃう??ソヌ君ならどの女子でも、イチコロだよ。」
「いや~俺、なんか嫌われてるっぽいしな~。」
「そんな諦めんなって~。」




(まっ、、、、、、まさか!とは、思ってたけど、、、、、、そのまさかだよ!)

一方、頭を抱えてる女子が一名。


(あの、鼻水王子が転校してくるなんて~~~!!)













〖第1章〗
「はじめまして」
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