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秘密の関係

伯爵VS幼なじみ

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「アデリアの経歴は嘘だ」
 完璧なエスコートで部屋に招いたラスール伯爵が、扉を閉めた途端にザックスはそう告げた。
「まあ、どうぞ座って」
 ラスール伯爵が心地よさそうな椅子へと促すが、ザックスは微動だにしない。
「出した紙、あれはオレが適当に書いた。アデリアは貧民街寄りの平民街で、父親のいない家で育ったど平民だ!オレを罰しても良いから今すぐクビにしろ!」
 まくし立てるザックスとは対照的に、伯爵は奥の椅子へと美しく腰を下ろし、顎に指を添えた。
「なるほど、彼女が俺やスチュアートを見ても取り乱さなかったのは君のせいか」
「……どういう意味だ?」
「ザックス・ウォードだね。ちゃんと知っている。雇い人の身辺調査はしっかりとする方なんだが、君の顔は初めて知ったよ。確かに皆が言うようにイイオトコだね」
「はあ?」
「ま、俺の方がイイオトコだけど。彼女が顔だけでふらふらっとならないのは、いつも君を見ていたからなんだねウォードくん」
 言わなくても良いが一言付け加えてしまう。それはラスール伯爵の負けん気が強い証拠である。
「……ちょっと待て、身辺調査って……?」
「彼女の出自は分かってるよ。あの経歴が嘘なのも最初から分かっていたよ。……一部を除いてね」
「一部?」
「ーーその様子だと君は知らないようだ。わざわざ大事な情報をただでなんて渡さないよ。この世界は情報が全てだからね」
 意味深に、そして不敵に伯爵は笑い、長い足を組みかえた。
「彼女の事だけど。このまま雇うよ。スチュアートが勝手に設けた試用期間も過ぎたし、何より俺は彼女を気に入っている」
 自信満々な態度が鼻につくのは、同族嫌悪だろうか。なんとかこの男に一矢報いたくてザックスは言葉を探した。
「……そっちが気に入っても、アディはどうかな?」
 わざと【アディ】と呼んだのは優位を示したかったからだ。
「ふふ。可愛いねぇ。いいかいウォードくん。私も彼女をアディと呼ぶんだ。彼女が許可してくれたからね。そして、アディは俺の事を【シュエット】と呼んでくれるんだよ」
 勝ち誇ったような言葉に、ザックスは確かに衝撃を受けた。アデリアをアディと呼ぶのは、家族以外ではザックスだけだったのに。アディに1番近しい男は自分だったのに。
「さあウォードくん。俺は忙しいからもう行くね。お茶も出さずに申し訳無いが今度は正式な申請を出して入ってきてくれないか?アディの友人としてきちんとおもてなしするからさ」
 伯爵が鼻歌交じりに扉をあけ、出ていくようにジェスチャーでしめしてきた。
 失意のザックスはそれに従うしかなく、すっかり肩を落として屋敷を後にしたのだった。
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