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正しい事
針
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「だが、ウユチュ様も美しい。お前とウユチュ様の美しさは違う」
「遺伝子は同じで、顔のパーツも指の長さも変わらないのに、私と彼女は違う。なぜかわかるか?」
ふんわりとした綿菓子のような明るいウユチュと、髪は金なのに瞳の奥に暗い闇を抱いたクロレバ。似ているのに、しっかりと二人は違う。その理由はタシュには分からず、静かに首を振った。
「彼女が、旅人と子を成したからだよ」
「どういう事だ?」
「……少し話過ぎた。この話はここでやめだ。それよりも、タシュ、お前は自分の身を案じろ」
腕を組んだクロレバの指に力が込められ、柔らかな皮膚に爪の跡がついた。
「……俺を、どうする?」
「そうだな……ここでの事を忘れて、外に戻るのが一番平和じゃないか?」
「殺さなくて良いのか?」
「私の事をどんな風に聞いたかわからないが、私にだって良心はある。むやみに人の命を奪いたいとは思わんよ」
鳥かごの中に入り、繋がれたタシュの顎に手をかける。
「もちろん、しっかりと忘れてもらうがね」
その手に針がキラリと光るものが見えた。
「な、何だそれは?!」
「この国はまだまだ続かなくてはならない。私の代で途絶えさせるなんて耐えられない。必ず、次の女王を産まねばならん」
クロレバの目が重く、見開かれる。
「それもこれも全て、アイムが戻らぬせいだ」
瞳が乾いたからなのか、彼女に目に涙が浮いている。
クロレバは針を握った手をタシュの首へと近づける。
「ちょっと待て!アイムだと……?」
「……お前、アイムも知っているのか?」
「当たり前だろ?俺はアイムが話していた白の国を探してここに来たんだから!」
首の近くで、針を持つ手が止まったのが分かった。
「会ったのか?アイムに?」
「もちろんだ。アイムは美人だった。トゥフタにも似ていた。でも話を聞いていてやっと理解した。アイムはあんたの娘なんだな」
針が、軽い音を立てて落ち、クロレバの大きな瞳が揺れた。力なく、細く長い指がタシュの肩に置かれる。
「あの子は、元気だったか?何をしていた?」
そう質問してきたクロレバの顔は、タシュが旅に出ると言った時に心配してきた母親とかぶった。母親の顔だ。
「……旅をしながら、躍っていた。歌も上手だった。白の国の昔話をしてくれた。大人達は作り話だと笑っていたけれど、俺はそうとは思えなかった。だって、目の前のアイムが本当に綺麗だったから」
「どんな話だ?どんな歌だ?」
「それは……」
「……♪砂の砂の真ん中、緑緑続く道、極彩色の花々♪」
クロレバが口ずさんだのは、何度も聞いたメロディだった。タシュの顔で察したクロレバは、満足したのかそこまでで歌うのをやめた。
「……笑っていたか?」
「え?」
「アイムは、楽しそうだったか?」
「ああ、もちろん」
「そうか、最後にそれが聞けて良かった」
しばらく俯き、クロレバは落ちた針を拾った。
「最後?おい、待て!殺さないと言ったじゃないか?!」
「ああ、安心しろ。命まではとらない」
「じゃあその針は何だ?!」
「これは、記憶を消す薬だ。記憶を消し、お前を砂漠へ戻してやろう」
「そんな薬でここで暮らした全てを忘れられると思うのか?!」
「思わない。そこまで優れた薬じゃない。だが、砂漠で朦朧とした意識のお前の言う事を誰が信じるか。お前がここに入った経路も見当がついたよ。もう二度とこの国へと来るな、タシュ」
「ま、待てまだ聞きたい事が――!」
冷たい針先が、タシュの首筋に触れた。ぷつ、と首の皮を突き破る音が体の中で響いた瞬間、猛烈な眠気に襲われた。抗う事も出来ず、ついには目を閉じてしまった。
「遺伝子は同じで、顔のパーツも指の長さも変わらないのに、私と彼女は違う。なぜかわかるか?」
ふんわりとした綿菓子のような明るいウユチュと、髪は金なのに瞳の奥に暗い闇を抱いたクロレバ。似ているのに、しっかりと二人は違う。その理由はタシュには分からず、静かに首を振った。
「彼女が、旅人と子を成したからだよ」
「どういう事だ?」
「……少し話過ぎた。この話はここでやめだ。それよりも、タシュ、お前は自分の身を案じろ」
腕を組んだクロレバの指に力が込められ、柔らかな皮膚に爪の跡がついた。
「……俺を、どうする?」
「そうだな……ここでの事を忘れて、外に戻るのが一番平和じゃないか?」
「殺さなくて良いのか?」
「私の事をどんな風に聞いたかわからないが、私にだって良心はある。むやみに人の命を奪いたいとは思わんよ」
鳥かごの中に入り、繋がれたタシュの顎に手をかける。
「もちろん、しっかりと忘れてもらうがね」
その手に針がキラリと光るものが見えた。
「な、何だそれは?!」
「この国はまだまだ続かなくてはならない。私の代で途絶えさせるなんて耐えられない。必ず、次の女王を産まねばならん」
クロレバの目が重く、見開かれる。
「それもこれも全て、アイムが戻らぬせいだ」
瞳が乾いたからなのか、彼女に目に涙が浮いている。
クロレバは針を握った手をタシュの首へと近づける。
「ちょっと待て!アイムだと……?」
「……お前、アイムも知っているのか?」
「当たり前だろ?俺はアイムが話していた白の国を探してここに来たんだから!」
首の近くで、針を持つ手が止まったのが分かった。
「会ったのか?アイムに?」
「もちろんだ。アイムは美人だった。トゥフタにも似ていた。でも話を聞いていてやっと理解した。アイムはあんたの娘なんだな」
針が、軽い音を立てて落ち、クロレバの大きな瞳が揺れた。力なく、細く長い指がタシュの肩に置かれる。
「あの子は、元気だったか?何をしていた?」
そう質問してきたクロレバの顔は、タシュが旅に出ると言った時に心配してきた母親とかぶった。母親の顔だ。
「……旅をしながら、躍っていた。歌も上手だった。白の国の昔話をしてくれた。大人達は作り話だと笑っていたけれど、俺はそうとは思えなかった。だって、目の前のアイムが本当に綺麗だったから」
「どんな話だ?どんな歌だ?」
「それは……」
「……♪砂の砂の真ん中、緑緑続く道、極彩色の花々♪」
クロレバが口ずさんだのは、何度も聞いたメロディだった。タシュの顔で察したクロレバは、満足したのかそこまでで歌うのをやめた。
「……笑っていたか?」
「え?」
「アイムは、楽しそうだったか?」
「ああ、もちろん」
「そうか、最後にそれが聞けて良かった」
しばらく俯き、クロレバは落ちた針を拾った。
「最後?おい、待て!殺さないと言ったじゃないか?!」
「ああ、安心しろ。命まではとらない」
「じゃあその針は何だ?!」
「これは、記憶を消す薬だ。記憶を消し、お前を砂漠へ戻してやろう」
「そんな薬でここで暮らした全てを忘れられると思うのか?!」
「思わない。そこまで優れた薬じゃない。だが、砂漠で朦朧とした意識のお前の言う事を誰が信じるか。お前がここに入った経路も見当がついたよ。もう二度とこの国へと来るな、タシュ」
「ま、待てまだ聞きたい事が――!」
冷たい針先が、タシュの首筋に触れた。ぷつ、と首の皮を突き破る音が体の中で響いた瞬間、猛烈な眠気に襲われた。抗う事も出来ず、ついには目を閉じてしまった。
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