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第一章 幸せから堕落へ
第五話
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病院の自動ドアを抜けると、夜の風が頬を打った。
來はただフラフラと歩き出した。どこへ向かっているのかもわからない。ただ、病院という場所から離れたかった。
足元はおぼつかず、心はどこか別の場所に置き去りにされたようだった。
その時、正面から駆けてくる人影があった。
「來!」
声を聞いた瞬間、來は反射的に顔を上げた。
そこに立っていたのは、美園から連絡を受けて急いで来た大輝だった。
「來、しっかりして! ……也夜は……」
息を切らせたまま、彼は來の肩を掴んだ。
大輝は也夜がモデルとして活動を始めた初期の頃からの付き合いで、彼のヘアメイクを何度も担当してきた人物だった。
來もまた大輝のもとで働く美容師であり、師であり兄のような存在でもある。
その大輝の顔にも、疲労と悲しみが色濃く滲んでいた。
「事務所の人たちは知ってるのかな」
大輝の声は震えていた。
「家族以外はいなかったので……これから連絡すると思います」
來はそう答えながらも、どこか上の空だった。声が自分のものとは思えなかった。
彼は大輝から離れようとした。立ち止まれば、崩れてしまう気がした。
立ち止まってしまえば、現実がすぐ背後に追いついてきてしまう。
「來、君も……也夜の家族じゃないか」
大輝の言葉に、來はピタリと足を止めた。
けれど、首を横に振る。
「……家族じゃないですよ。たった紙一枚出してないだけで……このざまですよ」
笑おうとしたが、喉の奥が焼けるようで、声にならなかった。
「帰ります」
「そんなっ、來!」
その瞬間、全ての感情が押し寄せた。
來は入口のドアに手をかけようとして、耐えきれず膝から崩れ落ちた。
自分でも信じられないほどの嗚咽が喉の奥からこみ上げる。
大輝は迷わずその身体を抱きしめた。
「うああああああああっ!!!!!」
夜の空気を裂くように、來の叫びが響いた。
抑えきれない悲しみが、溢れ出る涙と一緒に路上へこぼれ落ちていく。
やがて、也夜の事務所にも連絡が行き、ニュースにも取り上げられた。
也夜の名前は瞬く間に全国に広がり、SNSには心配と祈りのコメントが溢れた。
結婚式の中止の連絡を來が入れる必要もなかった。
代わりに、何人もの友人、同僚、かつての顧客たちから、心配や励ましのメッセージが届いた。
けれど、來の心には何も届かない。どんな言葉も、也夜の声には敵わなかった。
どうやって部屋に戻ったのか、記憶はほとんどなかった。
気づいた時には、自分の部屋のソファに座っていた。
きっと大輝が連れてきてくれたのだろう。
何人か、職場の仲間たちも駆けつけてくれたと後で聞いた。
外には報道関係者が数人、カメラを構えていたらしい。
そのとき初めて、來は思った。
――自分は、本当にすごい人と一緒にいたんだ。
多くの人に影響を与える人が、自分を選んでくれた。
「これからも一緒に生きよう」
と言ってくれた。
その言葉が、來にとって唯一の光だった。
「大丈夫、來。まだ死んでないんだから……ね、大丈夫」
ずっと大輝は隣で來を抱きしめていた。
美園を通じて、也夜の容態がわかったのは翌日だった。
來の代わりに病院へ行った大輝が、帰りに報告してくれた。
「……心拍も呼吸も、なんとか機械で保たれてる。でも予断は許されない。
もし自発呼吸が戻っても、障害が残る可能性が高いって……」
言葉が耳に入っても、頭が理解を拒んだ。
そんなのは、嫌だった。
來はもう一度也夜に会いたい。
あのベッドの上でもいい。手を握りたい。もう一度、声を聞きたい。
もっと早く、もっと強く抱きしめておけばよかった。
離れずに、あの人のそばにいればよかった――そう思うたび、胸が張り裂けそうになった。
「しばらくは家族も面会できないそうだ。運ばれた時よりも状態は悪化しているって」
「……ああああっ」
來は声を殺して泣いた。肩を掴む大輝の腕を、子どものように掴み返した。
「しっかりしろ、來。
家族じゃないだなんて言うな。たった紙一枚で線を引くなんて、おかしい。
お前たちは、もう家族同然だったじゃないか。
だから……信じろ。也夜は、戻ってくる」
來は頷くこともできず、ただ涙に濡れた顔を大輝の胸に押しつけた。
大輝はそれ以上何も言わず、泣き止むまで、黙って抱きしめ続けた。
來はただフラフラと歩き出した。どこへ向かっているのかもわからない。ただ、病院という場所から離れたかった。
足元はおぼつかず、心はどこか別の場所に置き去りにされたようだった。
その時、正面から駆けてくる人影があった。
「來!」
声を聞いた瞬間、來は反射的に顔を上げた。
そこに立っていたのは、美園から連絡を受けて急いで来た大輝だった。
「來、しっかりして! ……也夜は……」
息を切らせたまま、彼は來の肩を掴んだ。
大輝は也夜がモデルとして活動を始めた初期の頃からの付き合いで、彼のヘアメイクを何度も担当してきた人物だった。
來もまた大輝のもとで働く美容師であり、師であり兄のような存在でもある。
その大輝の顔にも、疲労と悲しみが色濃く滲んでいた。
「事務所の人たちは知ってるのかな」
大輝の声は震えていた。
「家族以外はいなかったので……これから連絡すると思います」
來はそう答えながらも、どこか上の空だった。声が自分のものとは思えなかった。
彼は大輝から離れようとした。立ち止まれば、崩れてしまう気がした。
立ち止まってしまえば、現実がすぐ背後に追いついてきてしまう。
「來、君も……也夜の家族じゃないか」
大輝の言葉に、來はピタリと足を止めた。
けれど、首を横に振る。
「……家族じゃないですよ。たった紙一枚出してないだけで……このざまですよ」
笑おうとしたが、喉の奥が焼けるようで、声にならなかった。
「帰ります」
「そんなっ、來!」
その瞬間、全ての感情が押し寄せた。
來は入口のドアに手をかけようとして、耐えきれず膝から崩れ落ちた。
自分でも信じられないほどの嗚咽が喉の奥からこみ上げる。
大輝は迷わずその身体を抱きしめた。
「うああああああああっ!!!!!」
夜の空気を裂くように、來の叫びが響いた。
抑えきれない悲しみが、溢れ出る涙と一緒に路上へこぼれ落ちていく。
やがて、也夜の事務所にも連絡が行き、ニュースにも取り上げられた。
也夜の名前は瞬く間に全国に広がり、SNSには心配と祈りのコメントが溢れた。
結婚式の中止の連絡を來が入れる必要もなかった。
代わりに、何人もの友人、同僚、かつての顧客たちから、心配や励ましのメッセージが届いた。
けれど、來の心には何も届かない。どんな言葉も、也夜の声には敵わなかった。
どうやって部屋に戻ったのか、記憶はほとんどなかった。
気づいた時には、自分の部屋のソファに座っていた。
きっと大輝が連れてきてくれたのだろう。
何人か、職場の仲間たちも駆けつけてくれたと後で聞いた。
外には報道関係者が数人、カメラを構えていたらしい。
そのとき初めて、來は思った。
――自分は、本当にすごい人と一緒にいたんだ。
多くの人に影響を与える人が、自分を選んでくれた。
「これからも一緒に生きよう」
と言ってくれた。
その言葉が、來にとって唯一の光だった。
「大丈夫、來。まだ死んでないんだから……ね、大丈夫」
ずっと大輝は隣で來を抱きしめていた。
美園を通じて、也夜の容態がわかったのは翌日だった。
來の代わりに病院へ行った大輝が、帰りに報告してくれた。
「……心拍も呼吸も、なんとか機械で保たれてる。でも予断は許されない。
もし自発呼吸が戻っても、障害が残る可能性が高いって……」
言葉が耳に入っても、頭が理解を拒んだ。
そんなのは、嫌だった。
來はもう一度也夜に会いたい。
あのベッドの上でもいい。手を握りたい。もう一度、声を聞きたい。
もっと早く、もっと強く抱きしめておけばよかった。
離れずに、あの人のそばにいればよかった――そう思うたび、胸が張り裂けそうになった。
「しばらくは家族も面会できないそうだ。運ばれた時よりも状態は悪化しているって」
「……ああああっ」
來は声を殺して泣いた。肩を掴む大輝の腕を、子どものように掴み返した。
「しっかりしろ、來。
家族じゃないだなんて言うな。たった紙一枚で線を引くなんて、おかしい。
お前たちは、もう家族同然だったじゃないか。
だから……信じろ。也夜は、戻ってくる」
來は頷くこともできず、ただ涙に濡れた顔を大輝の胸に押しつけた。
大輝はそれ以上何も言わず、泣き止むまで、黙って抱きしめ続けた。
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