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第一章 幸せから堕落へ
第六話
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挙式代は、事情が事情なだけに一部負担で済んだ。
式場側も、スタッフたちも、誰も責めなかった。むしろ「早い回復を祈ってます」と声をかけてくれた。
來はそのたびに胸が締めつけられた。
――迷惑をかけてしまった。
事故は也夜の個人的な行動によるものだったが、周囲にどれほどの人を巻き込んでしまったかを思うと、言葉にならなかった。
それでも、皆が祈ってくれるのは、也夜という人の持つ人間性のせいなのだろう。
彼は人気モデルでありながら、決して驕らず、誰に対しても柔らかい笑みを見せた。
気配りができて、空気を読むのがうまくて、誰といても穏やかだった。
同性のパートナーを公表しても、ファンは離れなかった。
そのことを思い出すたびに、來は改めて思う。
――本当に、人に愛される人だった。
それに比べて自分はどうだ。
カミングアウトをした瞬間、家族とも縁が切れかけ、友人のほとんどが去っていった。
孤独だった。息をしているだけで罪のような気がした。
そんなとき声をかけてくれたのが大輝だった。
彼のもとで仕事を教わり、今では美容師として生きている。
あの頃もし大輝に出会っていなければ、きっと今ここにいなかっただろう。
「なぁ、誰に会いに行ったんだ……也夜」
夜。
本来なら初夜を迎えるはずだった時間。
白いベッドの上には、也夜の代わりに大輝がいた。
部屋の明かりは落とされ、外の街灯の光だけがカーテン越しに差し込んでいた。
ベッドサイドに置かれた指輪のケースが、微かに光を反射していた。
來はそのケースを見つめながら、そっと大輝の肩に寄り添った。
大輝も同性愛者だ。二人は二年前まで恋人同士だった。
久しぶりに触れるその肌の温かさに、心が少しだけ安らぐのを感じたが、同時に胸の奥が痛んだ。
――違う。求めているのはこの温もりじゃない。
けれど、大輝は拒まなかった。
來もまた、寂しさに負けた。
人の体温に触れていないと、壊れてしまいそうだった。
「……わからない。結婚式にも来なくて、僕も知らない人だって」
來の声は小さく震えていた。
「で、会いに行ってもいいよって?」
「うん……」
「スマホは車に轢かれてぐちゃぐちゃだけど、通信会社で調べれば相手はわかるよ。調べようか?」
「そんなことしてどうなるんだよ……その人を責めるの?」
「……だよな。でも、その人らしき人は来たか?」
「わからない。入れ替わり立ち替わり人が来てくれたし、連絡もたくさん来た。みんなに聞いてみようか」
來は静かに首を振った。
「そんなことしても……也夜は目を覚まさない」
「……そうだよな。意味がないよな」
二人は見つめ合った。
視線が絡む。
沈黙が、熱を帯びていく。
次の瞬間、大輝が來の肩を押し倒した。
ゆっくりと顔が近づいてくる。
けれど、唇が触れる直前、來は顔を逸らした。
「……こんな時に、元恋人が慰めるなんてさ。
しかも下心があるなんて……最低だな、自分」
かすれた笑い声を漏らす。
「そんなことない。……ずっとそばにいてくれてありがとう」
大輝の声が優しく響く。
來はそのまま彼の胸に顔をうずめた。
脚を絡ませ合い、互いの体温を確かめるように寄り添う。
――也夜、ごめん。
胸の奥で、來は何度も謝った。
あの病室のベッドで眠る也夜を思い浮かべながら、涙がにじむ。
2人の体温はじわじわと上がり、息が混じる。
しかし、キスだけはしなかった。
唇は互いの首筋をゆっくりと撫でるだけだった。
「……ごめん、やっぱりやめておこう」
大輝はそう言って唇を離し、布団から抜け出した。
「大輝……?」
來は驚いたように身体を起こす。
大輝はトイレに向かい、数分して戻ってきた。
「……來はいかなくていいのか?」
「いきなりやっぱやめようって言うから……萎えちゃったよ」
「ごめん。……こんなんだから、來に愛想尽かされたのかもな」
「……違うでしょ」
「だっけ?」
とぼけるように言う大輝に、來は目を伏せた。
本当は、大輝の方から去っていったのだ。
――高校デビュー。
あの日、髪を染めたくて入った美容室で出会ったのが大輝だった。
その優しい笑顔と、さりげない気遣いに惹かれた。
初めて自分を「普通の人間」として扱ってくれた人だった。
「明日から店を開ける。……來はどうする?」
「明日は……休む。明後日には出るよ」
「うん。なんとか回せそうだ。……無理はするな」
「ありがとう」
大輝はベッドに戻り、「もう寝よう」と言って目を閉じた。
寝つきの早さは昔から変わらない。
その隣で、來はただ目を開けていた。
思い出してしまう。
――也夜は、なかなか寝付けない僕に、よく付き合ってくれた。
「眠れるまで話してようか」と言って、手を握ってくれた夜。
その手のぬくもりが、今も離れない。
けれど、もうそこにいない。
部屋の静寂が、來の孤独を際立たせた。
涙が枕に染み込み、頬を伝う。
今夜もまた、長い夜が始まる。
式場側も、スタッフたちも、誰も責めなかった。むしろ「早い回復を祈ってます」と声をかけてくれた。
來はそのたびに胸が締めつけられた。
――迷惑をかけてしまった。
事故は也夜の個人的な行動によるものだったが、周囲にどれほどの人を巻き込んでしまったかを思うと、言葉にならなかった。
それでも、皆が祈ってくれるのは、也夜という人の持つ人間性のせいなのだろう。
彼は人気モデルでありながら、決して驕らず、誰に対しても柔らかい笑みを見せた。
気配りができて、空気を読むのがうまくて、誰といても穏やかだった。
同性のパートナーを公表しても、ファンは離れなかった。
そのことを思い出すたびに、來は改めて思う。
――本当に、人に愛される人だった。
それに比べて自分はどうだ。
カミングアウトをした瞬間、家族とも縁が切れかけ、友人のほとんどが去っていった。
孤独だった。息をしているだけで罪のような気がした。
そんなとき声をかけてくれたのが大輝だった。
彼のもとで仕事を教わり、今では美容師として生きている。
あの頃もし大輝に出会っていなければ、きっと今ここにいなかっただろう。
「なぁ、誰に会いに行ったんだ……也夜」
夜。
本来なら初夜を迎えるはずだった時間。
白いベッドの上には、也夜の代わりに大輝がいた。
部屋の明かりは落とされ、外の街灯の光だけがカーテン越しに差し込んでいた。
ベッドサイドに置かれた指輪のケースが、微かに光を反射していた。
來はそのケースを見つめながら、そっと大輝の肩に寄り添った。
大輝も同性愛者だ。二人は二年前まで恋人同士だった。
久しぶりに触れるその肌の温かさに、心が少しだけ安らぐのを感じたが、同時に胸の奥が痛んだ。
――違う。求めているのはこの温もりじゃない。
けれど、大輝は拒まなかった。
來もまた、寂しさに負けた。
人の体温に触れていないと、壊れてしまいそうだった。
「……わからない。結婚式にも来なくて、僕も知らない人だって」
來の声は小さく震えていた。
「で、会いに行ってもいいよって?」
「うん……」
「スマホは車に轢かれてぐちゃぐちゃだけど、通信会社で調べれば相手はわかるよ。調べようか?」
「そんなことしてどうなるんだよ……その人を責めるの?」
「……だよな。でも、その人らしき人は来たか?」
「わからない。入れ替わり立ち替わり人が来てくれたし、連絡もたくさん来た。みんなに聞いてみようか」
來は静かに首を振った。
「そんなことしても……也夜は目を覚まさない」
「……そうだよな。意味がないよな」
二人は見つめ合った。
視線が絡む。
沈黙が、熱を帯びていく。
次の瞬間、大輝が來の肩を押し倒した。
ゆっくりと顔が近づいてくる。
けれど、唇が触れる直前、來は顔を逸らした。
「……こんな時に、元恋人が慰めるなんてさ。
しかも下心があるなんて……最低だな、自分」
かすれた笑い声を漏らす。
「そんなことない。……ずっとそばにいてくれてありがとう」
大輝の声が優しく響く。
來はそのまま彼の胸に顔をうずめた。
脚を絡ませ合い、互いの体温を確かめるように寄り添う。
――也夜、ごめん。
胸の奥で、來は何度も謝った。
あの病室のベッドで眠る也夜を思い浮かべながら、涙がにじむ。
2人の体温はじわじわと上がり、息が混じる。
しかし、キスだけはしなかった。
唇は互いの首筋をゆっくりと撫でるだけだった。
「……ごめん、やっぱりやめておこう」
大輝はそう言って唇を離し、布団から抜け出した。
「大輝……?」
來は驚いたように身体を起こす。
大輝はトイレに向かい、数分して戻ってきた。
「……來はいかなくていいのか?」
「いきなりやっぱやめようって言うから……萎えちゃったよ」
「ごめん。……こんなんだから、來に愛想尽かされたのかもな」
「……違うでしょ」
「だっけ?」
とぼけるように言う大輝に、來は目を伏せた。
本当は、大輝の方から去っていったのだ。
――高校デビュー。
あの日、髪を染めたくて入った美容室で出会ったのが大輝だった。
その優しい笑顔と、さりげない気遣いに惹かれた。
初めて自分を「普通の人間」として扱ってくれた人だった。
「明日から店を開ける。……來はどうする?」
「明日は……休む。明後日には出るよ」
「うん。なんとか回せそうだ。……無理はするな」
「ありがとう」
大輝はベッドに戻り、「もう寝よう」と言って目を閉じた。
寝つきの早さは昔から変わらない。
その隣で、來はただ目を開けていた。
思い出してしまう。
――也夜は、なかなか寝付けない僕に、よく付き合ってくれた。
「眠れるまで話してようか」と言って、手を握ってくれた夜。
その手のぬくもりが、今も離れない。
けれど、もうそこにいない。
部屋の静寂が、來の孤独を際立たせた。
涙が枕に染み込み、頬を伝う。
今夜もまた、長い夜が始まる。
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