救国の聖女となりえたのはなぜか~力が宿るのは、心か身体か~

Gypsophila

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ヒロインになり損なったのは、誰のせい?<モモナside>

5. 好感度アップの常套手段、そしてハッピーエンドへのカウントダウン

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「っ、酷い、……エマーソン様っ。こんなこと……ッ」

 午前の授業を終え、食堂や中庭など思い思いの場所へ移動する生徒たち。
 人気の少ない、けれど廊下を行き交う者は僅かに居る、そんな授業終わりの教室でモモナは静かに涙を流す。肩を震わせるモモナの前には、散らばった教科書とインクボトルを投げつけられたような跡の残る鞄が。
 誰かに助けを求めるでも騒ぎ立てるでもなく、ひとり教科書を拾い集める姿は儚げで痛々しい。華奢な肩が震え、大きなグリーンの瞳が涙で滲み、聞き逃してしまいそうな噛み殺した泣き声が微かに漏れた。それは猛烈に人の庇護欲を掻き立てる。
 通りかかった生徒たちがその姿を目撃していた。

「……どうしよう。また制服が破けてる。…………魔法実技の授業中に、教室誰かいたかなあ」

「いたた、足挫いちゃった。……なんであんなところに物が落ちてたんだろ」

「すみませんっ、授業遅れてしまって! ……あの、医務室に……行っていて。だ、大丈夫です! 少し、階段からその……」

 そんな小さな綻びが日を追うごとに大きくなっていく。
 第一王子の婚約者である気位が高く人を寄せ付けない公爵令嬢が優秀で生徒会にも登用された可憐な男爵令嬢に強烈な嫉妬をしている。そんな噂が学園内に駆け巡った。
 生徒会に自分が入れなかったことを恨んでいるらしい。
 男爵令嬢が自分よりも成績が良いことを僻んでいるらしい。
 氷のように冷たく美しい公爵令嬢は、日向の花のような男爵令嬢の可憐さが気に食わないらしい。

 ――公爵令嬢が男爵令嬢を虐めているらしい。

 貴族の世界に身分を笠に着た嫌がらせの類は決して珍しいものではなかったが、アシュトンの傍に常にいる男爵令嬢とその婚約者という構図は周りからすれば美味しいネタでしかない。
 どれだけ綺麗に着飾っても、人の不幸は蜜の味…悲しきかな、一部ではあれどあてはまる者は少なくなかった。


「でも、私は誰にもはっきり言ってないもん。みんなが勝手に勘違いしただけなんだから」


 意味深な発言を繰り返していると、いつの間にか周りからセシリアがモモナを虐めているという噂が次から次へと沸き立った。最近ではモモナが涙を滲ませているだけで邪推してくれる者も多い。
 もしかしたらストーリーを進めるための神の采配かもしれないと、モモナは満足げにほくそ笑んだ。

 そしてモモナの作戦は最高の形で実を結ぶことになる。セシリアからの嫌がらせを匂わせ始めた頃から格段に攻略者たち五人のモモナへの扱いが変わったのだ。

「セシリアの話、聞いたよ。……大丈夫かい? 何かあったらまずは僕に言って欲しい」

 アシュトンはセシリアに苦言を呈し、事あるごとにモモナを気にかけてくれる。

「……怪我をしているのに、流石だな。とても出来のいい魔法だ」

 冷たいままだったコンラッドは優しく微笑みかけてくれるようになった。

「ねえ。昨日話してたのって、だれ? 俺たち以外と話してるの初めて見た。……仲、いいわけ?」

 ネイサンは他の男子生徒と話すモモナに嫉妬を隠さない。
 好感度が上がると遭遇率の高くなるトバイアスとセドリックとも頻繁に顔を合わせては個人的な茶会に誘われるようにもなった。好感度のステータスバーこそ見えはしないが、明らかな好意がそこにはある。

「これよ、これっ! やっぱりセシリアからの嫌がらせがなかったから好感度が上がらなかったんだ。この調子でいけば、アシュトンもコンラッドも、みんなみーんな、私のもの。今までの分取り返すくらいにみんなに一杯愛してもらわなくっちゃ」

 すっかり気を良くしたモモナの行動は次第にエスカレートしていく。
 常にアシュトンたちと行動を共にし、親しげにする頻度も増え、攻略対象外であったとしても心配して声をかけてくれる者たちには粉をかけておいた。
 始めこそ慎重を期して、直接被害を訴えるようなことは一切しなかったモモナだったが、被害を匂わせるたび過保護に傍を離れなっていくアシュトンたちに味を占めるのはすぐのこと。すっかりモモナの話とアシュトンたちの中でセシリアは非道な悪役令嬢と化していた。
 モモナに罪悪感など当然ない。だって、それがセシリアの役割なのだから。

 相変わらずアシュトンとだけは週末イベントが発生しなかったが、学園でのアシュトンは誰よりもモモナを優先し優しくお姫様のように扱ってくれるゲームの中の姿そのままだったので、些細な誤差だと最早気にも留めない。

 甘く溶かされる、今まさにヒロインを心底満喫していた。





 季節は巡る。
 冬になると制服の上にジャケットやカーディガンなどの防寒服を羽織ることが許されていた。
 靴と同様、そこにも貧富の差は露骨に出る。しかし今モモナが羽織っているのは手触りがよく質の良い暖かなカーディガン。それは当然男爵家から持ち出したものでも自分で買ったものでもない。ネイサンが寒そうにしていたモモナにプレゼントしてくれたのだ。
 その他にもモモナが身に纏っている物の質は、入学当初よりも格段に跳ね上がっている。どれもこれもプレゼントしてもらったものだから。逆ハーレムルートを辿っているからなおのこと、プレゼントされ身に纏うアイテムの数は多くなっていく。
 それは攻略が上手くいっている証拠でもあった。

「あとはアシュトンが靴をくれるだけでいいのに……。なんでアシュトンとの週末イベントだけ発生しないのかなあ。……学園での様子を見る限り、好感度は十分高いはずなんだけど」

 季節がどれだけ進んでも、やはりアシュトンとだけ週末イベントが発生しない。入学当初から変わらない地味な靴を見下ろして、不満げに唇を尖らせた。ゲームではとっくの昔に「君に似合うと思って」とアシュトンから瞳と同じ色をした宝石がはめ込まれた美しい靴を手渡されているはずなのに。

 そのことを除けば、概ね攻略は順調なままだ。
 セシリアから目立った反論がなされないことで話の信憑性は高まり、今まで遠巻きに静観していた面々もモモナを気遣う素振りを見せ始めている。それどころかセシリアにどれだけ酷いことをされても気丈に教室に行き、そのセシリアを凌駕する実力を発揮し続けるモモナを崇拝し始める者さえいた。
 近くセシリアとの婚約破棄がなされるのか、はたまた流石に男爵令嬢では王妃にはなれないだろうから妾として後宮に呼ばれるのではないか。様々な憶測が水面下で囁かれていた。


 しかし学園中の関心をかっさらっていた話題を忘れさせる出来事が国を襲う。


 ――魔王の復活だ。


 それは<アマトカ>のクライマックスで発生する最終イベント。
 攻略ばかりに力を入れているとここで魔王に勝てずバッドエンドを迎える最難関であった。ゲームプレイヤーは好感度・学力・魔力のステータスバランスに苦しめられ、中々ハッピーエンドを迎えられない。
 しかしモモナには勝算がある。当然だ、魔王との決戦の流れも寸分の狂いもなくモモナは記憶している。この日のためにシークレットショップで買い漁ったアイテムはすべて消費し終え、今や授業や実技テストでモモナに敵う者などいない。ゲームで言うところのレベルカンストである。
 好感度は危うかったが最後に巻き返せたと思えるほどに五人が五人、みなモモナに侍っている。加えて、最終決戦の聖女覚醒ギミックの解除方法も記憶に鮮明に残っているのだから。

 ハッピーエンドへの布石は完璧だ。

 決死の戦いを経て、聖女に覚醒したモモナはアシュトンと結婚し、コンラッドたちを侍らせ、永遠の幸せを手に入れる。

 魔王の復活はまさに、モモナにとってハッピーエンドへのカウントダウンのようであった。
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