救国の聖女となりえたのはなぜか~力が宿るのは、心か身体か~

Gypsophila

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ヒロインになり損なったのは、誰のせい?<モモナside>

6. 魔王の襲来、聖女の覚醒はイマ?

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 しがない男爵令嬢は、聖女の力を目覚めさせ、魔王から国を救いました。
 そして王子様と四人の男たちの愛を一身に受け、生涯幸せに暮らしましたとさ。
 めでたし、めでたし。

 完璧なヒロインのための、完璧な物語。
 そう、間違いなく完璧に物語を紡いでいたはず。少なくとも、モモナの中では。

 ――完璧な、はずだったのに。



「なんで、よ……っ! 魔力がマックスだって、…聖女の力が目覚めなきゃ意味ないじゃんっ…なんで、目覚めないのよ……! 早く、覚醒ギミック出てきてよ!!」





 魔王が復活した報せをもたらしたのは、昔名のある冒険者パーティーに身を置いていたひとりの魔法使いだ。高齢の魔法使いは晩年を東の山にそびえ立つ塔に籠り、魔法や歴史の研究をしながら悠々自適に過ごしていた。
 ある日、塔の上で夜空を観測しているとはるか遠く、人が立ち入ることは殆どない荒れた北の山々に禍々しい光がいくつも筋になって落ちたことに気付く。それは古くから残る文献に詳細に書かれていた魔王の復活の報せと瓜二つだったという。
 魔法使いは慌てて王宮まで転移をし、事の次第を国王に伝えた。

 国王は緊急事態を悟り、すぐに対応に取り掛かった。北の山により近い領地には避難と備えを早々に伝令し、魔王が攻め入ってくることがあろうものなら、返り討ちするべくいくつもの対策を講じる。
 その状況は逐一学園にいる生徒たちにももたらされた。例えまだ親の庇護下にある年齢であったとしても、学園に通う者たちは力を持ち、民を守る側の人間だからだ。
 その筆頭は必然的にSクラスの面々となる。教師から状況報告を受ける生徒たちの顔には緊張感が走っていた。モモナを除いて。

「私はばっちり準備はできてるし、魔王が攻め入ってくるのは復活の報せからちょうど一ヶ月後だもん。今からピリピリしたってどうしようもないのに、知らないって可哀想だなあ。あ、でもアシュトンたちには心細いって慰めてもらわなくっちゃ! ここのコンラッドのスチル、カッコいいんだよなあ」

 いつ来るとも分からない魔王の存在に怯えた女子生徒たちが互いを励ますように身を寄せ合う姿をモモナは馬鹿にしたように鼻で笑う。そんなことよりもと、モモナはストーリーを進めるために生徒会室へ足取り軽く歩き始めたときのことだった。


 ――腹の底をジリジリと震わせるような、轟音が響いた。


 誰もが足を止め、状況が把握できず辺りを見渡したり窓から外を覗いたりと慌ただしく情報収集に勤しむ。誰もが魔王の復活の報せに神経質になっているのだから、無理もない。
 すると程なくして、学園中にアシュトンの声が響き渡った。


「緊急事態発生、緊急事態発生! ……魔王が魔物を引き連れて王都に攻め入ってきた。 Sクラスは落ち着いて自分の持ち場につけ! その他のクラスは今先生がたが教室に向かっている。指示に従って動くように。なによりも民の命を守ることに尽くせ!」

 
 轟音に取り乱していた生徒たちだったが、アシュトンの言葉を聞いてからの行動は早かった。学園の生徒たちに任されているのは王都の住民の避難。Sクラスの生徒たちは、あらかじめ教師に割り振られた役割や持ち場に従って、各々が走り始める。やはり、モモナを除いて。

「は!? う、うそ…! だってまだ一週間だって経ってないのに……!!」

 自分に都合よく原作とのズレを誤差だと認識していたモモナだが、流石に魔王の想定外に速い襲撃には動揺を隠せない。
 軋むほど痛い鼓動。すでに自分のやるべきことをするために走り出した生徒たちの姿は教室にはなく、モモナだけが取り残されていた。
 大丈夫、大丈夫、レベルはカンストしているし、攻略も上手くいっている。ここで逃げ出せばすべてが水の泡だ。授業での模擬戦闘は一切怖さなどなかったのに、なぜ分かっているはずの未来がこんなに怖いのか。
 気持ちの整理がつくよりも前に、教室に立ち尽くすモモナを探していたらしいアシュトンたちが走ってくる。この場面には見覚ある。

「よかった、ここにいたんだね。さあ、共に行こう。――僕たちの力が今必要なんだ、一緒に守ってくれるね、この国を」

 確かにこれは聞きたかった台詞。手に手を取り合い、国を守るため魔王に向かう時のスチル。

「ええ、も、もちろん! 国のためにも、……皆のためにも、私、頑張る!」

 ヒロインの台詞も間違いない。ただ少し時期が早まっただけ。これもただの誤差。
 モモナは自分自身にそう言い聞かせながら、アシュトンたちと共に街へと走り始めた。





 辿り着いた街には、地獄が広がっていた。
 崩れ落ちた家は一軒や二軒なんかでは足りない。家の中に向かって誰かを呼ぶ悲痛な声が響き、聞かずとも状況が分かってしまう。攻め入ったきた魔物が何体も倒れているのと同等の数、いや、もしくはそれ以上の人々が横たわっていた。
 もう、モモナたちの知る活気あふれた美しい街の姿はどこにもない。

 地獄を目の当たりにして足が竦むモモナをよそに、アシュトンは教会にある地下防塞へ住民の避難を迅速に進めるために生徒たちの指揮をとり始めた。それにコンラッドやネイサンも続く。隊列を組み、住民を誘導する者、それを傍で守る者、魔物の動きを読み次の攻撃への指示を出す者、流石は王都学園で学ぶ優秀な人材の集まりだ。一糸乱れぬ動きで任務を遂行していく。
 必死にモモナもみなに続くが、襲いくる魔物や遠く上空でこちらを見下ろす魔王の姿に腰が引けて授業での半分の力も出せない。避難中、怖がる子供たちを安心させる言葉すら浮かばない、誘導なんてもってのほか。
 血を這う蛇の魔物には炎が、獅子の姿をした魔物には氷が、空飛ぶ怪鳥の魔物には雷が弱点であることを知っている。打ち込むべき場所も、何体倒せば次の展開に進むのかさえも。

 この時初めて、モモナは思い知った。ゲームの世界でを。

  本来ヒロインの活躍も相俟って、多く負傷者は出しながらも魔物を制圧し、魔王と対峙する展開が早々に訪れるはずだった。だが、なんとか次の展開に進む数を倒し終える頃には、宮廷魔術師団も騎士団も攻略対象者たちも生徒たちもみなボロボロで、魔王と対峙する力など到底残っているようには見えない。気力だけでなんとか倒れずにいる者たちは絶望の表情で空を見上げていた。

 今しかない。本来は魔王との戦闘のあと、圧倒的な力の差に絶望し倒れ行く攻略者たちを前に、ギリギリのところで聖女の力が覚醒する。そしてヒロインが国を救うのだが、もうモモナには今しか残されていない。

 確か、覚醒ギミックの発生は、皆を守りたいと思う心から生み出されていた。
 ボロボロになって力尽きようとする皆の姿にヒロインは強く強く願う。守れる力が欲しいと。
 両手を目の前で組み、覚醒前に流れるアニメーションの所作をなぞった。
 完璧に。――それなのに。



「なんで、よ……っ! 魔力がマックスだって、…聖女の力が目覚めなきゃ意味ないじゃんっ…なんで、目覚めないのよ……! 早く、覚醒ギミック出てきてよ!!」



 一向に発生しないイベントに頭を掻きむしりながら訳の分からないことを喚くモモナに問うだけの余裕があるものなどいない。上空に浮かぶ魔王だけがせせら笑っていた。

「無様に死にゆくだけの生物が何を喚いているかと思えば……、お前であったか。品のない無様なハエはいたぶって殺してやろうと思っていたが……いやはや、私はお前に借りがある。せめて、お前は苦しまぬよう一瞬で殺してやろう」

 冷ややかな声が降り注ぐ。周りは魔王と知り合いのようにも見えるモモナに怪訝そうな視線を向けるが、何の話をしているのかモモナにもさっぱり分からない。ゲームのどのルートでも魔王にそんな台詞はなかったはずだ。しかし話を理解する猶予など与えてくれるはずもなく、魔王の掌には黒く禍々しい力の玉が出来上がっていく。
 バッドエンドに繋がる、魔王の一撃だ。


「……ひぃっ!!」


 顔面を蒼白とさせ情けない悲鳴をあげるが、それで手を緩める魔王では当然ない。
 モモナに照準を合わせて繰り出された一撃に、なりふり構わずありったけの防壁魔法をモモナが詠唱する。力を調節するでもなく闇雲に放った魔法で運よく魔王の一撃を防ぐことができた。
 できたけれど本来魔力を防壁で相殺するはずが、はじき返すだけでいっぱいいっぱいだったらしい。モモナによって弾かれた魔法弾は明後日の方向へ飛んで行き、そこに運悪くあった教会の壁に穴を開けた。
 それだけならまだよかったのだが、衝撃で壁が崩れ、あろうことか住民を守り魔物を退け続けた者たちの上に降り注ごうとしている。
 そしてその中心にはアシュトンの姿が。



 目撃した誰もが息を呑む。
 城内に避難してもよい立場の第一王子が前線に立ち、魔物たちと戦い続ける姿に鼓舞されたものは多い。ボロボロになってもなお住民たちを逃がそうと尽力するアシュトンに誰もが心をひとつにしていた。国を守り、共に戦い抜き、民を思う王子が国王となり国を導く日を夢見て。

 そのアシュトンに向かって崩れていく瓦礫。自分たちもほとんど立ち上がる力もないというのに必死でアシュトンを守ろうと駆け寄る騎士、浮遊魔法で瓦礫を止めようとする魔法使い、しかしその誰よりも早く駆け付けたのは――。



「……アシュ……!!」



 一人の少女だ。
 黒い髪を揺らし飛び込んできた少女はアシュトンの頭上に分厚い防壁魔法を展開させた。少女の防壁魔法でひとまずだが、難を逃れたようにみえるアシュトン。周りの騎士や魔法使い、生徒たちは安堵の息を漏らす。

 しかしモモナはひとり愕然としていた。
 自分のしでかした失態にではない。アシュトンを助けに入った少女の姿に愕然としていたのだ。



「………嘘、なんで………私……」



 見間違うはずがない、前世の自分の姿に。
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