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A03運行:特命掛のハジメテ
0039A:積み残しは、できればない方がいいね。
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「しかし井関、君は何故そう黙りこくっているんだい」
彼らが一応の結論を出したそばで、井関は一人、物思いにふけっていた。
「いやね、気になることがあるんだよ」
「気になること?」
井関はやはり、わからないよと首を振る。
「車掌が言ったあの言葉さ」
「というと……」
「『毎日やってくる雑多な貨車の面倒を見る』という部分ですか?」
水野がそう言うと、井関は得心したような顔をした。
「やはり、君も気になったか」
「ええ。私も少し、心に引っかかりました」
「どういうことだい?」
小林は困惑している。その隣で、笹井はやっと彼らの疑念に合点がいった。
「そうか、ありえないんだ」
「だから、なにがだ」
「彼の言い分はつまり、整備の仕方が違う様々な車輛がやってきて、それをイチイチ整備していられないということだろう?」
「私もその様に理解した。それがなにか?」
「ありえないんだ。国鉄と、国鉄に直通する全ての車両は、規格が統一されている」
小林はびっくりして座席を立ち上がる。
「え、そうなのか?」
「キミ、車輛局が日頃どれだけ苦労しているか知っているかい?」
彼は言葉を喪いながら首を振ることでそれに答えた。井関は大きくため息をつく。
「遠く明治の時代に定められた……。正確に言えば、明治の終わりから大正あたりに定められた規格に則ってボクらは車輛づくりをしている」
「つまり、現場を混乱させるような仕様の変更は無かった、と言いたいのか?」
「まったくもってその通りだ。機関車のような動力車ならまだしも、彼らが指摘したのは貨車についてだ。貨車の基礎構造は、本当に明治のころからほぼ変わってはおらん」
「じゃあ……、彼らの主張が間違っているというのか?」
「それがわからないから考えてるんだ」
井関はそのまま、頭を抱えた。
「考えても仕方がないことだと思うがね、どちらにしろ、樺太が真っ当な状況になれば解決することだろう?」
「それはそうなんだが……」
それからまた、井関は考え込んでしまった。水野はその空気をどうにかすべく、口を開く。
「引っかかると言えば、アレはどうしたんでしょうか」
「アレ、ってどの件だい?」
「ホラ、事故を起こした列車に乗っていたっていう……あのオバサンのご主人ですよ」
「「「あっ」」」
水野のその言葉で、井関ですら現実に意識が引き戻される。そして、何も言うことができず固まってしまった。
「そういえば……」
「忘れてたな……」
「というより、何一つとして手がかりが無かった、に等しいだろう。あの状況じゃあ」
「それはまったくその通りです。とはいえ、心残りですよ」
井関は慌てて時刻表を確認する。列車は彼女の待つ真岡ではなく、大泊へと向かっていた。
「ああしまった。連絡船上から電報を打っておこう」
「それがいいね。で、彼女の名前はなんだったっけ」
「内場ヒナさんだ。ご主人の名前は、ウチバ ユズルさん」
「犠牲者が出たという話は無かった。ということは、ご存命なんだろう。それだけ、伝えよう」
むしゃくしゃした気持ちを抱えたまま、列車は本土への道を走り続ける。井関は車窓を埋め尽くす白雪を望みながら、ただ、積み残した現実を思うことしかできなかった。
彼らが一応の結論を出したそばで、井関は一人、物思いにふけっていた。
「いやね、気になることがあるんだよ」
「気になること?」
井関はやはり、わからないよと首を振る。
「車掌が言ったあの言葉さ」
「というと……」
「『毎日やってくる雑多な貨車の面倒を見る』という部分ですか?」
水野がそう言うと、井関は得心したような顔をした。
「やはり、君も気になったか」
「ええ。私も少し、心に引っかかりました」
「どういうことだい?」
小林は困惑している。その隣で、笹井はやっと彼らの疑念に合点がいった。
「そうか、ありえないんだ」
「だから、なにがだ」
「彼の言い分はつまり、整備の仕方が違う様々な車輛がやってきて、それをイチイチ整備していられないということだろう?」
「私もその様に理解した。それがなにか?」
「ありえないんだ。国鉄と、国鉄に直通する全ての車両は、規格が統一されている」
小林はびっくりして座席を立ち上がる。
「え、そうなのか?」
「キミ、車輛局が日頃どれだけ苦労しているか知っているかい?」
彼は言葉を喪いながら首を振ることでそれに答えた。井関は大きくため息をつく。
「遠く明治の時代に定められた……。正確に言えば、明治の終わりから大正あたりに定められた規格に則ってボクらは車輛づくりをしている」
「つまり、現場を混乱させるような仕様の変更は無かった、と言いたいのか?」
「まったくもってその通りだ。機関車のような動力車ならまだしも、彼らが指摘したのは貨車についてだ。貨車の基礎構造は、本当に明治のころからほぼ変わってはおらん」
「じゃあ……、彼らの主張が間違っているというのか?」
「それがわからないから考えてるんだ」
井関はそのまま、頭を抱えた。
「考えても仕方がないことだと思うがね、どちらにしろ、樺太が真っ当な状況になれば解決することだろう?」
「それはそうなんだが……」
それからまた、井関は考え込んでしまった。水野はその空気をどうにかすべく、口を開く。
「引っかかると言えば、アレはどうしたんでしょうか」
「アレ、ってどの件だい?」
「ホラ、事故を起こした列車に乗っていたっていう……あのオバサンのご主人ですよ」
「「「あっ」」」
水野のその言葉で、井関ですら現実に意識が引き戻される。そして、何も言うことができず固まってしまった。
「そういえば……」
「忘れてたな……」
「というより、何一つとして手がかりが無かった、に等しいだろう。あの状況じゃあ」
「それはまったくその通りです。とはいえ、心残りですよ」
井関は慌てて時刻表を確認する。列車は彼女の待つ真岡ではなく、大泊へと向かっていた。
「ああしまった。連絡船上から電報を打っておこう」
「それがいいね。で、彼女の名前はなんだったっけ」
「内場ヒナさんだ。ご主人の名前は、ウチバ ユズルさん」
「犠牲者が出たという話は無かった。ということは、ご存命なんだろう。それだけ、伝えよう」
むしゃくしゃした気持ちを抱えたまま、列車は本土への道を走り続ける。井関は車窓を埋め尽くす白雪を望みながら、ただ、積み残した現実を思うことしかできなかった。
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