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A07運行:国鉄三大事故①

0074A:全てを明らかにするには、実験するしかない

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「やはり、機関士の信号無視とは言えない」

 盛岡というのは、東北随一の鉄道街である。都市として規模が大きいのは、もちろん仙台であるのだが。仙台は長町・仙台・宮城野・岩切・陸前山王……と、各機能が分散している。しかしながら盛岡は、この盛岡駅を中心として全ての機能が集約されている。
 車両基地、機関区、車両工場……。広大な敷地の中にそれらは在り、そしてそのほとんどが車輛によって埋め尽くされている。

 ここはまさに、鉄道銀座である。

 さて、そんな天下の往来の隅っこに、事故車両は安置されていた。

 それを前にして、盛岡鉄道管理局盛鉄局事故調査本部、御幣島みてじまは言う。

「さすがは本庁の方々ですね。我々も結論は同じです」

「おお、そうでしたか。では、そちらではどのように調査を進めていこうとお考えですか?」

 井関が問いかけると、御幣島は困った顔になった。

「申し訳ありません。実はこちらも手一杯なのです。というのも、事故に遭った車輛は最新鋭の高性能機関車C63形/C64形、そして最新鋭客車の10系です。これらの車輛がなぜ事故に至ったか、車輛的欠陥の側面からの検証は、難しく思います」

 この事故がなぜ起こったか。様々な原因が考えられる中、井関と御幣島は共通して、ほぼ列車の技術的な欠陥に原因があると踏んでいる。
 だが、事故を起こしたのは国鉄が誇る最新鋭車。そしてそれは、井関らが作り出し、水野らが配備したものである。

 どう足掻いても、御幣島にこれを”欠陥だ”と罵ることはできない。可能性を指摘することすらはばかられる。
 井関はその感情をくみ取り、こんな提案をした。

「実証実験をしたく思います」

 この発言に、御幣島は目を丸くした。

「えっと、何を検証するのですか?」

「C64形蒸気機関車の設計に携わった人間として、一つ気がかりなことがあります。それは、この機関車が重油燃焼式機関車だということです」

「ハァ……」

「重油燃焼式機関車の場合、燃料タンクから燃焼室までの配管の中で重油が漏洩し、それが線路に垂れることがあります。その重油を車輪が踏んづけた場合、ブレーキ性能は著しく低下するはずです」

「それはわかるのですが……。そんな実験してしまって良いのですか?」

 御幣島は息の詰まりそうな表情でそう訴えかける。井関はここで彼が何を懸念しているかをようやく正しく理解した。

「いいんですよ。もし責任が私にあるというのであれば、早く裁かれた方がこの国の為です」

「……御見それいたしました。樺太や北海道で数々の案件を平定された方々とは聞き及んでおりましたが、まさかこれほどとは。この御幣島調査本部、どこまでもお供させていただきます」

「よろしくお願いいたします」

 御幣島の声掛けにより、実験の準備は急速に進められた。

 余っている客車がかき集められ、事故と似たような編成が作られる。実験は、ダイヤにゆとりがあり盛岡からほど近い山田線で行われることになった。

 問題は機関車である。問題となっている第209列車は、このような編成である。

・C63 21+C64 6+ナハ/ナハフ10形客車14両

 C63/C64蒸気機関車は、平時からとても稼動率の高い機関車である。そして、先日の事故によって、盛岡鉄道管理局管内での稼動率はもはや100パーセントを越えていた。当然、実験に出せる機関車は一両も無い。

 このため、御幣島は代替の車輛を持ってきた。

「これは?」

「C59形蒸気機関車の134号機です」

 C59形蒸気機関車は他の蒸気機関車がそうであるように、石炭を燃焼させて運転するタイプの機関車である。
 だが、この134号機は違った。

「これはC63形蒸気機関車のプロトタイプとして、重油燃焼式に改造されたものです」

 重油燃焼式とは、固形の石炭ではなく液体の重油を燃料とする機関車のことである。
 石炭燃焼式に比べて性能が良い。それゆえに、C63形は現場から好まれているのである。

「ああ、思い出しました。C63を設計するにあたって、どのようにしたらよいのかを実験した機関車ですね。確か134号機と135号機がいて、どちらも盛岡機関区の所属でした。これなら、C63を使用したのと同じような結果を得ることができるでしょう」

 井関は御幣島に礼を言って、早速実験を始める。

「では、時速95キロまで加速してください」

 御幣島が機関士に指示を出す。機関士はウデがよく、すぐに目標速度まで到達した。

「この速度は?」

 井関が疑義をはさむと、御幣島は嫌な顔一つせず答えてくれた。

「事故に遭った機関士が、事故直前に出していた速度だ、と証言したものです」

 そしてその答えは明瞭だった。井関は納得して実験を前に進める。

「それでは、目印に差し掛かったら非常ブレーキをかけてください」

「目印は、アレですか」

「ええ、そうです。そして目印から20mごとに標識が立っており、ブレーキをかけてから止まるまで何メートル進むか、を一目で見てわかるようになっています」

 御幣島は用意がよかった。そして機転も効く。井関は感心した。

「では、非常、採ります!」

 目印に差し掛かる。機関士がそう言うと、大きな汽笛が鳴らされた。それと同時にブレーキハンドルが非常位置に叩き込まれ、全身に大きな衝撃が加わる。

「70……60……50……」

 速度はどんどん下がっていく。そして、止まった。

「今、何メートル!?」

 井関の想像が正しければ、法律で定められた600mをとっくに越えているはずだった。だが……。

「470mの看板から5mほど行き過ぎています!」

「ということは……475m!?」

 井関は仰天した。ブレーキ痕から叩き出した推定値700mは愚か、600mにも届いていない。列車は、所定の性能を満足に叩き出したのである。

「もう一回だ、もう一回やろう!」

 井関の要望に応じ、御幣島はこのあと数回、実験を繰り返させた。しかし、結果は同じだった。

「これは、どういうことだ?」

 井関は頭を抱えることしかできなかった。
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