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A08運行:はつかり、がっかり、じこばっかり

0081A:はつかり、がっかり、じこばっかり

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「はつかり、がっかり、じこばっかり」

 そんな文字が新聞を踊る。国鉄昭和30年改正は黒星出発……などと、手厳しい言葉も交わされる。

「まったく、今日も故障か……」

 なんで、こんなことになった。鉄道院幹部は頭を抱える。そしてついに、総裁は彼らを日本に呼び戻したのである。

「井関君や、すまんがチビッと調べてはくれんか……」



 特急”はつかり”号。昭和30年ダイヤ改正で堂々と登場した最新鋭特急列車である。区間は東北への玄関口・上野から、北方の入口・青森。この間を最速11時間で結ぶ高速特急だ。

「それで、何が悲しくて僕らは青森に逆戻りなんだい」

「仕方がないだろう。総裁のご命令だ」

 それがどうやら芳しくない……。四人はその原因を調査するために、今から青森へと旅立たなければならないのである。

 さて、四人は上野駅に着いた。そこでちょっとした偶然が起きる。四人が青森まで最も早く到着できる手段が、今まさに彼らが調査する”はつかり”号だったのである。

「これが”はつかり”か。ぶっさいくな顔だな」

 開口一番、笹井の悪態。だが三人はそれを止める気はない。目の前にあったのは、あまりにも洗練されているとは言いづらいデザインの車輛だ。

「間抜けな犬みたいだな」

「ウチで飼ってるワンキチの方がよっぽど賢そうだ。……もう俺のことは忘れてそうだが」

「これが件の問題児ですか?」

 エンジンがカラカラと回る音がする。重厚な見た目からは信じられないほどに軽い音だ。列車は重そうな車体にクリーム色と赤色の塗装が塗りたくられ、側面には小さく「キハ80」と書かれている。

 不細工な見た目ではあるが、とても問題がありそうには思えない。

「ちょうど都合がいい。これに乗って、不具合がどんなもんかみてみようじゃないか」

 駅員が”はつかり”の発車を告げる。四人は足早に乗り込んだ。

 彼らが座席についたころに、列車は発車した。車内にはそれなりの数の乗客がおり、なかなかに盛況なようだ。
 小林がふと立ち上がり隣の車輛へ向かう。かと思えば、すぐに帰ってきた。

「ションベンにしては早いじゃないか」

「違うよ。隣の号車の乗車率を見てたんだい」

 小林は辟易とした顔でそう言う。

「で、どうだった」

「隣も満席だ。こりゃあ、国鉄は失敗したね」

 列車はけたたましい音を立てながら加速する。流れる車窓を見ながら、井関はぽつりとつぶやいた。

「DMH17か……」

「なんだ、なんかのマジナイかそれは」

 聞きなれない言葉に小林が顔をしかめる。

「エンジンの型番だよ。君も国鉄マンなら……。いや、ごめん」

 井関が何かを察したように謝罪の言葉を口にする。小林はそんな彼の足をかかとで踏みつつ、先を促した。

「君は金輪際二度と俺に謝るな。それで、そのデー・エム・エイチとやらがどうしたって?」

「それがこの車輛に搭載されているという話さ」

 井関は耳をそばだてるしぐさをする。

「……エンジンの音だな」

「ああ、DMH17系エンジンの音だ」

「どうしてエンジンの音だけで型番が特定できるのかい?」

「逆に何で君はできないんだい?」

 さすがに怒った小林は水野に水を向ける。すると、水野もどうやら井関のいうことを理解しているようだった。

「井関先輩の言う通り、DMH17系特有のカラカラ音がしますね」

「ああ。そして立ち上がりの遅い駆動音……。間違いなくDMH17エンジンだ」

「君らはワインのソムリエかなにかかい?」

 小林は気障な顔でワイングラスを振り回すしぐさをする。水野は思わず吹き出した。

「ともかく、その、えーっと、デーエムエイチ、だと何かマズいのかい?」

 全く理解できていないにも関わらず果敢に話題に挑戦する笹井の意志を尊重して、井関は話を続けた。

「このDMH17は戦前の設計であまり出力が高くないんだ」

「力不足というわけだ。戦前というと、どのくらいのころの設計なんだ?」

「確か昭和一桁代……昭和7年のはずだ」

「なんだって!? まだゼロ戦どころか、96式艦戦もいない時代か」

 笹井が仰天したように手をわちゃわちゃさせる。

「ああ。今我々国鉄は、そんなエンジンで東北本線最速特急を運転しようとしているんだ」

 エンジン音が高まる。とたんに、心配になってくる。

「お、おい。大丈夫なのか?」

「一応、最近の急行型気動車にも使用されているエンジンだ。もっとも、速度はこの列車の半分くらいだが」

 列車は上野から常磐線に入り、岩沼まで向かう。そしてそこから東北本線に戻り、青森へひた走る。
 列車はとうとう、仙台へ至った。

「ここまでは順調じゃないか。そのデーエムエイチ17? でもなんとかなっているようじゃないか」

「ああ。このまま何事も無ければいいのだが……」

 仙台を発車する。ここからは東北本線随一の絶景スポットだ。小林はわくわくと外を見つめる。

「……オイ、なんか変な臭いしないか?」

 その時、笹井がそんなことに気が付いた。しかし、井関はよくわからない?

「そうか? うーん、わからんな。水野はどうだ?」

「そうですね、少し焦げ臭いにおいがするかもしれません」

「誰かが煙草でも吸っているんだろう。そんなことよりホラ、松島だぞ!」

 列車の右手には、日本三景との声も名高い松島が見える。あまりに見事な光景に小林が見とれている。危機感のない小林を皆が無視した。
 しかしその時、小林が声を上げる。

「あれッ? こりゃおかしいや!」

 三人に窓の外を見るように促すと、なにやら列車の周りを煙のようなものがまとわりついているのが見えた。
 この列車は蒸気機関車の牽引でもないのにおかしい、と四人が思い始めたところで、列車は急に速度を下げた。

「やっちゃった!」

 井関が思わずそう声を漏らす。列車は明らかに非常ブレーキを採った勢いで減速する。そしてついに列車は完全に停車した。その瞬間に車掌がやってきてこう叫ぶ。

「火事だ! 全員にげろ!」
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