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A08運行:はつかり、がっかり、じこばっかり
0084A:歩く不正の温床のような人間と共に、事故調査ははじまる
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「やあ井関君。ひさしぶりじゃあないか」
ニコニコ笑顔の人物。それは、近衛技師だった。
「は、ははは。お久しぶりです」
「おっとすまない。今電話中だったかな?」
「あ、ええっと……」
電話の相手は何かを察したのか、もうすでに通話は切れていた。井関は慌てて受話器を置く。
「いえ、今ちょうど終わったところです。それにしても近衛さん、どうしてここに……」
「君たちがわざわざ現場くんだりまで出向いて泥臭い調査をしていると伺ったものだから、これはぜひ君たちの心意気を汲まねばと思ってね!」
ガッハッハ、と陽気に笑う近衛。その後ろで、水野の顔がどんどん冷えていくのが分かった。
「おい水野君。彼はなんだい」
「近衛悟技師です。たしか、井関先輩の元上司……」
井関は嫌にヘコヘコと頭を下げる。
「偉い人なのか?」
「嶋元車輛局長が技師長に昇格されたあと、その後任として藤居さんが車輛局長になった。藤居さんの後を埋める形で、車輛局内での派閥を形成している人物と聞いている」
笹井が口を挟んだ。
「知っているのか笹井」
「ああ。いろいろな話を聞く人間だが、果たして……」
「おお、君たちかね!」
こんどは三人に目を付けた近衛が、こちらに近づいてくる。
「いつも井関がお世話になっているね!」
「は、はぁ」
「今日は君たちを手伝いに来たぞ! 私はエンジンについてとても詳しいから、ぜひぜひ頼ってくれたまえ!」
そう自分で語る人間ほど、往々にして頼りないモノである……。
(おい小林、どうしてこんな人間を職員局は野放しにしてきたんだ)
(そんなこと言われても、各部局の細かい人格のことなんて知らんよ)
笹井と小林が既に彼を白眼視する中、で井関は水野に耳打ちした。
「近衛はこう無能のふりをしているが、もしかしたら何らかの不正にかかわっているかもしらん」
「どういうことですか?」
その時、近衛が井関の方を振り返ろうとした。思わず背筋が凍る井関だったが、そこは笹井がカバーした。
「近衛さん、お初にお目にかかります笹井です。いやあ近衛さん、とても素敵なネクタイで……」
とても江戸っ子とは思えない”おべんちゃら”。小林は隣でゲェ~と顔をしかめているが、しばらくしてその”お世辞戦線”に彼自身も飛び込んだ。
「とてもハンサムなシルエットで……。床屋はどこにしてらっしゃいますか。いやはや、私もそろそろオシャレに気を遣わねばと……」
「うむ! 男でもそう言うのは大事だぞ。オサレが出来ん男は、ネクタイを結べん女と同じだからな」
意味の分からない言葉ですっかり機嫌を良くしている近衛に、井関はホッと胸をなでおろして話を続ける。
「……というと、エンジンの不正な選定に彼が関わっている可能性があると?」
「ああ。君も知っているとは思うが、ここ数年の気動車開発の流れは明らかにおかしい」
と、井関は言う。
「今回の件、もしかしたら彼の裏に大きな不正があるのかも知らん……」
「では、彼がこんなところまでやってきたのは?」
「十中八九、自分の不正に不利な証拠が出ることを避けるためだろう。完全に、圧力だ」
井関は頭を抱える。
「さて、では調査をしようじゃないか。事故を起こした編成はここにあるんだろう?」
近衛は洋々と歩き出す。その後ろを付いていきながら、井関は困難な前途を想い、一人胃を痛めた。
ニコニコ笑顔の人物。それは、近衛技師だった。
「は、ははは。お久しぶりです」
「おっとすまない。今電話中だったかな?」
「あ、ええっと……」
電話の相手は何かを察したのか、もうすでに通話は切れていた。井関は慌てて受話器を置く。
「いえ、今ちょうど終わったところです。それにしても近衛さん、どうしてここに……」
「君たちがわざわざ現場くんだりまで出向いて泥臭い調査をしていると伺ったものだから、これはぜひ君たちの心意気を汲まねばと思ってね!」
ガッハッハ、と陽気に笑う近衛。その後ろで、水野の顔がどんどん冷えていくのが分かった。
「おい水野君。彼はなんだい」
「近衛悟技師です。たしか、井関先輩の元上司……」
井関は嫌にヘコヘコと頭を下げる。
「偉い人なのか?」
「嶋元車輛局長が技師長に昇格されたあと、その後任として藤居さんが車輛局長になった。藤居さんの後を埋める形で、車輛局内での派閥を形成している人物と聞いている」
笹井が口を挟んだ。
「知っているのか笹井」
「ああ。いろいろな話を聞く人間だが、果たして……」
「おお、君たちかね!」
こんどは三人に目を付けた近衛が、こちらに近づいてくる。
「いつも井関がお世話になっているね!」
「は、はぁ」
「今日は君たちを手伝いに来たぞ! 私はエンジンについてとても詳しいから、ぜひぜひ頼ってくれたまえ!」
そう自分で語る人間ほど、往々にして頼りないモノである……。
(おい小林、どうしてこんな人間を職員局は野放しにしてきたんだ)
(そんなこと言われても、各部局の細かい人格のことなんて知らんよ)
笹井と小林が既に彼を白眼視する中、で井関は水野に耳打ちした。
「近衛はこう無能のふりをしているが、もしかしたら何らかの不正にかかわっているかもしらん」
「どういうことですか?」
その時、近衛が井関の方を振り返ろうとした。思わず背筋が凍る井関だったが、そこは笹井がカバーした。
「近衛さん、お初にお目にかかります笹井です。いやあ近衛さん、とても素敵なネクタイで……」
とても江戸っ子とは思えない”おべんちゃら”。小林は隣でゲェ~と顔をしかめているが、しばらくしてその”お世辞戦線”に彼自身も飛び込んだ。
「とてもハンサムなシルエットで……。床屋はどこにしてらっしゃいますか。いやはや、私もそろそろオシャレに気を遣わねばと……」
「うむ! 男でもそう言うのは大事だぞ。オサレが出来ん男は、ネクタイを結べん女と同じだからな」
意味の分からない言葉ですっかり機嫌を良くしている近衛に、井関はホッと胸をなでおろして話を続ける。
「……というと、エンジンの不正な選定に彼が関わっている可能性があると?」
「ああ。君も知っているとは思うが、ここ数年の気動車開発の流れは明らかにおかしい」
と、井関は言う。
「今回の件、もしかしたら彼の裏に大きな不正があるのかも知らん……」
「では、彼がこんなところまでやってきたのは?」
「十中八九、自分の不正に不利な証拠が出ることを避けるためだろう。完全に、圧力だ」
井関は頭を抱える。
「さて、では調査をしようじゃないか。事故を起こした編成はここにあるんだろう?」
近衛は洋々と歩き出す。その後ろを付いていきながら、井関は困難な前途を想い、一人胃を痛めた。
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