婚約破棄された公爵令嬢は厨二病でした。私は最後までモブでいたい』

ふわふわ

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第14話 強硬策という名の自滅

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第14話 強硬策という名の自滅

王太子ダイナスティは、苛立っていた。

それも、生半可なものではない。
胸の奥に沈殿した不快感が、時間とともに濃度を増し、理性を侵食していくような苛立ちだった。

(……なぜだ……)

学園の廊下を歩けば、生徒たちは一礼こそすれ、すぐに距離を取る。
以前のように媚びた笑顔も、期待を含んだ視線もない。

(……俺は……
 王太子だぞ……)

拳を握りしめる。

(……なぜ……
 俺が……
 避けられる……)

原因は、分かっているようで、分かっていなかった。

彼の中では、すべてが「不可解な妨害」に置き換えられていた。
誰かが裏で糸を引いている。
誰かが、意図的に自分から“あいつ”を遠ざけている。

(……教師……
 生徒会……
 そして……)

「……エスカレード……」

その名を呟くと、舌の奥に苦味が残った。

かつての婚約者。
婚約破棄を突きつけても泣き崩れず、取り乱しもせず、むしろ清々しいほど落ち着いていた女。

(……あいつ……
 何を……
 知っている……)

ダイナスティは、執務室の椅子に深く腰掛けた。

(……もう……
 探すだけでは……
 足りない……)

(……ならば……
 呼び出す……)

彼は、呼び鈴を鳴らした。

入ってきたのは、生徒会書記。

「……殿下……
 ご用件は……」

「……全校生徒を対象に……
 “聖女学の特別講義”を……
 設定しろ……」

書記は、一瞬だけ言葉を失った。

「……全校……
 ですか……?」

「……ああ……」

ダイナスティは、口角を上げる。

「……出席は……
 “義務”だ……」

その言葉に、
書記の背筋が、僅かに強張った。

「……承知……
 いたしました……」

書記が去った後、
ダイナスティは満足そうに息を吐いた。

(……これで……
 逃げ場は……
 ない……)

――だが。

その判断が、
致命的な一手だと、
彼はまだ理解していなかった。


---

特別講義の告知は、
学園中を瞬く間に駆け巡った。

「……え……
 全校……?」

「……出席……
 義務……?」

「……殿下……
 何考えてるの……?」

ざわめきは、
不安と警戒を含んで広がっていく。

中庭の片隅で、
令嬢Cは掲示板を見上げ、
静かに目を細めた。

(……来ました……)

(……完全に……
 悪手……)

友人1が、
不安そうに囁く。

「……これ……
 行かないと……
 まずい……?」

「……行かない……
 という選択肢は……
 ありません……」

令嬢Cは、
淡々と答えた。

「……ですが……」

「……これは……
 “選別”ではなく……
 “威圧”です……」

友人2が、
顔をしかめる。

「……ますます……
 怖い……」

友人3は、
小さくため息をついた。

「……でも……
 逆に……
 皆が……
 見ることに……
 なる……?」

その言葉に、
令嬢Cは、
ほんの一瞬だけ微笑んだ。

(……ええ……
 “可視化”……
 されます……)


---

講義当日。

大講堂には、
ほぼ全校生徒が集められていた。

空気は重く、
誰もが様子を窺っている。

壇上には、
王太子ダイナスティ。

その隣には、
白い衣を纏ったアルテッツァ。

彼女の表情は、
硬く、
どこか怯えていた。

「……本日は……」

ダイナスティの声が、
講堂に響く。

「……聖女学の……
 特別講義を……
 行う……」

「……王家として……
 聖女の……
 在り方を……
 正しく……
 示す……」

その言葉に、
生徒たちは、
無言のまま視線を交わす。

(……“示す”……
 ですか……)

令嬢Cは、
一段低い席で、
静かに聞いていた。

(……つまり……
 従わせる……
 つもり……)

ダイナスティは、
続ける。

「……聖女とは……
 選ばれる存在だ……」

「……王家が……
 認め……
 支え……
 導く……」

言葉は整っている。
だが、その響きは、
どこか一方的だった。

アルテッツァは、
小さく身を震わせる。

(……違う……)

(……私は……
 そんな……
 つもりじゃ……)

だが、
否定の言葉は、
喉で止まった。

――言えない。

それを、
ダイナスティは、
“同意”だと解釈した。

「……そして……」

彼は、
視線を講堂に巡らせる。

「……学園内には……
 秩序を……
 乱す……
 行動も……
 見受けられる……」

空気が、
一段、冷えた。

「……名も……
 立場も……
 曖昧な……
 存在が……」

ざわり、と
生徒たちが、
一斉に身構える。

(……ああ……)

令嬢Cは、
心の中で、
はっきりと理解した。

(……やって……
 しまいました……)

「……そのような……
 不明瞭な……
 振る舞いは……」

「……学園の……
 秩序を……
 損なう……」

完全に、
逆効果だった。

その瞬間、
生徒たちの心は、
一斉に冷えた。

(……誰のこと……?)

(……名も……
 立場も……
 曖昧……?)

(……それ……
 全員……
 当てはまる……
 可能性……
 ある……)

不安は、
怒りへと変わる。

教師席の教師Aが、
静かに目を伏せた。

(……これは……
 教育では……
 ない……)

(……脅し……)

ダイナスティは、
気づかない。

自分が今、
「敵」を
増やしていることに。

講義が終わる頃には、
拍手は、
まばらだった。

生徒たちは、
足早に去っていく。

令嬢Cも、
人の流れに紛れながら、
小さく呟いた。

「……完全に……
 踏み越えました……」

その背後で。

アルテッツァは、
壇上に残されたまま、
俯いていた。

(……私……
 何を……
 守らされて……
 いるの……)

王子の隣で、
彼女の心は、
確実に、
折れ始めていた。


--
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