婚約破棄された公爵令嬢は厨二病でした。私は最後までモブでいたい』

第30話 私は、モブでいる

第30話　私は、モブでいる

朝の学園は、静かだった。

あれほど騒がしかった日々が嘘のように、
王立学園の中庭には、いつもの朝の光が差し込んでいる。

鳥の声。
石畳を歩く足音。
遠くから聞こえる授業開始の鐘。

（……終わった……）

令嬢Cは、
図書室へ向かう回廊を歩きながら、
そう思った。

（……全部……
　終わりました……）

王太子ダイナスティは謹慎。
教会は王家から距離を取り、
聖女認定式は「未完」のまま凍結。

噂は、
すでに“確定事項”として語られ始めている。

「……あの光は……
　本物だった……」

「……名も名乗らなかった……
　とか……」

「……結局……
　誰だったの……？」

誰も、
正解に辿り着かない。

それでいい。

（……それで……
　いい……）


---

図書室の窓際。

いつもの席。
いつもの椅子。
いつもの本。

令嬢Cは、
何事もなかったかのように、
ページをめくる。

（……これが……
　私の……
　望んだ……
　日常……）

そのとき。

「……ここ……
　空いています……？」

控えめな声。

顔を上げると、
そこには――
エスカレードが立っていた。

「……ええ……
　どうぞ……」

自然なやり取り。

かつて、
王子の婚約者で、
聖女候補だった公爵令嬢。

今は――
ただの、
学園生徒。

（……落ち着いた……
　顔……）

エスカレードは、
椅子に腰を下ろし、
ふっと息を吐いた。

「……静か……
　ですわね……」

「……ええ……」

「……少し……
　物足りない……
　気も……
　します……」

（……それは……
　嘘ですね……）

令嬢Cは、
心の中でだけ突っ込む。

「……最近……」

エスカレードは、
声を潜める。

「……私……
　気づいた……
　ことが……
　ありますの……」

（……来ました……）

（……最終段階……）

「……私……」

彼女は、
少しだけ、
照れたように微笑った。

「……転生者……
　では……
　なかった……
　みたい……
　ですわ……」

令嬢Cは、
本を閉じずに答える。

「……そう……
　なのですか……」

「……ええ……」

エスカレードは、
小さく肩をすくめた。

「……前世の……
　記憶……
　だと……
　思っていた……
　もの……」

「……よく……
　考えたら……
　全部……
　本で……
　読んだ……
　知識……
　でした……」

（……やっと……
　気づきました……）

「……でも……」

エスカレードは、
少しだけ、
胸を張った。

「……結果は……
　出ました……
　でしょう……？」

「……領地も……
　良くなりました……」

「……だから……」

彼女は、
穏やかに言った。

「……中二病……
　だった……
　としても……」

「……悪く……
　なかった……
　ですわ……」

令嬢Cは、
小さく笑った。

「……ええ……」

「……とても……
　エスカレード様……
　らしい……
　です……」

それで、
話は終わる。

訂正も、
告白も、
暴露も、
いらない。

（……これで……
　十分……）


---

昼休み。

中庭。

モブガールズ――
友人1、友人2、友人3。

「……最近……
　平和……
　ですね……」

「……ちょっと……
　寂しい……
　かも……」

「……いや……
　私は……
　今の方が……
　いい……」

令嬢Cは、
輪の中で、
黙って頷く。

（……私も……）

（……今の方が……
　ずっと……
　いい……）

誰も、
彼女を探さない。

誰も、
名を求めない。

誰も、
役割を押し付けない。

それが、
何よりの幸福だった。


---

その頃。

王城の一室。

ダイナスティは、
窓の外を眺めていた。

王太子の座は、
まだ残っている。

だが、
そこに、
力はない。

「……結局……」

彼は、
呟く。

「……誰だった……
　のだ……」

名も、
身分も、
立場も、
分からない。

ただ――
拒否された。

それだけが、
彼の中に残っている。

（……最初から……）

（……俺は……
　見て……
　いなかった……）

だが、
その気づきは、
遅すぎた。

物語は、
すでに、
彼を置いて進んでいる。


---

夕方。

学園の門。

令嬢Cは、
いつもの道を歩く。

（……明日も……
　授業……）

（……試験も……
　あります……）

（……平和……）

空を見上げる。

夕焼けは、
特別な色をしていない。

だが、
それが、
心地いい。

（……私は……）

（……モブ……）

（……それで……
　いい……）

名も残らず、
歴史にも刻まれず。

だが――
確かに、
ここにいた。

世界を、
ほんの少しだけ、
正しい方向に戻して。

それを、
誰にも知られずに。


---

こうして。

婚約破棄は、
ざまぁへと変わり。

王子は、
自滅し。

中二病の公爵令嬢は、
自分を取り戻し。

そして――

令嬢Cは、最後までモブであり続けた。

英雄でも、
聖女でも、
伝説でもない。

ただの、
一人の少女として。

それが、
彼女の選んだ結末。