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第1話 公開婚約破棄
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第1話 公開婚約破棄
王城の大舞踏会は、いつもよりも華やかだった。
それは今夜が、王太子アレクシオンとその婚約者――リオネッタ・ラーヴェンシュタインの“お披露目”を兼ねているからだ。
シャンデリアの光が大理石の床に反射し、貴族たちの衣装を宝石のように照らしている。
羨望、期待、好奇心。
視線のすべてが、王太子と、その隣に立つ婚約者へと注がれていた。
……もっとも。
(ずいぶんと騒がしいですわね)
当の本人であるリオネッタは、静かにそう思っていた。
背筋を伸ばし、微笑みを浮かべ、完璧な礼を崩さない。
それは彼女が“そうあるべき令嬢”として、長年求められてきた姿だった。
学問、礼儀、政治的判断。
どれも怠らず、努力を重ね、結果を出してきた。
それが婚約者としての責務であり、王太子の隣に立つ者の義務だと信じて。
――信じていた、はずだった。
「皆に、聞いてほしいことがある」
アレクシオン王太子が、場の中央へ進み出る。
その声はよく通り、ざわめいていた会場が一瞬で静まり返った。
「本日をもって、私は――」
リオネッタは、胸の奥に小さな違和感を覚えた。
だが、表情は変えない。
変えるわけにはいかなかった。
「リオネッタ・ラーヴェンシュタインとの婚約を、破棄する」
次の瞬間、会場が凍りついた。
――え?
誰かが息を呑む音。
誰かが小さく悲鳴を上げる気配。
ざわり、と波紋のように広がる動揺。
リオネッタは、ゆっくりと瞬きをした。
(……ああ、そう来ましたか)
驚きは、確かにあった。
だが、それ以上に――胸の奥で、何かがすとんと落ち着く感覚があった。
「理由は簡単だ」
アレクシオンは、あくまで堂々と続ける。
「彼女は……完璧すぎる。息が詰まるほどにな」
その言葉に、貴族たちがざわめく。
「令嬢というものは、もう少し可愛げがあっていい。失敗もするし、頼ってもくる。だが彼女は違う。常に正しく、常に冷静で……まるで人形のようだ」
その瞬間――
リオネッタは、完璧なタイミングで、震えるように目を伏せた。
(あらあら。ずいぶん好き勝手に言ってくださいますのね)
内心では、冷静に分析している自分がいる。
感情的になっても、何も得はない。
ここで求められているのは、“捨てられた可哀想な令嬢”の姿だ。
「私は……彼女ではなく、心から愛せる相手を選びたい」
そう言って、アレクシオンは一人の少女を手招きした。
控えめなドレス。
緊張した面持ち。
いかにも“守ってあげたくなる”雰囲気の平民の少女。
「彼女こそが、私の真実の恋人だ」
美談の完成である。
会場の空気は一転し、同情と感動が混じったざわめきへと変わっていく。
――そして、その視線はすべて、リオネッタへと向けられた。
どう反応するのか。
泣き叫ぶのか。
取り乱すのか。
リオネッタは、ゆっくりと一歩下がり、胸元に手を当てた。
「……承知いたしました」
声を震わせ、目に涙を滲ませる。
完璧な演技だった。
「私が……王太子殿下のお役に立てなかったこと、誠に残念に思います」
一筋、涙を零す。
周囲から、小さな感嘆の声が上がった。
(――よし)
内心で、静かにガッツポーズを決める。
(これで、自由ですわ)
王太子妃としての義務。
完璧であり続ける重圧。
誰にも弱音を吐けない日々。
すべてから、解放される。
舞踏会の中央で婚約を破棄され、
貴族社会から“可哀想な令嬢”として見られる未来。
けれど――
(……思ったより、悪くありませんわね)
リオネッタ・ラーヴェンシュタインは、伏せた睫毛の奥で、静かに微笑んでいた。
この夜が、
彼女の人生で最も幸福な“始まり”になることを、
まだ誰も知らなかった。
王城の大舞踏会は、いつもよりも華やかだった。
それは今夜が、王太子アレクシオンとその婚約者――リオネッタ・ラーヴェンシュタインの“お披露目”を兼ねているからだ。
シャンデリアの光が大理石の床に反射し、貴族たちの衣装を宝石のように照らしている。
羨望、期待、好奇心。
視線のすべてが、王太子と、その隣に立つ婚約者へと注がれていた。
……もっとも。
(ずいぶんと騒がしいですわね)
当の本人であるリオネッタは、静かにそう思っていた。
背筋を伸ばし、微笑みを浮かべ、完璧な礼を崩さない。
それは彼女が“そうあるべき令嬢”として、長年求められてきた姿だった。
学問、礼儀、政治的判断。
どれも怠らず、努力を重ね、結果を出してきた。
それが婚約者としての責務であり、王太子の隣に立つ者の義務だと信じて。
――信じていた、はずだった。
「皆に、聞いてほしいことがある」
アレクシオン王太子が、場の中央へ進み出る。
その声はよく通り、ざわめいていた会場が一瞬で静まり返った。
「本日をもって、私は――」
リオネッタは、胸の奥に小さな違和感を覚えた。
だが、表情は変えない。
変えるわけにはいかなかった。
「リオネッタ・ラーヴェンシュタインとの婚約を、破棄する」
次の瞬間、会場が凍りついた。
――え?
誰かが息を呑む音。
誰かが小さく悲鳴を上げる気配。
ざわり、と波紋のように広がる動揺。
リオネッタは、ゆっくりと瞬きをした。
(……ああ、そう来ましたか)
驚きは、確かにあった。
だが、それ以上に――胸の奥で、何かがすとんと落ち着く感覚があった。
「理由は簡単だ」
アレクシオンは、あくまで堂々と続ける。
「彼女は……完璧すぎる。息が詰まるほどにな」
その言葉に、貴族たちがざわめく。
「令嬢というものは、もう少し可愛げがあっていい。失敗もするし、頼ってもくる。だが彼女は違う。常に正しく、常に冷静で……まるで人形のようだ」
その瞬間――
リオネッタは、完璧なタイミングで、震えるように目を伏せた。
(あらあら。ずいぶん好き勝手に言ってくださいますのね)
内心では、冷静に分析している自分がいる。
感情的になっても、何も得はない。
ここで求められているのは、“捨てられた可哀想な令嬢”の姿だ。
「私は……彼女ではなく、心から愛せる相手を選びたい」
そう言って、アレクシオンは一人の少女を手招きした。
控えめなドレス。
緊張した面持ち。
いかにも“守ってあげたくなる”雰囲気の平民の少女。
「彼女こそが、私の真実の恋人だ」
美談の完成である。
会場の空気は一転し、同情と感動が混じったざわめきへと変わっていく。
――そして、その視線はすべて、リオネッタへと向けられた。
どう反応するのか。
泣き叫ぶのか。
取り乱すのか。
リオネッタは、ゆっくりと一歩下がり、胸元に手を当てた。
「……承知いたしました」
声を震わせ、目に涙を滲ませる。
完璧な演技だった。
「私が……王太子殿下のお役に立てなかったこと、誠に残念に思います」
一筋、涙を零す。
周囲から、小さな感嘆の声が上がった。
(――よし)
内心で、静かにガッツポーズを決める。
(これで、自由ですわ)
王太子妃としての義務。
完璧であり続ける重圧。
誰にも弱音を吐けない日々。
すべてから、解放される。
舞踏会の中央で婚約を破棄され、
貴族社会から“可哀想な令嬢”として見られる未来。
けれど――
(……思ったより、悪くありませんわね)
リオネッタ・ラーヴェンシュタインは、伏せた睫毛の奥で、静かに微笑んでいた。
この夜が、
彼女の人生で最も幸福な“始まり”になることを、
まだ誰も知らなかった。
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