白い結婚のはずでしたが、いつの間にか選ぶ側になっていました

ふわふわ

文字の大きさ
35 / 38

第36話 何も言わずに勝つ――リオネッタの決定的勝利

しおりを挟む
第36話 何も言わずに勝つ――リオネッタの決定的勝利

 勝利の瞬間というものは、
 必ずしも、
 喝采や拍手に包まれるわけではない。

 むしろ――
 誰にも気づかれないほど静かな方が、
 決定的なのだ。

 その日、
 リオネッタ・ラーヴェンシュタインは、
 いつもと変わらぬ朝を迎えていた。

 窓辺に差し込む光。
 用意された紅茶。
 簡潔にまとめられた予定表。

 何一つ、
 特別なことはない。

 だが――
 城の外では、
 確実に、
 一つの時代が終わっていた。


---

 午前。

 グラーフ公爵領を中心とした
 新たな経済連携構想が、
 正式に発表された。

 内容は、
 穏健で、
 実務的だ。

 だが、
 注目すべき点は――
 王城の名前が、
 一切、
 出てこないことだった。

「……これは」

 評議会の席で、
 ある老貴族が、
 書類をめくりながら呟く。

「完全に、
 主導権が移っていますな」

 誰も、
 否定しない。

 なぜなら――
 それは、
 既に、
 “周知の事実”だったからだ。

 王城は、
 反対も、
 介入も、
 しなかった。

 できなかった、
 と言った方が正しい。

 調整役を失い、
 判断を下す者を失い、
 ただ、
 結果を受け取る立場になっていた。


---

 一方。

 その“中心人物”であるはずの
 リオネッタ本人は、
 淡々と、
 資料に目を通していた。

「……この条項、
 少し緩すぎますわね」

 小さな指摘。

 だが、
 その一言で、
 修正案が生まれる。

「長期的な信用を優先しましょう。
 短期の利益は、
 必ず、
 後からついてきます」

 誰かを論破するわけでも、
 声を荒げるわけでもない。

 当然の判断を、
 当然のように出す。

 それが、
 彼女のやり方だった。

 アレスト・グラーフは、
 黙って頷く。

 もはや、
 確認すら不要だ。

 この空間において、
 “正解”は、
 自然に、
 二人の間で一致する。


---

 午後。

 王都からの使者が、
 形式的な挨拶に訪れた。

 内容は、
 極めて無難だ。

「……今後とも、
 良好な関係を」

 頭を下げる。

 だが――
 その姿勢には、
 かつてのような、
 “上から”の気配はない。

 使者は、
 無意識のうちに、
 リオネッタの顔色を窺っていた。

 それに、
 彼女は気づいていたが、
 何も言わない。

 言う必要が、
 ないからだ。

「こちらこそ」

 穏やかに返す。

 それだけで、
 場は整った。

 交渉は、
 成立する。

 もはや、
 “王太子の判断”を、
 待つ工程は存在しない。


---

 夕刻。

 庭園を歩きながら、
 アレストが、
 ふと、口を開いた。

「……意識しているか」

「何をですか?」

「勝ったということを」

 リオネッタは、
 一瞬、
 考えた。

 そして、
 小さく、
 首を振る。

「いいえ」

 正直な答えだった。

「私は、
 勝とうとしたことは、
 一度もありません」

「だが、
 結果は、
 そうなっている」

「ええ」

 彼女は、
 歩みを止め、
 穏やかに言った。

「でもそれは、
 “誰かを負かした”結果ではなく」

 空を見上げる。

「必要なことを、
 必要な場所で、
 してきただけですわ」

 その言葉に、
 アレストは、
 深く頷いた。

「……それが、
 一番、
 強い」

 リオネッタは、
 微笑んだ。


---

 夜。

 執務を終え、
 二人は、
 静かな時間を過ごしていた。

「……王太子の件、
 何か、
 言われるかと思いましたが」

 リオネッタが、
 ぽつりと言う。

「誰からだ」

「周囲からですわ。
 “今のうちに、
 何か言っておいた方がいい”とか」

 アレストは、
 即答した。

「不要だ」

「……ええ」

 彼女も、
 同意する。

「言葉は、
 必要な人にしか、
 届きませんもの」

 そして――
 もう、
 必要とされていない人間に、
 言葉をかける理由は、
 どこにもない。


---

 その頃。

 王都の片隅で、
 かつて、
 多くの名を背負っていた人々は、
 静かに、
 歴史の外側へ押し出されていた。

 抗議もない。
 逆転もない。

 ただ、
 誰も、
 彼らを話題にしなくなった。

 それが、
 完全な敗北だ。


---

 リオネッタ・ラーヴェンシュタインは、
 勝利宣言をしない。

 復讐を語らない。
 過去を振り返らない。

 ただ、
 現在を、
 正確に、
 誠実に、
 積み上げていく。

 その積み重ねが、
 気づいたときには――
 誰にも、
 追いつけない場所へ、
 彼女を運んでいた。

 何も言わずに勝つ。

 それこそが、
 彼女の、
 最も美しく、
 最も残酷な、
 勝利の形だった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~

ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、 夜会当日── 婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、 迎えに来ることはなかった。 そして王宮で彼女が目にしたのは、 婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。 領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、 感情に流されることもなく、 淡々と婚約破棄の算段を立て始める。 目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、 頭の中で、今後の算段を考えていると 別の修羅場が始まって──!? その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、 エヴァンジェリンの評価と人生は、 思いもよらぬ方向へ転がり始める── 2月11日 第一章完結 2月15日 第二章スタート予定

政略結婚で「新興国の王女のくせに」と馬鹿にされたので反撃します

nanahi
恋愛
政略結婚により新興国クリューガーから因習漂う隣国に嫁いだ王女イーリス。王宮に上がったその日から「子爵上がりの王が作った新興国風情が」と揶揄される。さらに側妃の陰謀で王との夜も邪魔され続け、次第に身の危険を感じるようになる。 イーリスが邪険にされる理由は父が王と交わした婚姻の条件にあった。財政難で困窮している隣国の王は巨万の富を得たイーリスの父の財に目をつけ、婚姻を打診してきたのだ。資金援助と引き換えに父が提示した条件がこれだ。 「娘イーリスが王子を産んだ場合、その子を王太子とすること」 すでに二人の側妃の間にそれぞれ王子がいるにも関わらずだ。こうしてイーリスの輿入れは王宮に波乱をもたらすことになる。

【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~

遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。 「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」 彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。 瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット! 彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる! その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。 一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。 知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!

とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】 社交界を賑わせた婚約披露の茶会。 令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。 「真実の愛を見つけたんだ」 それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。 愛よりも冷たく、そして美しく。 笑顔で地獄へお送りいたします――

すべてを失って捨てられましたが、聖絵師として輝きます!~どうぞ私のことは忘れてくださいね~

水川サキ
恋愛
家族にも婚約者にも捨てられた。 心のよりどころは絵だけ。 それなのに、利き手を壊され描けなくなった。 すべてを失った私は―― ※他サイトに掲載

この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。

毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。

【完結】伐採令嬢とお花畑伯爵のままならない結婚生活

有沢楓花
恋愛
――あなたのために杉(仮)を伐る。新婚伯爵夫妻の別居婚、標高差1000メートル  散々結婚を先延ばしにされた挙句、ついに婚約破棄された男爵家の令嬢・ヘルミーナはとうに行き遅れ。  厳格な父親は家の恥さらしだと、彼女を老貴族の後妻として嫁がせようと画策していた。  老貴族の名を聞き、前世の日本人としての記憶がぼんやりとあったヘルミーナは確信する。  ここは乙女系領地運営シミュレーションゲーム『黒薔薇姫のシュトラーセ』エンディング終了直後の世界で、彼女はこの後夫の不正に巻き込まれて没落するのだと。  抗う彼女の窮地を偶然救ってくれたのは、病のせいで顔をくまなく覆った貴族、「お花畑伯爵」ウィルヘルム。  瘴気漂う領地のせいで滅多に領外に出ないとあって、長らく独身だった。  ウィルヘルムが事情でお飾り妻を必要としていると知ったヘルミーナは、彼に結婚と領地運営の手助けを申し出る。  たとえ彼が「二週目フリーモード以降選択可能な、高難易度領地持ちPC」であろうとも。  しかし手助けしようにもコミュニケーションはままならない。  瘴気を徹底的に避けるため、彼は森林限界の上に建てた別邸で一年の大半を過ごしているのだった。 「あなたの暮らす屋敷からは大よそ1000メートルといったところですね。……標高で、ですが」  1000メートルの別居婚を提案されたヘルミーナは、花粉に似た瘴気をまき散らす森を前に決意する。  登山をして会いに行き、政治的パートナーとして距離を詰めることを。  でなければ、また実家に戻されてしまうだろう。  もう後がないヘルミーナは、伯爵とともに領地を繁栄させることができるのか……?  この話は他サイトにも掲載しています。

【完結】冷遇され続けた私、悪魔公爵と結婚して社交界の花形になりました~妹と継母の陰謀は全てお見通しです~

深山きらら
恋愛
名門貴族フォンティーヌ家の長女エリアナは、継母と美しい義妹リリアーナに虐げられ、自分の価値を見失っていた。ある日、「悪魔公爵」と恐れられるアレクシス・ヴァルモントとの縁談が持ち込まれる。厄介者を押し付けたい家族の思惑により、エリアナは北の城へ嫁ぐことに。 灰色だった薔薇が、愛によって真紅に咲く物語。

処理中です...