婚約破棄された公爵令嬢と、処方箋を無視する天才薬師 ――正しい医療は、二人で始めます

ふわふわ

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第11話 処方箋が語らないもの

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第11話 処方箋が語らないもの

 国営薬局の朝は、変わらず忙しい。
 だが、空気だけが以前と違っていた。

「最近……患者さん、少なくない?」

 受付の薬師が、小声で言う。

「減ってるな。
 でも、苦情は来てない」

「それどころか、礼を言われる」

 それは、この薬局では異例のことだった。

 ギ・メイは、調剤台に立ちながら、その会話を聞いていた。
 特別な反応はしない。

 自分がやっていることは、変わらない。
 処方箋を読み、患者を見て、
 効能の範囲内で最適を選ぶ。

 それだけだ。

「次の方」

 現れたのは、初老の女性だった。
 足取りが重く、顔色も優れない。

「膝が、ずっと痛くて……」

 処方箋を見る。

――痛み止め。

(長期。
 関節由来。
 冷えも強い)

 ギ・メイは、万能薬の基礎配合に、
 血流促進と関節保護の薬草を足す。

 効能は、あくまで鎮痛。
 分類も同じ。

 だが、長く効くように調整する。

「こちらを」

「……ありがとう」

 女性は、深く頭を下げた。

 数時間後。

「また来たぞ」

 調剤室が、自然と静まる。

 女性は、杖を持っていなかった。

「……不思議ね」

 照れたように笑う。

「痛みが、軽いの。
 歩くのが、怖くない」

 局長は、その様子をじっと見ていた。

(抑えているだけじゃない)

(だが、
 処方箋違反でもない)

 そこが、最も厄介だった。

 昼過ぎ、局長は医師の一人から呼び止められた。

「最近、薬局の調剤が違うと聞いた」

 若くはないが、医会に属する医師だ。

「患者の症状が、軽くなりすぎている」

「……それは、問題ですか?」

 局長は、静かに返す。

「本来、慢性症状は
 完全には消えないものだ」

 医師は、断言した。

「だから、痛み止めを出す」

 その言葉に、ギ・メイは初めて口を開く。

「先生」

 調剤室が、静まり返る。

「処方箋に書かれているのは、
 “痛み止め”だけです」

「それが何だ」

「痛みを抑えるために、
 書かれているのですよね?」

「当然だ」

 ギ・メイは、うなずいた。

「私も、同じ目的で調剤しています」

「……?」

「ただ、
 痛みがどこから来ているかを考えているだけです」

 医師は、眉をひそめる。

「それは、医師の仕事だ」

「処方箋に、その情報はありません」

 淡々とした指摘。

「ですから、
 処方箋が語らない部分を、
 薬師が補っています」

 医師は、言葉を失う。

 反論できない。
 処方箋が、あまりにも簡素だからだ。

「患者が戻らないのは、困る」

 医師は、苦々しく言った。

「症状管理が、できなくなる」

 ギ・メイは、首を傾げる。

「管理、ですか?」

「……そうだ」

「治らない前提で?」

 医師は、答えなかった。

 沈黙が、調剤室を満たす。

「私は」

 ギ・メイは、静かに言う。

「処方箋通りに、
 痛み止めを出しています」

 視線を逸らさない。

「ただ、
 痛みが起きにくくなる形で」

 医師は、何も言えずに背を向けた。

 その背中を見送りながら、局長は確信する。

 これは、技術の問題ではない。
 制度でもない。

 考え方の違いだ。

 痛みを抑えるだけで良いのか。
 それとも、
 起きにくくするべきなのか。

 帳簿を見る。

 再来院数は、さらに減っている。

 だが同時に、
 患者満足度の欄は、
 見たことのない高さを示していた。

 処方箋は、何も語らない。

 だが――
 結果だけが、雄弁だった。

 その夜、ギ・メイは調剤室を出ながら、思う。

(処方箋が変わらなくても)

(現場は、変えられる)

 そしてその変化は、
 静かに、しかし確実に
 医療の前提そのものへと
 踏み込み始めていた。
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