1 / 32
第1話 祝福の舞踏会、その裏側で
しおりを挟む
第1話 祝福の舞踏会、その裏側で
王都ルクレールの王城は、今宵、宝石箱をひっくり返したかのような輝きに包まれていた。高く掲げられたシャンデリアから降り注ぐ光が、磨き抜かれた大理石の床に反射し、音楽に合わせて揺れる人々の影をきらめかせている。
今夜は王太子ルイス・アルヴェイン殿下の誕生日を祝う舞踏会。王国中の貴族が招かれ、華やかな衣装と甘い香水の匂いが、広間を満たしていた。
その中心に立つのが、エレナ・フォン・ローレンツ。公爵家の令嬢にして、王太子の正式な婚約者である。
淡い銀色のドレスは彼女の清楚な雰囲気によく似合い、背中まで流れる金色の髪は、丁寧に編み込まれていた。しかし、どれほど着飾っても、彼女の表情はどこか控えめで、微笑みは柔らかいのに、瞳の奥にはわずかな緊張が宿っている。
「……殿下、少しお疲れでは?」
隣に立つルイスに、エレナはそっと声をかけた。
だが、彼はちらりと彼女を見ただけで、すぐに視線を別の方向へ向ける。その先には、鮮やかな赤いドレスを身にまとった少女――アリアがいた。
「大丈夫だ。今は皆への挨拶で忙しいだけさ」
そう言いながらも、ルイスの口調はどこか上の空で、エレナに向けられる言葉は形だけのものだった。
エレナは胸の奥がひりりと痛むのを感じながらも、何も言わず微笑みを保つ。これまで何度も、こうした違和感を飲み込んできた。王太子の婚約者として、恥をさらすわけにはいかない。その一心で。
――最近、殿下は変わられた。
誰に言われるでもなく、エレナ自身が気づいていた。視線は自分を素通りし、言葉は減り、代わりに増えたのは、アリアという名の少女の存在だ。
平民出身でありながら、不思議な魅力を放つ彼女は、「予知の魔法」を持つと噂され、いつの間にか宮廷の話題の中心になっていた。
「次は何が起こるか、わたくし、分かってしまうんですの」
くすりと笑いながらそう語るアリアを、貴族たちは半信半疑で見つめ、しかし王太子だけは違った。彼は彼女の言葉に熱心に耳を傾け、まるで運命の導きにでも出会ったかのような顔をしていた。
エレナは、胸元でそっと手を握りしめる。
自分は癒しの魔法の使い手。人を救うことはできても、未来を語ることはできない。地味で、目立たず、舞踏会の主役にはなりきれない存在だという自覚は、昔からあった。
「エレナ様、素敵なドレスですね」
貴族の令嬢に声をかけられ、エレナははっとして微笑み返す。
「ありがとうございます。今日は殿下のお誕生日ですもの」
そう答えながら、彼女は王太子の方へ視線を戻した。
その瞬間、胸の奥に嫌な予感が走る。
ルイスが、広間の中央へ一歩踏み出したのだ。
「皆、静粛に」
その声に、楽団の演奏が止まり、ざわめきが次第に収まっていく。
王太子は満足そうに周囲を見渡し、そして――エレナへと視線を向けた。
その瞳に、これまで一度も向けられたことのない冷たさが宿っているのを、エレナは確かに見た。
「今日は私の誕生日であると同時に、皆に伝えたい重要な話がある」
広間の空気が張り詰める。
エレナの心臓は、嫌な音を立てて脈打ち始めた。
――まさか。
そう思った瞬間、ルイスの声がはっきりと響き渡る。
「私は本日をもって、エレナ・フォン・ローレンツとの婚約を破棄する」
一瞬、世界が止まったかのように感じられた。
ざわり、と遅れて広間が騒然とする。
「な……」
言葉が出ない。耳鳴りがして、視界が揺れる。
エレナは自分の名前が告げられたことすら、すぐには理解できなかった。
「理由は単純だ」
ルイスは淡々と続ける。
「彼女は地味で、退屈で、王太子妃としてふさわしくない。癒しの魔法? そんなもの、宮廷には掃いて捨てるほどいる」
くすくすと、どこかで笑い声がした。
視線が一斉にエレナへと突き刺さる。
「代わりに、私は真に運命で結ばれた相手を選ぶ」
ルイスの隣に、アリアが進み出る。
勝ち誇ったような笑みを浮かべながら。
「彼女こそが、私の未来を導く存在だ」
その瞬間、エレナの足から力が抜けた。
胸が締めつけられ、息ができない。
――ああ、やっぱり。
薄々感じていた最悪の結末が、最も残酷な形で現実になっただけだった。
意識が遠のく中、エレナは気づかない。
胸の奥深く、これまで眠っていたもう一つの魔力が、静かに、しかし確かに――目を覚まし始めていることに。
王都ルクレールの王城は、今宵、宝石箱をひっくり返したかのような輝きに包まれていた。高く掲げられたシャンデリアから降り注ぐ光が、磨き抜かれた大理石の床に反射し、音楽に合わせて揺れる人々の影をきらめかせている。
今夜は王太子ルイス・アルヴェイン殿下の誕生日を祝う舞踏会。王国中の貴族が招かれ、華やかな衣装と甘い香水の匂いが、広間を満たしていた。
その中心に立つのが、エレナ・フォン・ローレンツ。公爵家の令嬢にして、王太子の正式な婚約者である。
淡い銀色のドレスは彼女の清楚な雰囲気によく似合い、背中まで流れる金色の髪は、丁寧に編み込まれていた。しかし、どれほど着飾っても、彼女の表情はどこか控えめで、微笑みは柔らかいのに、瞳の奥にはわずかな緊張が宿っている。
「……殿下、少しお疲れでは?」
隣に立つルイスに、エレナはそっと声をかけた。
だが、彼はちらりと彼女を見ただけで、すぐに視線を別の方向へ向ける。その先には、鮮やかな赤いドレスを身にまとった少女――アリアがいた。
「大丈夫だ。今は皆への挨拶で忙しいだけさ」
そう言いながらも、ルイスの口調はどこか上の空で、エレナに向けられる言葉は形だけのものだった。
エレナは胸の奥がひりりと痛むのを感じながらも、何も言わず微笑みを保つ。これまで何度も、こうした違和感を飲み込んできた。王太子の婚約者として、恥をさらすわけにはいかない。その一心で。
――最近、殿下は変わられた。
誰に言われるでもなく、エレナ自身が気づいていた。視線は自分を素通りし、言葉は減り、代わりに増えたのは、アリアという名の少女の存在だ。
平民出身でありながら、不思議な魅力を放つ彼女は、「予知の魔法」を持つと噂され、いつの間にか宮廷の話題の中心になっていた。
「次は何が起こるか、わたくし、分かってしまうんですの」
くすりと笑いながらそう語るアリアを、貴族たちは半信半疑で見つめ、しかし王太子だけは違った。彼は彼女の言葉に熱心に耳を傾け、まるで運命の導きにでも出会ったかのような顔をしていた。
エレナは、胸元でそっと手を握りしめる。
自分は癒しの魔法の使い手。人を救うことはできても、未来を語ることはできない。地味で、目立たず、舞踏会の主役にはなりきれない存在だという自覚は、昔からあった。
「エレナ様、素敵なドレスですね」
貴族の令嬢に声をかけられ、エレナははっとして微笑み返す。
「ありがとうございます。今日は殿下のお誕生日ですもの」
そう答えながら、彼女は王太子の方へ視線を戻した。
その瞬間、胸の奥に嫌な予感が走る。
ルイスが、広間の中央へ一歩踏み出したのだ。
「皆、静粛に」
その声に、楽団の演奏が止まり、ざわめきが次第に収まっていく。
王太子は満足そうに周囲を見渡し、そして――エレナへと視線を向けた。
その瞳に、これまで一度も向けられたことのない冷たさが宿っているのを、エレナは確かに見た。
「今日は私の誕生日であると同時に、皆に伝えたい重要な話がある」
広間の空気が張り詰める。
エレナの心臓は、嫌な音を立てて脈打ち始めた。
――まさか。
そう思った瞬間、ルイスの声がはっきりと響き渡る。
「私は本日をもって、エレナ・フォン・ローレンツとの婚約を破棄する」
一瞬、世界が止まったかのように感じられた。
ざわり、と遅れて広間が騒然とする。
「な……」
言葉が出ない。耳鳴りがして、視界が揺れる。
エレナは自分の名前が告げられたことすら、すぐには理解できなかった。
「理由は単純だ」
ルイスは淡々と続ける。
「彼女は地味で、退屈で、王太子妃としてふさわしくない。癒しの魔法? そんなもの、宮廷には掃いて捨てるほどいる」
くすくすと、どこかで笑い声がした。
視線が一斉にエレナへと突き刺さる。
「代わりに、私は真に運命で結ばれた相手を選ぶ」
ルイスの隣に、アリアが進み出る。
勝ち誇ったような笑みを浮かべながら。
「彼女こそが、私の未来を導く存在だ」
その瞬間、エレナの足から力が抜けた。
胸が締めつけられ、息ができない。
――ああ、やっぱり。
薄々感じていた最悪の結末が、最も残酷な形で現実になっただけだった。
意識が遠のく中、エレナは気づかない。
胸の奥深く、これまで眠っていたもう一つの魔力が、静かに、しかし確かに――目を覚まし始めていることに。
2
あなたにおすすめの小説
【完結】冷遇され続けた私、悪魔公爵と結婚して社交界の花形になりました~妹と継母の陰謀は全てお見通しです~
深山きらら
恋愛
名門貴族フォンティーヌ家の長女エリアナは、継母と美しい義妹リリアーナに虐げられ、自分の価値を見失っていた。ある日、「悪魔公爵」と恐れられるアレクシス・ヴァルモントとの縁談が持ち込まれる。厄介者を押し付けたい家族の思惑により、エリアナは北の城へ嫁ぐことに。
灰色だった薔薇が、愛によって真紅に咲く物語。
婚約破棄された令嬢は、幸せになると決めました~追放先で出会った冷徹公爵が、なぜか溺愛してくる件~
sika
恋愛
名家の令嬢・アイリスは、婚約者の王太子から「平凡すぎる」と婚約破棄を突きつけられる。全てを奪われ、家からも冷たく追放された彼女がたどり着いたのは、戦場帰りの冷徹公爵・レオンの領地だった。誰にも期待しないようにしていたアイリスだったが、無愛想な彼の優しさに少しずつ心を開いていく。
やがて、笑顔を取り戻した彼女の前に、あの王太子が後悔と共に現れて——。
「すまない、戻ってきてくれ」
「もう、あなたの令嬢ではありません」
ざまぁと溺愛が交錯する、幸福への再生ストーリー。
婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです
鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。
理由は――
「王太子妃には華が必要だから」。
新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。
誰もが思った。
傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。
けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。
「戻りません」
彼女は怒らない。
争わない。
復讐もしない。
ただ――王家を支えるのをやめただけ。
流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。
さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。
強いざまあとは、叫ぶことではない。
自らの選択で、自らの立場を削らせること。
そして彼女は最後まで戻らない。
支えない。
奪わない。
――選ばれなかったのではない。
彼女が、選ばなかったのだ。
これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。
白い結婚のはずでしたが、冷血辺境伯の溺愛は想定外です
鍛高譚
恋愛
――私の結婚は、愛も干渉もない『白い結婚』のはずでした。
侯爵令嬢クレスタは王太子アレクシオンから一方的に婚約破棄を告げられ、冷徹と名高い辺境伯ジークフリートと政略結婚をすることに。 しかしその結婚には、『互いに干渉しない』『身体の関係を持たない』という特別な契約があった。
形だけの夫婦を続けながらも、ジークフリートの優しさや温もりに触れるうち、クレスタの傷ついた心は少しずつ癒されていく。 一方で、クレスタを捨てた王太子と平民の少女ミーナは『真実の愛』を声高に叫ぶが、次第にその実態が暴かれ、彼らの運命は思わぬ方向へと転落していく。
やがて訪れるざまぁな展開の先にあるのは、真実の愛によって結ばれる二人の未来――。
『婚約破棄?――では、その責任は王国基準で清算いたしましょう』 ~義妹と継母に追い落とされた令嬢は、王妃となって制度ごと裁きます~
しおしお
恋愛
「お前との婚約は破棄する。俺は“真実の愛”を選ぶ」
王立舞踏会の中央でそう宣言したのは、王太子。 隣には涙ぐむ義妹。背後には満足げに微笑む継母。
公爵令嬢アウレリアは、家を奪われ、名誉を奪われ、居場所を奪われた。
――ですが。
「では、契約に基づき、責任を清算いたしましょう」
泣き崩れることも、取り乱すこともない。 彼女が差し出したのは“感情”ではなく、完璧な契約書。
婚約破棄には代償がある。 署名には意味がある。 信用には重みがある。
それを軽んじた者たちが支払うのは―― 想像を超える“王国基準”の清算。
義妹は称号を失い、 継母は社交界から排除され、 元婚約者は王太子の座すら危うくなる。
そして彼女は―― 「奪われた」のではない。 “選ぶ側”へと立場を変える。
これは、感情で騒がず、 制度で叩き潰す令嬢の物語。
徹底的に。 容赦なく。 そして、二度と同じ愚行が起きぬように。
最強の強ザマァ、ここに開幕。
婚約破棄されたので辺境伯令嬢は自由に生きます~冷酷公爵の過保護が過ぎて困ります!~
sika
恋愛
「君のような女と婚約していたなど、恥だ!」
公爵嫡男に突然婚約を破棄された辺境伯令嬢リーゼは、すべてを捨てて故郷の領地へ戻る決意をした。
誰にも期待せず、ひっそりと生きようとするリーゼの前に現れたのは、冷酷と噂される隣国の公爵・アルヴィン。
彼はなぜかリーゼにだけ穏やかで優しく、彼女を守ることに執着していて――。
「君はもう誰にも踏みにじられない。俺が保証しよう」
呪いのような過去を断ち切り、真実の愛を掴むざまぁ×溺愛ラブストーリー!
追放されましたが、辺境で土壌改革をしたら領民からの感謝が止まりません。~今更戻ってきてと言われても、王都の地盤はもうボロボロですよ?~
水上
恋愛
【全11話完結】
「君は泥臭くて可愛くない」と婚約破棄されたセレナ。
そんな王太子に見切りをつけ、彼女は辺境へ。
そこで待っていたのは、強面だけど実は過保護な辺境伯だった。
セレナは持ち前の知識と技術で不毛の大地を大改革。
荒野は豊作、領民は大歓喜。
一方、彼女を追放した王都は、特産品のワインが作れなくなったり、土壌が腐って悪臭を放ったり、他国との同盟に亀裂が入り始めたりと大惨事に。
戻ってきてと縋られても、もう手遅れですよ?
悪役令嬢ベアトリスの仁義なき恩返し~悪女の役目は終えましたのであとは好きにやらせていただきます~
糸烏 四季乃
恋愛
「ベアトリス・ガルブレイス公爵令嬢との婚約を破棄する!」
「殿下、その言葉、七年お待ちしておりました」
第二皇子の婚約者であるベアトリスは、皇子の本気の恋を邪魔する悪女として日々蔑ろにされている。しかし皇子の護衛であるナイジェルだけは、いつもベアトリスの味方をしてくれていた。
皇子との婚約が解消され自由を手に入れたベアトリスは、いつも救いの手を差し伸べてくれたナイジェルに恩返しを始める! ただ、長年悪女を演じてきたベアトリスの物事の判断基準は、一般の令嬢のそれとかなりズレている為になかなかナイジェルに恩返しを受け入れてもらえない。それでもどうしてもナイジェルに恩返しがしたい。このドッキンコドッキンコと高鳴る胸の鼓動を必死に抑え、ベアトリスは今日もナイジェルへの恩返しの為奮闘する!
規格外で少々常識外れの令嬢と、一途な騎士との溺愛ラブコメディ(!?)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる