婚約破棄された公爵令嬢ですが、王太子を破滅させたあと静かに幸せになります

ふわふわ

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第27話 交渉の席、剥がれる虚勢

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第27話 交渉の席、剥がれる虚勢

 ローレンツ公爵家の大広間は、夜更けにもかかわらず明かりに満ちていた。
 兵の足音は外へと下がり、代わりに残ったのは――張りつめた沈黙だけだ。

 中央の長卓を挟み、向かい合う二人。
 王太子ルイスと、エレナ・フォン・ローレンツ。

 同席しているのは、数名の貴族と記録官。
 誰もが言葉を慎重に選び、視線を外さずに事の成り行きを見守っている。

「……で?」

 ルイスが、苛立ちを隠そうともせずに口を開いた。

「話し合い、とは何だ。君は何を望んでいる」

 “望み”。
 その言葉に、エレナはわずかに首を振った。

「望みではありません」

 穏やかな声。

「確認です」

「……確認?」

「はい」

 エレナは、視線を上げる。

「殿下は、私を“保護”するつもりでしたね」

「ああ」

 ルイスは、即答した。

「それが、王家としての責任だ」

「では」

 エレナは、淡々と続ける。

「なぜ、夜半に兵を差し向ける必要があったのですか」

 その問いは、刃のように鋭かった。

「保護とは、本来――同意が前提です」

 沈黙。
 記録官のペン先が、わずかに止まる。

「……話が、すり替わっている」

 ルイスは、声を低くする。

「君は、王家に逆らっている」

「逆らっていません」

 エレナは、即座に否定した。

「拒否しているだけです」

 ざわめきが、小さく起こる。

「拒否、だと?」

「ええ」

 エレナは、まっすぐに言った。

「私は、王太子殿下の所有物ではありません」

 その言葉に、ルイスの眉がぴくりと動いた。

「……まだ、そんなことを」

「殿下」

 エレナは、静かに遮る。

「私が追放されたとき、あなたは公の場で言いました」

 彼女の声は、よく通った。

「“お前は不要だ”と」

 空気が、冷える。

「その判断を下したのは、あなたです」

 エレナは、一歩も引かない。

「ならば、今さら“保護”を理由に介入するのは、矛盾ではありませんか」

 ルイスは、言葉に詰まった。

(……詰められている)

 それを自覚した瞬間、彼の態度が変わった。

「……君は、何を企んでいる」

 声に、焦りが滲む。

「王太子の権威を、傷つけるつもりか」

「いいえ」

 エレナは、はっきりと答えた。

「殿下ご自身が、どう振る舞うかを――見ているだけです」

 記録官が、再びペンを走らせる。

「……ならば、条件を言え」

 ルイスは、腕を組んだ。

「この場で、何をすれば納得する」

 エレナは、少し考え、それから告げた。

「二つ、あります」

「……二つ?」

「一つ」

 彼女は、指を立てる。

「私に関する一切の“保護”や“迎え入れ”の宣言を、撤回してください」

 ざわめきが広がる。

「……それは」

「公に、です」

 エレナは、補足した。

「私が拒否したにもかかわらず、強行した事実も含めて」

 ルイスの表情が、歪む。

「……もう一つは」

「今後、私に関する判断を行う際」

 エレナは、記録官を見る。

「必ず、第三者を交えた正式な場で行うこと」

 つまり――密室での圧力は、認めない。

「……ずいぶんと」

 ルイスは、低く笑った。

「自分が、勝ったつもりか」

「いいえ」

 エレナは、穏やかに否定する。

「殿下が、これ以上負けないための条件です」

 その一言が、決定打だった。

 ルイスは、視線を伏せる。
 この場で拒否すれば、強行の記録が残る。
 受け入れれば――権威は削がれる。

(……逃げ場がない)

「……分かった」

 長い沈黙の後、絞り出すように言った。

「条件を、飲もう」

 その瞬間、空気がわずかに緩んだ。

「だが」

 ルイスは、顔を上げる。

「これで終わりだと思うな」

「ええ」

 エレナは、頷いた。

「私も、そう思っていません」

 それは、宣戦布告ではない。
 現実の確認だった。

 ――――――――

 会談が終わり、王太子が屋敷を去った後。
 大広間には、深い静寂が戻った。

「……よく、あそこまで」

 公爵夫人が、静かに言う。

「いえ」

 エレナは、息を吐いた。

「まだ、始まったばかりです」

 カイルが、壁にもたれながら呟く。

「……虚勢は、剥がれた」

「はい」

 エレナは、夜の窓を見る。

「でも――人は、虚勢を剥がされると」

「……本性を出す」

 二人の声が、重なった。

 交渉は、成立した。
 だが、それは――一時的な均衡にすぎない。

 王太子ルイスは、退いた。
 だが、退いた者ほど――次は、危険だった。

 エレナ・フォン・ローレンツは、理解している。
 これから来るのは、言葉ではなく――行動だ。

 それでも、もう迷いはない。
 この席で、彼女は――確かに、主導権を掴んだのだから。
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