婚約破棄された公爵令嬢ですが、王太子を破滅させたあと静かに幸せになります

ふわふわ

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第29話 最後の悪あがき、歪んだ告発

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第29話 最後の悪あがき、歪んだ告発

 静養という名の後退が発表された翌日、王都の空気は一段と張り詰めていた。
 人々は声を潜め、噂は形を変え、慎重に語られるようになっている。

 ――それは、嵐の前の静けさだった。

「……来ました」

 昼過ぎ、執事が硬い表情で告げた。

「王城から、正式な通達です」

 エレナは、すでに覚悟していた。
 静養で終わるはずがない。
 主導権を失いかけた者が、黙って引くことなど――あり得ない。

 差し出された書状には、簡潔な文が並んでいる。

『エレナ・フォン・ローレンツは、
 王太子殿下に対し、不当な圧力と脅迫を行った疑いがある。
 よって、王城にて公開の場で説明を求める』

「……公開、ですか」

 エレナは、紙を静かに折り畳んだ。

「はい」

 執事は、苦々しく頷く。

「“交渉の席で王太子を脅した”という噂が、すでに流れ始めています」

 歪められた話。
 意図的に作られた構図。

(……これが、殿下の選択)

 エレナは、ゆっくりと立ち上がった。

「分かりました」

 その声は、落ち着いている。

「出席します」

「……よろしいのですか」

 執事の問いに、エレナは迷いなく答えた。

「逃げれば、“事実”になります」

 王都という舞台で、沈黙は罪だ。
 語らなければ、他人が勝手に物語を作る。

 ――ならば。

「語るのは、私です」

 ――――――――

 公開説明の場は、王城の大評議室だった。
 貴族、官僚、記録官、そして――傍聴を許された一部の市民。

 注がれる視線は、以前よりも鋭い。

 エレナが入室すると、ざわめきが起こる。
 好奇。疑念。期待。恐れ。

 そして――。

「……エレナ・フォン・ローレンツ」

 壇上から呼びかけたのは、王太子の側近だった。

「王太子殿下に対し、
 “強行を公にする”と迫り、圧力をかけたとの証言がある」

 言葉を選んだ、しかし明確な告発。

「事実ですか」

 エレナは、一瞬も怯まず、答えた。

「事実です」

 場内が、どよめく。

「ただし」

 エレナは、続けた。

「それは“脅迫”ではありません」

 彼女は、視線を巡らせる。

「記録官が同席し、
 王太子殿下の行動が公式に残ることを、説明しただけです」

 側近が、声を強める。

「それを、圧力と感じたと――」

「感じたかどうかは、主観です」

 エレナは、静かに遮った。

「ですが、行動の記録は“事実”です」

 彼女は、記録官の方を見る。

「その場に同席されていましたね」

 名を呼ばれた記録官は、躊躇いながらも立ち上がった。

「……事実です」

 場内が、再びざわつく。

「脅迫的な発言は、ありませんでした」

 側近の顔色が、変わった。

「……だが、殿下は精神的に追い詰められ――」

「それは」

 エレナは、はっきりと言った。

「殿下ご自身の選択の結果です」

 沈黙。

 誰かが、喉を鳴らす音が響く。

「私は、王太子殿下に条件を突きつけました」

 エレナは、認める。

「ですが、それは“対話の条件”です」

 彼女は、一歩前に出た。

「密室での圧力をやめ、
 第三者が立ち会う場で判断を行うこと」

 それは、権力を縛る条件。
 ――脅迫ではない。

「もし、それが不当だと言うなら」

 エレナの声は、澄んでいた。

「なぜ、王太子殿下は受け入れたのですか」

 答えは、ない。

 その瞬間、空気が変わった。

 告発の形をした悪あがき。
 だが、その歪みが――かえって露呈したのだ。

「……以上です」

 エレナは、静かに頭を下げた。

 拍手は、起きなかった。
 だが、否定の声も――なかった。

 沈黙が、再び証拠になる。

 ――――――――

 評議室を出た後、エレナは深く息を吐いた。

「……切り札を、切ってきましたね」

 カイルが、低く言う。

「ええ」

 エレナは、空を見上げる。

「そして――外しました」

 最後の悪あがきは、
 王太子自身の“歪み”を、よりはっきりと示した。

 もはや、彼は“被害者”ではない。
 権力にしがみつき、無理を重ねる存在として、見られている。

 エレナ・フォン・ローレンツは、理解していた。

 次に来るのは、告発でも圧力でもない。

 ――断罪だ。

 それは、彼女が望んだ結末ではない。
 だが、避けられない流れ。

 舞台は、整った。
 あとは――落ちるのを、待つだけだった。
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