婚約破棄されたけど、白い結婚のおかげで人生最高ですわ!

ふわふわ

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1-3 自由の味と孤独の紅茶

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第1章 婚約破棄バンザイ!

1-3 自由の味と孤独の紅茶

 

 カチュアが離れ屋敷に移り住んでから、ちょうど一週間が経った。
 王都での喧騒が嘘のように、ここでは毎日が穏やかだ。
 鳥のさえずりで目を覚まし、昼まで寝て、午後はお菓子を焼き、夕暮れに紅茶を楽しむ。
 ――まさしく理想のスローライフ。

 

 「ねぇミリー、人生って素晴らしいですわね」

 カチュアはバルコニーでティーカップを傾けながら言った。
 青空の下、庭の薔薇が風に揺れ、香りを運んでくる。

 「昨日も同じことをおっしゃってましたよ」

 「同じでもいいのです。幸福は、繰り返して味わうものですわ」

 ミリーは苦笑しながらカップにおかわりを注いだ。
 「紅茶の消費が以前の三倍になってます。今のペースだと在庫が……」

 「なくなったら買えばいいだけですわ。財産ならありますし」

 「……お父上が聞いたら卒倒しますね」

 「聞こえない場所に来たのですもの、心配いりませんわ」

 

 ――そう。
 カチュアは今、どこからも束縛されていない。
 父の叱責も、王都の視線も、婚約者の圧も。
 何もかもが遠い過去の出来事。

 

 午後、キッチンでは今日も甘い香りが漂っていた。
 焼き上がったクッキーを冷ます間、彼女は自分でラッピングをしていた。
 「この包装、なかなか可愛いですわね。お菓子屋さんみたい」

 「そのうち本当にお店を開かれそうですね」とミリー。

 「面倒ですわ。朝起きなきゃいけなくなるでしょう?」

 「……あ、そういう理由ですか」

 

 しかしその夜、ふと気づいた。
 テーブルの向かいの椅子が、いつも空いていることに。

 紅茶を入れても、菓子を焼いても、褒めてくれるのはミリーだけ。
 以前は社交界で誰かに笑われ、誰かに褒められ、うんざりするほど人がいた。
 それが今では、ただ静寂だけ。

 

 「……紅茶って、ひとりで飲むより誰かと飲む方が、美味しい気がしますわね」

 思わず口に出た言葉に、自分で驚いた。
 ミリーはやさしく微笑みながら答えた。

 「お嬢様が誰かをお招きになるなんて、珍しいことを言われますね」

 「いえ、そういう意味ではなく……単に、ティーカップが二つあった方が見栄えが良いというだけですわ」

 「そういうことにしておきます」

 

 次の日、カチュアは街へ出かけた。
 田舎とはいえ、領都には小さな市場があり、商人や旅人が集まる。
 お菓子の材料を買いに来たついでに、紅茶の新しい茶葉も探してみた。

 

 「おや、これはエルメロー嬢では? お久しぶりですな!」

 声をかけてきたのは、年配の商人ベルトランだった。
 王都にいた頃から、家に品を納めてくれていた人物だ。

 「まぁ、ベルトランさん。お元気そうで何よりですわ」

 「まさかこちらの領地におられるとは。てっきり、都で泣いておられるかと」

 「泣く暇があるなら、寝ていますわ」

 「……はは、さすがでございますな」

 豪快に笑う商人に、カチュアも思わず微笑む。

 

 買い物を終えると、ベルトランがふと意味ありげに言った。

 「そういえば、最近この辺りに辺境伯様が別邸を構えられたそうですよ。
  どうやら、良縁をお探しとの噂も」

 「へ、辺境伯様?」

 「ええ。ルーヴァン王国北部を治めるライナルト辺境伯。
  真面目なお方だが、結婚の話になると頑なで……お相手探しが難航しているそうです」

 

 カチュアは首をかしげた。
 「頑なな方と結婚? 想像するだけで面倒そうですわね」

 「はは、確かに。しかし形式上の妻が必要らしく、“お互い干渉しない相手”を探しておられるとか」

 「……干渉しない?」

 その言葉に、カチュアの瞳がきらりと光った。
 「それはつまり、自由を保障してくださるということですの?」

 「ええ、そう言えるかもしれませんな」

 「まぁ……なんて理想的なお話!」

 

 ミリーが慌てて袖を引っ張る。
 「お嬢様、まさか名乗り出るおつもりでは!?」

 「まさか。わたくしが自ら“結婚したい”などと言うわけがありませんわ。ただ――」

 「ただ?」

 「もしそんな方が“勝手に”私を選んでくださるなら……それは運命というものですわね」

 「……勝手に選ばれる前提ですか」

 

 屋敷に戻ると、カチュアは早速、机の上にメモを置いた。
 “干渉しない旦那様=理想の白い結婚”
 “必要条件:早起きを強要しない人・お菓子を取り上げない人・紅茶を一緒に飲んでくれる人”

 ミリーがそのメモを見て呆れたように言った。
 「……お嬢様、それはもう婚活リストです」

 「違います。人生設計書ですわ」

 

 その夜、ベランダに出て星を見上げる。
 静かな夜風が髪を揺らし、月の光が銀糸のように降り注ぐ。
 遠くでフクロウが鳴いた。

 カチュアは小さく笑った。

 「ねぇミリー、もし誰かと結婚するなら、私は“自由をくれる人”がいいですわね」

 「殿下のように、口だけの“真実の愛”を語る方じゃなくて?」

 「そう。愛は語られなくてもいいのです。
  ただ、私の昼寝を邪魔しないでくだされば、それで十分ですわ」

 「……すごく現実的な条件ですね」

 

 けれどその言葉こそ、彼女の本心だった。
 愛や名誉より、平穏。
 婚約破棄を経たカチュアにとって、自由は何より甘い。

 

 ――しかしその“甘さ”は、ほんの少しだけ、孤独の味が混じっていた。

 紅茶の香りに包まれながら、カチュアはぼんやりと月を見上げる。
 ティーカップをもうひとつ用意したテーブル。
 そこには、誰も座っていない。

 「……やっぱり、誰かと飲む方が、美味しい気がしますわね」

 風に乗って、茶葉の香りが夜空へと消えていった。
 そしてその翌日――
 運命の“辺境伯からの手紙”が、彼女の元へ届くのである。


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