婚約破棄されたけど、白い結婚のおかげで人生最高ですわ!

ふわふわ

文字の大きさ
2 / 17

1-2 追放と自由な朝

しおりを挟む
第1章 婚約破棄バンザイ!

1-2 追放と自由な朝

 

 婚約破棄の夜から一夜明け――
 伯爵家の屋敷では、いつになく重苦しい空気が漂っていた。

 「カチュア! なんという醜態をさらしたのだ!」

 怒鳴り声と共に、机を叩く音が響く。
 父・エルメロー伯爵は真っ赤な顔で娘を睨みつけていた。
 その隣では母も青ざめ、両手で額を押さえている。

 「王太子殿下からの婚約破棄など……この家の恥だ!」  「貴族の娘として、どれほどの恥をかかせたと思っているの!」

 ――彼らの言葉を、カチュアはうんざりした顔で聞き流していた。

 

 「お父様、お母様。恥をかかせたつもりはございませんわ。むしろ光栄なことですの。
  だって、“婚約破棄された令嬢”は、社交界で大人気ですのよ」

 「な、なんだと?」

 「話題にされますもの。“可哀想な令嬢”として。
  実際には、まったく可哀想ではありませんけれど」

 

 父は顔を真っ赤にして震え、ついに叫んだ。

 「お前など、もうこの家の娘ではない! 荷物をまとめて出て行け!」

 「まぁ、そう仰ると思っておりましたわ」

 カチュアはすでに小さなトランクを用意していた。
 宝石も高価なドレスも置いていく。必要なのは紅茶の茶葉とお気に入りのカップ、そしてレシピ帳だけ。

 

 玄関を出ると、曇り空の中に風が吹いた。
 使用人たちが心配そうに見送る中、彼女は明るく笑う。

 「皆さま、ごきげんよう! お菓子が焼けたらお裾分けにまいりますわ!」

 呆気に取られる使用人たちを背に、馬車に乗り込む。
 目的地は、亡き祖母から相続した片田舎の別邸――「エルメロー離れ屋敷」。

 

 馬車の中で、彼女はひとり笑いを漏らした。

 「これで、早起きしなくて済みますわ……!」

 窓の外を眺めながら、ため息ではなく喜びの息をつく。
 婚約破棄? 追放? そんな言葉は、彼女にとって“自由”の同義語にすぎなかった。

 

 * * *

 

 翌朝――

 「お嬢様、朝でございます!」

 屋敷に残っていた唯一の忠実な侍女、ミリーがドアをノックする。

 「……やめてくださいまし、ミリー。今、寝たばかりなのです……」

 「寝たばかりって、もうお昼前です! お父上に知られたら――」

 「もう娘ではないので、知る筋合いはございませんわ」

 「……言い返す余裕だけはおありのようで」

 

 布団から顔を出したカチュアは、至福の笑みを浮かべた。
 柔らかな日差しがカーテン越しに差し込み、鳥のさえずりが聞こえる。

 (なんて穏やかな朝……いいえ、お昼ですわね)

 ミリーは呆れ顔でベッド脇に立ち、そっとトレイを置いた。
 紅茶と焼き立てのスコーン。
 それを見てカチュアの目が輝く。

 「まぁ……! ミリー、あなた神に仕える使いではありませんの!?」

 「食べる元気があるなら起きてください!」

 「……はいはい。では“起きる”とは、紅茶を飲む姿勢になることですわね?」

 「違います!」

 

 半分だけ上体を起こし、ティーカップを手に取る。
 香り立つアールグレイの匂いが、彼女の気分を最高潮に高めた。

 「……自由の味、ですわ」

 「婚約破棄された令嬢の言葉とは思えませんね」

 「だって、私の人生で一番良い紅茶ですもの」

 

 食後、カチュアは庭に出て軽く伸びをする。
 田舎の空気は清々しく、鳥の声と風の音だけが響く。
 王都の喧騒とはまるで別世界だった。

 「ミリー、これからは毎日こうして過ごしますわ」

 「……つまり、毎日寝坊とお菓子作りですか?」

 「もちろんです。あとは本を読んで、紅茶を飲んで、またお菓子を食べるのです」

 「お嬢様、それを世間では“ぐうたら”と呼びます」

 「違います。“自由貴族のスローライフ”と呼びなさい」

 

 そう言って笑うカチュアの表情は、昨日までの“冷たい令嬢”のものではなかった。
 肩の力が抜け、頬には柔らかな笑みが浮かぶ。
 生まれて初めて、“自分のためだけに生きる時間”を手に入れたのだ。

 

 その日の午後、彼女は久々に台所に立った。
 粉をふるい、卵を割り、砂糖を計る。
 屋敷中にバターの香りが漂い、ミリーが台所を覗き込む。

 「……お嬢様、本当にお菓子を焼くつもりで?」

 「当然ですわ。貴族のたしなみですもの」

 「貴族は普通、焼かれたお菓子を召し上がります」

 「時代はDIYですわ」

 「その意味、分かってます?」

 

 カチュアは笑いながらケーキをオーブンに入れ、タイマーを回す。
 (婚約破棄されたからこそ、こんな時間ができたのですわね)

 紅茶を入れ直し、焼き上がる甘い香りを楽しみながら、彼女はひとり呟いた。

 「これこそ、幸福というものですわ……」

 

 ところがその翌日――

 ミリーが新聞を持って駆け込んできた。

 「お嬢様、大変です! 王都で殿下が“新しい聖女と婚約”なさったとか!」

 「まぁ、それはおめでたいことですわね」

 「お嬢様っ!?」

 「真実の愛が長持ちするといいですわ。……きっと、三日くらいは」

 

 ミリーは呆れながらも、心の底では安心していた。
 彼女が泣くどころか笑っていることが、何よりの救いだった。

 

 その日の午後、カチュアは書斎で読書をしていた。
 膝の上には猫のように丸まった小さなクッション。
 紅茶の湯気が、彼女の表情を柔らかく包む。

 「――もう二度と、誰かに支配されるのはごめんですわ」

 静かにそうつぶやき、カップを傾けた。

 けれど運命は、そんな穏やかな日常を長くは放っておかなかった。
 このあと届く一通の手紙が、再び彼女を新たな“婚約話”へと巻き込むことになるなど――
 まだ、このときのカチュアは夢にも思っていなかった。


---
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!

つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。 他サイトにも公開中。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結】転生したら断罪イベントの真っ最中。聖女の嘘を暴いたら、王太子が真っ青になりました

丸顔ちゃん。
恋愛
王太子は私――エリシアに婚約破棄を宣言し、 隣では甘ったるい声の“聖女”が「こわかったんですぅ♡」と泣き真似をしている。 だが私は知っている。 原作では、この聖女こそが禁術で王太子の魔力を吸い取り、 私に冤罪を着せて処刑へ追い込んだ張本人だ。 優しい家族を守るためにも、同じ結末は絶対に許さない。 私は転生者としての知識を武器に、 聖女の嘘と禁術の証拠を次々に暴き、 王太子の依存と愚かさを白日の下に晒す。 「婚約は……こちらから願い下げです」 土下座する王太子も、泣き叫ぶ聖女も、もう関係ない。 私は新しい未来を選ぶ。

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

政略結婚で「新興国の王女のくせに」と馬鹿にされたので反撃します

nanahi
恋愛
政略結婚により新興国クリューガーから因習漂う隣国に嫁いだ王女イーリス。王宮に上がったその日から「子爵上がりの王が作った新興国風情が」と揶揄される。さらに側妃の陰謀で王との夜も邪魔され続け、次第に身の危険を感じるようになる。 イーリスが邪険にされる理由は父が王と交わした婚姻の条件にあった。財政難で困窮している隣国の王は巨万の富を得たイーリスの父の財に目をつけ、婚姻を打診してきたのだ。資金援助と引き換えに父が提示した条件がこれだ。 「娘イーリスが王子を産んだ場合、その子を王太子とすること」 すでに二人の側妃の間にそれぞれ王子がいるにも関わらずだ。こうしてイーリスの輿入れは王宮に波乱をもたらすことになる。

「地味な婚約者を捨てて令嬢と結婚します」と言った騎士様が、3ヶ月で離婚されて路頭に迷っている

歩人
ファンタジー
薬師のナターリアは婚約者の騎士ルドガーに「地味なお前より伯爵令嬢が ふさわしい」と捨てられた。泣きはしなかった。ただ、明日から届ける薬が 一人分減るな、と思っただけ。 ルドガーは華やかな伯爵令嬢イレーネと結婚し、騎士団で出世する——はずだった。 しかしイレーネの実家は見栄だけの火の車。持参金は消え、借金取りが押し寄せ、 イレーネ本人にも「稼ぎが少ない」と三行半を突きつけられた。 3ヶ月で全てを失ったルドガーが街角で見たのは、王宮薬師に抜擢された ナターリアが、騎士団長と笑い合う姿だった。 「なあ、ナターリア……俺が間違っていた」 「ええ、知ってます。でも、もう関係のない話ですね」

処理中です...