婚約破棄されたけど、白い結婚のおかげで人生最高ですわ!

ふわふわ

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3-1 再会とざわめく心

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第3章 嫉妬と誤解と、優しすぎる干渉

3-1 再会とざわめく心

 

 春の気配が、ようやく辺境にも届き始めたころ。
 長く閉ざされていた雪が解け、風が柔らかくなった。
 白い息ではなく、花の香りが吐息に混ざる季節。

 カチュアは庭の温室で、春に咲く花の苗を植えていた。
 ミリーが隣で水差しを持ちながら、呟く。
 「お嬢様、本当に器用ですね。指先がいつも綺麗です」
 「お菓子作りと同じですわ。分量と温度を間違えなければ、
  花も人もちゃんと育ちますのよ」
 「人も……?」
 「ええ。たとえば旦那様とか」
 「まぁ!」
 「ふふ、冗談ですわ」

 

 冗談のように言ったけれど、
 最近のライナルトは確かに少し“変わって”いた。

 以前は食事も別、話すのも必要最低限。
 それが今では――
 「紅茶は今日、ミルク入りがいいか?」とか、
 「甘いものを食べすぎていないか?」など、
 あからさまな“干渉”をしてくるのだ。

 (契約を結んだはずなのに……)
 そう思いながらも、どこか嬉しい自分がいた。

 

 その日、珍しく王都から使者が訪れた。
 ライナルトの執務室に案内された使者の馬車には、
 王家の紋章が刻まれていたという。

 「王家の紋章ですって?」
 「はい。使者は“ご報告がある”とだけ」
 ミリーが不安げに言うと、
 カチュアは紅茶のカップを置き、
 小さく微笑んだ。

 「まぁ、どうせ大したことではありませんわ。
  どうせ王都の方々は、“婚約破棄された令嬢のその後”が
  気になって仕方ないだけでしょうし」

 そう、軽く受け流した――はずだった。

 

 しかし、夕刻。
 玄関前に立ったその人物を見て、
 カチュアは思わず言葉を失った。

 「……殿下?」

 そこに立っていたのは、かつての婚約者――
 王太子エドワード・アルバレス。

 黄金色の髪に深紅のマント。
 若き王国の後継者は、まるで過去のままの姿で現れた。

 「……久しいな、カチュア」
 その声を聞いた瞬間、胸の奥に封じた記憶が疼いた。

 

 ライナルトが一歩前に出る。
 「殿下、辺境に何のご用件ですか?」
 「久しく会っていなかった婚約者――いや、元婚約者に
  一言、謝罪を伝えたくてな」

 「謝罪?」
 カチュアが眉を上げると、殿下は真っ直ぐに彼女を見た。
 「私は君を誤解していた。
  君を“冷たい令嬢”だと信じ込み、軽率に婚約を破棄した。
  だが今になってようやく気づいたんだ。
  君の本当の優しさを……」

 (……あぁ、またそれですのね)

 内心でため息をつきながらも、
 顔には穏やかな笑みを浮かべる。
 「お言葉、光栄に存じますわ。
  ですが――わたくしはもう、別の方の妻ですの」

 「……それは知っている。
  だが、“形式上の結婚”だと聞いた」

 「まぁ、どこからそんな噂を?」
 「王都には、耳の早い者が多い」

 

 その瞬間、ライナルトの表情が微かに険しくなった。
 「殿下、そのような私的な話を辺境まで持ち込むのは控えていただきたい」
 「私は真剣だ。カチュア、君は――幸せなのか?」

 その問いに、カチュアは一瞬だけ言葉を失う。
 幸せか?
 以前のように王宮のドレスを着ていない。
 社交界で名を馳せてもいない。
 けれど今、彼女の心は静かで、温かかった。

 だから、迷いなく答えた。

 「ええ、幸せですわ」

 「……そうか」
 殿下は苦しげに微笑んだ。
 「やはり、君はもう私の届かないところにいるのだな」

 「殿下、最初からわたくしたちの間には、
  “心”という橋が架かっていませんでしたの。
  お互いに、ただ立場だけを見ていた。
  それだけのことですわ」

 その言葉は、かつての婚約破棄の痛みを、
 完全に昇華した者だけが言えるものだった。

 

 殿下は沈黙し、やがて背を向けた。
 「……幸せであれ、カチュア」
 「ありがとうございますわ。殿下もどうぞ、真実の愛を大切に」

 その“真実の愛”という言葉に、
 彼はわずかに肩を震わせ、馬車へと去っていった。

 

 静寂が戻る。
 雪解けの風が、二人の間を通り抜けた。

 「……元婚約者、か」
 ライナルトの声は低く、穏やかだった。
 だがその奥に、わずかな棘が混じる。

 「ただの挨拶ですわ。もう終わりました」
 「そうか」

 それだけ言うと、彼は踵を返して執務室へ戻ろうとした。

 ――けれど、扉の前で足を止め、
 低く一言だけ呟いた。

 「……彼が“形式上の結婚”と言ったのは、どこまで本気だ?」

 カチュアは目を瞬かせる。
 「え?」
 「君は、本当に“形式”で満足しているのか」

 それは、静かに胸を突く問いだった。

 言葉を失ったまま、彼を見送る。
 扉が閉まる音だけが、やけに響いた。

 

 夜。
 ベッドの上で、カチュアは天井を見つめていた。
 (形式上、のはず……でも、あの人の笑顔を見ると、
  胸が苦しくなるのはなぜかしら)

 ミリーがランプを持って入ってくる。
 「お嬢様、今夜は眠れなさそうですね」
「……少しだけ、紅茶を淹れてくれます?」
 「もちろんです。でも、甘いものは控えめに」
 「もう、ミリーまで干渉を……!」

 そんなやり取りをしながらも、
 彼女の胸の奥では――
 “干渉”という言葉の意味が、少しずつ変わり始めていた。

 

 それは束縛ではなく、
 気遣いであり、
 優しさであり、
 そして――もしかしたら、愛の形のひとつかもしれない。

 カチュアは紅茶を見つめ、ぽつりと呟く。
 「……干渉って、悪くありませんわね」

 窓の外、月光の下。
 雪解けの大地に芽吹く小さな花が、
 新しい季節の訪れを告げていた。


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