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第5話 婚約者の違和感
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第5話 婚約者の違和感
アルバート・フィリックス公爵令息は、近頃、落ち着かなかった。
理由ははっきりしている。
――婚約者、ガラリア・ウィンタースイート。
正確に言えば、彼女そのものというより、彼女を取り巻く空気だ。
王都の社交界では、今日も彼女の噂が流れている。
「また現場に出たそうですわ」
「孤児院だとか、工事現場だとか……」
「まるで労働者のようですわね」
その言葉を聞くたび、アルバートは表情を崩さぬよう努めながら、内心で歯噛みする。
(……なぜ、やめない)
彼は、貴族として正しい教育を受けてきた。
立ち居振る舞い。
言葉遣い。
何より――見られ方。
貴族とは、模範であるべき存在だ。
下々に混じるのではなく、上から導くもの。
それなのに。
(現場に怒鳴り込み、茶を配り、怒声を飛ばすなど……)
彼にとって、それは理解不能な行動だった。
――いや。
本当は、理解したくないのかもしれない。
---
ある日、アルバートは決意した。
このままではいけない。
婚約者として、正すべきだ。
そう思い、公爵邸を訪れる。
応接室に通されると、ガラリアは椅子に深く腰掛け、脚を組んで待っていた。
「よう」
軽い声。
「……お前、貴族令嬢の自覚はあるのか?」
挨拶もそこそこに、アルバートは切り出した。
ガラリアは、きょとんとした顔をする。
「あるぞ?」
「……なら、なぜああいう行動を取る?」
「どれ?」
「孤児院、工事現場……
王都では、すでに噂になっている」
彼は、努めて冷静な口調を保つ。
「お前は、公爵令嬢だ。
立場をわきまえるべきだろう」
一瞬、沈黙。
ガラリアは、アルバートをじっと見た。
「……なあ」
「なんだ」
「お前、現場見たことあるか?」
唐突な質問だった。
「……何を言っている?」
「孤児院の飯」
「工事現場の休憩」
「帳簿と違う現実」
一つずつ、指を折る。
「見たか?」
アルバートは、答えられなかった。
見たことがない。
正確には、見る必要を感じたことがない。
「それが問題だ」
ガラリアは、あっさりと言った。
「貴族だろうが、令嬢だろうが、
責任ある立場なら、現場を見る」
「だが――」
アルバートは言い返そうとする。
「それは、下の者に任せればいい」
「お前が出る必要はない」
ガラリアは、鼻で笑った。
「任せた結果が、あれだろ」
「書類は整ってた」
「報告も問題なかった」
「でもな」
少しだけ、声が低くなる。
「ガキは腹減ってたし、
人は倒れかけてた」
アルバートは、思わず目を逸らした。
その言葉は、あまりに直接的だった。
「……それでもだ」
彼は、最後の抵抗をする。
「貴族には、貴族の役割がある」
「お前のやり方は、品位を損なう」
ガラリアは、しばらく黙っていたが――
やがて、肩をすくめた。
「そうか」
そして、はっきりと言う。
「それが、お前の価値観なんだな」
その言い方に、アルバートは違和感を覚えた。
否定でも、怒りでもない。
ただ、線を引かれたような感覚。
「私はな」
ガラリアは、立ち上がる。
「品位より、
腹いっぱい食わせる方が好きだ」
「効率より、
倒れない現場がいい」
そして、にやりと笑う。
「合わねぇな」
アルバートの胸が、きしりと音を立てた。
「……それは」
「婚約者として、
そういう言い方は――」
「だからだよ」
ガラリアは、即答した。
「だから、
お前とは合わねぇ」
空気が、凍りついた。
---
その夜。
アルバートは、王都の自室で一人、考え込んでいた。
(なぜ、あんな言い方を……)
だが、怒りよりも先に浮かぶのは、
奇妙な焦りだった。
ガラリアは、こちらを説得しようともしなかった。
理解させようとも、歩み寄ろうともしていない。
まるで、
「そういう人間だ」と判断しただけ。
(……見下された?)
いや、違う。
(見切られた)
その感覚に、胸がざわつく。
これまで、誰も彼にそういう態度を取ったことがなかった。
貴族として正しい。
模範的。
だから、認められる。
――その前提が、揺らいだ。
---
一方、ガラリアはといえば。
「ふー……」
自室の椅子に深く腰掛け、天井を見上げていた。
「やっぱ、合わねぇな」
別に、怒っているわけではない。
悲しんでいるわけでもない。
ただ、事実として。
「現場見ねぇやつとは、
一緒にやれねぇ」
それだけだった。
ガラリアは、もう決めている。
自分は、
誰かの顔色より、
現場の声を選ぶ。
その結果、
婚約がどうなるかなど――
「……なるようになるだろ」
そう呟き、
いつものように豪快に笑った。
「ガハハハ!」
この違和感は、
やがて“決定的な溝”になる。
だが今はまだ、
その前触れに過ぎなかった。
ただ一つ確かなのは――
二人は、もう同じ方向を見ていない、ということだった。
アルバート・フィリックス公爵令息は、近頃、落ち着かなかった。
理由ははっきりしている。
――婚約者、ガラリア・ウィンタースイート。
正確に言えば、彼女そのものというより、彼女を取り巻く空気だ。
王都の社交界では、今日も彼女の噂が流れている。
「また現場に出たそうですわ」
「孤児院だとか、工事現場だとか……」
「まるで労働者のようですわね」
その言葉を聞くたび、アルバートは表情を崩さぬよう努めながら、内心で歯噛みする。
(……なぜ、やめない)
彼は、貴族として正しい教育を受けてきた。
立ち居振る舞い。
言葉遣い。
何より――見られ方。
貴族とは、模範であるべき存在だ。
下々に混じるのではなく、上から導くもの。
それなのに。
(現場に怒鳴り込み、茶を配り、怒声を飛ばすなど……)
彼にとって、それは理解不能な行動だった。
――いや。
本当は、理解したくないのかもしれない。
---
ある日、アルバートは決意した。
このままではいけない。
婚約者として、正すべきだ。
そう思い、公爵邸を訪れる。
応接室に通されると、ガラリアは椅子に深く腰掛け、脚を組んで待っていた。
「よう」
軽い声。
「……お前、貴族令嬢の自覚はあるのか?」
挨拶もそこそこに、アルバートは切り出した。
ガラリアは、きょとんとした顔をする。
「あるぞ?」
「……なら、なぜああいう行動を取る?」
「どれ?」
「孤児院、工事現場……
王都では、すでに噂になっている」
彼は、努めて冷静な口調を保つ。
「お前は、公爵令嬢だ。
立場をわきまえるべきだろう」
一瞬、沈黙。
ガラリアは、アルバートをじっと見た。
「……なあ」
「なんだ」
「お前、現場見たことあるか?」
唐突な質問だった。
「……何を言っている?」
「孤児院の飯」
「工事現場の休憩」
「帳簿と違う現実」
一つずつ、指を折る。
「見たか?」
アルバートは、答えられなかった。
見たことがない。
正確には、見る必要を感じたことがない。
「それが問題だ」
ガラリアは、あっさりと言った。
「貴族だろうが、令嬢だろうが、
責任ある立場なら、現場を見る」
「だが――」
アルバートは言い返そうとする。
「それは、下の者に任せればいい」
「お前が出る必要はない」
ガラリアは、鼻で笑った。
「任せた結果が、あれだろ」
「書類は整ってた」
「報告も問題なかった」
「でもな」
少しだけ、声が低くなる。
「ガキは腹減ってたし、
人は倒れかけてた」
アルバートは、思わず目を逸らした。
その言葉は、あまりに直接的だった。
「……それでもだ」
彼は、最後の抵抗をする。
「貴族には、貴族の役割がある」
「お前のやり方は、品位を損なう」
ガラリアは、しばらく黙っていたが――
やがて、肩をすくめた。
「そうか」
そして、はっきりと言う。
「それが、お前の価値観なんだな」
その言い方に、アルバートは違和感を覚えた。
否定でも、怒りでもない。
ただ、線を引かれたような感覚。
「私はな」
ガラリアは、立ち上がる。
「品位より、
腹いっぱい食わせる方が好きだ」
「効率より、
倒れない現場がいい」
そして、にやりと笑う。
「合わねぇな」
アルバートの胸が、きしりと音を立てた。
「……それは」
「婚約者として、
そういう言い方は――」
「だからだよ」
ガラリアは、即答した。
「だから、
お前とは合わねぇ」
空気が、凍りついた。
---
その夜。
アルバートは、王都の自室で一人、考え込んでいた。
(なぜ、あんな言い方を……)
だが、怒りよりも先に浮かぶのは、
奇妙な焦りだった。
ガラリアは、こちらを説得しようともしなかった。
理解させようとも、歩み寄ろうともしていない。
まるで、
「そういう人間だ」と判断しただけ。
(……見下された?)
いや、違う。
(見切られた)
その感覚に、胸がざわつく。
これまで、誰も彼にそういう態度を取ったことがなかった。
貴族として正しい。
模範的。
だから、認められる。
――その前提が、揺らいだ。
---
一方、ガラリアはといえば。
「ふー……」
自室の椅子に深く腰掛け、天井を見上げていた。
「やっぱ、合わねぇな」
別に、怒っているわけではない。
悲しんでいるわけでもない。
ただ、事実として。
「現場見ねぇやつとは、
一緒にやれねぇ」
それだけだった。
ガラリアは、もう決めている。
自分は、
誰かの顔色より、
現場の声を選ぶ。
その結果、
婚約がどうなるかなど――
「……なるようになるだろ」
そう呟き、
いつものように豪快に笑った。
「ガハハハ!」
この違和感は、
やがて“決定的な溝”になる。
だが今はまだ、
その前触れに過ぎなかった。
ただ一つ確かなのは――
二人は、もう同じ方向を見ていない、ということだった。
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