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第21話 見に来ただけの男
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第21話 見に来ただけの男
その噂は、王都の社交界を静かに巡っていた。
「……聞いた?
フィリックス公爵令息、最近やけに外に出ているらしいわよ」
「外って……まさか、現場?」
「そう。
“視察”ですって」
含み笑いが、あちこちで起きる。
――あのアルバート・フィリックスが?
かつて、
「礼儀がなっていない」
「公爵令嬢らしくない」
そう言って、ガラリア・ウィンタースイートとの婚約を破棄した男。
その彼が、今になって現場へ足を運んでいるという。
「……やっと、分かったんじゃない?」
「何が?」
「“現場を見る公爵令嬢”が、
ただの奇行じゃなかったってこと」
だがその噂の裏で、
現場の空気は――まったく別の色を帯びていた。
---
王都郊外、ある倉庫街。
資材の集積所で、作業員たちが慌ただしく動いている。
そこへ、
数名の従者を引き連れ、
きらびやかな外套に身を包んだ男が現れた。
「――フィリックス公爵令息、
アルバート様のお成りだ!」
一瞬で、現場の空気が凍りつく。
作業の音が止まり、
視線が一斉に集まる。
「……ふむ」
アルバートは、腕を組み、倉庫を見回した。
埃。
汗。
雑然と積まれた資材。
正直、居心地は悪い。
(……汚いな)
だが、それを口に出すわけにはいかない。
今日は“視察”だ。
そう、聞いてきた。
「このあたりの管理体制について、
説明をしてもらえるかな」
現場責任者が、慌てて一歩前に出る。
「は、はい!
現在はこちらの資材を――」
説明が始まる。
数字。
工程。
問題点。
アルバートは、黙って頷きながら聞いていた。
だが――
それだけだった。
質問は、ない。
指示も、ない。
ただ、聞いて、見ているだけ。
(……あれ?)
現場責任者は、内心で首を傾げる。
責められないのはありがたい。
だが、何も言われないのも、逆に不安だ。
「……特に、問題はないようだな」
しばらくして、アルバートはそう結論づけた。
「ご苦労だった」
それだけ言って、踵を返す。
作業員たちは、顔を見合わせた。
「……で、何だったんだ?」
「さあ……?」
「見に来ただけ、か?」
誰も、答えを持っていなかった。
---
同じ頃。
ウィンタースイート公爵領では、
ガラリアが、別の現場に立っていた。
小さな橋の補修工事。
老朽化が進み、通行が危ぶまれていた場所だ。
「おい、そこの支柱」
ガラリアが声を上げる。
「想定より、傷んでるな」
「はい。
正直、補修だけでは持たないかと」
「だろうな」
彼女は、少し考えたあと、言った。
「予定を変える」
「全面架け替えだ」
現場が、一瞬ざわつく。
「予算が……」
「通行止めが長引くより、マシだ」
即断だった。
「責任は、私が持つ」
その言葉に、現場の空気が変わる。
迷いが消える。
「……分かりました!」
作業員たちが、動き出す。
ガラリアは、それを見届けてから、ふっと息を吐いた。
「無理すんなよ」
「人も、橋も」
それだけ言って、次の場所へ向かう。
---
その夜。
王都の一室で、アルバートは、机に向かっていた。
(……おかしい)
今日一日、
現場を回ってみた。
だが、何も変わらなかった。
感謝もされない。
空気も動かない。
(ガラリアは……)
ふと、思い出す。
あの女は、
現場に行くたび、何かを変えていた。
怒鳴る。
止める。
決める。
そして、責任を引き受ける。
(……俺は)
ただ、見ただけだ。
「……違うのか?」
自問する。
「いや、
俺は正しいやり方をしているはずだ」
貴族として。
上に立つ者として。
だが、胸の奥に、妙な違和感が残る。
満たされない。
---
一方、王城。
ディーンは、側近から報告を受けていた。
「フィリックス公爵令息が、
倉庫街を視察したそうです」
「そうか」
「特に、問題点の指摘などはなく……」
ディーンは、静かに頷いた。
(……やはり)
それは、視察ではない。
確認ですらない。
ただの、存在証明。
彼は、無意識にガラリアの言葉を思い出していた。
――見に来る貴族。
――見る人間。
(……違いは、そこだ)
ディーンは、窓の外を見た。
王都の灯りの向こうに、
無数の現場がある。
そのどれに立つかで、
結果は変わる。
---
数日後。
社交界では、また新たな噂が流れ始めていた。
「最近、
ウィンタースイート公爵領、やけに評判いいらしいわね」
「人が集まってるって」
「王都より、働きやすいとか……」
その噂を聞きながら、
アルバートは、グラスを握りしめた。
(……なぜだ)
俺も、見に行った。
同じように、現場に足を運んだ。
なのに。
(……何が、違う)
答えは、まだ見えない。
だが、この日から。
アルバートは、確かに焦り始めていた。
そしてその焦りこそが、
後の“ざまぁ”への、確かな伏線となっていく。
その噂は、王都の社交界を静かに巡っていた。
「……聞いた?
フィリックス公爵令息、最近やけに外に出ているらしいわよ」
「外って……まさか、現場?」
「そう。
“視察”ですって」
含み笑いが、あちこちで起きる。
――あのアルバート・フィリックスが?
かつて、
「礼儀がなっていない」
「公爵令嬢らしくない」
そう言って、ガラリア・ウィンタースイートとの婚約を破棄した男。
その彼が、今になって現場へ足を運んでいるという。
「……やっと、分かったんじゃない?」
「何が?」
「“現場を見る公爵令嬢”が、
ただの奇行じゃなかったってこと」
だがその噂の裏で、
現場の空気は――まったく別の色を帯びていた。
---
王都郊外、ある倉庫街。
資材の集積所で、作業員たちが慌ただしく動いている。
そこへ、
数名の従者を引き連れ、
きらびやかな外套に身を包んだ男が現れた。
「――フィリックス公爵令息、
アルバート様のお成りだ!」
一瞬で、現場の空気が凍りつく。
作業の音が止まり、
視線が一斉に集まる。
「……ふむ」
アルバートは、腕を組み、倉庫を見回した。
埃。
汗。
雑然と積まれた資材。
正直、居心地は悪い。
(……汚いな)
だが、それを口に出すわけにはいかない。
今日は“視察”だ。
そう、聞いてきた。
「このあたりの管理体制について、
説明をしてもらえるかな」
現場責任者が、慌てて一歩前に出る。
「は、はい!
現在はこちらの資材を――」
説明が始まる。
数字。
工程。
問題点。
アルバートは、黙って頷きながら聞いていた。
だが――
それだけだった。
質問は、ない。
指示も、ない。
ただ、聞いて、見ているだけ。
(……あれ?)
現場責任者は、内心で首を傾げる。
責められないのはありがたい。
だが、何も言われないのも、逆に不安だ。
「……特に、問題はないようだな」
しばらくして、アルバートはそう結論づけた。
「ご苦労だった」
それだけ言って、踵を返す。
作業員たちは、顔を見合わせた。
「……で、何だったんだ?」
「さあ……?」
「見に来ただけ、か?」
誰も、答えを持っていなかった。
---
同じ頃。
ウィンタースイート公爵領では、
ガラリアが、別の現場に立っていた。
小さな橋の補修工事。
老朽化が進み、通行が危ぶまれていた場所だ。
「おい、そこの支柱」
ガラリアが声を上げる。
「想定より、傷んでるな」
「はい。
正直、補修だけでは持たないかと」
「だろうな」
彼女は、少し考えたあと、言った。
「予定を変える」
「全面架け替えだ」
現場が、一瞬ざわつく。
「予算が……」
「通行止めが長引くより、マシだ」
即断だった。
「責任は、私が持つ」
その言葉に、現場の空気が変わる。
迷いが消える。
「……分かりました!」
作業員たちが、動き出す。
ガラリアは、それを見届けてから、ふっと息を吐いた。
「無理すんなよ」
「人も、橋も」
それだけ言って、次の場所へ向かう。
---
その夜。
王都の一室で、アルバートは、机に向かっていた。
(……おかしい)
今日一日、
現場を回ってみた。
だが、何も変わらなかった。
感謝もされない。
空気も動かない。
(ガラリアは……)
ふと、思い出す。
あの女は、
現場に行くたび、何かを変えていた。
怒鳴る。
止める。
決める。
そして、責任を引き受ける。
(……俺は)
ただ、見ただけだ。
「……違うのか?」
自問する。
「いや、
俺は正しいやり方をしているはずだ」
貴族として。
上に立つ者として。
だが、胸の奥に、妙な違和感が残る。
満たされない。
---
一方、王城。
ディーンは、側近から報告を受けていた。
「フィリックス公爵令息が、
倉庫街を視察したそうです」
「そうか」
「特に、問題点の指摘などはなく……」
ディーンは、静かに頷いた。
(……やはり)
それは、視察ではない。
確認ですらない。
ただの、存在証明。
彼は、無意識にガラリアの言葉を思い出していた。
――見に来る貴族。
――見る人間。
(……違いは、そこだ)
ディーンは、窓の外を見た。
王都の灯りの向こうに、
無数の現場がある。
そのどれに立つかで、
結果は変わる。
---
数日後。
社交界では、また新たな噂が流れ始めていた。
「最近、
ウィンタースイート公爵領、やけに評判いいらしいわね」
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「王都より、働きやすいとか……」
その噂を聞きながら、
アルバートは、グラスを握りしめた。
(……なぜだ)
俺も、見に行った。
同じように、現場に足を運んだ。
なのに。
(……何が、違う)
答えは、まだ見えない。
だが、この日から。
アルバートは、確かに焦り始めていた。
そしてその焦りこそが、
後の“ざまぁ”への、確かな伏線となっていく。
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