ガハハと笑う公爵令嬢は、王太子の自由を縛らない ~水戸黄門ムーブでざまぁします~

ふわふわ

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第39話 忘れられない笑顔

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第39話 忘れられない笑顔

 噂というものは、不思議な速度で形を変える。

 数か月前まで、
 社交界を賑わせていたのは――
 「品のない公爵令嬢」
 「貴族らしくない女」
 そんな、揶揄に満ちた言葉だった。

 だが今、同じ口が語るのは、
 まったく別の内容だ。

「……結局、一番“貴族らしかった”のは、
 あの方だったのでは?」

 誰かが、ぽつりと漏らしたその一言は、
 驚くほど、静かに受け入れられた。


---

 王都のとある茶会。

 女たちは、
 最新の流行や婚約の噂話をひと通り終えたあと、
 自然と同じ話題へと辿り着く。

「ウィンタースイート公爵令嬢様……
 いえ、もうすぐ王太子妃殿下、ですわね」

「ええ……
 正直、最初は理解できませんでしたわ」

「私もです」

 そう前置きしてから、
 一人の夫人が、少し困ったように微笑んだ。

「でも……
 今は、なぜ殿下が選ばれたのか、
 分かる気がしますの」

 反論は、出なかった。

 誰もが、
 心のどこかで、
 同じことを思っていたからだ。


---

 ――あの笑顔。

 豪快で、
 遠慮がなくて、
 取り繕いのない笑顔。

 社交界で磨かれた、
 “正しい微笑み”とは、
 あまりにも対極にあるもの。

 それなのに。

 忘れられない。

 否定しようとしても、
 記憶の奥から浮かび上がってくる。


---

 一方、
 王都から少し離れた場所。

 相変わらず、
 ガラリアは現場にいた。

「おら!
 そこの木材、
 そっち向きじゃねえ!」

「す、すみません、公爵令嬢様!」

「謝る前に、手を動かせ!
 怪我したら元も子もねえだろ!」

 怒鳴り声は大きい。
 言葉遣いも荒い。

 だが、
 そこに恐怖はない。

「……まったく」

 少し離れた場所で、
 ディーン王太子は苦笑した。

「相変わらず、ですね」

「なにがだ?」

「現場の空気です。
 ……止まらない」

 確かに。

 王族が立ち会っているにも関わらず、
 現場は止まらない。

 誰も過剰に頭を下げず、
 誰も取り繕わない。

 ただ、
 仕事をしている。

「それでいい」

 ガラリアは、
 木箱に腰掛けながら言った。

「仕事ってのは、
 止まったら負けだ」

「……王族としては、
 少し耳が痛いですね」

「だろ?」

 ガラリアは、
 にっと笑った。

 あの、
 腹の底から響くような笑いを、
 堪えるでもなく。

「ガハハ!」

 ディーンは、
 その笑顔から、
 目を離せなかった。


---

 夜。

 王宮に戻ったディーンは、
 一人、執務室で書類に目を通していた。

 だが、
 文字を追う視線は、
 何度も止まる。

(……不思議だ)

 ふと、思う。

 彼女は、
 未来の王太子妃としては、
 “型破り”にもほどがある。

 求められている理想像から、
 外れている部分も、
 数えきれない。

 それでも――

 迷いがない。

 彼女自身が、
 自分を疑っていない。

 だからこそ、
 周囲も、
 いつの間にか、
 疑うことをやめてしまう。

(……強いな)

 剣の腕でも、
 魔法でもない。

 価値観の、強さ。

 それが、
 彼女を、
 唯一無二の存在にしている。


---

 同じ夜。

 アルバートは、
 書斎の椅子に座り、
 ぼんやりと窓の外を眺めていた。

 もう、
 何度目か分からない。

 思い出すのは、
 決まって、
 同じ光景だ。

 埃まみれの現場。
 怒鳴り声。
 豪快な笑い声。

『ガハハ!
 ほら、さっさと飯食え!』

 その声が、
 どうしても、
 耳から離れない。

(……俺は)

 ゆっくりと、
 目を閉じる。

(……あの笑顔を、
 怖がったんだ)

 制御できないもの。
 型に嵌らないもの。

 それを、
 “下品”と切り捨てて、
 遠ざけただけ。

 結果、
 自分は、
 安全で、
 退屈な場所に留まった。

 後悔ではない。

 ただ、
 理解が、遅すぎた。


---

 数日後。

 ガラリアは、
 いつものように、
 孤児院を訪れていた。

「おらー!
 がきどもー!
 今日の飯は、
 気合入ってるぞー!」

 子供たちが、
 一斉に駆け寄る。

「こら!
 走るなっつってんだろ!」

 怒鳴りながらも、
 その顔は、
 楽しそうだった。

「お嬢様……
 もう、すぐ……」

 園長が、
 何か言いかけて、
 言葉を止める。

「ん?」

「いえ……
 何でもありません」

 ガラリアは、
 少し首を傾げてから、
 いつものように笑った。

「ま、
 なるようになるさ」

 その笑顔を見て、
 園長は、
 確信した。

 ――この人は、
 どこへ行っても、
 何も変わらない。


---

 忘れられない笑顔がある。

 それは、
 後悔を生むものでも、
 未練を引きずるものでもない。

 ただ、
 生き方の差を、
 静かに突きつけるもの。

 そして――

 選ばれた者だけが、
 その隣で、
 共に笑うことを許される。

 ガハハと笑う、
 あの豪快な笑顔は、
 今日もまた、
 確かに、
 人の心に残り続けていた。
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